196.ネフェルシア迷宮攻略(閑話2)
よろしくお願いします。
ネフェルシア迷宮の攻略を進めるイーリと聖国の人間たち。
21層からは道中に出る魔物に変化が見られた。
赤熱コウモリと炎殻ゾンビに加えて、炎舌のワームも現れるようになった。コウモリやゾンビと異なり、巨軀のため1匹であれば討伐は人数が多い分簡単に行える。しかし、迷宮も21層以降、ただの石作りの回廊からマグマ溜まりの岩石地帯に変化した。そのマグマ溜まりから炎舌のワームは出現する。そのため、前衛が通り過ぎたマグマ溜まり。中衛が通っている途端に姿を現すことだってあった。前衛だけではなく、前後左右どこからもで魔物が襲ってくるフィールドに変化した。そのため、陣形を大幅に変更して攻略に臨む。
前衛は騎士団7名、中衛に聖女とイナーム兵団3名にコルヴェ諜報集団2名。聖女の隣にはイーリとクレム。イーリのいる左側には騎士団3名、クレムのいる右側にも騎士団3名。そして残りは後衛に配置。どこから魔物が現れても初手を対応できるような構成に変更した。
1層から20層までボス部屋を除き石作りの回廊だった。そのため21層以降からの階層はマグマ溜まりのある岩石地帯がデフォルトになるかと思われた。しかし、次の22層は様子が異なる。構成はマグマ溜まりに岩石地帯で変化はないが、空気に薄らと霧が立ち込めている。呪いによる影響かと、前衛にいた騎士団が聖属性魔術『聖鎖の祈祷』を使用したが、霧は晴れない。『聖鎖の祈祷』は呪いの効果を半減する能力。呪いと炎が中心となるこの迷宮において突然の濃霧は呪いを連想させる。そのため騎士団員は呪いの効果を半減する魔法を使用した。呪いでないと判断し、22層を進む。それからしばらくして異変が集団を襲う。これまで一撃、二撃で仕留めていた炎殻ゾンビの耐久値が上昇したのか、倒すまでの攻撃回数が増えていく。この階層に入ってから強くなったのであればボス以外でもレベルが上がったのだと納得できた。だが、ゾンビの耐久値の上昇はこの階層に入ってしばらく後に起きた変化だった。仕留めたと思い剣を鞘に収めた騎士団がゾンビの不意打ちをくらい、負傷するケースが徐々に増えていく。それは赤熱コウモリも炎舌のワームでも同様の現象が起きていた。
状況に困惑する騎士団員が増えていくなかで、団長たちはどこか苛立たしげに騎士団の様子を見ていた。そこからも負傷者が増えていくだけで、状況が好転することはなかった。
痺れを切らしたのか、キュライトが舌打ちをするとリュックと一緒に背負っていた杖を取り出し、構える。
『慈悲の光よ 咎と穢れを包み、我らの痛みを洗い給え
今ここに 聖なる陣を成し、万象を清めん 祝清陣』
一団の周りに魔法陣が浮かび、鎧や剣が浄化されていく。
「聞け!この階層の霧は時間が経つほど、武具に呪いが蓄積されていく。早急に次階層に向かう。騎士団、次階層へ急げ!」
ドンッと杖を地面について騎士団員の視線を集めるキュライト。
粗野で気だるげな様子は一切感じられないイナーム騎士団長の姿があった。すでにこの霧が呪いであることを知っているようであったし、騎士団長たちは周りの騎士たちとはレベルが異なるのだと再認識するイーリ。
22層を突破し、23層では霧は晴れていた。マグマ溜まりに岩石地帯がよく見える。周囲を警戒しキュライトの指示を受けながらイナーム兵団員たちは騎士団と諜報集団の呪いを解呪していく。
25層に上がる頃には岩石地帯にも慣れて、22層のように濃霧が発生することもなかったため、騎士団が負傷する事はほとんどなくなっていた。25層に入りそのまま攻略を続けていたが、魔物が一体も現れないことに騎士団員たちが違和感を感じ初め、イーリに教わった方法で索敵の範囲を広げていく。
「ティモシー団長、この辺り一体魔物の気配がありません。休息を取るのであれば今かと。」
前衛を務めていた騎士団員が索敵結果を踏まえた上で、団長に提案を行う。
「うむ。では、陣を展開せよ。展開後、団員は私のの元に集まるように。」
ティモシーからの指示を受けて騎士団員たちは動き出す。それからしばらくして陣の支度が整い、一団は休息を取ることになった。
「傾注!ここはネフェルシア迷宮で唯一の安全地帯である。休息を取ったのち、陣は展開した状態で26層に進む。30層の階層ボスを撃破後、再び帰還する際に回収するものとする。」
ティモシーはこちらが安全地帯と理解した上で、団員が索敵を行い、安全であることを確認するのを待っていた。先ほどのキュライトの様子見た上での解呪もそうだがこの迷宮攻略は聖女が迷宮に入ること以外に、団員を鍛えるという目的もあるのだとイーリは考える。現に、団長レベルでは、ボス部屋を除き30層まで問題なく攻略を進めることができる実力があるとイーリは踏んでいる。しかし一般の騎士は異なる。イーリが見る限り騎士団には冒険者のランクで言うところのCランク相当の実力しかない。大元には聖女の目的があるのだろうが、それにプラスして国内の人員強化が行われている。
騎士団員の訓練がエールの考えによるものなのか、各騎士団長たちの考えによるものなのかはわからないが、依頼内容が多少異なったところでイーリは文句を言うもの違うと思い、その工程に付き添った。依頼主の依頼は聖女の護衛と迷宮攻略の手伝い。依頼を受けたのであればただ仕事をするのみ。
「イーリ様、少し宜しいでしょうか。」
25層で作られた陣で休息していたイーリに声がかけられる。これまでの道中で話しかけられた丁寧な騎士団長でも、粗野で気だるげな兵団の団長でもない。オドオドとして気が弱そうな修道女がイーリに話しかけていた。修道服で隠し切れないほどの女性らしい体型をしているが、顔は目まで茶髪でしっかり隠れているため確認はできない。
「私に何か?」
「ええと、はい。この後のことについて。あ、失礼しました。私、コルヴェ諜報集団の団長を任じられています、ベルティと申します。」
「要件を聞いても?」
「あ、はい。ええと、30層のボスを攻略したら騎士団は帰路に着きます。でも、ええと、イーリ様たちと私、それに聖女様はさらに攻略を進めます。」
「たった4人で、それも護衛対象を抱えながら攻略をすると?せめて騎士団長はいてもらわなければ難しいと思う」
「あ、はい、ええと、ですので、軍隊と交代する形で別動隊がサポートに来ます。その人たちと一緒に攻略を進めて欲しいです。」
「別動隊が?」
「はい、今が攻略を開始して10日目ですよね、別働隊は3日後に来る予定です。ええと人数は5人と聞いています。エール様がそれで問題ないと言っておりました。」
イーリはエールの発言を信用できないと感じているものの、聖女という存在を無為に見殺しにするはずがないとエールにある意味で信頼をしている。そのため、騎士団が帰還してもそれならば攻略が可能だと考え了承した。
休息を取った後は30層まで突き進む。道中の魔物は多少強くなっていたが、罠や呪いのような絡め手にははまらなかった。そのため、順調に攻略を行えていた。3日で29層まで踏破し、残るは30層のボスのみとなっていた。29層から30層に繋がる階段の前で休息をとり、団長が指示した陣形を取り、最後のボス攻略に向けて出発する。
30層のボスは地獄騎士グラベイン。10層、20層のボスと異なりレベルがかなり上がる。紅蓮の大鎧を装着し、巨大な火炎剣を使用する。本体身長が2m以上あるのに加えて10層ボス赤熱のガルグロスに騎乗している。単純にボス2体を相手取らなければならず、レベルも跳ね上がる。難易度は当然高くなる。そのため今回の攻略にはクレムと各騎士団の団長も参戦していた。
基本的なタンクをクレムが受け持ち、ティモシーとキュライト、ベルティがメイン攻撃を担う。一般騎士団員はグラベインの攻撃を1撃耐えられるかすら分からないため最初は手出しを行わず、遠距離攻撃が可能な者のみ分散して攻撃を行うことで話はまとまる。
30層のボス部屋に入り、クレムは集団から離れる。
『重役出勤』
重盾役のアクティブ技能を発動させ、グラベインのヘイトを自分に向ける。ボス部屋に入るなり、真っ先に動き出してヘイトを集めるあたりどこが重役出勤なのかと指摘したくなる気持ちもありつつイーリは聖女を攻撃の範囲外に誘導する。
グレベインの標的がクレムに定まったところで、戦いの開幕として団長たち3名で同時攻撃を行う。騎士であるティモシーとベルティはもちろん、今回は火力不足のため回復役のキュライトも攻撃に動く。
『聖断』
『疾風一線』
『天の光よ 我が手に集まり 穢れを貫け 聖光槍』
ティモシーの剣が上段から振り落とされ、ベルティの短剣がグラベインの右肩を抉り、キュライトの光の矢がグラベインとガルグロスめがけて全弾命中する。クレムに攻撃をしようとガルグロスが動き出し、グラベインが巨大な火炎剣を横薙ぎにする瞬間に攻撃が決まったため防ぎようはなかった。
誰もが思ったように3人の攻撃はグラベインに命中し、相応にダメージも入っているようで、鎧の中からくぐもったうめき声が聞こえてくる。右肩の鎧は見事にひしゃげており、右腕の可動域は普段よりも狭くなったに違いない。
3人の攻撃がうまくいったことに喜ぶ部下たちを尻目に3人は散開する。与えたダメージが大きすぎたようで、クレムが自分に向くように仕向けたヘイトを3人のダメージ量が上回った。グラベインは自分の右肩を押さえる。兜を左右に動かしていると内部から光る赤い目がベルティを捉える。ガルグロスにつけられた手綱を左手で動かし、進行方向を定める。
ガルグロスは手綱の指示に従い、隠れ目の修道女に向かって走り出す。
しかし、その足はすぐに止まり、ガルグロスは周囲をキョロキョロとし始め、威嚇声をあげる。
『絡みつく視線』
クレムの盾役のアクティブ技能が発動され、敵へ降り注ぐヘイトが無数に増えた感覚に陥らせた。グラベインはその視線をものともせず火炎剣を薙ぎ払い、炎がベルティに迫っていたがそれを間一髪、横に跳躍することで避けた。攻撃を終えたためグラベインもクレムの繰り出した擬似ヘイトに惑わされる。
『気配断絶』
そしてベルティはグラベインの視線が自分から外れた一瞬の隙をつき、隠密のアクティブ技能の出力を最大にする。
グラベインはベルティを見失った上、自分に降り注ぐ無数の視線に苛立ちを覚える。ガルグロスから一度降り、火炎剣を両手で構える。ガルグロスを降りてから改めて火炎剣を見ると、その大きさはグラベインと同等のサイズ。グラベインが2mほどの巨躯である以上、火炎剣は大剣も2mは間違いない。そんな火炎剣の柄を両手で握り、平面部分を自分の顔前に構える。
すると30層のボス部屋の至る所から炎の火柱が燃え上がる。
戦っている4人以外のところにも被害が現れ、騎士団員たちも改めて集中し、火柱に巻き込まれないように気をつける。
「こっちだ!!!」
このまま火柱が出され続けてはまずいと感じたティモシーは声を上げながらグラベインに突進していく。ティモシーも身長は大きい方だが、グラベインと比べると小さい。しかし最初にガルグロスに騎乗していた時に比べればだいぶ小さく見え、剣と剣で打ち合える体格差になっている。剣での戦いになればデースト聖国 聖騎士団 団長 ティモシー・レンブラントの右に出るものはいない。
ティモシーが獲得した職の構成は大業1発に、あとはひたすらに能力上昇が加算されている。そのため、魔術師などの攻撃パターンが豊富な相手には遅れを取りやすいが、純粋な能力による剣の駆け引きとなればティモシーはかなり強い。
体格的にもレベル的にも有利なグラベインはティモシーの猛攻に押されている。
上段からの一撃をグラベインは右から薙ぎ払いをしようとしたが、右肩の鎧が形を変えているためにいつもの薙ばらい攻撃が繰り出せないようで、徐々に後退している。その隙を逃さずどんどんと技を繰り出している。
さらに『気配断絶』で隠密に徹しているベルティがティモシーの攻撃に合わせてグラベインの視覚から攻撃を繰り出している。ティモシーの猛攻を捌くことに集中しており、ベルティの攻撃の正体を悟らせないようにクレムは『挑発』を行い相手の理性にデバフをかける。そのため、ベルティの攻撃はティモシーが繰り出す不可視の一撃とグラベインには認識され、グラベインは余計防戦一方に持ち込まれる。そして、キュライトが適宜『ヒール』をかけてティモシーの継戦維持に徹していることで戦闘から一息呼吸をつく暇すら与えられない。
こうしてグラベインとの1対多の環境が整えられたことで、事前に取り決めていた作戦が次段階に進む。
「イーリ殿お願いします!お前たち、かかれ!!!!」
グラベインとの剣戟の最中に、器用にもティモシーは声を張り上げて指示を出す。
その指示に応じてまずは遠くから聖女の護衛をしていたイーリが動き出した。
「少しの間、自衛していてくれ」
『雷速』
聖女に一言告げると足に雷を纏い、ティモシーの猛攻によって引き剥がされたガルグロスの真横まで接近する。
『雷底』
重心を落とし沈み込むと左手を引き、腰の捻りを利用して掌底を繰り出す。脇腹に雷が付与された掌底を喰らったガルグロスは吹き飛ばされるかに思われた。
小柄であるにも関わらず、その流麗で力強い一連の動きを見た誰も、騎士団員、ガルグロス当人ですら死を感じた攻撃。
しかし、皆の思考は実現されなかった。実際、ガルグロスは吹き飛ぶことはなく、脇腹に雷を受けて感電し、その場で硬直する。しばらくの間身動きが封じられたことで、イーリと騎士団員はガルグロスの周囲を取り囲む。
『雷壁』
ガルグロスと、いつの間にか集まっていた騎士団たちの周囲を雷の壁が囲む。感電が解けたガルグロスは自分の主人と合流するために、ティモシーの猛攻を捌くグラベインの元に走った。しかし、ガルグロスが感電して動きを封じられている間に、イーリは円形に雷の柵を作った。ガルグロスはその柵を壊す勢いでぶつかるが、壊れることも通り抜けることもできずに、再び感電してしまう。何度か試そうともしたが、感電するたびに騎士団員たちから攻撃を食らうため主人との合流は一旦諦め、ガルグロスは自分を攻撃する騎士団たちに敵意を向ける。
こうして騎士団員vsガルグロス、団長たち&クレムvsグラベインのフィールドが作られた。
ネフェルシア迷宮30層ボス地獄騎士グラベイン。騎士団員vsガルグロス、各団長たち&クレムvsグラベインのフィールドに分かれて、戦闘は第二フェーズに移行していく。
ありがとうございました。




