186.義父と愛娘
よろしくお願いします。
春のような穏やかさが満ちていた。木漏れ日の注ぐ小道を、アルシアとナンシアが並んで歩いていた。木の葉が揺れる音、遠くで鳴く鳥の声。隣でぐったり気味のナンシア。最後以外どこまでも平和で牧歌的なソアトル大森林
「元気出せよ、お前が可愛いって言っているリオに会いにいくんだからよ」
「そうね、リオちゃんの前でこんな疲れた姿見せられないわね。でも旅の道中でずっと顔色悪い様子見られていたから今更かもしれないけれど。まぁ気持ちの問題よね。」
「てかお前、前に子どもって苦手って言ってなかったか?」
「それはエルフの生意気で言うこと聞かない子の話。リオちゃんは違うの。素直で元気よくって・・・守りたくなるというか」
「はいはい、母性発動中ね」
「違うわよ。私まだお母さんとかの年齢じゃないし。でもそれならパノマイトさんに話を聞くのはアルシアがお願いね。私はリオちゃんと話しているから。」
「そっちがメインだろ」
疲れ切った様子でナンシアが軽く笑う。国に到着してから師匠、長老会、両親と気を遣って話をする相手が多かったため少しでも仕事をアルシアに押し付けたい様だった。
「それにしても、パノマイトさんって変わった人よね。わざわざエルフの国で商売をしてみたいなんて。」
「確かに、大体のエルフが人種を嫌っているっていうのは常識なのに、それでもエルフの国に来たんだからな。ただ行商人ってのもあるのか距離感が妙にうまいから別に不快感とかはないよな。それに私たちからすれば今必要なレイの情報も持っているだろうし。」
「確かにそうね。パノマイトさんはレイさんとは長い付き合いなのかしら?」
「確か、私たちより少し長い程度じゃなかったか?ベニートに向かう時の依頼で知り合ったとか?」
「そう・・・。それならあまりレイさんのパーソナルな部分の話は知らないかもしれないわね。」
話しながら森を進むうち、空気にわずかな異変が混じり始めた。ふと風向きが変わったのか、どこか遠くから乾いた金属のこすれる音が微かに届く。
「・・・今、何か聞こえなかったか?」
アルシアが足を止めると、ナンシアも表情を引き締めた。さっきまでの和やかさは一転、二人の目が鋭くなる。
「・・・獣の威嚇、、戦闘音までしないか?」
「戦闘音・・・まさか、こんな近くで? エルフの領域のすぐ外よ?」
「急ごう。この獣の声。テオのいる方角からだ。」
二人は一気に駆け出した。地面を蹴り、枝を避け、木々の隙間を縫って進む。
「ナンシア、魔力を練っておけ」
「もうとっくにやってる!どうしてこうも次から次に問題が起きるのよ!!!」
やがて、視界が開ける。森の切れ間の向こう、乾いた空間に、煙と砂埃が立ち昇っていた。戦場だった。中心にいるのは、巨大な双頭の獣――テオ。そしてその正面、レイピアを構える蝙蝠のような獣人。その2人の周囲を取り囲むように、統一された鎧を纏った兵士たちが布陣している。
「・・・嘘でしょ、エルフ領のすぐそばで、軍隊?」
ナンシアが呆然と呟いた。兵士たちは完全にエルフの国に背を向けているため、二人の存在には気づいていない。しかし、事態は一目で異常だった。エルフの国のすぐ近く、しかも正規軍らしき部隊が、何の宣告もなく戦闘を行っている。
「あの見た目、獣人種?ということはクティス獣王国、、、?」
「ナンシア、範囲魔法を準備しろ。あいつらの背中に攻撃を叩き込んでやれ」
どこの軍隊なのか思案している間に、アルシアは方針を決めたのかナンシアに指示を出す。
「了解。バレないように距離を詰めてから一発入れるわ。アルシアはどうするの?」
「私は気づかれないように正面に回る。ナンシアの攻撃に気を取られている間にあの蝙蝠人を叩く。多分あいつが指揮官だ。」
普段は論理的な思考を全くしないが、こうした場合には即座に決断を下す。それに戦場でのアルシアの直感は頼りになる。アルシアの言うように蝙蝠人が指揮官なのだろうとナンシアは思っていた。作戦にナンシアが頷くと、アルシアはすぐに正面方向へ回り込んだ。地面を蹴って滑るように移動しながら、いつの間にか愛用のハンマーを手に握っていた。
テオと対峙する蝙蝠獣人の姿を見つめる。その体格と闘気、そして指揮する態度。確かにアルシアの意見は正しそうだった。咄嗟の行動でアルシアの方針に従ったナンシアだったが、魔術を準備する中で、真っ先に師匠や他のエルフたちに救援を求めた方が良かったのではないかと思い始めていた。しかし、アルシアはすでに敵指揮官に接近している。今更攻撃を止めることはできない。小さな声で詠唱を唱え終えるともう姿を見られても構わないというように大きな声で技名を発した。少しでも気を引いてアルシアの助けになるように。
「パイロストーム!!!」
詠唱完了と同時に、森の空気が爆ぜる。炎の奔流が音もなく広がり、兵士たちの背を焼いた。悲鳴と怒声が混ざり合い、戦列が揺らぐ。
「なっ、後方から攻撃!? 敵か!? エルフか!?」
その混乱の只中、アルシアが風を裂いて駆け込む。疾風のごとき足運びで、地を滑るようにして蝙蝠人バットラウトの死角へと回り込んだ。ハンマーを上段に構え、一気に振り下ろす。
――叩き潰す。それだけのシンプルな一撃。
「こちらにも敵か」
乾いた声が耳元に届いたかと思うと、ハンマーは僅かに空を斬った。バットラウトが横に身を捻って避けていた。
(速い・・・!?)
アルシアの背に、汗がにじむ。完全な奇襲。察知された理由が分からなかった。体が僅かに緊張する。その隙を、バットラウトは見逃さない。彼の翼が大きく広がり、空気を叩いて推進力を生み出す。同時に鋭く伸びた足の一撃が、アルシアの腹部を狙う。
「くっ・・・!」
アルシアは振り下ろしていたハンマーを無理やり腕の力で腹部まで引き戻し、防御態勢をとる。衝撃が骨を軋ませるほどの圧で襲いかかる。そのまま、彼女の体は吹き飛ばされ、地を滑るようにして後方に転がった。
「アルシアっ!!」
ナンシアが叫ぶ。だが、アルシアはすぐに立ち上がる。唇を噛み締めながら、踏み込みの姿勢を取った。
「くそ・・・奇襲が破られる上に、真正面からやり合っても分が悪いなんて」
バットラウトは無言のまま、滑るように前進してくる。その動きは獣のものではない。研ぎ澄まされた戦士の歩法。アルシアはそれを真正面から受け止める覚悟を決め、ハンマーを強く握りしめる。
少なくとも自分たちが参戦したことでテオを囲う包囲網は崩れつつある。今ならばテオはエルフの国に逃げることはできるだろう。そうなれば、まだ姿を見てはいないが、おそらくテオに匿われているパノマイトとリオは無事でいられるだろうとアルシアは考えて。
ナンシアの攻撃に耐えた獣兵たちは3手に分散して、ナンシアを制圧しようと動くもの。テオを逃さないように包囲網を整えようとするもの。そして、指揮官に不意打ちを喰らわせようとしたアルシアを攻撃するもの。アルシアは追撃に動く兵士たちの攻撃をいなしながら、バットラウトからのくらえば致命的になる攻撃は必ず避ける。
視界の端、テオが包囲網を突破しようと頑張っている姿と共に、テオの背中にパノマイトとリオがしがみついているのが見えた。駆け付けたいが獣兵たちの猛攻に自分がやられないようにするだけで手一杯のアルシア。
「アルシア!!」
助けることができない自分の未熟さにホゾを噛んでいるとナンシアの声が届く。奇襲を仕掛けた後はナンシアも獣兵たちに襲われている。遠距離が得意なナンシア1人で捌ききれなくなっているのかと思い視線を向けたが、ナンシアが言いたいことは別だった。
「リオちゃんが・・・!」
その声に釣られてテオに視線を向けるとテオから落ちそうになっているリオの姿があった。テオは包囲網を抜け出すために必死に動いているようでリオをもう一度背中に乗せる余裕はなさそうだった。兵士を相手取りながらリオを助けることなんてナンシアの運動神経では無理だ。そのため、ナンシアは同じ状況ではあるが、体術の優れたアルシアに助けを求めた。
しかし、それは悪手だった。
バットラウトはその様子を見て、部下に指示を出した。
「狙撃部隊、あのガキを撃て!!!」
部下たちはバットラウトからの指示があると即座に、テオから落ちまいと必死に捕まるリオに向けて魔法が発射される。ナンシアとアルシアは追撃してくる兵士たちからの攻撃をいなすことで精一杯でとてもではないが、リオを助けようと動き出すことはできない。
それでも魔法は射出されている。
「待って!!!」
打ち出された魔法に対してなんの意味もないとはわかっていてもナンシアは手を伸ばして懇願してしまう。そんなナンシアの思いなど無視するように魔法はリオ目掛けて飛ぶ。魔法は命中し、爆音が轟く。
「そんな、、!」
幼い子を助けることができなかったナンシアは魔法の行使を一瞬忘れて爆煙立ち込めるテオの背中付近に目をむける。幸い、敵方も攻撃が命中したことに喜びナンシアとアルシアへの追撃は弱くなっていた。その隙をついてアルシアは飛び出してテオのもとに向かう。
「お父さん、お父さん!!!」
煙が晴れるとテオの背中にはまだリオがいた。先ほどと同じように落ちないように必死に捕まっている。しかし、先ほどと異なりリオは泣きながら、父を求める。
アルシアはリオが無事な理由、自分の足元を見て悟る。
おそらく魔法が着弾したのだろう、黒く焼けこげた男が地面に倒れていた。体は変な曲がり方をしており、地面と衝突した損傷もあちこちに伺える。
パノマイトは痛みに苦しみながらもリオの無事だけを願っていた。オセアニア評議国で自分が深傷を負い、薄れゆく意識の中でリオの保護をお願いした当時の状況が脳裏に蘇る。
「お願い、します、リオ、を、娘を、助け、てくださ、い」
魔法による攻撃で喉もひどく傷つられていたのか声も満足に出すことはできない。それでも娘のためにできることはしたかった。オセアニア評議国もエルフ国もパノマイトの意思で来た。そこにリオの気持ちは介在しなかった。その罪悪感もあったのかもしれない。自分のせいで娘を傷つけさせるわけにはいかない。でも、それ以上に、何よりも親として娘の無事を祈る父がそこにはいた。
そしてその声はアルシアにしっかりと届いていた。
父が魔法攻撃を代わりに受けて重大な損傷を負った。リオはテオから落ちる時の怪我など無視してしがみついていた手を離した。落下の衝撃に体をすくめるが痛みはどれだけ待ってもやってこない。恐る恐る目を開けるとリオはアルシアに抱き止められていた。
「お願い離して・・・お父さんのところに行かせて!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、リオはアルシアの腕の中でもがいた。受け止めてもらったお礼よりも先にリオは解放を求めた。自分の父に対する心配が何よりも強いのだと感じたアルシアは何も言わずにリオを離した。そしてハンマーを握り直す。その間にどうにかナンシアもこちらにきたようで、息を切らしている。
「ナンシア、何か目立つ魔法を空に打ち上げろ。それを見れば師匠は来てくれるはずだ。」
「・・・ええ。」
黒焦げになり、意識のない父に泣き縋る娘。その姿を見てナンシアはひどい後悔の念に襲われる。
それでも今は戦闘中。
魔法攻撃に気を取られていた兵士たちもアルシアとナンシア、それにテオを殺すために動き出す。
パノマイトが必死に守り通したリオの命。それだけは何があっても守らなければいけないと、向かってくる敵を前にしてアルシアとナンシアは強く決意した。
ありがとうございました。
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