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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
198/198

198.ネフェルシア迷宮攻略(閑話4)

よろしくお願いします。

「ベルティ、インサーン様たちはすでに到着されているようです。

次の階層で早く合流いたしましょう。」

騎士団員たちが全員30層引き上げたことを確認すると、最初に口を開いたのは聖女だった。


「はい、聖女様」

先ほどまで死闘を繰り広げていたベルティは聖女から声をかけられたことに感動しているのか、疲れている様子を見せることなく幸せそうに返事を返す。両手を胸の前で握り締め、隠れいているためわかりにくいが目からは薄らと涙ぐんでいるようにも見える。


25層の安全地帯でイーリと話している時はどこかオドオドしている様子だったのに、戦闘時と今だけで3つも異なる様子を見せる。聖国では聖女は歴史深いものでなく、当代の聖女が初代だ。そのため、ベルティが涙を流すほどに感情を入れ込む理由がわからず、イーリはさらに困惑する。


「イーリ様方も次層に参りましょう。」

そんな聖女に声をかけられてイーリの思考は中断させられる。


イーリ、クレム、聖女、ベルティの4人で次の階層に向かうと、いつの間にか消えていたインサーンがそこにいた。先ほども見たため同じではあるが、病的なほどに白い肌、痩せこけた頬からは生気を感じられない不気味さがある。


「お待ちしておりました。ここからは我ら汚泥の救難が聖女様にご同行させていただきます。」

恭しく頭を下げるインサーン。その背後にいる4名もインサーンに合わせて聖女に頭を下げる。

イーリは何度か汚泥の救難と衝突した過去がある。そのためある程度の顔見知りと仕事をしなければいけないと思っていたが、4人のうち3人は全く見たことない顔だった。


インサーンと、大柄で体格がガッチリしているハンマー使いのクルイデンとは言葉を交わした数は少ないが、何度か争いに発展しかけたことがある。インサーンのような不気味な長身細身男と、クルイデンのようながっしりした体格の低身長男は服装も同じなだけ既視感を感じる。最後、この5名の中で紅一点の女性はベルティのように気弱そうな見た目をしており、とても幸薄そうな空気感がある。ベルティのように女性らしい体つきをしているわけではないが、行動の一つ一つに色気を感じる不思議な修道女だった。


彼ら全員と挨拶をし、交流を深めてから迷宮探索に臨むことなどなくインサーンが4人とベルティに指示を出す。31層からは出現する魔物もさらに変化する。あらゆるところに呪火の瞳が浮遊しており、迷宮探索者を見つけると目から火の光線を出力する。そしてその光線、一度目は宙にカラ撃ちされる。その光線を見た呪火の瞳と燃え盛るスケルトンは次々に迷宮探索者向かって群がってくる。


そのため、基本的にはこれ以降の階層は魔物に見つからないように立ち回ることが推奨されている。


しかし、クルイデンと似た体格をしているタガートと呼ばれるスキンヘッドコンビは群がってくる魔物一体一体をハンマーで、盾で潰していく。2人に魔物の視線が集まるのを利用して残りのメンバーは次層に進む。聖女が次層に進んだことを確認するとインサーンに似たプトパルトという男がデコイ役の2人を呼びに向かう。攻略の人数が減り、個々人のレベルが上がったことで攻略のスピードは倍ほど早くなった。


魔物だけでなく、汚泥の救難を警戒するイーリは今回後衛を勤めている。そして迷宮攻略を進める数日でいくつか気がついたことがある。まず、汚泥の救難は特定の時間になると膝をついて祈り始める。戦闘など手が離せない時などは多少の誤差はあるが毎日祈りを行なっており、欠かしている姿をイーリは見ていない。


次に実力である。インサーンはイーリでも簡単に気がつけないレベルで隠密を使いこなすことができる。それは彼がこの組織の中でも上積みの実力者であるため。戦闘を見る限り他の4人はインサーンほどではない。しかし、30層まで攻略を共にしてきた騎士団長よりは強いように感じた。その証拠にベルティは中々攻略の手伝いをできずにいる。さらに、ベルティは時折ウテナという女性に親しげに話しかけている姿をイーリは目撃している。会話を聞く限り、ウテナはベルティが務めるコルヴェ諜報集団の前団長だったようだ。この点からも実力が団長たちよりも優っているという考えは確かに感じられる。


最後にインサーンである。プトパルトも確かにインサーンのような見た目をしており、背丈が高い分、インサーンより不気味に感じる人もいるかもしれない。だが、イーリにはインサーンの方が圧倒的に不気味に思えた。その理由が当人でもはっきりと言葉にできない点がさらにインサーンの気味の悪さを助長していた。


イーリが後衛から汚泥の救難に対しての分析がある程度終了し、今回の迷宮攻略中であれば背後から奇襲を仕掛けられることはないと判断したその頃には、一団は40層のボス部屋まで到達していた。


「イーリ様、聖女様の護衛よろしくお願いします。クレム様、タガートが盾役。クルイデンとウテナがメインで攻撃を。プトパルトとベルティは援護をよろしくお願いします。」


40層のボスは深紅の胎殻ヴェズノール。推定レベルは80〜90で、地獄騎士グラベインの時に周りをカバーする余裕があったクレムですらこの敵相手には余裕はない。しかし助ける必要などなく、盾役となった2人がヘイトを集めて攻撃を受けている間にクルイデンはハンマーで、ウテナは魔術で先ほどの団長以上の威力の攻撃を当てていた。プトパルトは詠唱によりヴェズノールにデバフをかけ、ベルティは隠密で背後をとり攻撃を当てる。


それにヴェズノールは卵形の殻に包まれた異形の姿をしており、移動手段を持たない。常に中央に殻ごと鎮座しており、卵の殻には赤いひび割れ線が無数に伸びる。短い枯れ枝のような手で攻撃を繰り出す。移動範囲も攻撃範囲も狭いため、常にヘイトを集める必要がない。それでも彼ら盾役がヘイトを集めるのはヴェズノールの攻撃手段に理由があった。ヴェズノールは自分が移動手段を持たないため、無数の産卵を戦闘中に行う。そうして排出された魔物は即座に孵化し、戦闘を行うことができる。それにその産んだ魔物たちが足となりヴェズノールは移動することも可能となる。


しかしその移動を見せる頃ヴェズノールの体力は半分を切っている。戦いが始まりまだそれほど時間が経っていないにも関わらずヴェズノールは産卵を繰り返した。それはこの魔物がそれだけ追い詰められていることを示している。


クレムとしても相手のレベルは上がったが、地獄騎士グラベインと戦った時よりも戦闘に余裕が感じられた。当人はグラベインと戦闘した時の記憶はとうに消え去っており、体がいつもより楽に感じるなくらいの差でしかなかったが、外から見ていたイーリはクレムの動きが格段に良いことに気が付く。


「どうです?イーリ様。汚泥の救難の方々は。」

大量に魔物が産卵され、聖女の方にも魔物がやってきているにも関わらず聖女は呑気に世間話をイーリに振る。イーリは産卵されてこちら側に来た魔物の対処をしているため、聖女の言葉を無視する。


「イーリ様、あなたが聖教者でないにしても聖女様のお言葉を無視されるのはやめていただきたい。」


流された聖女は特に気にする様子もなくイーリの様子を見て黙ったが、隣で共に護衛をしていたインサーンは聖女を無視した行動が許せないのかイーリに発言する。


「私が聖女の話し相手になるので、お前は私と害虫駆除の役目を交代するか?」


「あなたであれば害虫駆除をしていようが聖女様と話す余裕くらいありましょう。」


「あら、そうなのですか。イーリ様。」

インサーンの言葉に反応する聖女。面倒な2人だと思いイーリは害虫駆除を行いながら少しずつ距離を離す。


「聖女は黒い布の用意でもしたらどうだ?もうすぐ戦闘は終わるぞ。」


「今度はこんなに早く方付くのですね。」

周囲で戦闘を行なっているとは思えないほど呑気な声音で聖女はまだ生きているヴェズノールに近づいていく。流石にそれは危険だと感じたイーリは聖女の首を掴み後ろに引き戻す。


突然後ろから引っ張られたにも関わらず、聖女は真面目にイーリに質問をする。


「どうして私の首を引っ張るのでしょう。とても危ない行為ですよ。」


「それはお前がまだ生きている魔物に近づいていくからだ。」


「でもイーリ様は仰いましたよね。もうすぐ終わると。現にヴェズノールは今、息絶えました。」

聖女はヴェール越しに笑みを作る。自分の首を引っ掴むイーリにその姿が見えていないと分かっていても。


「それでは私は役目を全うして参ります。」

イーリが何も返事を返せずにいると聖女はそのままヴェズノールに向かって歩いていく。得体の知れない様にイーリが困惑しているとインサーンが近づいてくる。


「イーリ様、あれが聖女様です。我々が長年待ち望んでいた聖女様なのです!形骸化した概念の聖女ではない、本物の聖女様なのです!!!」


「やめてくれ、ただでさえよく分からなくて気持ちが悪いのに、お前までそのテンションになるな、狂信者め。」


聖女が離れて行った途端にハイテンションな狂信者っぷりを見せるインサーンにイーリは辟易とする。ここ最近のゴタゴタに加えて騎士団がいなくなった途端見え隠れし始める聖女の特異性、イーリの苦手な集団である汚泥の救難。流石に困惑しすぎたイーリは見逃していた。


深紅の胎殻ヴェズノールを覆う黒い布から出てきた聖女が脂汗を浮かべながらふらついている姿を。

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