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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
181/199

181.各国の内部事情 sideデースト聖国

よろしくお願いします。

豚が転がる。

転がる豚の衣服はゴテゴテに金で装飾されており、不幸にも、ひと目でどこに転がっているかがわかる。


「え、エール貴様、何をするゾイ!!!」


豚が鳴き声を上げる。

声はかん高く、耳にする者すべてを不快にさせる。語尾には、人間の言葉をかろうじて真似ているだけの豚――その醜さと豚にしては高い知能が悲しくも同居していた。


聖国の教皇補佐エールは豚を蹴り飛ばしても尚、ギャーギャー泣き叫ぶ豚の声に表情を厳しくする。教皇補佐として表に出ている時の、誰にでも優しく堅実で実直なエールの姿はそこにはない。


「3年経った。お前はもう必要ない。」

これまで教皇補佐として接してきた慇懃な態度は消え去り、感情の感じさせない声が豚に投げかけられる。


「何を言っているゾイ、貴様の立場で決めることではないゾイ!余はこの国の教皇、一番偉いんだゾイ」


「教皇であろうと一番ではない。一番は神だ。異端め。死ね。」


倒れた状態でエールを見上げている状態にも関わらず態度は非常に偉そうで、顔は真っ赤になり、唾を飛ばしながら叫ぶ豚。エールはその声を完全にシャットアウトしたのか全く気にする様子もなく右足を切り飛ばす。


一面、金の装飾の部屋に汚い赤と汚い悲鳴が混ざる。


「ひやぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁ誰か余を助けろゾイ!!!エールのクソが、クソが、クソが!」


汚い悲鳴が助けを求めているが、この部屋に入っていくるものはいない。


続いて左足を切断する。

より一層部屋の金面積が減る。

甲高い耳障りな悲鳴はどんどん大きくなる。

豚の周辺は吐瀉物と血液で黒くなる。


次に右手を切断する。

部屋の金に赤いマーブル模様が追加される。

耳障りな声は次第に掠れていく。

豚は飼育者に対して悪態を吐くことを止めない。


最後に左腕を切断しようとエールが動いた。


コンコンコン。

部屋をノックする音が聞こえた。


意識のなどとうに飛んでいた豚の意識が覚醒する。わずかな希望を胸に力一杯声を振り絞る。


「開けろ!!開けて余を助けるゾイ!!!褒美はいくらでもやるゾイ!!!」


その声に反応した訳ではないだろうが扉が開く。


「エール様、失礼致します。贖罪の儀は終了しましたか?」


入ってきたものは部屋の中で何が行われているのかを把握している者だった。しかしそのことを瞬時に判断できるほど教皇は頭が良くない。それに瀕死の状態で思考を巡らせるような経験がない。


それゆえに教皇は現れた者が誰かもわからず「助けろ、エールを殺せ」となりふり構わず叫び続ける。


「申し訳ありません。儀の最中でしたか。」

それだけ叫ばれようとエールは最初からほとんど反応せず、今入室してきた男も女も全く反応を見せない。


この部屋の異質さを分かった上でも、この惨状を見れば大抵のものは何かしらの反応を示す。恐怖や忌避感、憐憫など。その感情を一切感じさせることのない2名。


男の名はインサーン。汚泥の救難というエールが取り仕切る聖国の裏組織のリーダー。

女の名はサタリリ。聖国の聖女。


その2人に対してエールも何事もなかったかのように話をする。


「もう少し待っていただけますか。」


その様子はいつもの人当たりの良い柔和な笑顔に優しい口調だった。あたりの情景を見なければ本当に勘違いしてしまうほどにエールの様子はいつも通りだった。しかし、2人から視線を外して倒れる豚を見た途端に表情は抜け落ちる。


エールは豚の首を切断した。

耳障りな声はもう聞こえない。

豚の血で汚れた右手をサッと空を切って拭うと卓上に置いてある特殊なベルを鳴らす。修道服に身を包んだ男女数名が表情を変えることなく部屋に入り、豚の処理、部屋の掃除を始めていく。教皇がどれだけ叫ぼうが人が入ってくる気配はなかった。完全防音の部屋ですらエールの鳴らした特殊なベルは外に響く。


「お待たせしました。この部屋は少し色がうるさいので移動しましょうか。」

人を1人殺したにも関わらず教皇補佐エールは至って普通に2人を別室に案内する。衣類に付着した豚の血もいつの間にか消え、表情も人当たりの良いいつものものになっていた。


別室に入るとエールは2人を自分の対面に座らせ、ネフェルシア迷宮の一件の報告を聞くことにした。


「どうでしたか、イーリ様は。」


「対立する度に戦っても勝てないと感じていましたが、今回さらにその認識が強まりました。勝負にすらなりません。」


「私は初めてお会いしましたが、不思議な方ですね。」


エールの質問にインサーンとサタリリが各々感想を述べる。どちらも信仰する神は同じでも戦闘経験の差がイーリに対しての認識の差につながる。同じ教徒、惨状に対する反応が同じでも全ての思考が一致するわけではない。


「イーリ様が味方になれば心底心強いのですが、どうにも我々の考えは受け入れられないようですからね。同じ神を愛している者として仲良くできたらいいのですが難しいですね。早速、本題になりますが、聖女の件はどうなりました?」


「疑われる結果にはなりましたが、能力については知られておりません。聖女様はこの件が国家機密であることをしっかりと認識いただきたいですね。」

インサーンはエールに対して返答するとともに、迂闊な行動をとったらしいサタリリに苦言を呈する。


「申し訳ありません、インサーン様。聖女は隠し事をしないものですので、以後うまい言い訳を考えますね。」


3名の会話から、イーリと接触があった際に、知られたくない秘密をサタリリが話そうとしたところ、インサーンが防いだようだ。その件に対してインサーンは注意しているが、注意されているサタリリはまるで自分の話ではないかのような他人事な様子を見せている。


「イーリ様にバレていないのであればあとはどうにでもなります。聖女のレベルはどうなりましたか?」


「レベルは63になりました。この状態ではまだ呪炎神アグラ=デルアは厳しかったです。もう少しレベルが上がれば簡単になるとは思いますが。それと私は初めて聞く名前だったのですが、エール様はディハーマという名はご存知ですか?」


聖女サタリリの声は非常に穏やかで聞くものの心を解きほぐす。人当たりの良いエールはさらに柔和な笑顔を浮かべるかに思われた。しかし、ディハーマの名前を聞いた途端にエールの目つきは鋭くなる。わずかな変化のためエールの表情の違いに普通であれば気が付かない。


「やはり、エール様もご存知でしたか。」

しかし、裏組織を取りまとめるインサーンはわずかな表情の変化を見逃さない。


「ええ、ですがなぜ突然ディハーマの名を?」


「ここからがイレギュラーに対しての報告になります。」

そうしてインサーンは迷宮攻略を始めてからディハーマと接点が生じるまでを話す。


「結果として神を裏切り命乞いをする不信心者を1名、その者の監視のために汚泥の救難から1名死者が出ております。」


「とても悲しい出来事でした。」

インサーンが報告を終えると聖女が言葉を漏らす。下を向きながら発した言葉であり聖女の表情は確認できない。エールもその話を聞いて心底残念そうな表情を浮かべる。


「ネフェルシア迷宮にいたのですか。やはりイーリ様に依頼を出して正解でしたね。危うくあなたを失うところでした。」

エールは悲しそうなあ表情を浮かべながらも、失った命よりも目の前に存在している聖女の命に安堵を漏らす。


「ところでエール様、ディハーマの言っていた話に関してはどうされますか?今回手に入れられなかった分、機会があるのならば欲しいのですが。」


「イーリ様からは関わるなと忠告をされているのですよね。それならば軍は動かせません。今は彼女に目をつけられる方が面倒ですからね。それに貴女には理解できないかもしれませんが、聖国にあれを圧倒できるほどの実力者はいません。今回は偶然イーリ様がいらっしゃったから機会があると思ってしまったのかもしれませんが、中々に難しいことなのです。」


エールの発言にインサーンは静かに首肯する。一方聖女は理解はしたが納得をするのは難しいようで完全に首肯しきれないでいる。


「そうなのですね。得難い獲物なだけ後ろ髪を引かれる思いにかられてしまいます。」


聖女の発言にエールは内心で珍しい反応をすると感じていた。


かつて、聖国に聖女という存在はなかった。


概念としては理解していたし、民衆の理解を得るためにも見目麗しい者を上位に置くことの有用性も理解している。しかし見目麗しい存在であれば自分で十分だとエールは感じており、聖女を担ぎ上げて今以上に派閥が作られることの面倒さ、神から聖女への信仰先の絶対性が揺らぐことを忌避していた。


だからこれまで聖国に聖女は存在しなかった。今、エールの目の前にいる女が初代聖女。プロパガンダとしての飾り物ではなく信徒に幸福をもたらす本物の聖女。


聖女として清らかでいる存在が執着を見せたことでエールの関心も寄せられていく。


「実際イーリ様からは何といわれたのですか?」


エールの問いかけを受けて2人は当時の状況を思い出す。


ーー

「お前たちは今の話を聞かなかったことにして、何も動かないでくれ。話がよりややこしくなるからな。仮にお前たちも軍を出すようなら私が全力で潰さしてもらう。」

ーー


インサーンはイーリから伝えられた言葉を一言一句違わずに伝える。

「クティス獣王国は信徒も国民性も合いません。派兵してもデメリットが大きすぎる以上イーリ様の言葉通りで何も問題はないかと。」


「でも、インサーン様、都市国家連合に現れるあれは是非欲しいのですが。」


「聖女様先ほど、エール様も仰っていましたがあれは我々ではどうしようもありません。残念ですが、今回は何も行動しない方がよろしいかと。」


「確かにそうですね。しかし、神のために私は動いてさしあげたいのです。」


「おお、聖女様の信仰心には感服いたします。」

理で考えていたインサーンは本来狂信者である。そのため、神の名の下に彼を言いくるめることは存外に簡単。神を利用したと反感を抱かれて仕舞えば命はないため、軽々しく取れる手段ではないが。


「仮に都市国家連合に向ったとして今のレベルで十全に取り込めますか?」

一方でエールは聖女の興味の向かう先をしっかりと把握し確認を込めて問いかける。


「今のままでは難しいでしょう。ですからエール様、お願いがございます。汚泥の救難の方々を数名私に貸していただけないでしょうか。」


「なるほど。呪炎神を無理なく得ることができたとしても聖女様の欲するものを得ることは難しいと思われます。」

聖女の願いを理解した上で、エールは腕組みをしながら答える。普段浮かべている柔和な笑みも、教皇を殺した時の無表情もそこにはなく、自然なエールの姿が見えたような気がした聖女は自分の要望を通すために畳み掛ける。


「それならばどうしたらいいのでしょうか。私は一刻も早く神のために捧げたいのです。」


切羽詰まった様子の聖女に対してエールは事も無げに解決策を提示する。


「前提条件として呪炎神を難なく得ることができるようになってください。そうしていただければ残りの手筈は整えます。」


豚を殺した時の無表情でもなければ、普段の人当たりの良い柔和な笑みでもない。心底不気味な笑みがエールから溢れ出た。一瞬見えた普通の様子すら取り繕った姿だと悟った聖女は教皇補佐の底知れなさに心がざわめいた。

ありがとうございました。

X → @carnal418

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