20.レイ × サーシャ
よろしくお願いします。
話せば話すほどラールの顔色は悪くなり、最終的に慌ただしく食堂の方に走っていってしまった。
ラールの後を追うか一瞬迷ったが、昨日一晩何もなかったため問題はないと考えこの場に留まることにした。
それよりもレイは1人放って置かれたサーシャが気になった。
ラールが慌てて出ていった10分後くらいに、サーシャは部屋から出てきた。
サーシャの目は焦点が定まらずぼんやりとしていた。
まだどこか寝ぼけていたようで、服を面裏反対に着て、髪はボサボサ。
おまけに歯磨きは途中までしたのか、口元に歯磨き粉がついていた。
それでも片手には初めてあった時に持っていた人形を大事そうに抱えている。
「おはよう、サーシャ。」
「あ〜レイお兄ちゃんだ。おはよう〜」
レイを視認するとサーシャは満面の笑みを浮かべレイに抱きつく。
レイはサーシャの両手を優しく離し、視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「サーシャ口に歯磨き粉ついているよ。しっかり顔は洗った?」
「うんん〜。いつも使っている台がなくて届かないの〜」
「そっか。なら俺が抱えてあげるからその間に洗っちゃいな。
部屋入ってもいい?」
「うん。いいよ~こっち~」
レイはサーシャに手を引かれるまま姉妹の部屋に足を踏み入れる。
昨日すでに、2度入っているのだが、相手の部屋を不必要に見ることに抵抗を感じたため部屋の内装などは全く把握していなかった。
しかし今回はサーシャの支度のため、必要なものがどこにあるかある程度把握しておきたいため部屋を見渡す。
年頃の姉妹が(年頃と言ってもここは異世界だが)生活している感じは全くない。
無駄な装飾品や明るい色の家具など一切なく、レイが借りている部屋とほぼ同じ作りをしていた。あえて違いを上げるならば、レイの部屋よりも多少こっちの方が広いと言うことだろう。しかしそれも姉妹で使っているため当然のように思う。
一般的な部屋には一般的に洗面台がある。
しかしあるのは桶だけ。
蛇口などはない。
そもそもこの世界には水道という蛇口を捻れば綺麗な水が出てくる設備はない。
「ファセット」というレーバーを上下させることで水を出すことができる魔法器は存在するが、魔法器は高価である上に定期的に魔術師にメンテナンスしてもらわなければならいため。そんな高価なものは貴族や有力な商人などしか持っていない。
一般市民は井戸などから事前に水を汲んでおき、用途ごとに溜めて使う。
朝の支度で使われた汚水は設置されている洗面台の桶に流し込む。
桶の底はパイプのようなものがつながっており、宿の裏にある汚水専用の容器にためられる。
都市国家連合ではその汚水は、ロク商議会のアンゲリーハイテンの管轄で彼らが雇った浄化魔法が使えるものたちによって綺麗な水にされる。
普通、宿泊客に冒険者が多い宿は鏡を設置しない。
冒険者は男性が多く、基本的にそうした暴力に身を置くものはそこまで自分の身だしなみに気を使うものはいない。むしろ設置し、壊された場合に宿が損してしまうからだ。
そのためレイの借りている部屋にも鏡はなかった。
しかしこの部屋にはあった。こうした点は女性らしいといえば女性らしいのかもしれない。
レイが抱えるとサーシャは再度うがいをし、目の前にある鏡を見て顔を洗う。
隣にかけられていたタオルで顔を拭くと、心なしか眠たそうな目が開いた気がする。
「髪型も整えないとな?」
「後でお姉ちゃんにしてもらう〜?」
「お姉ちゃん忙しいんじゃないかな?」
「ん〜毎朝お姉ちゃんにしてもらってるの〜。だから1人だとできない?」
「そっか、なら俺でもいい?」
「うん。お兄ちゃん、ありがと〜」
なんだか疑問だらけの会話をしたレイは髪を整えるためサーシャをおろす。
アイテムボックスに何か適当に台になりそうなものを取り出し、サーシャが鏡に映るように調整する。
サーシャの寝癖のついた髪をとかしながらレイはサーシャに話しかける。
「サーシャの髪はフワフワしているね。」
「ふわふわ~
でもお姉ちゃんやお兄ちゃんみたいな綺麗な真っ直ぐ?がいいな~」
「そう?俺はサーシャの髪、気持ちよくて好きだよ?」
「ん~ならいいかも~?」
「サーシャは今日、何をするの?」
「ん〜と。お部屋のお掃除と〜お洗濯だよ〜。」
「俺も一緒にしてもいいかな?」
レイは昨日ラールを手助けすると公言した。
ラールは寝てしまっていたが、ラールを助けたいと思った気持ちは本物だった。
NPC配下の元に戻る方法、イクタノーラの復讐心、イーリへの恩返しとやらなければならないことはあったが何もとっかかりを掴めていないこの現状。
物理的に一番身近な存在に対し何ができるかを考えていた。
「レイお兄ちゃんが〜?ん〜わからない?
私はお兄ちゃんと一緒に出来て嬉しいけど、お客様だからダメってなりそう?」
「ん〜そっか。それなら後でラールさんに聞いてみよっか。」
「うん〜。」
サーシャの癖毛が思った以上に強力で支度に少し時間がかかり、食堂に着いたのは8時になる手前だった。それでもサーシャは何も文句を言わずマイペースにのほほんとしており、朝慌てて食堂にかけていったラールを思い出す。
結構姉妹で性格が違うのだなと、なんとも言えない思いに駆られる。
この何ともいえない思いは今の境遇がラールを変えてしまったと考えた故なのだろうか。
食堂で食事をしている人はすでに誰もいなかった。
「お疲れ様です、ラールさん。
食堂には誰もいないなんて朝はみんなさん早いんですね?」
「あ、レイさん。お、おはようございます。
利用してくれてる方は冒険者の方が多いので、朝が早いんです。」
「お姉ちゃん、お腹すいた〜。」
「あ、サーシャ!やっと起きてきたのね。
あれ、髪自分でできたの?えらいね」
「ん〜違うの。レイお兄ちゃんにやってもらった〜。えへへ。」
「・・・はぁ。全く、少しは自分でもできるようになりなさいよ。
レイさん、ありがとうございます。」
ラールはそう言って笑顔でサーシャの頭を撫でる。
サーシャは気持ちよさそうにそのまま撫でられていたが、はっきりとレイにやってもらったことを告げる。するとラールの笑顔はなくなり、申し訳ない表情を浮かべる。
「大丈夫ですよ。サーシャの髪結構大変ですね。毎日整えているんですか?」
「時間がない時以外はしてます。
私と違ってサーシャは癖っ毛で。
それがまた可愛いんですけど。
じゃなかった、今朝ごはん準備しますね。少し待っていてください。」
それからレイはサーシャと2人で朝食をとり、各々の仕事に従事しはじめる。
ラールはレイたちに朝食を出したあと別の仕事があると言って行ってしまった。
ご飯を食べ終わるとマイペースながらサーシャは忙しそうに、部屋をあちこち駆け回り掃除をする。その間に部屋内のシーツなどをまとめて洗濯したりと思いの外手際が良くて驚いた。
お昼が過ぎた頃には掃除と洗濯は完了しており、後は洗濯物が乾くのを待つのみとなった。
2人で洗濯物を干し終わったところで、一息つく。
「今日の夜ご飯どうする?
また別の場所探す?」
「ん〜どうしよう?
マスターのご飯も、昨日のご飯も美味しかったけど、私はやっぱりお姉ちゃんのご飯が一番好き〜。」
「朝ごはん、美味しかったもんね。
そう言えばどうして、サーシャは夜いつもどこかに食べに行くの?
ラールさんに作って貰えばいいんじゃないのか?」
「ん、危ないから外でご飯食べって言われた〜」
「危ない?」
「うん〜変な人が最近来るんだって〜」
昨日の横柄な男とその取り巻きを思い出す。
そして宿屋の惨状とラールの取り乱し様。
両親が亡くなったこと以上の問題が何かしらあるのかもしれない。
レイはあの大柄の男がこの宿でどんなことをしているのか知りたいと思い、今日の夜を白山羊亭で食べようと提案する。
「ん〜?いいの?」
「だって酔っ払いが危ないから外に行っていないといけないんだろ?
それなら俺がサーシャを守るから大丈夫だろ?」
「あー確かに?レイお兄ちゃんかっこいい〜」
サーシャは簡単に納得してくれる。
今日の2人の夕食は白山羊亭でということがラールの知らぬ間に決定した瞬間だった。
ありがとうございました。
次回更新は明日予定です。




