193.ピザ
よろしくお願いします。
話し合いは複数の思惑が絡み合い、平行線は一切交わることはなく進んだ。どこかの要求を飲めば、それはどこかの不利益に繋がり、簡単に要求を認めることはできない。また、相手の許容ラインギリギリを攻めた話し合いのため、簡単に決着がつくことはない。
4国の話し合いの場にもかかわらずこの場には9名いる。
渦中の都市国家連合国からはロク商議会セキューの長ガンテスト。ウキトス冒険者ギルド長ハインケル。クラーヴ王国からは金獅子騎士団団長アルベルト。クティス獣王国は貨獣シープエント。四獣長ニーニャ。四獣長ライモンドの3名。オセアニア評議国<ズーザメン>からロジフェート・パウラ。<アインハイミッシュ>よりヴァルトリン・ジッコク。<ゲヴァルト>よりバルハルト・トーハルの他派閥3名。
国の方針が定まっていれば4方向の平行線が伸びているだけだ。しかし、ハインケルは一切関与しないつもりなのか、ガンテストとあまりやり取りをしていない。ニーニャは面倒がり、シープエントが一人で頑張る予定だった。そのところに何故か突然ライモンドがやってきて、意思疎通がうまく図れていない。最後にやってきたオセアニア評議国は<ズーザメン>と<アインハイミッシュ>はある程度連携できているが、初対面の者を問答無用で切りかかっていったことからもわかるように、<ゲヴァルト>のバルハルトとは全く話が合っていない。人数的に一番心細そうなアルベルトが唯一、話の方向性が定まっているだけ、クラーヴ王国は幾分かマシな状態だった。
「何度も言っているが、私は戦いにきた!そこの人間と続きをさせろ!!!」
何度目かわからないバルトルトの叫びが一帯に広がる。幸い、オルロイが砂漠化しており、反響する建物が一切ない分、後方で待機している軍隊員たちまでは届いていない。おかげで戦闘に発展するという最悪な事態は起きていない。
しかし、このやりとりは何度も行われており、その都度ヴァルトリンがバルハルトを抑え込む。護衛のいないアルベルトは声がするたびに構えをとり、バルハルトの攻撃に備えている。そんな状況で建設的な話し合いが行えるとはとても思えず、現に話しは一切進まない。
「一つ提案があります。代表者1名で話し合いませんか?この状態を引き起こしている原因が身内のため、非常に申し訳ないと思うのですが、どうでしょう。」
アルベルトに襲い掛かろうとしているバルハルトを抑えるために、奮闘しているヴァルトリン。同族が問題を起こしている手前、非常に申し訳なさそうな様子ででロジフェートが提案をする。
「それはいい!ロジフェート。私とそこの人間、猫人、あと長髪のおまえが残れ!」
ロジフェートの語る原因がさも自分が国の代表として残るかのように話す。そして残るメンバーもバルハルト、アルベルト、ニーニャ、ハインケルと指定までしてくる始末。この様子には流石の面倒くさがりなニーニャですら渋面を浮かべていた。
「バルハルト、ここには私が残ることにするよ。君に任せることは難しそうだ。ヴァルトリン、彼の見張りを頼むよ。」
愛想笑いを浮かべながらロジフェートは拘束されているバルハルトの要望を断ると、拘束しているヴァルトリンに邪魔が入らないように依頼を出す。断られたバルハルトはさらにジタバタともがくが、依頼を受けたヴァルトリンが口も塞ぎ、しなやかに動く尻尾をバルハルトの中耳に突き立てる。釣りたてで締められた時の魚のように一瞬びくりと体を震わせたかと思えばバルハルトはすぐに大人しくなった。そしてそのままヴァルトリンに担がれる形でオセアニア評議国の陣に去っていく。
「失礼しました。これでオセアニア評議国は私が代表して話をさせていただきます。話が順当に行えるようであれば、このままでも構いませんが如何されます?」
「私は一介のギルド長でしかありませんので、失礼させていただきます。」
「私も戻って寝るにゃー。シープエントは全く戦えないからライモンドが護衛しとけにゃー。」
ロジフェートの発言にハインケルとニーニャが真っ先に乗って、集団から離れてそれぞれの陣営に戻っていく。ヴァルトリンの行動に驚いていたガンテストはハインケルを止める間も無く去ってしまった。その結果、この場にはガンテスト、アルベルト、ロジフェート、シープエント、ライモンドの5名が残った。
「話し合いに参加するのはうちのシープエントだが、俺はここに残らせてもらう」
「ええ、私は問題ありません」
ライモンドは面倒だと思いながらも、獣王国にとって貨獣の重要性は理解している。そのため、この場に止まることにしたようだ。4人で進めようと提案したロジフェートも文句はないようで、このまま、ようやく話し合いが再開された。
「オセアニア評議国には聞いたが、3国がこの同じタイミングで軍を率いてやってきた理由をまずは説明していただこうか」
話し合いは都市国家連合国セキューの長ガンテストが話すところからスタートした。本来、ガンテストは口下手であまり話すことが得意ではない。そのため、普段は外交の全ては他部門の長であるプロマリアに任せっきりで、セキュー内のことも部下に任せていた。今回はハインケルにファシリテーターをしてもらう予定でいたが、早々に避られてしまったため、自分で話す他なかった。
しかし、あれこれと言葉を並び立てず、腕組みをしながら静かに問いただす様は3国に少なからずプレッシャーを与えることに成功していた。
本来、ロク商議会は6名いる長のうち、ガンテストとパーレルム以外消息不明で死亡したと考えられている。国家運営のトップ4名が急死。国としてとても落ち着いていられるわけがない。武力面では脅威と認識しておらず、各部門の長が後継を残さずに急逝した今、隣国は都市国家連合を相当舐めていた。
今回のガンテストの発言は意図したものではなかったが、それなりの効果が発揮された。
「まずは同胞の私から説明を。クラーヴ王国が今回、派兵に至った理由は二つあります。一つはオルロイが消滅したという噂の真相解明。二つ目は都市国家連合の現場を伺いに。」
「詳しく説明を。」
「一つ目のオルロイ消滅はこの目で確認し、この地にいる以上、疑いようのない事実です。しかし、話を聞いた時はあまりに急なことで王国としても話の真偽がつかめておりませんでした。消滅したことの真偽、消滅したのならば原因は何か。自然災害であれば仕方がありませんが、人災だった場合に兵がいなければどうしようもないこともあるでしょう。そのため派兵させていただきました。」
「二つ目の理由は?」
「オルロイの真偽を聞いてまず貴国に問い合わせの連絡をいたしました。しかし、返答はございませんでした。オルロイの真偽、確認のための派兵に関しても何も返答がない状態。隣国としてさまざまな意味で見過ごすことはできません。そして今後も付き合いを続ける上で、こうした緊急時の対応が疎かでは問題があります。その問題の根本として、自治運営を商人が行なっていたことが考えられます。この問題の解決策として貴族制を貴国にも導入してもらうための提案として伺いました。」
「連絡ができていないことは詫びよう。しかし、アルベルト殿は、都市国家連合国の成り立ちを理解さえれた上でその提案をしていると?」
「貴国の歴史を蔑ろにしているわけではありません。しかし、貴族と商人では埋められない差があります。横の情報網が発達している商人ですら、今回の問題には国として対応することができていない。ここに全てが詰まっていると私は考え、それを都市国家連合国の皆様にも知っていただきたい。貴国の歴史と我々の提案、うまく手を取り合える方法を模索していきませんか」
アルベルトの有無を言わさぬ笑顔。それを受けて常に難しい顔をしているガンテストの表情がさらに難しくなる。国としての立場、都市国家連合国としての負い目。それらがアルベルトの意見に肯定の道しか残してくれない。
「結論を出すのはこちらの話を聞いてもらった上にしてもらおうか、ガンテスト殿。」
都市国家連合国とクラーヴ王国だけで結論を出しかねない雰囲気を感じたのかシープエントがアルベルトとガンテストの話に割ってはいる。
「結局、クラーヴ王国は都市国家連合国をどうしたいと?今の発言から思うに、貴国は都市国家連合の内政に口出しをすると?そこまでしていい権利があるのか?」
都市国家連合の国としての在り方に苦言を呈すアルベルトに対して、その行為が内政干渉にあたるのではないかとシープエントは言及する。シープエント自身、軍を率いてきている以上、クラーヴ王国と行なっていることに変わりはないが、今は少しでもこの場の立場を優位にしたかった。
「いいえ、隣国として何かあった時に迅速に支え合っていける枠組みを築いていこうという話です。それこそ、他国で他種族のシープエントさんが割って入るようなことでもないと思いますよ。」
クラーヴ王国としては都市国家連合を解体して、併合するつもりでいる。しかし、あからさまな行動をとって仕舞えば、クティス獣王国とオセアニア評議国はクラーヴ王国が都市国家連合を侵略していると捉えて戦争に発展する可能性がある。現に、両国は軍を派兵してきている。
都市国家連合が長らえてきた理由として周囲の3国が互いに互いの動きを牽制しあっていたという歴史がある以上、軍による侵略以外でも何か口実を与えて仕舞えば介入があることは必至。アルベルトはどうにかクラーヴ王国と都市国家連合で繋がりを強固にし、他国が介入する余地を消さなければならなかった。ロク商議会が潰れた今、その繋がりさえ作って仕舞えば併合することは容易い。2国の監視を掻い潜りながらそこまで持っていくことが最も困難であった。
そうしてクラーヴ王国とクティス獣王国は互いの国の益になるように言葉を紡いでいく。都市国家連合のためという建前はあるものの今のアルベルトとシープエントの会話にガンテストは参加できず、居心地が悪そうにしている。この様子からも都市国家連合を慮ってという建前は誰も信じていない。
「アルベルトさん、シープエントさん。ここはどうでしょう。仲良く分け合うということにしませんか。」
ここまで話の流れを黙って見守っていたロジフェートが動き出した。彼の言葉は表面上は冷静に議論しあっているが、心のうちでは悪態をついていそうな二人に向けられていた。黙ることしかできないガンテストには向けられていなかった。
「分ける?ですか?」
「はい。アルベルトさんのおっしゃるように問題が発生した時に迅速な対応をとることができなかったことには問題があります。結果として我々3国が集まっていることからもそれは明白です。はっきりと言って仕舞えばこの国は我々にはとても邪魔ではありませんか?中心に都市国家連合国があることで戦を仕掛けることもできず、互いに直接やり取りをすることも難しい。流通のルートが牛耳られている以上、下手な動きはできない。それならば互いに利益だけを取り合い、都市国家連合は潰してしまえばいいでありませんか。」
「なっ!!!何を言っている!?」
アルベルトとシープエントのやり取りをただ黙って聞いていることしかできなかったガンテストだが、流石に国を潰される、それも互いに牽制し合うはずの3国が協力して、と聞いてはとても黙ってはいられなかった。しかし、ロジフェートはそんなガンテストに一瞥もくれずアルベルトとシープエントの反応を待つ。
一方で提案されたアルベルトとシープエントは考える。
クラーヴ王国としては領土拡大による強国を作り上げる目的がある。ロジフェートの発言が実現すれば、順序立てて都市国家連合を解体するよりも手軽に目的が達成できる。2国が求める条件如何では応じることもやぶさかではないと感じた。
クティス獣王国としても今は何よりも現金が必要なため、その辺りの話で折り合いがつくのであればロジフェートの提案は願ってもないことだった。
アルベルトとシープエントが黙ったことでロジフェートは自分の提案が受け入れられそうな感触を得た。一方でガンテストは自国が隣国に切り取られてしまう恐れからあれこれと言葉を並べ立てようとするがもはや誰も聞いてはいない。
「ロジフェート殿はどのように分け合うつもりで?」
「まずはクティス獣王国とクラーヴ王国が何を最も優先して求めているかが分かれば話が進めやすいのですが、伺っても?」
隣国を警戒する必要がなさそうだと感じたアルベルトとロジフェートはガンテストを放置して胸襟を開いて話を始めた。
その後、ミャスト迷宮に関する利権などで多少は言い合いになったものの3国による都市国家連合国の割譲はこの数日を振り返れば、恐ろしいほどあっさりと決まった。
様々な反論を並び立てて抵抗したガンテストだったが、彼の発言は大半が無視された。力がないと判明した今、彼の言葉を聞くものは隣国3カ国の中にはいなかった。それでも唯一、受け入れられた話があった。
それは種による影響。都市国家連合国は商人の街であり、比較的様々な種族が生活をしている。しかし、それでも人口の7割以上は人種である。そのため、人種の一般市民がクティス獣王国やオセアニア評議国が得た領土にいるようでは、今後生きていくことすら難しくなってしまう。そのため、その場合はクラーヴ王国が引き取るという願いを出した。
もとより人種の奴隷など足りていたクティス獣王国とオセアニア評議国は”1人いくら”という金銭での交換で折り合いがつく。
都市国家連合は綺麗に三分割され、そこからクラーヴ王国がクティス獣王国とオセアニア評議国の領土となった旧都市国家連合に住む人種を引き取る、もしくは領土ごと買い取ることになる。
領土と国民を欲していたクラーヴ王国は率先して買取を行い、物資や現金が必要だったクティス獣王国はクラーヴ王国に獲得したものを即座に売り払う。
結果としてクラーヴ王国は当初の目的通り、都市国家連合国を解体、吸収することに成功した。副産物として、これまで権利が都市国家連合と半々になっていたミャスト迷宮の権利も全て得ることができた。
クティス獣王国は大量の保存食や武具類、それに今回の遠征で不足した金銭を補充した。ライモンドがエルフの国侵攻で大敗したことをシープエントに伝えたことで、彼は必死にミャスト迷宮の利権を得ようとしたが、大量の貨幣を受け取ることで一応の納得はした。
基本的に話し合いのファシリテートを行っていたロジフェートは適度に土地を得て、適度に貨幣を得た。鉱石の採掘権をもらい、他は不要と断った。今回の派兵に釣り合わない対価だとシープエントが疑問を投げたが、突然切り掛かったことに対する謝罪の意味を込めているというだけで他は何も語らなかった。
あまり多くを語らないガンテストの姿はそこにはなく、何も語ることができない男がそこにただいた。
貴族たちから独立を果たした都市国家連合国は皮肉なことに、より強力な権力によってまるであのピザのように隣国たちに切り取られてしまった。
ありがとうございました。




