185.排他的種族エルフと人種
よろしくお願いします。
「あーもう、いやー!!!」
部屋に入るなりナンシアは叫びながらベットにダイブする。
「お疲れ、そんなに大変だったのか?長老たちへの説明は」
同室にいたアルシアがナンシアを労う。しかし、その労いはナンシアの苦労を理解してのものではなく、疲れ切った様子のナンシアを見てでた発言だった。
ナンシアは師匠であるエルミアに報告に行った後、呼び出されていた長老会の方にも行って今日までの一連の流れを説明してきた。アルシアが長老会の呼び出しに顔を出さなかったのは師匠の指示だった。アルシアは直感で行動する感覚派。そのため、エルミアと話して決めた公にする情報以外の内容を話してしまう可能性があり、ナンシアだけで報告に向かうことになった。
同じ弟子であるナンシアとアルシア。疲労感に加え、待遇の違いにナンシアは不満があったため今のアルシアの適当な労いにナンシアは軽くイラっとする。
「しっかりと考えてくれた?レイさんを連れてくる方法?」
ナンシアは長老会であった出来事は特に説明せず、アルシアに別の質問を投げる。
「やっぱり来てもらうだけなら普通に頼めばいいんじゃないか?」
「それで来てくれるかな?報酬ありの依頼ですら断られちゃったけど。」
「何か用事があったんだろ?今ならその用事も終わっているかもしれないし。レイ1人なら身軽で今回みたいに移動にそこまで時間はかからないからいけると思うんだ」
「確かに、そうね。じゃあ、もうすぐ出発して都市国家連合?に向かったほうがいいのかしら」
「少し休んでから行こうぜ。それに動くならレイと一緒にいたパノマイトって人間にも話聞いいてからでもいいだろ」
「それもそうね。」
「よし、そうと決まれば早速パノマイトのところに行こうぜ」
戻ってきてすぐ出発かと気分の落ち込んだナンシアだったが、休めると分かって安堵した。しかし、即座にパノマイトに話を聞きに行こうとアルシアに手を引っ張られ顔を引き攣らせる。
パノマイトと娘のリオ、それにエルフの者たちを運んでくれた双頭の獣テオ。親子は客人用の宿に案内されていた。エルフは排他的のため、他種族との交流がほとんどない。そのため、エルフの森にエルフ種以外が、それも人種がいることはここ数百年以上の間、ありえない事だった。パノマイトたちは同胞を助け出してくれたものとしてエルフの国から酷い待遇を受けるということはなかった。しかし、プライドの高いエルフから話しかけることはまずない。そのためパノマイトたちはエルフとの交流がほとんどなかった。本来、奴隷にされていたエルフたちが国に戻る旅程で多少は会話する機会があっただろうにルノの弾丸旅程に付き合わされたため、彼らは一言も言葉を交わすことなく、気がつけばソアトル大森林に到着していた。
「お父さん、テオのところに行ってくるね」
エルフに案内された客室でこれからどうしようかと思案していると娘のリオが話しかけてきた。
テオは最初、魔獣のような見た目をしておりエルフたちからも警戒されていた。しかし、幼い人種のリオが笑顔で撫でている姿を見て、エルフたちは警戒心を多少緩める。それにプライドの問題で、人種の子供が恐れていない存在を恐れることはできなかった。
しかし、いくら恐れることはないとは言ってもテオのサイズに合う部屋はない。それにエルフは木の上に家を作ることが多く、とてもではないがテオを招き入れる家はなかった。今は、エルフの国の領土近くに用意されている簡易的なスペースにいる。
「それならお父さんも一緒に行くよ。まだこの国に来たばかりで道に迷ったら大変だ。」
「お父さん、お仕事はいいの?」
「ああ、大丈夫だよ。エルフの国に来たのはいいけど商売の許可はまだ降りていないんだ。それに最近、エルフの人たちはなんだか慌ただしい様子でね。とても話しかけられる感じじゃないんだ。」
「そうなんだ?じゃあ一緒に行こ」
パノマイトはエルフの国に行ってみたいという興味半分、他種族の国で商売をしてみたい気持ち半分でこの森に足を運んだ。竜人の国では騙されてしまい上手くいかなかった。それなら同胞を助けたというプラス材料があればある程度は他種族の国でも上手く商売ができるのではないかと考えて、この森にきた。レイからリオの幸せをしっかりと考えるように言われたため、ここで上手くいかないようであれば人種の国で商売をしながら暮らしてくつもりだった。しかし、商売をする前に商売許可を得るのにこれだけ時間がかかるということは想定外で、早速失敗しそうな予感がしていた。
テオの元に向かいながらパノマイトは森で暮らすエルフたちが何を必要としているのかを観察しながら歩く。数日が経過してテオの元までの道は完全に覚えてしまった。その一方でテオの元に向かうまでに晒されるエルフの視線にはまだ慣れない。悪意ある視線というよりも好奇の視線という意味合いが強い。受けて気持ちの良い視線ではなく、リオの足取りも早い。
テオの元まで来ればエルフの生活圏からほとんど外れるためパノマイトとリオも視線を感じなくなる。ほっと一息つくとエルフの視線の代わりにソアトル大森林の雄大な森が目に入る。空気は澄み、木々の間から適度に差し込む陽光は2人の心を和ませる。
自然を楽しみながら2人はテオの元までやってきた。テオは2人がやってくることがわかっていたようで、リオを見つけると自分の背に乗せて周辺を走り回る。
素早い動きで木々の間をすり抜ける様にして走ったり、木々を足場に上下左右跳ね回る。森に来た時には戸惑っていたテオの行動にも慣れたのか、楽しそうな歓声を上げながらテオの上にしがみついている。それからしばらくして戻ってきたリオは幾らかの果物を手に抱えていた。登った木の上で見つけたようだ。
「お父さん、果物たくさんあったんだ、一緒に食べよー」
「美味しそうな果物だね。それじゃあ少し休憩しようか。」
親子が休憩すると話をしているとテオは2人を加えて自分の寝床に案内する。そこで足を曲げ、座ったテオ。パノマイトとリオはテオに寄りかかる様にして座る。テオの毛並みはほとんど手入れをしていないにも関わらずふわふわで、天日干しした布団のような温もりがあった。
2人で果物を食べていると突然、テオが体を起こす。
「うわっ」
全体重を預けていたリオはそのまま地面に倒れてしまう。軽くもたれていたパノマイトは倒れたリオの手を取り起き上がらせる。
「ありがとう、お父さん。どうしたんだろ、急に。どうしたのテオ?」
リオから話しかけられてもテオは別の方向に視線を向けている。エルフの森から誰か来たのかと思ったパノマイトだったが、テオの視線は反対を向いている。
森に潜む静けさを破るように、金属が擦れ合う音が木々の間から微かに響く。テオの様子から何か危険な魔物が現れたのかと思ったパノマイトはリオの口を塞いで双頭に分かれる首の根元付近に埋もれる様にして身を隠す。
現れたのは、整然とした軍列だった。
鬱蒼としたソアトル大森林の緑を分けるように進むその一団は、明らかに戦闘態勢のまま移動している。鎧は統一されているが、装備しているものたちの見た目に統一性はない。様々な種族の混成部隊かと考えたパノマイトだったが、そんな軍隊はゾユガルズには存在しない。画一の鎧からはみ出る長耳や尻尾を見てようやく獣人種の軍隊だと気がつく。
先頭を歩くのは長身の獣人──蝙蝠のような大きな耳と、くすんだ灰色の皮膜。顔をビッタリ覆うマスク。パノマイトは知る由もないが、彼こそクティス獣王国、牙軍総隊長であるバットラウトに他ならなかった。
「これは・・・」
部下から報告があり、隊列の先頭にて双頭の獣を確認する。目の前でこちらを警戒した様子で見てくる双頭の獣にバットラウトの目が鋭く細められた。部下の一人が小走りに近寄ると、獣を刺激しないように小声で耳打つ。
「総隊長。件の双頭の獣かと。関所を破壊し、荷車を引いて無理矢理突破したとの報告がありました。」
バットラウトの記憶が即座にその報告と結びつく。四獣長ライモンドが収める街の関所を力まかせに突破したという話を。
「・・・あの見た目。間違いないさそうだ。エルフどもの使い獣か。」
彼は唸るようにそう言うと、腕を上げて部隊に命令を出す。
「双頭の獣を討て。必要とあらば取り押さえずとも構わん。・・・そしてあの獣を操る者もいるはずだ、命令を与えられれば厄介だ。飼い主の姿が見える前に殺してしまえ。」
命令が下された瞬間、前列の獣人兵たちが一斉に弓を引き、槍を構えた。
テオは全身の毛を逆立て、威嚇するように唸り声を上げる。双頭のうちペスがリオを、ベムがパノマイトを咥えるようにして背に乗せる。体を大きく広げて盾のように前に出た。これによりクティスの軍隊の死角つくことができた。テオが2人を守る意志は明確。
「お父さん、あの人たち何?どうして急に?テオが危ないよ!」
「テオなら大丈夫。それよりもリオは自分の身の安全を考えなさい」
パノマイトはミャスパー男爵騒動のことを思い出して声は震えていた。しかし、娘を守るため足は動き始めていた。テオの反応を見て、この場にとどまることは死を意味すると感じ、恐怖した。敵は正面に広がる軍列。抜け道など、あるはずもない。可能な限り即座にテオの背中から軍隊の死角を維持した状態で降りて、エルフの国に逃げこまなければならない。
テオの迅速な対応により2人の存在はクティス軍にはまだ認知されていなかった。しかし、ここで2人は決定的なミスを犯してしまった。
それは「声」
焦る2人はそれでもクティス軍に気づかれないように細心の注意を払いながら小声で会話を交わしていた。それでも相手の指揮官は牙軍総隊長のバットラウト。蝙蝠の耳はあらゆる音を拾う。
「獣の飼い主も近くにいる!逃すな!」
バットラウトは聞き慣れない声を拾うと即座に兵士たちに指示を出し、双頭獣の周りを取り囲む。
テオの背中の上で見つからないように体を縮こませていたがバレてしまう。どうして存在がバレたのかわからないパノマイトたちはただ焦るだけで、会話を止めることはない。
「どうしよう、お父さん!!!囲まれちゃったよ」
「テオに包囲を突破してもらうしかない。リオ、テオにエルフの国に向かって走り出すように指示を出してくれないか?」
囲まれてしまってはテオに戦ってもらっている間にエルフに国に逃げ込むことはできない。エルフたちからは後々文句を言われてしまうだろうが、テオに乗った状態でエルフの国に逃げることにした。リオにお願いをして動こうとした時、バットラウトが指示を出す声がパノマイトの元まで届く。
「その獣と飼い主をエルフの国に逃げ込ませるな!!!軍は獣の後方に展開!私と副官でその獣をやる」
ありがとうございました。
先週はコロナでダウンしていましたが、基本的に毎週土曜の不定期時間に更新する予定です。




