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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
183/199

183.クティス獣王国で迎える新年

よろしくお願いします。

シャナと御者席を交代したあと、入国したクティス獣王国を見渡す。人種の国と大きな違いは感じられないためレイは内心、退屈していた。犬人警備兵の話が気になったことも影響し、街のやや浮き足だった様子には気がつかない。


色々な街に入り、抜けていく。レイたちはソアトル大森林に向けて馬を進める。そんな日々の中、獣王国を訪れて4つ目の街で、いつもの様子と異なる露店を見かけるようになった。


「この街の露店は売り物がいつもと違うね。」


「ん〜そろそろ新年だから??」


サーシャと手を繋いで歩いて食料品の買い出しを行なっているといつもと異なる食材が多く目につく。レイの言葉を聞いてサーシャも露店を見渡し、人差し指を顎に当てて首を傾げる。


「そっか、新年を祝う文化があるのか。」


「もうすぐ年明け〜」


元の世界と似たような行事があることを新鮮に感じるレイ。サーシャはどのようにして新年を過ごしていたのだろうかと質問する。


「ん〜?お姉ちゃんたちとおめでとうして、白くて甘い飲み物を飲んだよ〜」


年越しカウントダウンのように盛大に祝いをするのではなく、いつも一緒にいる人たちに対してこれからもよろしくお願いしますと挨拶をし合うようだった。白くて甘い飲み物がどのようなものかわからなかったレイは食料品を買い足すついでにサーシャの話す飲み物を探す。


「あと何日で年が明けるんだろうね」


「ん〜?明日〜?明後日〜?」

旅に出てから、というよりもこの世界に来てからほとんど日付を気にしなくなったレイは今日が何年の何月何日なのか全く把握していなかった。一緒にいたサーシャもそれは同じようで2人で首を傾げる。


「あ、お兄ちゃん、あれだよ、あれ一緒に飲んでた〜」

露店を歩きながら商品を見ているとサーシャは露店の一区画を指差す。鳥のような見た目の獣人が何やら桶をぐるぐるとかき混ぜていた。サーシャから中身は見えないはずだが、独特な甘い香りによって気がついたようだ。


「せっかくだし、買って帰ろうか。」


「うん〜、私あれ甘くて好き〜」


「すみません、これ一ついただけますか?」


「一つってこの桶ごとかい?」

レイが話しかけるとインコのような顔をした女性の獣人がレイに質問を返す。

この世界では飲食用の容器が普及しておらず、サンドウィッチのような単体のもの以外は容器を持参して購入することが一般的だった。これまでの旅で購入したものは保存食が多く、容器が必要になるものはなかったため、レイもこのインコ獣人の対応は初めてのことで戸惑ってしまう。


「なんだいあんた、買い物もしたことないのかい?こんなドロドロのもの手渡しできないだろう?欲しいなら入れてやるから容器を持ってきなって言ってんのさ」

女性の獣人は呆れながらもレイに買い方を説明してくれる。戸惑っていたレイだったが、説明を受けたことで、今度は自身のアイテム欄にちょうどいい容器がないかを探し始める。


しばらくしてレイはちょうど良さそうな筒を見つけた。外套の内側から取り出すかのようにして容器を取り出し、インコ獣人に渡す。


「おやまぁ!こんな立派なものに甘粥入れちまっていいのかい?」


レイがアイテム欄から取り出したものはガルディオの銀筒。高級焼き菓子が入ってそうな装飾をしている入れ物だった。咄嗟に取り出したにしては露店で見せるようなものではなかった。そのため、インコ獣人も驚き声をあげ、耳目を集めてしまう。レイは失敗したなと思う。


「ええ、それしか今容器がなかったので。その容器の7割から8割くらいでお願いします。」


「あんたがいいってんならいいけど。それにしてもあんた見ない顔だね。」

そう言いながらもインコ獣人が筒に甘粥を入れる速度はゆっくりで抵抗感があるように感じられた。


「ええ、今日初めてこの街に来ました。」


「一緒にいるお嬢ちゃんは山羊族だろう?狐族のあんたとは家族には見えないけど」


「俺は冒険者をしています。この子のことはまぁ、依頼に関係することなので言えないです。でも安心してください、無理やり連れてきているとかではなので。」


「そうかい、冒険者なのかい。確かに嫌がっているようには見えないね。ただ、冒険者だからって危険な場所は避けなさいよ。最近ただでさえ、物騒なんだから。そんな小さい子がいるんだから気をつけなさいよ」


「もちろんです。」


「クティス獣王国の軍が慌ただしく動いていて今年は新年を心から祝えないんだから、少しは安心させてちょうだいな。」


どうしてここまでインコ獣人に根掘り葉掘り聞かれているのだろうと疑問に思いながらも、甘粥を注ぐ速度がゆっくり過ぎるためレイは会話に付き合っていた。ほとんどレイが素性を話し、子供を無理やり連れてきているわけではないと説明をしただけだったが、インコ獣人は心なしか元気がないように見えたのでレイは付き合って話をしていた。


ようやく甘粥を容器に入れてもらい終わるとレイは代金を少し多めに支払い足早にその場を後にした。多少目立ってしまったため、何者かに絡まれるのではないかと危惧しての行動だった。サーシャを抱き抱え、馬車のものとまで不規則な道順で戻った。幸いレイの行動がよかったのか誰かに絡まれることはなく、再びソアトル大森林に向けて馬を進める。


それから数日、レイはサーシャとクティス国のとある街で宿を借りて一泊していた。シャナと纏霊姿仮は種族が異なるため、面倒事が発生したらいけないと言って街の外で一晩を過ごすと申し出た。その際に、シャナは常にレイの護衛も行うと言っていた。遠隔から常に監視されているような気がして正直レイは断りたかったが、配下の気持ちを無碍にできずに愛想笑いを浮かべる。そうして、レイはサーシャと2人で宿にいた。



「お兄ちゃん〜起きて〜」

宿屋のベットで寝ているとサーシャに声をかけられる。この体になってからというものあまり睡眠を必要としなくなったレイはないもすることがない夜は目を閉じて夜を過ごすことが多かった。サーシャが起きたことは察していたが、まだ夜は深まったばかりだった。そのため、眠気を完全に覚醒させないようにと思いレイは目を閉じていた。そのまま眠るかに思われたサーシャはレイを起こしにきた。


「どうしたの、眠れない?」

起きていながら無視することもできずレイは目を開けてサーシャに問いかける。


「甘粥飲も〜?」


「甘粥?今?でも寝る前に歯磨きをしたのにいいの?また磨かなきゃだよ」


「うん、いいの〜。だってお兄ちゃんと今年もよろしくしたい〜」


「今年も??」

突然目覚めたサーシャが甘い飲み物を飲みたがっているのかと思ったレイだった。しかし、サーシャの口ぶりは違う。新年の挨拶のために甘粥を欲しているようで、レイはそこで気がついた。


「あ、もしかして今、年明けたの?」


「ん〜多分〜?」


「すごいね、わかるんだ?」

カレンダーも時計もない宿にいながらサーシャは年が明けたことに気がついて起きてきた。


「ん〜なんとなく〜?お姉ちゃんもいつもそうだったよ〜お兄ちゃんはわからない〜?」


「うん、俺は気がつかなったよ。教えてくれてありがとう。甘粥は荷車に置いてあるから取ってくるよ。少し待ってて。」


「私も一緒に行く〜」

そう言って起き上がったレイの手を握り、早く行こうと急かすサーシャ。」


魔法が生活に密接しているとはいえ、人気の無い夜の宿内でランプなどは点灯しているはずもない。レイは夜目が聞くがサーシャはほとんど見えないようで、レイに手を引かれるまま歩いている。


「真っ暗〜、お兄ちゃん、抱っこしてほしい〜、、、」

サーシャの声は尻すぼみに小さくなる。本来は暗くて見えないはずだが、レイの目は夜でもよく見える。そのため、やや照れながらレイに抱っこを求めるサーシャがしっかりと見えていた。レイはその様子にこそばゆい思いを感じながらも優しくサーシャを抱き抱える。


「今年、初抱っこ〜」

お願いする時の恥ずかしさなどどこに消えたのか、抱き抱えられたサーシャはご機嫌そうだった。


「それにしても年が明けたのに静かだね。獣国の人は大騒ぎしそうなイメージがあったんだけど。」


「ん〜確かに??白山羊亭もみんな元気だった〜」


抱き抱えられたサーシャはいつもと変わらない口調で話すが、内容が内容なだけにレイは反応に困る。


「クティスではそうした習慣はないのかもね。」


話を逸らして、レイは黙ってサーシャの頭を撫でる。


荷車は窃盗対策などほとんどされておらず、夜番の兵士が1人いるだけで、宿から出てきたレイたちを怪しむことはない。自分の荷車から甘粥を取り出すと2人は兵士に軽く会釈して宿に戻る。部屋に戻り、備え付けのベットに抱えていたサーシャを下ろす。レイはアイテムボックスにしまった甘粥入りのガルディオの銀筒を取り出す。クティスの街にきてから急ぎで購入したコップをサーシャに渡して甘粥を注ぎ入れる。


「私もお兄ちゃんに入れてあげる〜」


「ほんと?ありがとう。重たいから気をつけてね。」


甘粥入りのコップをこぼさないように机に置くと、今度はサーシャがガルディオの銀筒をレイから受けとる。両手で銀筒を抱えながらこぼさないよう慎重にレイが構えるコップに向けて甘粥を注ぐ。両手がプルプルしながらもこぼさないよう、真剣な様子のサーシャ。自分に向けられた優しさであることは疑う余地がない上に、行動があまりに微笑ましすぎてレイは自然と笑顔になっていた。


コップの7割ほどが注がれたところでレイはサーシャにストップをかける。

「ありがとう。そろそろこぼれちゃうから止められる?」

「、、、は〜い」

最後までこぼさないようにするサーシャはレイへの返事も数拍遅れる。


「注いでくれてありがとう。それに初笑いもありがとうね。」


「お兄ちゃんもありがとう〜。初笑い〜?」

レイがお礼を伝えるとサーシャも机に置いたコップを取ってきてお礼を返す。自分の様子に癒されて笑っていることなど、甘粥を注ぐことに必死だったサーシャは気づくこともなく、首を傾げる。


「あれ?そういえばこの甘粥って年越しそば的な扱いなのかな。それともおせち的な扱いなのかな。そばだったらもう年越しちゃっているけど・・・?」


「年越しそば〜?」


「ごめん、なんでもないよ。いつも甘粥を飲む時はどうしているの?」

甘粥の扱いに疑問が生じたが、疑問に蓋をしてレイは甘粥を飲もうと進める。


「ん〜、今年もお願いします〜って言ってコップをコンってするの〜。お兄ちゃん、コップ持って〜」


コップを軽くぶつけ合うジェスチャーを見せるとサーシャは早く飲みたいのかレイにコップを構えるように促す。


「今年もお願いします〜」

「      お願いします」

レイがコップを構えるとなんのかけ声もなくサーシャはレイの持つコップに自分のコップをカツンとぶつけながら挨拶を始める。後追いでレイも挨拶するが間に合わず、なあなあで締まりのない挨拶となった。それでも新年を祝えたことで2人の顔には笑みが浮かんでいた。


「甘くておいし〜」

挨拶を終えるとサーシャはコップを自分の口元に近づけて甘粥をゆっくりと嚥下する。固形と液体の間である甘粥は幼いサーシャにはゴクゴク飲むものではないようで、ゆっくりと甘さを噛み締めながら飲む。


レイもゾユガルズに来てから滅多に口にしない甘みに期待して口に含む。口に含んだ瞬間、脳に直接訴えかけてくるような刺激的な甘さを期待していた。しかし、甘粥を含んだ時に最初に感じたのは温度。冷たくも温かくもない常温よりやや熱のある液体もどき。確かに甘いが、それは口に含んだ粥を咀嚼すると感じる米本来の甘さの類だった。


「お兄ちゃん、おいしいね〜」


「、うん。おいしいね」

期待していただけ落差も大きかったが、笑顔のサーシャの手前そんなこと口が裂けても言えず、レイは顔が引き攣らないようにしながらサーシャに笑みを向ける。


「お兄ちゃん、これからも一緒にいてね。」

甘粥をほとんど飲み切るとサーシャはコップを机に置く。それからボソっと呟く。いつものような間延びした話し方ではなく、断られるのを恐れるかのようにか細い声。


「もちろんだよ。」

レイはどのように言葉をかけても不安を感じているサーシャを元気つけることは難しいと感じてただ肯定した。



クティス獣王国でゾユガルズの新年を初めて迎えたレイは馬車を走らせ続け、ついにソアトル大森林に到着しようとしていた。


「レイ様この街を越えるとクティス獣王国の領土から外れます。出入りは他に比べて厳しいみたいっす。」


「距離も近いし、馬車を仕舞って飛んで移動しようか。」


サッと方針を決めると人気のない場所に移動して荷車とここまで移動してくれた口裂け赫蹄族を纏霊姿仮の中に取り込む。レイはサーシャを抱き抱えて飛翔し、ソアトル大森林の方角に進む。付かず離れずの距離で後ろを突いてくるシャナと纏霊姿仮。そんな彼らが様子を変えたのはクティスの国境を超えてすぐだった。シャナがレイの前に出て、纏霊姿仮が後ろを警戒する。突然の動きだったが、レイも慌てることなく状況の整理を始める。


というもの、上空から見るソアトル大森林からは多くの煙が立ち込めていた。金属がぶつかり合う音、人々の怒号や叫び声なども聞こえてくる。レイが狙われているわけではないが、配下としてはこの状況でレイの身を守ろうと動いたことは当然だった。


シャナと纏霊姿仮が即座に動いた一方でレイは嫌な考えが頭に浮かぶ。


自分が不在にしている間にウキトスでは騒動が発生し、大事な人を失った。そして今度は自分が訪れた場所で騒乱が発生している。ラールほどの親しみを覚えているわけではないが、コミュニケーションに難のある自分が親しくなれた人たち。心配にならないわけがなかった。


「ごめん、サーシャ。また危ないことが起きるかもしれない。絶対に守るから離れないで。」


抱えられるサーシャはレイに強くしがみつく。

レイは状況を把握しようと渦中に身を投じることにした。

ありがとうございました。


X → @carnal418

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