21.酒場での騒動
よろしくお願いします。
乾いた洗濯物を取り込み、各部屋のベッドメイキングを行う。
夕食どきには仕事は全て終わった。
2人で手を繋ぎ、食堂に足を踏み入れると、食欲をそそるいい香りが鼻腔を掠める。
自分が空腹だったことを今思い出したかのように腹の虫がうるさくなり始める。
とてもいい香りに体が刺激されたようだ。
しかしこれだけ美味しそうな香りを漂わせる食堂に客は少なく、なぜかピリついた雰囲気をしている
レイとサーシャが食堂に瞬間、射殺すような視線を向けられる。
しかし食堂にいる僅かな客は皆、サーシャを見ると驚く。そしてカウンターで料理を作っているラールに視線を送る。
その視線に遅れながらラールも気付き、慌ててレイとサーシャに駆け寄ってくる。
「早く座ろ〜?」
一体どうしてこんなにも客は少なく、厳しい視線を向けられるのか考えていたレイであったがサーシャに手を引かれたことで思考は中断される。
「ちょっとサーシャ!?なんでここにいるの?
今日もレイさんと夜ご飯食べるって言ってたじゃない?」
カウンターから飛び出して来たラールが怒気混じりの声でサーシャに話しかける。
「うん。今日はここで食べる!
お姉ちゃんのご飯食べたいし、レイお兄ちゃんが一緒だから大丈夫〜?」
しかしそんなラールの怒りなど全く気にしてないようで、なんだか自慢気に胸を張るサーシャ。
「最近はレイさんと外にご飯食べに行ってたじゃない。」
「でもレイお兄ちゃんと一緒にお姉ちゃんのご飯食べたかったんだもん。」
「夜は忙しいから外で済ませてねってお願いしたでしょ?」
姉妹の言い合いは次第にヒートアップしていき、ご飯を食べていた客もその様子を見てどう対応するべきか悩んでいる。もちろんその言い争いの渦中にいるレイも同様に困っていた。
そんな時、食堂の入り口側から大きな物音がする。
バンッ!!!
皆の視線が音のした扉に向く。
ゾロゾロと手下みたいなのを連れた禿頭で巨大な体躯の男が立っていた。
入り口のスイングドアは大柄な男の腕で力一杯に開けられ、壁に打ち付けられ、さらに木製のスイングドアは壁と男の腕で両挟みにされいるためミシミシと嫌な音を立てている。
「おい!今日も来てやったぞ、ラール。」
大柄な男は僅かに酔っている様で顔を赤くしながらラールの名を叫ぶ。
その声に呼びかけられたラールはもちろんのこと、他の客すら顔を顰めていた。
サーシャはその声に怯えているのかレイのローブを握りしめている。
レイはその大柄な男が、昨日ぶつかりそうになった横柄な男だと気がつき警戒を高める。
サーシャをあの大男の視界から外れるように腕で守りつつ男の行動を一挙一動見逃さないよう努める。
「おいおい、せっかく今日も来てやったってのに挨拶のひとつもねぇのか?!」
皆がしかめ面を浮かべている中、なかなか自分の元に来ないラールに痺れを切らしたのか大声で文句を言う横柄な男。
ラールは一息深く呼吸をするとサーシャとの言い合いを止め、小走りで食堂先の扉のへ向かう。
「いらっしゃいませ、ゴンゾさん。
すみません、少し手が離せなくて。」
誰がどう見ても作り笑顔であり、どう見ても引き攣っているラール表情。
ゴンゾと呼ばれた大男はそんなラールの様子に一切気がつくことなく、何が楽しいのかわからないが、仕切りにラールを見ては汚い笑みを浮かべている。
「ほら、早く席に案内してくれよ。
空いている席が多すぎてどこに座っていいか分からねぇからよぉ」
「・・・・かしこまりました。ご案内いたします。
こちらへどうぞ。」
ラールが先導しようと前を歩こうとする。
しかしゴンゾは後ろからラールを引き、その太い腕でラールの肩を抱き寄せる。
ラールは一瞬目を見開き驚くが、慣れているのか悲鳴一つあげず、そのままゴンゾとその取り巻きたちを席に案内する。
ラールの案内でゴンゾはレイたちとはかなり離れた位置に座っている。
サーシャのために距離をおいたのだろうが、その距離が災いしてレイには何を話しているのか聞こえない。
説明できるのか、状況を理解しているのか微妙ではあるが、他に聞ける人がいないため、先ほどからレイにピッタリくっついているサーシャに話を聞いてみることにした。
「俺らも座ろうか?」
しかしサーシャは首を横に振る。
「座らないの?」
サーシャは首を振る。
先ほどまで姉と言い合っていた元気が嘘のように消えてしまい、困惑する。
サーシャは恐怖からレイの言葉すら耳に入らなくなってしまっているみたいだった。
一体ゴンゾという男はサーシャに何をしたのか。
レイが悩んでいると、近くの席から声がかかる。
「おい、そこの兄ちゃん。とりあえずこっちきな。」
先ほどレイとサーシャが食堂に入ってきた時、最初に射殺すような視線を向けてきた男だった。
この状況であのゴンゾという男以外の厄介ごとを抱えたくなかったため、レイは素直にその男の指示に従い、テーブルに向かう。
レイはサーシャを抱き抱え、その男と対面で座る。
「サーシャにだいぶ気に入られているんだな、兄ちゃん。」
サーシャがレイを信頼している様子を見てその男の視線が和らぐ。
先ほどのきつい目つきはなく、自分の娘を慈しむような優しい目でサーシャを見ている。
「あなたは?」
レイは咄嗟に気になったことが口から出ていた。
「俺か?俺はこの街で冒険者をしているカンズってんだ。よろしくな。」
「冒険者。同業の方なんですね。俺はレイです。よろしくお願いします。」
「冒険者にしちゃぁ丁寧な口調だな。どこかのボンボンか、金策に苦労した木端貴族か?」
「貴族なんかじゃないですよ。」
「そうかい。まぁなんでもいいがよ。どうしてここにサーシャを連れてきた?」
軽く自己紹介をし合った後、再びカンズの視線が鋭くなる。
しかしレイはその質問の意味がわからず首を傾げてしまう。
「ずっと外で1人で外食させるなんて可哀想じゃありませんか?
それにサーシャも姉のご飯が食べたいと言っていましたし。」
そう答えるとカンズは一瞬呆けた顔になり、こちらをバカにするような表情を向けてくる。
「兄ちゃん、わかってねぇな。」
「何をですか?」
「はぁ・・・ラールの嬢ちゃんがわざわざ妹をここに居させない訳をだよ。
あの男はな、この国を占めるロク商議会、スレーブンの幹部なんだ。」
「そのロク商議会ってのはなんですか?」
ロク商議会という単語で話が伝わると思っていたのかレイの理解していない様子にカンズはさらにため息を深める。
「はぁ・・・この街どころか、この国に初めて来たやつのセリフだぞ?
聞いたことねぇか?この国を仕切っている6人のことを。」
「確かにこの国に来たのは数日前です。
6人って何だかすごい豪商のことでしたっけ。この街に来たとき軽く説明してもらった気がします。
でもロク商議会ってのはそんなに権力を持っているんですか?」
「そんなことこの国では常識だぞ?
ロク商議会ってのはな、ただの大商人ってわけじゃないんだ。
この国に商人が多いのは知ってるだろ?」
「はい、昔この土地の貴族を商人たちが団結して追放したとか。」
レイは数日前、この街に訪れた時にイーリからしてもらった説明を思い出す。
「あぁ。でも独立ってのは貴族を追い出したからってそれで終わりじゃない。
その貴族の報復や別の貴族、国から狙われないようにするため急ピッチで国としての体裁を整える必要があるんだ。じゃなけりゃ、結局あれこれ理由をつけてこの場所を狙ってくる奴らはたくさんいるからな。
そんでその時、最善だと考えられた方法は、商人たちで各分野で長を選出し、その長たちが決めたことに逆らわず従うこと、自分達の国を守るためのルールが作られた。
早急に国としてのまとまりを見せるために。
そしてその各6つの分野から長が選出されて出来たのがロク商議会だ。
その名残が今でも残っていて、ロク商議会に逆らうとこの国で商売ができない。
貴族の支配から脱却したとか何とか言って、身分制のない国であることには変わりないが、格差はあるんだ。
この商人だらけのこの国で商売ができない、
この意味は流石にわかるよな。」
意外に博識なカンズからこの国の成り立ちを聞いて、ロク商議会の力を認識する。
権力を持つものが貴族からロク商議会に変わっただけ。
そんな身も蓋もない話にレイはガッカリする。
「この国にはそんな歴史があったんですね。
でもそのゴンゾって男がロク評議会の幹部で手を出せないなら、衛兵に突き出せば良くないですか?」
「はぁ・・・この国のトップが組織している衛兵たちだぞ?
まともに相手してくれるわけねぇだろ?」
権力者と衛兵。
国からの金で暮らしているだろう衛兵が、その国のトップ陣の連中に何かを言えるはずがない。
そんなことを失念していた自分に呆れる。
「確かにそうですね。
でもそれなら尚更、この国に属していない冒険者にはあまり関係のない話じゃないですか?」
しかしそれなら国家間の行き来が比較的自由な冒険者ならば何も問題はないのではと考え尋ねる。
「それが大有りなんだよ。
商人たちの長を敵に回すんだ。この国で何かを買ったり売ったり何もできなくなるぞ。
詳しくは知らねぇけどロク商議会を敵に回すと、各商人に通達があるらしいんだ。
指定された冒険者に物資を売ってはいけない、素材を買い取ってはならないってな。
昔俺の知り合いも何人かそうなってこの国から出て行ったよ。生きてんのかも分からねぇな。」
「なるほど。冒険者にとっては物資は消耗品でありながら、生命線。
それがなくなるのは・・・・確かにきついですね。
素材はギルドを通せばなんとかって感じですけど、やっぱりギルド職員にもロク商議会から息のかかった人はいそうですしね。
あれ?もしかしてこの宿の客が少ないのってあの男のせいですか?」
来た時から疑問に思っていた。物価や料金設定はまだこの世界に来たばかりでわからない。
しかし冒険者が多いと言われる街にしてはあまりにも客が少ないと思っていた。
この宿に宿泊してまだ数日だが、決して悪い宿ではない。
ゴンゾが長い間宿へ嫌がらせを行っていたのなら客が少ないことにも納得がいく。
「あぁそうだよ。あれはラール嬢ちゃんの両親が亡くなったばかりのことだったな。
ラール嬢ちゃんの両親には世話になった冒険者がたくさんいたんだ。
俺もそのうちの一人でな。駆け出しで金がない時にいつも飯をご馳走してもらっていたよ。
だからこの宿を若くして嬢ちゃんが引き継ぐって聞いた時は、今度は俺らが助けてやらなきゃって思ったんだよ。
でもな、みんなで決心した直後にゴンゾが店に来始めて、好き勝手し始めやがったんだ。
それでラールの嬢ちゃんを支えようって冒険者たちは減っていったよ。
今ここにいるのは昔、本当に嬢ちゃんの両親に救われた奴らだ。
みんな自分の身可愛さ優先で感謝よりも恐怖が勝っちまったのさ。」
そう言われて俺は当たりを見回す。
確かにこの宿にいるのは駆け出しというよりも年季を感じる冒険者たちだ。
「だから夜はサーシャをこの宿から遠ざけていたんですね。」
「ああ。だからいつも俺とどこか別の飯屋に行ってたんだ。」
何処か哀愁を感じさせる物言いに何もいうことが出来ないでいると、カンズは独り言のように話を続ける。
「残った俺らにできることと言ったらラール嬢ちゃんが無体なことをされないように目を光らせておくことだけだ。と言っても俺らもこの国を捨ててまでアイツとやりあう覚悟はねぇ半端もんだ。それに実力だってあいつの方が上だ。俺らがどう足掻いてもどうしようもないんだよ。」
諦観した態度で語るカンズだったが、そんな声は反対側から聞こえるどでかい声にかき消されてしまう。
「おい、サーシャいるんだろ?こっちにきて酒でも注いでくれよ?
ラールが他の仕事しないといけねぇんだとよぉ!?」
サーシャは名前を呼ばれた途端、体を震わせ、レイに強く抱きつく。
これほど恐怖する姿、出会ってから一度も見たことがない。
サーシャは今日、夜ここでご飯を食べると元気に話していた。
それにゴンゾとの面識はないような話し方をしていた気がする。
それに、会って間もないレイをこれほど頼りにしてくれているのかはわからない。
色々と気になることはある。
しかし必死に縋ってくる少女を放って置けるほどレイは堕ちていないと思っている。
まずサーシャの精神を安定させるため無属性魔法『クゥワエタス』をかける。
ただ予想外のことが起きた。
「おい!誰だ?こんな場所で魔法なんて使いやがったのは?
ア゛???サーシャの隣にいる黒狐のテメェか?!」
レイは驚く。自分がこの世界にきて一番強いと感じたイーリでさえ、魔法の発動は自分が効果を感じるまで気が付かなかった。
それなのにこのゴンゾとかいう男は普通の話声が聞こえないほど距離が離れていないがら魔法の発動だけでなく、術者まで的確に見抜いてきた。
魔法の発動を感知したということだけ簡単に判断はできない。
しかし自分の中で強いと認識していたイーリですら出来なかった、レイの魔法を感知することをゴンゾはしてのけた。
正直舐めていた。
いくらロク商議会というこの国のトップ組織の幹部と言ってもそこまで強くないだろうと。
しかしその侮りによって目をつけられてしまった。
どう言い訳をしようか考えているとゴンゾの方からこちらにやってきてしまう。
ラールが慌てて止めているが全く聞く耳を持たない。
周りの冒険者たちもどうするべきか悩んでいる。
彼らからすればなぜゴンゾが切れているのかすらわかっていないのだから無理はない。
レイは多少落ち着いたもののまだ怯えているサーシャをカンズに預けまずはサーシャの身を第一に動く。
そして席から離れ、近づいてきたゴンゾに対峙する。
昨日すれ違った時から大きいと感じていたことだが、実際に並んで立つとゴンゾの身長は2mはありそうだった。レイも設定では190近くあるはずだが、横幅の問題なのか実際の身長差以上に相手が大きく見える。
「なんだテメェ、見たことねぇな。」
先ほどまで酒で赤らんでいた顔は鳴りを潜め、粗野な口調とは裏腹にレイを警戒する様子が感じられる。実力が未知な相手に対しここまで冷静に対応している点からしてもただの酔っ払いではないとレイも再度認識を改める。
「テメェが魔法使いやがったのか?あ?」
問いかけられたが、レイは答えない。
会話よりもゴンゾの行動に注視する。
ゴンゾから目を逸らさずに、視線、体の動き、鼓動すら見落としのないように、この世界に来てからかなり本気で警戒を高める。
その警戒をゴンゾは感じ取ったのか、ゴンゾの鼓動は早くなる。
レイから見られるのが怖い。そう感じてしまった。
まるで蛇から睨まれたカエルのように体は硬直する。
しかしそんなことゴンゾには耐えられなかった。
どうして自分よりも背の低いガリガリな男に恐怖しているのかと。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
それでもゴンゾはついに耐え切れなくなったのか、恐怖を振り払うためなのか大声を上げる。そしてレイに殴りかかる。
「あぁ?おらぁぁぁ、俺の周りで魔法なんて使ってんじゃねぇよ、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ」
周りからすれば今まで互いに黙っていたのに、ゴンゾが突然発狂してレイに殴りかかった。
その様にしか見えない。そのために周りは困惑する。
そしてレイも困惑していた。
イーリと比べるまでもなく、ゴンゾの攻撃が遅い。
確かにイーリはスピード系で、あの時はレイの補助魔法も付与されていた。
しかしそれを含めて考えた上で遅いのだ。
ゴンゾの右ストレートには困惑して思考して、さらに困惑をおかわりする余裕がある。
それほどに遅い。
そんな怒りに満ち満ちた鈍行右ストレートを、軽く体をひねり最小限の動きで避ける。
レイに攻撃が避けられたと理解するとゴンゾは驚愕に満ちた表情を浮かべ、顔を赤くし連続で殴りかかってくる。
しかしどの攻撃も、やはり遅く、避けることは容易い。
これだけの巨体で見るからにパワー系。
それにしても攻撃は遅い。
ただ魔法の発動を瞬時に見破れるほどの観察眼は持っている。
魔法を見破る能力はイーリ以上なのに、格闘術は素人同然。
もしかしたらこいつは戦闘系ではなく、魔法系を得意としているのではないかという考えが頭に浮かぶ。
そしてその得意な魔法はこの宿のことを考えて使えないのではないか。
それならレイが魔法を行使する瞬間を見破ったのも納得がいく。
その考えに至ったレイはこのまま相手を怒らせ、万が一にも強力な魔法を発動されては面倒だと思い、攻撃を避ける動作から連動して瞬時に相手の後ろに回り込む。ゴンゾがレイを見失い、一瞬動きが止まった隙に前足を絡め取り、背中を軽く押す。前に倒れかけたところをさらに首に手刀をお見舞いし地面落下を加速させる。
相手は自分の体が前のめりになることにすら気づかず、勢いよく地面に接吻したことで自分が倒れたのだと理解する。そしてその理解した瞬間には意識は遠のいていた。
巨体が勢いよく倒れ込み、大きな音がなり、ゴンゾは静かになった。
あたりは一瞬の静寂に包まれ、そして皆が愕然とした表情を倒れ込んだゴンゾと、いつの間にかゴンゾの後ろに立っているレイに向ける。
ゾロゾロと連れてきていた手下が慌ててゴンゾに駆け寄り、声をかけている。
息があることに安心したのか4人がかりでゴンゾを担いで店を出ようとする。
残りの手下はレイを警戒しながらも「俺らに手を出してただですむと思うなよ。」「殺すぞ」「この街で生きていけると思うなよ」などと喚きながら担ぎ運ばれているゴンゾに続く。
ゴンゾたちがいなくなったことで再びの静寂が訪れる。
カンズとラールは驚きで固まり、サーシャはいつの間にかカンズから抜け出しており、半泣きでレイの足にしがみついてくる。他にいた客も驚いているものもいれば頭を抱えて悩んでいるものもいる。
「レイお兄ちゃん!」
サーシャは何を言ったらいいのかわからないようでただがっしりとしがみつき、涙を流しながらレイを見る。
サーシャに遅れることしばらく、正気が戻ったカンズがレイに歩み寄ってくる。
「兄ちゃん、かなり強いんだな・・・。
ゴンゾのあの強烈な攻撃をいとも容易く避けるどころか、気づいたらゴンゾを倒しちまうんだからな。」
「まずかったですかね。
突然あんな感じで殴られて、避け続けるのもどうかと思ったんで気絶させちゃったんですけど。」
ゴンゾなんかよりもよっぽどサーシャの涙とこの沈黙の方がしんどかったため、頬を引き攣らせながらも話しかけてくれたカンズには助けられたと感じるレイ。
「まぁどうしてゴンゾが難癖をつけて、兄ちゃんにキレていたのかはしらねぇがあのまま攻撃されて当たりでもしたら散々だ。仕方ねぇだろ。ただまぁにいちゃんはあいつらに目をつけられちまったからな。早めにこの街を出た方がいいかもしれねぇぞ?」
「街をですか?」
「あぁ。あいつらはスレーブン所属の奴らだ。わかっているとは思うがスレーブンってのは奴隷を扱ったり他のロク商議会の用心棒的立場。つまりは荒事を担当しているわけだ。
ゴンゾはそんなスレーブンの幹部だからな。
やられっぱなしで終わるわけがないと思う。
だから早く逃げたほうがいいって話よ。
いくら兄ちゃんが強くても大きな組織、国相手にはどうにもならねぇだろ。」
「そうかもしれませんが・・・・。」
カンズの言葉は親切心からでたものだろうが、何も悪いことをした覚えのないレイはどうして自分が身を引かなければならないのだろうかという思う。
モヤモヤな気持ちを言葉にできないでいるとずっと足にしがみついていたサーシャに話しかけられる。
「レイお兄ちゃん・・・」
不安げな眼差しでこちらを見てくるサーシャを見て、怖がらせてしまったのかと思い、視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「大丈夫?レイお兄ちゃんどっか行っちゃうの・・・?」
「まだここにいるつもりだよ?
あの怖いおじちゃんが言ったことなら気にしないで。
冒険者のお仕事で何日かあけちゃうけど、また帰ってくるから。」
寂しそうな目で見つめてくるサーシャに申し訳ないと思いながらも、離れ難く思ってくれていることを嬉しく思ってしまう。自分がいなくなることで相手の心を揺さぶっていることに自分が必要とされていることを感じられて幸せな気持ちになるなんて趣味が悪いことこの上ないと思う。
怖いおじちゃんという言葉に反応し、渋い顔をむけてくるカンズを意識的に無視し、サーシャを抱っこする。
「今日はもう遅いし、寝よっか?ベッドまで連れて行ってあげるから」
「レイお兄ちゃんも一緒に寝よ?」
「俺も?いいよ。それじゃまず寝る前に着替えたり、歯を磨いたりしようか。」
「は〜い。」
ラールに少し部屋を借りることを告げたが、ラールはまだ呆然としており反応がない。
仕方ないかと思いながら、サーシャの部屋に向かう。
そのまま寝支度を整え、サーシャとベッドに横になる。
手を繋ぎ頭を撫でながら話しているとサーシャは安心したのか寝息を立て始める。
サーシャを起こさないようにそっとベットから抜け出し、そのまま白山羊亭を出る。
明日からアケロペ迷宮のあるカグ村に向かうため、白山羊亭を離れてしまう。
今日みたいな問題が毎日起きているのだとしたら、それは非常に心配だ。
レイは安心してここを離れられるようにある場所に向かった。
今回は少し長かったですが、お付き合いしてくださりありがとうございます。
次回更新は明日、もしくは明後日を予定しております。
ブクマなどもありがとうございます。元気出ました。




