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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
23/199

23.夜這い

よろしくお願いします。

個人的にこの回結構好きです。

レイがゴンゾとの平和的なやりとりを終え、宿に戻ると一回の灯りは全て消えており既に誰の気配もなかった。

不用心なのではないかとも思ったが、宿の入り口がスイングドアである以上過剰に気にしても仕方がないかと思い、自室に戻る。

レイはこの世界に来て以来、暗闇の中でも普通に物が見えるためランタンや蝋燭な灯りを必要としていない。

辺りは真っ暗な中レイは迷うことなく自室の2階まで進む。

扉の前まで立って違和感を感じた。

部屋の中に誰かがいる気配がしたのだ。

まさかこんなにも早く、ゴンゾ関係の誰かに正体がバレたのではないかと内心焦る。

自分もできる限り息を殺し、ゆっくりと扉を開く。


部屋の中にはランタンが微かに灯っている。レイはその明かりを見て警戒を高めた。

相手は暗闇に身を隠し、先手を取ることを捨てることを恐れていないのだ。軽く話して真正面からレイを迎え撃てる、そう考えているに違いない。

それならばまだ気づかれていないこちらから仕掛ける。

そう考えたレイは、明かりに向かってゆっくりと歩を進める。

レイが歩を進めるごと明かりは強くなっていき、最終的に明かりはベッドの横にあるサイドテーブルに置かれていた。

その明かりを確認したのち、ベッドに視線を向けてレイは一気に気が抜けた。

ベッドの上には白山羊亭の主人、ラールが座っていた。


「あ、レイさん。おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」


突然目の前に現れたレイに驚きながらも、ラールは平然と話を進める。


「え?ラールさん?あれ、部屋間違えました、俺?」


あまりにここにいるのが当たり前なその態度にレイは入る部屋を間違えたのかと焦る。


「あ、違います。

私が勝手に入ったんです。夜遅くにすみません。

どうしても聞いてほしい、話があるんですけどいいですか?」


ラールの声は静かながら、拒否できない雰囲気を醸し出していた。

改めてラールを見ると、彼女は普段の給餌服とは全く違う服装をしていた。

ネグリジェにカーディガンを羽織った姿で、10代の男子からすればこれ以上ないほどに扇状的な格好をしていた。

いつもは元気で少し慌ただしいという印象があるため余計、その大人びた格好に気がいってしまう。

鈴屋泰斗のころはもちろん女性と関係を持つことなんてなかった。縁があるない以前に、そんな余裕が身体的にも精神的にもなかった。そんな男が10代かは怪しいが、見た目10代の体を手に入れて興奮していないはずがなかった。

そんなレイは圧倒的に童貞的な思考をしていた。

ラールとはまだ出会って数日しか経っていない。まだ相手のこともよく知らないではないか。とてもじゃないがそういった関係になりたいと思えなかった。決してラールから誘われている訳ではないのに思考はいつもの1.5倍くらい早くワケのわからない帰結にたどり着く。そしてレイは、体は興奮しているのに心が拒否をするというとても不思議な感覚を感じていた。


「どうしたんですか?」


思考を終え、ラールを見る。彼女は黙ってレイを見ていた。

ワケのわからない童貞思考の最中もラールはレイの言葉を待っていた。

そんな沈黙に耐えきれずレイはラールが話すよう促す。


「今日もすみませんでした。」


「ゴンゾのことなら仕方ないですよ」


「いえ、それだけじゃなくて・・・・ゴンゾが最近うちを荒らしているってわかっていながら、そのことを・・・・伝えなかったこともです。」


「・・・まぁそれは確かに事前に教えてもらったら助かりましたね。

無駄にサーシャを怖がらせずに済んだだろうし。」


ラールは前から、夜はサーシャを白山羊亭から離していた。

その理由をサーシャは知っていた。それならば姉であり、この宿の主人であるラールが知らないなんてあり得なかった。ただどうしてそのことを教えてくれなかったのだろうかとレイは思う。


「・・・・すみません。」


ラールは力無く謝罪する。

話が一旦途切れたことで、レイは向かいに置いてある机付きの椅子に腰掛ける。

ランタンの明かりだけが灯るこの薄暗い空間に静寂が訪れる。

ベッドに座ったままのラールと対面し、今度はレイから話を始める。


「でもどうして初めに教えてくれなかったんですか?」


そう問いかけるとラールは体を震わせる。

どうもレイが怒っていると思ったようだ。

沈黙ののちラールは顔を俯かせ、レイとは視線を合わせないまま少しずつ話し始める。


「・・・すみません。・・・・私・・・・借金があるんです。

最近両親が亡くなって私がこの宿を急遽引き継ぐことになったんですけど、母が亡くなってから借金の事を父から聞かされて、初めて知ったんです。

母が死んで、埋葬するためにお金を借りたと。

父は母が死んでから廃人同然になってしまいました。

そんな寝たきりの父を養うためにも頑張って働いたんですけど、借金の返済と日々の生活に必要なお金は私だけではどうしようもなかったんです。

それで結局その場しのぎで、またお金を借りてしまって。

そんな父も最近亡くなりました。

それで私と妹2人だけになった時ゴンゾは現れたんです。


“早く金を返せ”


そう言って直接返済をせがみにゴンゾが店に来るようになって、イチャモンや他のお客さんを脅したりで・・・お客さんがどんどん減っていったんです。

それでさらにお金がなくなっていって。今来てくれる冒険者の方もみんな父や母に恩があって来てくれているんです。この宿に泊まりたいからじゃなくて。

そんな時にサーシャがレイさんを連れてきてくれたんです。

ただ何の先入観もなく、ただ宿に泊まりに来てくれたお客さんなんて本当に久しぶりで、まだこの宿を必要としてくれる人がいるんだって。・・・ゴンゾのことは何度も言おうと思ったんですけど、久しぶりのお客さんで嬉しくて。

それに借金とかを考えると・・・全く口が動きませんでした。・・・・・・ごめんなさい」


そう言い、ラールは唇を噛み締め、堪えようとするが自然と涙が流れ出る。


ラールはレイと近い歳ながら、レイとは異なり大きな責任を背負っている。

早くに両親を亡くし、まだ幼い妹の面倒を見なければならなくなった。

そして返さなければならない借金もある。


自分だったらとラールの状況を置き換えて考える。

それもレベルカンストさせある程度の力があるレイではなく、なんの取り柄もない鈴屋泰斗として。もし泰斗が突然そうした状況になったら1人で頑張ってこれただろうか?

泰斗なら無理だ。簡単に心が壊れてしまうという答えが出る。

例えカンズのように支えてくれた冒険者がいたとしても、心から頼ることができただろうか?自分ではなく、自分の両親に恩があるから助けてくれている存在に。

そんなカンズたちはラールからしてみれば、いないのも同然だったのかもしれない。

きっとラールの心は壊れる寸前で、何かしらに救いを求めているのだと思う。

両親と関係のない何かに。


レイは昨日ラールの境遇に対し、居場所を守りたいという自分と似た想いを感じて助けたいと思った。しかし彼女の抱えている問題は想像以上に深かった。

レイは今ある場所を、自分を認めてくれる配下を取り戻したい。

けれど彼女はそんな場所や存在を一から欲していた。

取り戻すのと新しく得るのでは話が変わってくる。


自分の思い違いに腹が立つ。

そして今の彼女の思いを汲み取れていない自分を情けなく思う。


彼女は今どういった思いでここに来てわざわざ謝っているのか?

助けが欲しいのか?

それとも罪悪感から逃れたいのか?


少なくともレイ個人に悪いと思っただけで誤りに来るような甘い性格をしてはいないと思う。いや、世界がそうした甘さを持たせてはくれていないはずだ。

今見せている感情は本物で、色々溜め込んできたのが溢れているのだとしても、歳の近い男の部屋にそんな格好でただ単に謝りに来ただけなのだろうか?

先ほどは童貞的な先走った考えをしたが、話を聞いて改めてラールの格好の不自然さに目がいく。ただ謝りたいだけなら普段の給餌服でも問題はないはずだと。


そう思考している間もラールは涙を堪え切れずに泣き、嗚咽を漏らしている。

泣いている彼女を放っておくのもどうかと思い、備え付けのティッシュを渡す。


「・・あり・・がとうご・・ざいま・・す・・・。」


ラールが泣いている間レイは何も話さない。

そして涙が止まったタイミングで彼女に声をかける。


「本当のことを言ってくれてありがとうございます。

ゴンゾのことはそれほど気にしてないです。

それに俺はできる限りはあなたを助けたい。

だから今日は一度寝て、また明日考えましょう。

部屋まで送りますよ?」


レイは偽らざる気持ちを伝えた。

しかしラールはこの部屋から遠ざけることをレイからの拒絶だと考えたのかもしれない。

ラールは腫らした目でレイを見つめている。何かを伝えたいようだが、どうしたらいいのかわからない様子で、それでも少しずつレイに自分の意思を伝えようとした。


「あの・・・・私は・・・・今・・・何も・・・レイさんに・・・報いること・・・ができません。初め・・・会った時に説明・・・できなかっ・・・たことも・・・ゴンゾ・・の・・・ことも・・・・・だから・・・こん・・な私の・・・体で良か・・ったら・・・・好きに・・・使って・・・ください・・・・。」


途切れ途切れな彼女の話を聞いてやっぱりそうだったのかとなぜか残念な気持ちになる。

心の奥底ではそうしたことだろうとは思っていた。

それなのにその言葉を聞いた途端、無性に腹が立ちベッドに座っていた彼女を押し倒してしまう。

自分を情けないと思い、彼女の気持ちを理解できない自分に怒っていたはずなのに、怒りの矛先が彼女に向いてしまう。

なぜだかは自分でも咄嗟に理解できなかった。


「きゃ、、、」


予期していないレイの行動にラールは短く悲鳴をあげる。

倒されたラールはレイに馬乗りにされ、逃げられないように両腕を上げ、手で押さえつけられた。

これほど手荒にされると思っていなかったのか、それとも断られると思っていたのかわからないが、ラールの身体は震え、おそらく先ほどとは違った理由、恐怖から涙が流れている。


「震えていますけど大丈夫ですか?」

この状況でもレイは口調を崩さない。

元から親しい人がいないため砕けた口調を使い慣れていないということも理由の一つだが、口調まで砕けさしてしまったらなし崩しで深い関係になってしまうような気がした。

そのため乱暴な行動をしていても言葉は丁寧に、ラールに話しかける。


「・・・・はい・・・・。」


ラールはキュッと目を瞑り体を固くさせ、返事をする。

そうして懸命に耐えようとすればするほどするラールに対しての苛立ちが募る。

怒りに身を任せ、彼女を好きにしろと誰かが訴える。

しかしそれではだめだ、自分に冷静になれとも訴えてくる。

彼女を拘束したまま、彼女に対する怒りの原因を探る。

怒りの原因がわからないままでは今後も似たような行動をとってしまうかもしれない。


自分には何もないからラールはレイに体を差し出すことが報いだと言った。

しかしそれは本当にレイのことを思ってなのか。

レイはこの世界に来てからのことを思い返す。

泰斗の頃はそもそも恩など受けたことがない。

しかしレイは違う。レイはこの世界に来て、イーリからたくさんの恩を受けた。

打算ありきの恩だったかもしれないが、レイがその恩に答えなくてもイーリは何も言わなかった。むしろパーティメンバーを不甲斐なく思い、勧誘した自分にすら罪悪感を抱いていた。


レイはNPCたちを取り戻す。イクタノーラの復讐。それ以外にイーリへの恩返しも今の目標に掲げていた。

レイがイーリに対し、報いたい恩とはこのようなことだったのか?

レイがイーリに報いたい恩はイーリの気持ちを無視した独りよがりな生贄心だったのだろうか?もしそうならレイは今からでもイクタノーラの怨念に必死に耐え、ハーモニーの連中に頭をさげ、パーティに入れてもらえるように懇願する。けれどイーリはそんなことを望むだろうか?


・・・・決してそんなことを望まない。


自分を犠牲にしてまで、というより恩着せがましく自分を犠牲にしたような報いを望まない。

レイとイーリ、ラールとレイ。

泰斗は恩を与える側と与えられる側に立った。

だからこそわかったことがある。

レイは別にラールに何かを求めてゴンゾを敵に回したわけではない。

ラールに自分と似た感覚を覚えたから、サーシャが怯えていたから、そして何より単純に自分が絡まれたから敵に回したのだ。それをまるで自分を助けるために犠牲になった被害者のようにレイを扱う。

そして今後のためなのかラールの思いは分からないが、彼女は自分を犠牲にするような話ぶりをする。

きっとレイはそれが気に入らなかったのだ。

気がついた俺は冷静になれた。

そして多少ムラッと来てしまった童貞な自分にも再び腹が立った。

ゆっくりと呼吸をし、伝えたいことをラールに伝える。


「俺はラールさん、あなたとは堕ちません。」


ラールをこのまま何も考えず抱くということはイーリの考えを否定することと同義だと考えた。

それゆえ、レイは堕ちないとラールに告げた。

ラールは閉じていた瞼を開き、ホロホロと涙を流す。

この涙はどういった意味なのだろうか。

恐怖ではないが、恐怖も含まれた複雑な感情の涙が彼女から流れ落ちる。


「私じゃダメですか?私を・・・抱いてはくれませんか?」


「ごめんなさい。」


「どうして・・・ですか?

私が獣と人のハーフだからですか?」


「ハーフだとか種族なんて今は関係ないです。」


「・・わかってます!!わかってますけど!!・・・・・・・もう・・・・一人は嫌なんです。寂しいんです。怖いんです。どうして私が・・・お父さんも・・・お母さんも・・・死んじゃって・・・宿を一人でやらなきゃいけない・・・・妹の面倒も・・一人で見なきゃいけない。それなのに・・・変な怖い大人ばっかりで・・・誰も私を見てくれない・・・お父さんとお母さんの子供だからって憐れんで・・・私を・・・誰も私なんて・・・見てない。

どうせこのまま・・・暮らしていたってそのうちゴンゾに・・・・・・・・・。

どうして私は・・・ダメなんですか・・・・か?!レイさんだけなん・・・です!出会って間もないのに・・・私を見捨てないでくれたのは・・・私たちを助けてくれたのは!!

一緒にいてください・・・・一人に・・・しないで下さい・・・・」


ラールの涙はとめどなく溢れ出てくる。

昨日は溜め込んでいたものをただ外に吐き出しただけだった。

しかし今日は違う。怒り、悲しみ、寂しさ。ありとあらゆる感情が全てレイにぶつけられる。

きっとラールは今、何も考えずこの辛い現状から目を背けたいのだろう。

だがそうはさせない。

話し合うこと、向き合うことをやめてはいけないとレイは言葉を続ける。


「俺だけじゃないですよ。2人を守ってくれた人はたくさんいるじゃないですか。

ラールさんの両親と深い縁があったからって思ってますけど、それだけじゃないと思います。力になれないと悔しがっている人を、二人のために何かできないか考えてくれた人だって俺は知ってます。

初めはあなたたちの両親を思っての行動だったかもしれない。

けど今でも残って二人を支えようとしてくれる人は亡くなった両親じゃなくて二人のためにきっと動いているんだと思います。」


そう伝えはするがラールは泣きじゃくってレイの言葉を聞くことすら拒む。

その様子はまるで泣きじゃくって何も聞かない子供の癇癪のようだった。

そんなになるほどラールは限界だったのかとレイは居た堪れない思いになる。

レイは捕まえていたラールの腕を離すと、そのままラールの隣に横になり、真正面からラールを抱きしめる。

昔、父親が生きていた頃に泰斗にしてくれたこと。

自分の記憶にぼんやりと残る父親との最後の記憶。

どうしてかはわからないが自分がどうしようもないくらい泣いているといつも力強く抱きしめ、頭を撫でてくれた。そうすると自然と泰斗は落ち着くことができた。

ラールも今欲しいのは現実逃避できる快楽や理路整然とした説明、慰めの言葉なんかじゃなかった。

力強くラールを抱きしめる。

頭を撫でる。

昔自分が父親にしてもらったように。

ラールは俺に抱きしめられると一瞬体を硬直させるが、すぐに声を上げて泣き始める。


どれくらい時間が経過したのかはわからない。

ラールは再び泣き疲れて寝てしまったようだった。

レイはラールの頭を撫でながら思考に耽っていた。

どうすればラールを現状から救うことができるのか。

この世界に来てからどうすればいいかと考えることが増えた。

ダイイングフィールドのNPC配下を求めて。

イクタノーラの殺意をどうにかしたくて。

イーリにどうすれば恩返しができるか。

そして今はラールのこと。

考えを巡らせているうちにレイの意識も薄れていった。

ありがとうございました。

次回更新予定は明日です。

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