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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
25/198

25.朝チュン

よろしくお願いします。



寝起きから自分の不甲斐なさに暗い気持ちに陥っていると、頭を撫でられる。

突然触れられたことで体がビクッと反応してしまうが、その手の温かさから次第に心が落ち着いていく。


「落ち着きました?」


私の頭を撫でてくれた人、レイさんから声をかけられる。

安心し、再び意識を飛ばしそうだった私は慌てて返事をする。

しかしその後、レイさんとどう話したらいいのかわからずそのまま俯いてしまう。


「昨日はごめんなさい。

きつい言い方しちゃって。」


するとレイさんの方から私に話しかけてくれる。

また気を使わせてしまったのかと思うと共に、この体勢で話をすることに何も違和感を感じていないレイさんに対し、女性経験が豊富なのかという疑問が脳裏に浮かぶ。

その邪で見当違いな嫉妬心に蓋をして、レイさんの謝罪に被せるように私も謝る。

むしろレイさんにはなんの落ち度もなく、謝らなければいけないのは私の方だ。

それなのに先に謝罪をさせてしまった。


「私の方こそ本当にすみません。

私は私の罪悪感すら利用したんです。」


「仕方なかったと思います。

俺がラールさんの状況に陥ったら、何もかも捨てて逃げ出していたと思います。」


そんなはずはない。あれだけ強い人だ。私みたいな小さな宿娘と違って取れる方法はいくらでもあるはずだ。だからこそ、この言葉がレイさんの優しさを如実に表してくれるものだと思う。謝罪をし、罪悪感を感じ、レイさんには迷惑をかけまいと思っていても、なんでも受け入れてくれそうな広い度量を感じ言葉が漏れる。


「・・・・・。

私やっぱり誰も頼れないんです。」


「カンズさんたちのこともですか?」


「はい。」


「それはラールさんのご両親と関わりがあるからですか?」


「はい。カンズさんたち冒険者の皆さんは、私たち姉妹を見捨てずに今まで助けてくれていました。そのことには感謝してもしきれません。でもいつもカンズさんたちを見て思うんです。結局カンズさんたちは父と母に世話になった恩返しみたいなものしてくれていて、二人が彼らにしてあげたこと以上の負担を私たちが与えてしまうならカンズさんたちにも普通に見捨てられるんじゃってずっと思っていて・・・。怖いんです。」


「だから自分だけを見て欲しくて、昨日抱かれに来たんですか?」


「・・・・・・はい」


「昨日はほんと耐えるのに必死だったんですよ。」


レイさんのあまりに直接的な問いに羞恥と後悔から声が小さくなる。

そんな私にレイさんはとんでもないことを言う。

聞き間違いではなかったかと自分の耳を疑う。

レイさんは今なんて言ったのか。

申し訳なさと恥ずかしさで目を合わせられなかったのに、思わず顔を上げてしまう。

レイさんは腕の中にいる私ではなく、どこか明後日の方向を見ていた。

そんなレイさんの顔を下からじっと見つめる。


「だってめっちゃ煽ってくる格好してますし。」


「なら襲ってくれてよかったのに。」


レイさんの顔が若干赤くなっていた。

あれだけ強くて優しい人が、実は昨日煩悶としていたことに初めて人間らしさを感じる。

恥ずかしそうに目を逸らすレイさんを見て、昨日あれだけ、優しく私を抱きしめてくれた彼がそうした感情を抑えていたことを知ると、自分の感情よりも私を優先してくれたように思えて、後悔や羞恥以上の幸福感に体が包まれる。


「嫌ですよ。そんな投げやりな感じで抱かれにくるなんて。

不安や心細さを快楽で紛らわせるのだけはダメだと思います。

癖になっちゃうし、結局問題は何も解決しないから。」


「はい・・・」


一気に冷水をかけられたみたいに私の熱は引いていく。

分かっていた事だったが、レイさんと私の違いは力だけじゃない。

こういった心の強さこそが大きく違うのだと思う。

レイさんをどうにかして繋ぎ止めておきたいと思っていた私の行動。

でもそれはなんの解決にもならない、一時の安堵感、幸福感、快楽を求めただけの行動だった。


「そんなに抱え込まないで周りの人に相談してみたらどうですか。

カンズさんたちだってきっと何かラールさんとサーシャの助けになりたいと思っていると思います。きっと助けてくれる人はいますよ。」


「そうですか?」


「きっとね。10人中1人くらいは助けてくれますよ」

まぁその相手に寄りかかりっぱなしはダメですけどね。」


「でも私にはその1人の人すら何も返せるものがないんです。だから昨日も意を決して・・・・。」


「覚悟と自棄は似ているようで大きく違うと思いませんか?

ラールさんはゴンゾに抱かれるくらいなら、助けてくれそうな俺にって思って昨日来たんですよね?

俺がラールさんの不安を消してくれる存在になってくれるかもしれないという打算も含めて。

実際にそれを喜ぶ人もいるでしょうし、打算だと理解して受け取る人だっていると思います。

それで成り立つ関係の人たちだっています。

でも俺は嫌です。打算ありきの償いなんていりません。

現実を知らない子供な考えだと思いますけど、俺は利用し、利用される関係でなくて、ただ自分が助けた人が笑顔でいてくれる方が嬉しいです。」


数瞬前に自分の行動に誤りがあると理解していながら、また誤ったことを口にしてしまった。

そんな私にレイさんは困ったような、それでも慈母のような優しい苦笑を浮かべ、語りかけてくれる。


「そうですね。ほんと・・・そうですね。

報いるなんて言っておきながら私、レイさんのことなんて全く考えていなかったんですね。

私ってほんと何もわかっていなく、いや、分かっていてもどんどん楽な方に逃げているのかもしれません。ごめんなさい。」


自分が情けなくて涙がこぼれてしまう。

レイさんは終始困ったように笑いながらも頭を撫でてくれる。

私はレイさんのこの手がとても心地よくて好きだ。

今感じている不安全てを吹き飛ばしてくれる不思議な感覚。


そしてレイさんの顔を見てふと違和感を感じる。

痩せこけているのに、体はがっちりしていて、抱き込まれると安心できる。

顔には隈があり疲れているように見えるのに、それすらを打ち消す精悍さを感じる。

それに思っていたより毛は濃くなくて。

あれ?

濃いと言うより全く顔に毛が無い?

これでは獣人というよりも普通の人種みたいだ。

あれ?レイさんは獣人じゃ・・・・


「あの?レイさん、耳は・・?」


「耳?ここにありますよ?」


私が質問をするとレイさんは頭を撫でる手を止めて私と視線を合わせる。

不思議そうに自分の目の横、延長線上にある耳を触って答える。


「あれ?でも狐人って頭に・・?」


「あぁ、それは仮面です。そういえばサーシャとはよく仮面を外した状態で話していましたけど、ラールさんとは初めてかもしれないですね?」


レイはラールの話を聞いて納得し、説明してくれる。

しかしラールからすればレイが人種だったなんて寝耳に水な話だ。

それに仮面をつけていることにすら気がつけないほど自分が一杯一杯だったことにため息が出る。


「え?!レイさんって人種だったんですか?」


「はい。人種なんて嫌いですか?」


「い、いえ。すみません。そう言った意味で言ったんじゃなくて、人種であんなに強い人に初めて見たので驚いてしまったというか。」


ゴンゾは人種でありながら、かなりの実力者だった。でもそれは人の国にいるという意味で強いのであって、他種族の国に出ればそうでもない。

だからレイがゴンゾを倒した時も納得はできた。

獣人ならば身体能力に優れているため、それほどあり得ない話では無いかと。

ただ人種ならば話は変わってくる。

一体この細身のどこにゴンゾを一撃で倒す力があるのだろうか。

ラールの疑問と驚愕は当然の反応だった。

しかしどう言い繕っても人種であることを理由にレイに向けてしまった視線はどうしようもなくラールは何を言えば良いかわからない。


そんなふうにラールが悩んでいると


「ああああ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


扉側から大きな声が聞こえてきた。

振り返るとサーシャが目を丸くし、こちらを指差して立っていた。


「いたー!!!お姉ちゃんずるーい!レイお兄ちゃんいないと思ったらお姉ちゃんに取られてた〜!」


声の大きさに驚くよりも、内容に私は思考を持っていかれ、冷静に今の状況を思い出す。

一つのベッドにレイさんと二人。

互いに横向きになって抱き合った状態。

しかも私はネグリジェに薄めのカーディガンを羽織っているのみ。

恥ずかしさから、私は慌てて飛び起き、両者に弁解する。


「ち、違、これは違くて、ね?レイさん。違いますよね?

サーシャも違うの、だからね?」


自分でも何を言っているのか分からないが支離滅裂なことを口走っているのは理解している。

けれど頭で考えるより先に何か言い繕わなければいけないという謎の使命感から変な言葉が次々と出てくる。

結局どうしようもなくなった私は昨日と同じことをしてしまう。


「ごめんなさい!」


と一言。私はそのまま早足でサーシャの横をすり抜け、レイさんの部屋を出た。


ありがとうございました。

次回更新予定は明後日です。


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