189.ベニートの憂鬱
よろしくお願いします。
落ち着かない様子で紅茶を口にする。ゲイリーに指示を出し、クロームたちを呼び出してからさほど時間は経過していない。ベニートの焦りは尋常ではなく、一分一秒を無駄にできないという思いから貴族然とした領主の威厳など見る影もない。背後で控えるゲイリーは、ここが誰かに見咎められる場所でない領主室で良かったと思いつつ、主人の気持ちは痛いほどわかるため指摘することができないでいた。
緊急呼び出しの効果があったのか、クロームたちは15分もしないうちに領主執務室に現れる。父と子、領主と兵士という立場から生じる私的、儀礼的な挨拶は抜きにしてベニートは3名に対して自分の対面に座るように目で指示を出す。
その時のベニートは椅子にどっぷりと深く座り、胸を張り、両腕を胸の前で組む。足は苛立たしげに小刻みに揺れてる。事情を知っているゲイリーには焦っているようにしか見えないが、要件を伝えられていない3名はベニートの機嫌が酷く悪いということしかわからなかった。そのため、3名は居心地悪そうにしながらそそくさと指示された場所に座る。
「父上、緊急の呼び出しとのことですが、どうされましたか?」
真面目で融通の効かないクロームですら、今まで見たことのないような父の不機嫌さに、領主に対してではなく、自然と父に対して問いかけてしまうほどだった。
共に呼び出されたガラックとソリタリーは全てをクロームに任せることにしたのか口を挟む様子は一切なく、ただ真剣な様子で2人のやり取りを見つめていた。
指示があるまで決して自分で考えることのないソリタリー、密偵として感情を表に出さないことに長けているガラック、違う意味ではあるが感情を表に出しにくい2人がベニートの普段見ない姿に気圧されていた。
「先ほど、貴族会議に参加してきた。」
クロームから問いかけられたベニートはゆっくり息を吸い込み、静かに息を吐き出すと状況の共有のために一言、言葉を発した。
言葉は途切れようとクロームたちはベニートの言葉を聞き逃さないように相槌を打つことすらなく、静かに続きを待つ。
「そこで先日の一件、オルロイ消滅について話す役目を果たしてきた。結果、オセアニア評議国は都市国家連合に対して開戦することが決定した。」
「まさか!!!グーバル公は父上の話を本当に聞かれたのですか?」
一言一句、父の言葉を聞き漏らさないとした決意は発言の内容によって簡単にかき消され、衝動的にクロームは立ち上がり、発言していた。
「クローム、言葉がすぎる、と言いたいところだが、私も同じ気持ちだ。グーバル公にはしっかりと伝えた上で、<ズーザメン>と<ゲヴァルト>の説得の協力に納得していただいた。しかし、話を聞いたお二方が殊の外戦争に乗り気だった。<ゲヴァルト>は想像できたが、<ズーザメン>まで肯定的なため、逆にグーバル公が説得されることなってしまったのだ。」
「あの、疑り深く、慎重で、冷静な<ズーザメン>のトップの方が認めたというのは本当なのでしょうか。」
<ズーザメン>のトップの評判を知っているクロームからすれば信じられない話で、一言一言念を押すかのように確認する。
「都市国家連合は周囲にある国、我らオセアニア評議国、クティス獣王国、クラーヴ王国の睨み合いによって国を維持してきた国だ。その点から両国に情報を流し、3国で都市国家連合を割譲しようとしている。その話をうまく持っていくために、オルロイを消滅させた怪物を共通の敵としてことにあたるというのがジュスティック様の意見だ。」
ここまで圧倒的に戦争には反対だったクロームたちも今の話を聞いて一定の理解は示す。
「では、レイを殺すために3国で叩き潰すと、?」
「公爵たちの意見はそれでまとまった。<ゲヴァルト>が先に動き出さないように<アインハイミッシュ>がストッパーとなり、<ズーザメン>が2国を扇動するようだ。動きはすでに始まっており、私では止めることはできない。」
「ではなぜ私たちは今呼ばれているのでしょうか」
国のトップが方針を決めた。そうなれば自分たちは従う他ない。それなのにベニートはどうして詳細を教えてくれたのか。クロームは疑問を素直に伝える。一方で、オルロイの消滅した瞬間を目撃したガラックだけは顔を真っ青にして、最悪な考えが頭をよぎる。自分の考えがベニートと一致していないことを心の底から願いながらも、ガラックは口を挟むことができない。
「公爵たちは都市国家連合割譲のために軍を動かす。しかし私はそれには反対だ。都市国家連合に思い入れがあるわけではない。ただ、レイに敵対することが誤っていると感じているためだ。」
ガラックの顔はより青みを増していく。クロームは訝しげな様子でいながらもベニートの話を最後まで聞く。
「感覚の話になるが私は、たとえ3国が軍を派兵して都市国家に攻め込み、レイと対峙したとしても勝てないのではないかと思っている。個人が3つの国家を同時に相手取るなど荒唐無稽すぎる話だと思うが、私はミャスパー男爵とオルロイの惨状を知ってしまっているため、何もおかしいとは思えない。」
「ですが、それは国に対する裏切りでは?!」
完全にガラックの脳内と同じ展開に進むため、今にも気を失いそうになっている。クロームもようやく父が自分たちをここに呼んだ理由を理解して反対の意見を述べる。
「今回、仮に3国でレイに対して戦いを仕掛けるとしよう。返り討ちに合う。もしくは逃げられた場合、報復として最初に狙われるのはどこだ?クラーヴ王国?クティス獣王国?いや、先日まで関わりのあったオセアニア評議国ベニートが狙われる可能性が最も高いのではないか?私は貴族として国に反旗を翻すのではない。領主として国民の安全を守るために動くのだ。」
ベニートの発言に根拠はない。しかし、どうしてもレイと敵対したくないという思いから詭弁とも受け取れる意見をはっきりと伝えた。
「ですが、派兵する中で我が領だけ軍を出さないなどできません」
「グーバル公に掛け合って、派兵する軍の規模は最小で構わないと許可を得た。事前に伝えた話と異なる結果に着地してしまったからと。」
「レイはベニート軍の印など覚えていないのでは?軍をほとんど派兵しないにしても、結局リスク回避にはならいように思います。」
「その点は理解している。グーバル公には派兵規模を最小とする対価として、各街に派兵して衛兵が少なくなった領内の代わりの兵を求められた。クローム、お前たちにはその兵に紛れて、急ぎ、都市国家連合に向かってもらいたい。」
ガラックが青さの限界を突破し、意識を失い、ぼけーっと話を聞いているソリタリーの肩に倒れ込む。
「そこで、レイとコンタクトをとり、軍が攻め込んでくること、自分たちは無関係であることを伝えてきてもらいたい。」
「父上!その情報漏洩こそ反逆ではありませんか!」
「戦争が止められない以上仕方がない。都市国家連合には近いうちに3国が攻めてくるという噂は流している。レイが事前に派兵を知っていてもこちらの動きは悟られないはずだ。」
「そこまで手配されているとは、、、本気なのですね。ですが、伝えるのは本当に我々でよろしいので?自分で言うのもなんですが私は相当レイに強く当たっていましたし、ガラックとソリタリーはこの様ですが、」
クロームは隣に座る気絶するガラックとそのガラックを面倒そうに支えるソリタリーに視線を向ける。ベニートもその視線の意味を悟り、答えにくそうに顔を背ける。
「ん、ゴホン。確か、報告書を読む限り、レイがこの街で知り合った竜人種の中である程度進行があったものが2名いたはずだ。そうだったな?ゲイリー」
レイ対策のためにレイがこの街に来てからの詳細な報告書を読み込んだベニート。当然拾えていない情報もあるが、レイと関わる上で身分は意味をなさなず、彼との関係値が大きく影響することを掴んでいた。その点で自分たちはレイに手を出していないものの、あまり良い対応を取ったとは言い難い。貴族として一介の冒険者に対しての対応としてはこれ以上ないほどのものではあったが、レイには響いていないとベニートは判断していた。その一方で報告書から自分たち以上にレイと関係値が大きそうなものを調べ上げていた。その人物をクロームたちに同行させれば問題ないだろうと考え、ゲイリーに話をふる。
「はい、旦那様。1名がDランク冒険者ザーロ殿。もうお一方が冒険者ギルド受付のアルア殿です。」
「と言うことだ、クローム。彼らを連れて至急都市国家連合国旧オルロイに向かい、レイに伝言を。」
「申し訳ありません旦那様。ザーロ殿ですがレイ殿が出発される前にベニートから出ており、消息はつかめておりません。また、アルア殿ですが、こちらは冒険者ギルドの管轄になるため、情報は得ておりません。おそらくギルドにいらっしゃるかと思われますが。」
早速出鼻を挫かれたベニートは嫌な予感を抱きながらそれならば冒険者ギルド受付のアルアを連れていけば問題ないとし、冒険者ギルドに足を運んだ。
ベニートが冒険者ギルドに訪れると、これまで領内の冒険者ギルドに足を運んだことないため、ギルド内は騒然とした。一体何用で現れたのかと多くの視線が集まる中、ベニートはギルド長室に案内される。前予約をしていなくともこの街の領主。来訪を無碍にすることもできず、冒険者ギルドは受け入れるしかない。
本来、領主とギルド長の関係的にギルド長が領主館に足を運ぶことが当然とされている。その中で面会の予約もなく突然領主がギルドに現れる。
ギルド長は<ゲヴァルト>のボーモス侯爵の妾腹を受付嬢として雇い入れたりしている。貴族とのコネ繋ぎのためであり、何も問題はないが、ミャスパー男爵の一件があり、他派閥の貴族とのコネ作りに関して何か言われるのではないかと内心震えていた。
しかし、領主が口にした内容はギルド長の想定と全く異なった。
「、、は?」
「だから、アルアという受付嬢はどこにいるかと聞いている。」
そのため、ギルド長は思わず間抜けな感嘆符が口から漏れ出た。嫌な予感がし、焦っているベニートは不機嫌になりながらも再度同じ問いを投げかける。
「え?アルアでございますか?彼女は移動となりまして、今はクラーヴ王国の冒険者ギルドに勤めております。」
予想していない質問をされたギルド長。それでも返答は素早い。それに恐れていた質問ではないにも関わらず冷や汗は止まっていない。
ベニートはギルド長の冷や汗や声の上擦りなど気にならないほどに切羽詰まった状態にあった。現状ベニート領内でレイとの関係が最も高いと思われる2名がすでに領内から離れてしまっている。1人は行き先不明。もう1人はすぐにコンタクトの取れない場所。こうなればクロームたち3名でレイに会ってもらうしかなく、その場合の成功率は極端に下がると思われる。
ベニートは焦りのあまり内心で方々に悪態をついていた。そして一つの引っ掛かりを感じて疑問を口にする。
「それにしてもこのタイミングで移動か。確かギルドの移動は4月からではなかったか?どうしてこの12月に?アルアという竜人が選ばれて移動したのか?それとも人員不足か?」
「えっと、それは、あのー。クラーヴ王国の方で人員が足りていないと連絡がありまして、こちらから人員を送ることになりました。アルア以外にも2名が他ギルドに移動しております。」
明らかに言葉がつっかえ、視線が彷徨うギルド長。
しかし、ギルド長がそう言って仕舞えば突然訪れたベニートに否定する材料はない。怪しいと思いながらもひとまず納得をする。そしてアルアがいない以上ギルドに滞在する必要はない。ベニートは急ぎ館に戻った。
館に戻り、護衛でついて来ていたクロームとソリタリーには再度ギルド長室であった話を伝える。というのもガラックが意識を失いギルドまでの護衛をできなかったためだ。
ザーロとアルアというレイの好感度が高そうなものを連れていくことができない以上、クロームたちは死ぬ可能性すら感じていた。しかし、領主の命令であり、それは領民の命を守るための行動でもあった。覚悟を決めた3名は各街に派遣される衛兵に混じって急ぎ都市国家連合国旧オルロイに向かった。
ベニートは死ぬ可能性のある命令を息子と付き合いの深い部下に命じたことに負い目を感じていたが、それ以上に、その命令に対して覚悟を持って臨む姿に頼もしさを感じていた。たとえどんな結果になろうとも彼らの行動に見合う行いをしようと心新たに決心した。
そして数日後。
生きて帰ってきてくれたことに喜ぶベニートに対して3名は何か言いづらそうな雰囲気。一体何があったのかとベニートは報告を聞く。
派遣衛兵に混じる形で移動を急いだ3名はすんなりと砂漠と化したオルロイに訪れることができた。しかし、旧オルロイをいくら探しても誰にも会うことができなかった。結果、旧オルロイにはレイはおろか、人っこひとりいないと判断。死すら覚悟した3名は盛大にすかされて帰ってきた。その報告をした3名と報告を聞いたベニートとゲイリーは領主室で黙り込む。
沈黙を破るものは誰もおらず、まだまだベニートの憂鬱は晴れないみたいだ。
ありがとうございました。




