190.暗雲立ち込める都市国家連合国
よろしくお願いします。
アルベルト・シェラードが王命を受けたのは、つい先日のことだった。
4年前に起きたヴァルデリオ・ロード・クラーヴ7世による王位簒奪。先代の王騎士長だったアルベルトの祖父ラモンも共に殺され、そこからシェラード家は凋落の一途を辿っていた。父のグスターボは時流に返り咲くために様々なことを行っているが、成果が日の目を見ることはなく、誰が見ても焦りを感じているようだった。そのため、アルベルトが王宮に呼び出された際には仔細を根掘り葉掘り聞き出す徹底ぶり。
「いいか!必ず、この命令を成功させるのだぞ!シェラード家が再び台頭できるかはお前にかかっているからな!期待しているぞ、アルベルト!」
「はい、父上。」
唾をかけんとする勢いで迫る父と、ハニカミ笑顔で受け答えをする息子。同じシェラード家であっても今回の命令にかける思いには差があるように感じる一幕だった。
グスターボは当主であり、アルベルトが金獅子騎士団団長という互いの立場がこの反応の差に生じていたのだろうか。
「もう間も無く都市国家連合国国境に到着いたします!」
馬に騎乗していたアルベルトは部下からの報告で、回想していた一コマを即座に捨て、表情を変える事なく部下に指示を出す。
「到着し次第、隊列を組み、国旗を掲げよ」
アルベルトの命令を受けた兵士は隊列に戻っていく。アルベルトが王宮に呼び出されて受けた命令は都市国家連合の吸収。オルロイが消滅し、国家運営を行なっているロク商議会が軒並み命を落としたため、今回の命令が自分のところに降りてきたと聞いた。しかし、なぜオルロイが消滅したのかなどの詳しい話は聞かされなかったため、アルベルトは、グスターボの言うような好機だとは思えなかった。
確かに成功すればクラーヴ王国史、史上初の領土拡大となる。その陣頭指揮がシェラード家であればその成果の効果も一入だ。しかし、失敗した場合にその犠牲となるのもシェラード家だ。
アルベルトは今回任された軍の規模を思い出す。自分が指揮する金獅子騎士団から1万。王国軍から3千。各家の領軍から約4万。合わせて大体5万弱。この規模で国家運営が麻痺している国の併合を行う。父グスターボは数による力で相手を威嚇するためという王からの説明を聞いて納得していたが、アルベルトは違った。オルロイが消滅した詳細を語らず、過剰な軍の配備。明らかに戦闘を想定しているようにアルベルトは感じていた。
命令を受けた時は史上初の領土拡大よりも内乱の燻っている国内情勢を安定させることのほうが重要ではないかと感じていたが、アルベルトの低い忠誠心はその発言には至らなかった。
そのため、表情には出さず、いつも通りを装いながらもアルベルトの警戒心は相当に高くなっていた。
「こんな時に使える副官がいれば。」
誰に聞かせたいわけでもないが、アルベルトは馬上で言葉を漏らす。アルベルトは金獅子騎士団長であり、ある程度のポストを用意することができる。その上で、アルベルトのお眼鏡に適うものがおらず金獅子騎士団の副官の地位は長らく空いていた。
軍が目的地に到着したようで馬が動きを止める。しばらくすると行軍の中心にいるアルベルトからも見えるほど大きな国旗が掲げられる。
「我が声、クラーヴ王国の旗のもとに響け。都市国家連合国に告ぐ。汝ら、中心たるオルロイはすでに消え、法なき空白がこの地を覆う。よって我らは、隣邦として、王命をもってこれを統治せんとす。
争いを望まぬ者は武器を置き、国門を開け。居住の権利と安全は保証され、叛逆のみが罰を招く。汝らがここに新たなる秩序の傘下に入るならば、クラーヴはその血を流すことなく、貴民を守ろう。
これは侵略にあらず。人の地に人の秩序を取り戻すための、正しき進軍である。」
拡声の魔法器によって三度繰り返される口上。見え透いた建前的な発言。それでも5万の軍が国境前に布陣している現状。都市国家連合は無視することができない。
しばらくすると伝令がアルベルトの元にやってきて、報告する。
「30分ほどで代表がこちらにやってくるとのことです。その際に代表の方、アルベルト様とお話がしたいと申し出を受けましたが、いかがされますか?」
「代表者が現れ次第、私の元まで案内、他は本陣の準備を。」
アルベルトの簡潔な指示を受けて伝令と周囲のものたちは慌ただしく動き始めた。指揮官としてその様子を見ながらアルベルトは誰がやってくるのかと思考を巡らせる。
都市国家連合の政治は、ロク商議会と呼ばれる各部門の長、6名による合議制で行われている。
アルベルトはその詳しい構造を把握していないが、6名の長はいずれも領土を持ち、平時はそれぞれの領内に滞在している。合議を行う際には、消滅した中心都市オルロイに集まるのが慣例だったという。王の話から察するに、ディプロマ部門のプロマリアはすでに死亡していると見て間違いない。問題は、残る5名の長が誰が生き、誰が死んでいるかという点だ。全滅はないだろうが、この異常事態。誰が現れるかによって都市国家連合の内情と方向性をアルベルトは推察しなければならない。
本陣が整えられた頃、再び伝令が1人の人間を連れて中に入ってきた。
アルベルトは本陣に腰掛け、都市国家連合からやってきた男の挨拶を受ける。アルベルトは騎士団長という立場柄ロク商議会の長の顔と名前は把握していた。今自分の目の前に現れた男に見覚えがなく、相手の自己紹介を黙って聞く。仮に自分の首を取りに来たものだった場合を警戒して本陣には実力のある部下を配備する徹底ぶり。そんなアルベルトの警戒を他所に男は穏やかな口調で挨拶を告げる。
「初めまして。私、ウキトスにて冒険者ギルド長を務めておりますハインケルと申します。ロク商議会のパーレルムさんからの要請を受け、一時的に都市国家連合の運営を手伝っております。」
「こちらこそ初めまして。私はクラーヴ王国金獅子騎士団騎士団長を務めるアルベルト・シェラードと申します。」
伝令の拡声した内容から互いに警戒しあった様子で会議は進められるかと思われたが、両陣営の代表者の物腰はどちらとも柔らかで場の空気はわずかに穏やかさを取り戻す。
「ハインケルさんは冒険者ギルドのギルド長とのことですが、冒険者ギルドとして何かされるつもりなのでしょうか?」
これは相手を警戒させることになるとはいえ、最初に尋ねなければならないことだった。国家と冒険者ギルドは縦のつながりがあるように思うが、実際は異なる。クラーヴ王国では冒険者は緊急時に招集されたりと軍組織の一部として組み込まれているが、他国は異なる。というよりもクラーヴ王国が特殊だ。冒険者ギルドの起源を知るものは少ない。気がつけば国を跨いで冒険者を支援するギルドが生まれていた。ギルドはどの国に肩入れをすることはない。冒険者に対しての命令強制も一部例外を除き、行うことはできない。国家間で戦争が発生すれば冒険者は拠点を移す。国を守る、領土を得るための依頼を出すことはできてもその依頼を受けるかどうかは冒険者の意思よる。
その観点から今回のクラーヴ王国と都市国家連合国のやり取りにギルドが関わるとはアルベルトは考えていなかった。そのため、今、自分の目の前に現れたハインケルという男がどの立場でいるのかを事前に聞く必要があった。
かつて、都市国家連合国には冒険者の街呼ばれたウキトスという場所がある。アルベルトが幼い頃に騒動が発生し、今はそこまで強い冒険者はいないと聞くが、ギルドが表立ってクラーヴ王国と事を構えることになれば、どれくらいの被害を受けるのかは想定しにくい。
「冒険者ギルドとして何か行動を起こすことはありません。あくまで私は手伝いになります。」
アルベルトはまず最初に聞きたいと思った話を聞けて安堵する。しかし、まだ安心するには早い。
「手伝い、ですか?」
「はい。先ほど、伝令の方も仰っていましたが、オルロイは消滅しました。あなた方がどこからその情報を得たのかなど疑問はありますが、オルロイ消滅に伴ってロク商議会の方でも対応に苦慮されているようです。そのため、クラーヴ王国から何か行動があった場合の一時的な対応をお願いされているんです。」
「一時的な対応。つまり、ハインケルさんには何も決定権はないということでしょうか?」
オルロイが消滅したことをあまりにあっさりと告げるハインケルにアルベルトは疑問を感じた。
(自国の問題ではないが、領土に所属するため手伝いを引き受けただけで、彼には明確な目的はない?)
アルベルトは内心でハインケルの思考、人柄を考慮する。どことなく自分と似ており、話しにくいと感じていた。
「申し訳ありませんが、そうなります。ひとまず、クラーヴ王国側からの意見を伺い、ロク商議会の方に伝え、回答をするという流れになります。」
「そうですか。ちなみにロク商議会のどなたからの回答がありますか?」
「詳しいことはわかりません。私に協力を依頼されたパーレルムさんにまずは話を持っていかせていただきますね。」
「それはあなたの回答如何で戦端が開かれるということは理解しての発言でしょうか?」
アルベルトは社交的な笑みを絶やさないものの、あまりに当事者意識の薄い飄々とした態度でいるハインケルを言葉で脅しにかかる。穏やかになりかけた空気はいつの間にか、普段のアルベルトと異なる様子に、妙な圧迫感が生じていた。
「はい、承知の上です。しかし、都市国家連合国の詳しい内情を私は知らされていません。申し訳ありませんが、クラーヴ王国からの意見を陳情することが、私にできる最大のことになります。」
「そうですか。それではこちらからの要望を伝えさせてもらいますね。」
一見、爽やかな笑みを浮かべる2人。話の内容的には火花が散っていてもおかしくない状況のため、周りのものは皆一様に困惑を浮かべる。
クラーヴ王国からの要望
・都市国家連合の解体
・クラーヴ王国への吸収併合
・貴族制の導入
「こちら3点になります。3国に挟まれながらも上手くやりくりしていたプロマリアさんがいらっしゃらない以上、貴国は遅かれ早かれ選択を迫れることになります。こちらが軍を派兵したことはオセアニア評議国、クティス獣王国は察知していることでしょう。取り込まれるのであれば同種の国である我々をお勧めします、とパーレルムさんにはお伝えください。突然のことで大変でしょうから回答は2日待ちます。回答がない場合は、、、、っと、これ以上は無粋ですね。では、こちらの書状と一緒に今話した内容をお伝えください。よろしくお願いします。」
これだけ脅迫めいたことを言われてもハインケルは涼し顔して本陣を後にした。自国のヴァルデリオを恐れ、媚びへつらうギルド長とは全く異なる様子に、アルベルトはこんな時は自国のギルドの長が恋しくなるなんて思いもしなかったと一人、苦笑を浮かべる。しかし、今回の話し合い、内容としては決定権がないものが現れ、話の進みが遅くはなるが、許容できる範囲ではあった。
それから本陣で待つこと2日。回答期限ギリギリにハインケルはやってきた。このことは想定できていたため、アルベルトに動揺はない。
「お待たせいたしました。パーレルムさんからの手紙を預かってきました。詳しい説明はまず、こちらを読んでいただいてからでもいいでしょうか?」
ハインケルはアルベルトの騎士に手紙を手渡す。毒などの検索を行った後、アルベルトに手紙が手渡される。
そして手紙を読み進めてアルベルトの表情がわずかに曇った。部下の騎士たちはそのことには気が付かない。
「この内容は本当でしょうか?」
「はい、昨晩のことになります。」
「わかりました。それでは移動をしましょう。金獅子騎士団は直ちに移動の準備を、残りはこちらで待機。我々はオルロイに移動する。クティス獣王国軍もやってきたようだ。ハインケルさん、シェラード家に誓って、オルロイ以外での戦闘はしないと約束しよう。だから、軍は通してもらう。」
パーレルムからの手紙には、クティス獣王国軍も現れたため、オルロイにて3国で話し合いがしたいと書かれていた。5万の軍勢でオルロイに行くには当然都市国家連合の他の街を通らなければならず現実的ではない。しかし、クティス獣王国軍がいる以上軍をこの場に置いていくことはできなかった。そのため、ハインケルに軍の入国を断られようとアルベルトは金獅子騎士団だけは連れていくつもりだった。
「非常事態のため、仕方がありません。クティス獣王国の軍は3万ほどと聞きました。オルロイであれば問題ありません。」
ハインケルはアルベルトの断定に近い要望に対してしばらく思案した後、軍の移動を許可した。
防衛の観点から他国の軍に国境を跨がせるなど普通ではないが、クティス獣王国側は全兵士をオルロイに招いてしまったことが伺える。公平を期すための行動と考えれば納得もできた。
アルベルトは指示を出し直し、全軍でオルロイに進軍を開始した。
ありがとうございました。




