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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
182/199

182.ソアトル大森林に向けて

よろしくお願いします。

ウキトスからエルフの国に向けて出発して数日が経過していた。


レイの配下である纏霊姿仮が巨大な拠点を口から取り込むという荒技を行ったが、そう何度も行えるほど容易なことではない。拠点は一度取り出すともう一度取り込むまでに長いインターバルが必要になる。そのため、必要なものを揃える目的で街に寄る以外は基本、荷車の中で過ごした。


冒険者カードという身分証を持ち、正規手段で街に入ることができるのはこの一行の中でレイだけだった。声を出せず人型でもない纏霊姿仮は考えるまでもない。幼いサーシャは怪しまれないだろうが、門兵に保護されてしまう可能性がある。身分証はないが軽快な口調で誰とでも会話のできるシャナは街に入ることはできるのかもしれない。しかし、無駄にリスクを負う必要はない。そのため街への買い出しは一行の主人であるレイが行く。レイにベッタリで離れることのないサーシャも一緒に。


買い出しに行った2人は楽しく会話をしながら必要なものを買い足していく。元の世界やダイイングフィールド内では値段は定価で、変動することはない。夕方のセールで割り引かれることはあってもレイ自身で値引き交渉をした経験はない。それゆえ、売り物の値段が適正かどうかレイは気にすることすらなかった。実際、常にややぼったくられていたが、現地の人と関わることもほとんどないため全く気がつく気配はない。


レイの胸中はただサーシャと楽しく買い物ができて平和だと思うのみだった。


主人を買い物に行かせてシャナは申し訳ないと感じてはいたが、命令されていない以上動くべきではないと考え、レイが買い出しに行っている間は纏霊姿仮と荷車を見張る。性別や口調は変われど、レイからの命令に重きを置いている点はあまり変わっていないようだった。


通常よりも大きく、毛並みがよく、そして健康そうな馬が引く大きな荷車。馬も荷車もとても価値がある。そのため、レイたち一行は何度か襲撃を受けるようなこともあったらしい。らしいというのはレイですらその襲撃を事後に知るからだ。買い物に行っている時もあれば、普通に荷車でサーシャとのんびりしている時もある。荷車にいながら襲撃に気が付かないのは常に御者席にいるシャナのおかげだった。不穏な気配が馬車に近づいてくると事前に肩にかける銃を構えて消してくれていた。無論、サイレントのため銃の発砲音がレイに届くことはない。


シャナの感じた不穏な気配。普段から命令を聞くまで能動的に動くことのない彼だが、主人に厄介事が降りかかるようであれば事前に払いのけることくらいはする。仮に、馬を騙し取ってやろうとしている人がいる場合シャナはその人をレイと接触する前に撃ち殺す。それが話術によって騙し取るタイプであればレイは見抜けない。こうして、レイは自分でも気が付かず、気配りの行える配下たちの存在によって関わる人がどんどん限定されていく。


かつてコリウスに伝えた、レイが恐れる「人の悪意」からどんどんと遠ざかる生活基盤が着々と整えられていく。


レイの求めた配下たちが現れたことは良かった。しかし、レイは1人でいる時よりも他者と接する機会が減っていた。


コリウスに糾弾された時、ラールを失った時には深く内省していたレイ。レイが自分を省みて思考する時間は配下たちの登場により格段に減った。原因となる事象は発生する前に配下たちによって片付けられていたからだ。


ルノと行動していた時はルノの極端すぎるレイを優先する行動にレイは苦笑していたが、そのおかげで人の悪意に晒されることはなかった。


今の襲撃者たちにだって言い分はあったかもしれない。

<純沌の間>にて情報収集されているプロマリアたちと直接話せばレイは心を痛めて、自分の行動を省みただろう。


しかし今レイは、ただただのんびりとした時間をサーシャと荷車で過ごしていた。


思考の停止。


元の世界よりもシビアで格段に危険がつきまとうゾユガルズという世界。普通なら命がいくつあっても足りない。そんな状況でもレイは身体、精神ともに脅かされることがない。


レイのダイイングフィールドで培ったステタースが、配下たちの存在が、レイをただの鈴屋泰斗であることに留めてしまう。ゾユガルズに生きる存在として新しく生まれることはなく、異物が世界に紛れ込む。


そして、レイはそのことに気が付かない。



時折、ガタガタと揺れる整備の行き届いていない街道を走る馬車にサーシャと揺られながらレイは時を過ごす。ソアトル大森林に向かう目的も更地となったオルロイにいれば他勢力からの調査、介入があると考えたため。傷ついたサーシャをそのいざこざに巻き込みたくないと思っての行動だったが、レイは自分でも無意識的に他者との接触を避けていた。


そんなレイがソアトル大森林に向かうことは何も不思議はなかった。都市国家連合で打ち解けることができたのはラールとサーシャ、それにメルラとイーリ。メルラは都市国家連合に残っているが、あくまでも冒険者ギルドの職員。イーリとは仲良くなれたが、パーティメンバーからは嫌われている。それにレイもイクタノーラの殺意の都合上、一緒にいることは難しそうだった。そのため、次に親交深いパノマイト親子とナンシア、アルシアのいるエルフの森に向かおうとした。エルフの森での生活は穏やかだろうという想像もレイはしており、ナンシアたちにお願いして近くのスペースを使わせてもらおうと考えた。そうすれば関わるのは一部のエルフ。それもレイに恩義のあるナンシアたち。それ以外には関わるものはいない。サーシャのため、自分のため、とても穏やかな生活ができるのだと考えての引っ越しだった。


イクタノーラの経験を持ちながら、エルフという種族が他種族から奴隷にされているという事実をレイは甘く考えていた。今はその浅慮を酷く痛感することはない。ゾユガルズ出身とはいえ、幼いサーシャ。ダイイングフィールド出身でレイの配下であるシャナと纏霊姿仮。よほどのことでない限り、彼らはレイの意見に反対をすることはない。それにレイの行動を諌めるためのこの世界の常識を誰も身につけていない。


仮にレイが問題に直面するとしたら、それはレイが配下の行動を止めて、自分から動いたときのみ。


今はただ、サーシャと2人。荷車の中で気ままにのんびりとしている。


「お兄ちゃん〜」

レイの膝の上に座るサーシャが顔を上に向けてレイを呼ぶ。


「どうしたの?」


「なんでもない〜」

レイからの反応を受けるとサーシャは笑みを浮かべる。その笑顔からはレイと一緒にいられることが心底嬉しい様に見える。レイもサーシャの頭を撫でながら微笑む。一時はレイを視界に収め、触れていないと全く落ち着くことができなかったサーシャ。今は膝の上に乗せているため接触はあるものの、多少であればレイから離れて行動することもできるようになっていた。まだ不安はあるのか寝起きにレイの姿が見えずに泣いてしまうこともあるが、少しずつ精神が回復している様子は伺える。そんなサーシャの姿を見てレイは安堵していた。


「お兄ちゃん〜」


再び呼び掛けられたが、サーシャはレイを呼んでは笑顔を浮かべることを繰り返していたため、今度は首を傾げて反応を示す。


「お引越し先はどこなの〜」


呼ばれて、反応して、なんでもない、からの笑顔のループに満足したのか、サーシャは疑問を口にする。サーシャから問われてレイは詳しいことは伝えていなかったと思い出し、サーシャに説明をする。


「これから向かう場所はソアトル大森林って森だよ。そこに友達になったエルフがいて、その森の近くに住ませてもらえないか聞きに行くんだ。エルフたちなら静かな暮らしをしていそうだしね。」


「エルフ〜?」


「そうだよ、森で暮らしていて、耳の長い人たちのこと、かな?」

サーシャは幼いゆえか、ウキトスで過ごしていたためか、エルフという種族を知らないようだった。エルフは森との親和性が高く、眉目秀麗なものが多い。それゆえに奴隷の被害も多い。レイもゾユガルズでのエルフがどのような扱いを受けているかなどの軽い知識しかない。それにレイが関わったことがあるエルフはナンシアとアルシアのみ。エルフを知らないサーシャに対してどのように伝えれば良いのか言葉選びに苦戦した。


「耳が長い〜?」


「うん、でも、それ以外は人や獣人と変わらないよ。森が好きな普通の人たちだよ。それにエルフじゃないけど、サーシャと同じ歳くらいの、リオちゃんって女の子もいるよ。いい子だから仲良くなれると思う。」


「ふ〜ん、お友達になれるといいね〜?」


自分のことであるにも関わらずサーシャはいまいち実感を得られていないのか曖昧な答えを返す。そんなサーシャの頭を撫でていると御者席から声がかかる。


「レイ様、そろそろ人種の国の範囲から出ると思います。獣人の国はどのようにして進みますか?」


ソアトル大森林に向けて出発をしてすでに10日は経過しようとしていた。

立派な高馬力な馬のおかげで旅路は順調に進んでいた。中々見ない馬のため人目は引いていたが、襲うものは事前にシャナによって排除されるため遅れが出ることはなかった。ゆっくりな理由を強いてあげるとするならば、レイがそこまでソアトル大森林に向かうことを急いでおらず、サーシャとの旅の道中を楽しむことをメインにしていたためだ。


旅を楽しむという感覚がすでにゾユガルズに住むものにとっては異質な考えで、笑えないほどにおかしい行動であるが、レイは呑気に荷車に乗って揺られれている。


強力な配下、自身の実力によって身の安全は保証され、身分証を持つことで相手からの警戒も最低限で済む。食料が必要になれば近くの街によって購入することもできる。そのため、レイには旅を急ぐ必要性を感じられていなかった。


本来は旅程に合わせて食料を計算し、飲み水の確保できる場所を中継地に選び、野盗や獣に襲われた時のために護衛を雇い、綿密なスケジュールを立てて動かなければならない。


思いつきで人種の国から獣王国を通りソアトル大森林に向かうものなどゾユガルズの世界にはいない。ナンシアですら当初は迂回ルートを選択するはずだった。それなのにルノの強硬手段によって獣王国を突っ切った。こうした背景を何も考えず、ただ最短ルート選択肢、突っ切るのは主従で似ているのかもしれない。



シャナの報告を聞いてレイは自分の顔に手をやる。改めて黒狐の仮面が装備されていることを確認する。さすがに人種の状態で獣人の国に入れるとはレイも思ってはいない。そのため、ここからは自分を獣人に誤認させるアイテムを利用して進もうと考えていた。


「御者を変わろうか。シャナも纏霊姿仮も先に森に行ってもいいんだけど。」


「いえ、さすがにそれはいけません。都合上、レイ様に御者をお任せするのはどうにか納得しましたけど、護衛がいないのはさすがにまずいっす。」


本来、シャナも纏霊姿仮もレイも飛行することができる。そのため、領土などガン無視して進めばいい。しかし、常に飛行するのはサーシャの体の負担を考えるとあまり宜しくはない。そのため、時間をかけてもゆっくりと移動をしている。


ここからレイが御者を行うのであればシャナと、特に種族がわからず相手に警戒心を抱かせる可能性の高い纏霊姿仮は飛んで、先にソアトル大森林に向かってもらった方がいい。しかし、連絡手段がない。それに配下たちは可能な限り、レイの単独行動を許さない。


そのため、渋々シャナは荷車に移動し、レイは御者席に移動する。レイにベッタリなサーシャはもちろん御者席についてくる。纏霊姿仮は実体を維持することよりも姿を隠している時の方が好みなのか、レイが呼ぶまで姿を見せることはない。そのため、荷車にはシャナだけが1人ポツンと場所を持て余していた。


シャナと御者を交代してからしばらくしてクティス獣王国に入国するにあたり、最初の検問所にさしかかる。時刻はお昼をだいぶすぎており、入国審査の列は数人程度。レイが手綱を握る馬の立派さに多少目を引かれるがそこまで大きな注目は集めていない。レイは大人しく自分の番を待つ。


数人程度の列のため数分もすれば自分の番がやってくる。レイは警備兵にギルドカードを提示する。


「Cランクか、若そうなのに中々やるな。荷車には何が入っている?」

ギルドカードを見てレイの冒険者カードを見た犬人の警備兵がレイに話しかける。


「大したものは入っていませんよ。狼の森という商会から依頼のあった食料品が入っています。」

そう言ってレイは依頼書を見せる。


「おいおい、確かに印もあるしこれは依頼書だが、正式なものじゃないぞ。ギルドを通しての依頼か?」


「いえ、知人の店なので直接依頼を受けました。軽い口約束なので、文書はあってもなくても構いません。代金が踏み倒されそうになればぶん殴ればいいので。」

そう言ってレイは軽く殴るジェスチャーをとる。


「そ、そうか。だが、ギルドを通していない依頼はあまり褒められたものじゃないぞ。」


冗談を言ったつもりのレイだったが、警備の犬人は真面目だったのか、その発言を間に受けて顔を引き攣らせてレイを注意する。


冒険者の引き抜きなどが行われない限りギルドは依頼者が冒険者に直接依頼を出すことを止めはしない。しかし、依頼金などで揉めた場合に一切調停をすることもない。そのため、喧嘩っ早い獣人は、特に冒険者ギルドなどの第三者を介して依頼を受けるように言われていた。


「そうですね。彼とはうまくいっているのですが、次からはギルドに依頼を出すように伝えてみます。気遣いありがとうございます。」


レイは犬人の警備兵にお礼を告げ、心配りを少し渡す。

違法性なく、危険でない荷車の扱いをどうしようか悩むそぶりをしていた警備兵はレイからの心配りを確かめると笑顔になる。


「いやぁ、最近危険なエルフが近くの検問所をぶっ壊して無理やり通ったりもしていたからな。お前も怪しいやつかと思ったが、違うみたいだな」

犬人警備兵は片手に握りしめた数枚の銅貨をジャラジャラとこねくり回す。


「そんなエルフがいたんですか?」

レイは思いもよらない警備兵の雑談に驚きながらも、表面上は冷静に、世間話を続けるテンションで話の続きを聞こうとした。


「ああ、そうなんだよ。四獣長のライモンド様も出張ったくらい大きな事件ってことしか知らないけどな。だから入国する際はしっかりと素性を調べるようにって連絡があったんだ。お前は冒険者で、狐人だからそんなエルフとは関係ないだろ。その商人からしっかりと依頼金をもらうんだぞ。」


もう少し話を聞きたいレイだったが、犬人警備兵は自分の伝えたい話をささっと話すとレイを見送る。これ以上粘って話を聞こうとしても逆に怪しまれる可能性しかないと思ったレイは大人しく入国をした。


この世界で初めてと言ってもいいかもしれないレイとサーシャの「旅行」ゆったり安全に運んでいた。

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