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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
26/198

26.ラールの答え

よろしくお願いします。

「あ〜お姉ちゃん逃げた~。」


ラールが去った空間。

サーシャのムクれた声が響く。

レイは「やってしまったなぁ」と思いながらサーシャに挨拶をする。

昨日、流れでラールと一緒にベッドに入り、そのまま鍵を閉め忘れて寝てしまった。

なんだか朝も余計なことを言ってしまった気がする。


「お姉ちゃんと一緒に寝てたの?」


どう伝えるか迷ったが10歳の少女に嘘やごまかしを言っても仕方がないのでサーシャの問いを肯定する。


「え~いいな~。私も一緒に寝たかった。

起きたらお兄ちゃんいなくて寂しかったな。

今日は私と一緒に寝よ~?」


「えーっと、ごめんね、サーシャ。

今日から冒険者のお仕事でしばらく帰って来れないんだ。」


「・・・そっか〜」


「ごめんな。帰ってきたら絶対一緒に寝ような?」


「ん〜約束〜?」


「うん、約束だよ。」


「わかった〜レイお兄ちゃん、気をつけてね〜?」


今日はレナードたち4人組とアケロペ迷宮に向けて出発する日だ。

そのためこれからレイは宿を数日間留守にする。

サーシャと帰ってきたらすることを約束し、朝支度をして部屋を出る。

あまりトラウマを刺激するのは良くないと思いながらもレイは、昨日のことを聞いてみる。しかし、サーシャは怯えの一切無い表情で大丈夫だと言う。


食堂に向かうとラールがすでにいて、料理をしていた。

冒険者の朝は早いようで、今6時だがすでにチラホラと昨日の面々が、各々好きな場所に腰掛けている。夜は見たことのない若い冒険者なんかも結構いる。

サーシャがレイの部屋に来たのも、レイが朝いなくなっていたことに加え、いつもは起きて朝ごはんの支度をしているラールが食堂にいなくて困ったからだそうだ。

そんなラールは今、他の冒険者の人に謝りながら急いでご飯の支度をしている。

冒険者たちもそこまで急いでいないようで、笑って許している。


「兄ちゃん、本当にサーシャに気に入られてんだな。」


ラールの様子を見ていると後ろから声をかけられる。


「おはようございます。カンズさん。」

「おはよ〜おじちゃん。」


「おお、元気戻ったみたいだな。よかった。

飯食わないのか・・・ってあれ?珍しいな。

ラールの嬢ちゃんは寝坊でもしたのか?

いつもならこの時間には準備し終わってるんだが。」


ただ流せばいい話だったのに、責任の一端が自分にあると知っているレイはどう説明しようかと律儀に悩む。その結果、レイが説明の仕方を考えている間にサーシャがみんなに聞こえるほどの声で爆弾を投下する。


「そ〜。お姉ちゃん、レイお兄ちゃんと一緒に寝ててお寝坊さんなの〜!

私も一緒に寝たかったのにズルい〜?」


サーシャがそう言った途端、食堂内は静まり返る。

食堂内に料理されている食材がジュージューと火入される音が響く。

わずかな静まりの後ラールとレイにそれぞれ冒険者たちの視線が集まる。

ラールは赤くなった顔を両手で覆い俯いてしまう。

レイはどうしようかと頭をポリポリと掻く。

サーシャの言ったことは何も間違ってない。

一緒に寝た、本当にそれだけ。

ただ周りがどう考えるかは別。

若い男女が一緒に寝る。

言葉通りに捉える方がむしろ難しいかもしれない。

ラールの照れ方がまた誤解を助長させそうで悩ましい。

困っているとカンズさんが話を振ってくれる。


「兄ちゃん、今の話本当か?」


「いや、まぁ、サーシャの言った通りですよ。」


そういうとカンズは何かを納得した表情を浮かべる。


「まぁ深くは追求しねぇよ。

ただ、ラールの嬢ちゃんはこれまで俺らがついてやれたけど、俺らはラールの嬢ちゃんやサーシャの親には成れねぇ。本当の意味で繋がりは作れない。あまり大きな声で言いたかないが、俺ら以外の若い連中はラールの嬢ちゃん目当てのやつだってここにいたりする。そのくせゴンゾに歯向かう気概なんて微塵もない。昨日いなかったやつも結構いるだろ?そいつらはもっと格安の素泊まり宿に宿泊して、ゴンゾの来ない朝だけやって来るんだ。そんな下心丸出しの根性もない奴に心は開けねぇよな。だから頼むな。ラールの嬢ちゃんを支えてやってくれ。」


なんだか違う方向に納得されたと感じた。

朝から重い内容の話題をカンズはレイに伝えるが、レイは嬉しいと思っていた。

ラールは誰も頼ることができない。誰も信じることができないと言っていた。しかしカンズのようにラールのことを理解して、その身を案じてくれている人だっている。

しかしそれと共にカンズの言う若い冒険者もわかる。

先ほどレイを見る視線にはさまざまな感情が込められていた。

その中でも若い冒険者からは嫉妬や値踏みするような嫌な視線を向けられる。

ラールがカンズたちを信じきれない、言葉に出して助けを求められない理由の一端を担っているこの冒険者に腹が立つ。こいつらがいなければラールはあんなに溜め込むことはなかったのかもしれない。

今カンズたち中堅冒険者とラールは、互いに寄り添って助け合いたいのに、後一歩が踏み出せない。そんな歯痒い状態なのだろう。

しかしこれだけ姉妹のことを見て、考えてくれている。何かきっかけがあればカンズたちはロク商議会を敵にすることも躊躇わないのではないかと思う。



ラールは顔を真っ赤にさせながらも、食事の支度を終える。

ご飯の支度ができたことで話は一旦保留になる。

レイはサーシャと配膳を受け取り、昨日の夜と同じようにカンズと3人一緒の席で食事をいただく。ラールは昨日、カウンターに立ち注文を受けていたが今朝は食事を作り終えると顔を赤くしたままそそくさと食堂を後にしてしまった。

食事中は若い冒険者たちの視線が痛かったし邪魔だった。





レイは食事を終え、部屋に戻る。

カグ村に出発する時刻まで、まだ少し余裕がある。

昨日色々とあり、宿を開けることを伝えられていないため、急いでラールに伝えなければいけない。しかし、部屋の扉がノックされる。

このタイミングでレイの部屋に来るのはラール、サーシャ、若い冒険者たちの可能性が高い。

最後の奴らだけは勘弁してくれと思いながら、レイは扉を開く。

扉を開くとラールが申し訳なさそうに立っていた。

レイの部屋の前にいるところを誰かに見られるのもまた厄介そうだと思ったため部屋の中に迎え入れる。


「朝も色々とすみません。

謝ってばかりで本当に申し訳ないです。」


部屋に入って開口一番の言葉は謝罪だった。

相手も言っているように、レイはラールからものすごい量の謝罪を受け取っている。

だがそれは大して気にならない。


「サーシャの言っていたことは本当だし、咄嗟に上手い否定ができなかったので、俺にも責任はあります。気にしないでください。」


ラールの謝罪を問題ないと一蹴し、ちょうどタイミングもいいためアケロペに向かうことを告げようとする。


「それと昨日のうちに伝えようと思ってて、言えなかったんですけど、これからギルドの依頼でしばらく街から離れます。」


「え・・・・これからですか。」


ラールの顔色が一気に悪くなる。


「はい。伝えるの遅くなって申し訳ないです。」


「・・・いえ、レイさんにはレイさんの都合がありますから。」


これ以上迷惑はかけられまいと思ったがための言葉だったが、声は震えている。

レイがいないことでゴンゾの恐怖が再び戻ってくる。そんな不安がラールにはあった。

そんな不安もレイは一蹴する。


「ゴンゾのことなら大丈夫ですよ。しばらく来ませんから。」


「え?それはどういう・・?」


「昨日ラールさんが俺が帰ってくる前に部屋に来ていたじゃないですか。

その前に俺、ゴンゾに話をつけに行ってたんです。

だからしばらく来ませんよ。」


「でもそんなのレイさんの前だから適当なこと言ったのかも・・しれないじゃないですか。」


「問題ないです。

どうしてって言われると、うまい説明ができないので俺を信じてくださいとしかいえないですけど。」


「レイさんのことならとっくに信じてます。」


「・・・えっとありがとうございます。」


「あ///いえ、そうじゃなくて、いや信じているんですけど。」


「嬉しいです。ラールさんはどうしたんですか?」


信じているという発言を軽く流されたのが不服だったのか頬を膨らませて不貞腐れる。

ただ、伝えたいこともあったのかすぐに態度を切り替えると真剣な表情でラールは尋ねる。


「あの、レイさんは私を助けてくれますか?10人いる中の1人になってくれますか?」


「昨日のような自暴自棄なお願いでなければできる限りでラールさんとサーシャの助けになりたいと思っています。」


「あの、それなら、冒険者としてのレイさんにお願いがあります・・・!」


「冒険者として?」


「はい・・・!

この街から西に向かってイヌギ迷宮のさらに奥に、アケロペ迷宮っていうFランク迷宮があるんですけど、知ってますか?」


「アケロペなら今回、俺がいく迷宮ですよ??」


「え、そうなんですか?!

依頼はそこに出現する金羊樹ツーメンチを捕獲なんです。」


「捕獲依頼、それで冒険者としての俺になんですね。

金羊樹ツーメンチというと、最近出現するようになったって話題の魔物ですよね?」


「・・・・はい。話題に上がってからずっと冒険者ギルドを通じて依頼を受けてくれる人を募集していたんです。でも報酬金も相場以下だし、ロク商議会に睨まれている私の依頼を受けてくれる人がいなくて・・・。

ただ金羊樹ツーメンチはロク商議会の方でも何か理由があって早急に必要らしいんです。向こうも依頼を出しているけどなかなか捕まえられないらしくて。だから私が先に入手できた場合、金羊樹ツーメンチで借金を帳消しにしてくれるって言われて、チャンスは今しかないって思ったんです。」


「依頼を受けることは何も問題ないです。

ただ、そうなると、今受けている依頼に加えて、新しく依頼を受けることになるんです。

それは俺が想定している安全な期間を過ぎてしまう可能性があります。

それでも俺に依頼しますか?」


「はい。

それにこの依頼を受けてくれる人なんてレイさん以外にいないんです。

タイミングも今しかないと思っています。

ゴンゾのことは、怖いですけど、それ以上にレイさんを信じてますし、頼りにしてます。」


「頼りに・・・」


「寄りかかりっぱなしはダメなんですよね。

ごめんなさい!でも今の私にレイさんのためにできることなんてありません。

だから頼らせてください。

私がレイさんにできる最大の恩返しは私の夢を実現させることです。

レイさんのことはまだ出会ったばかりで分かりません。

でも私はレイさんが優しいことを知っています。

レイさんに助けられた私が言うんですから間違いありません。

私は、私が好きだった、昔の白山羊亭を取り戻したいです。

そしてレイさんにもその場所に一緒にいてほしいです。

だからレイさん、私を助けてください。」


潔いほどに他者頼り。

それがラールの出した答えだった。

でもそれは決して全部他人に丸投げするのではなく、出来ないことを誰かに頼ると言うこと。

そしてその相手には自分の夢を実現することで報いる。

どこまでも自分本位な願い。

それでもレイは彼女を嫌いになれなかった。

むしろ昨日のラールよりも好ましいとすら思える。

偶然にレイが助けたいと思った理由、居場所を守りたいことがラールの提示した報酬だった。

夢を追い求めるラールは輝いており、完全に出会った時から感じていたカラ元気な様はなくなっている。


「お言葉に甘えて、頼らせてもらいます。」


したり顔で微笑むラール。

不覚にもその仕草にドキッとしてしまったレイはその依頼を受けることにした。


ありがとうございました。

次回更新予定は明日です。


会話文が多くなってしまいました。

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