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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
180/199

180.各国の内部事情 side都市国家連合国ウキトス

よろしくお願いします。

ウキトスで突発的に発生した放火事件から早2ヶ月。ギルドには瓦礫撤去や建築補助の依頼が殺到していたが今は落ち着きを見せ始めており、迷宮に関する依頼もいつものように入り始めてきた。見慣れない依頼に初めは当惑していたギルド職員も多くいたが、10年前から在籍している古株の職員たちが素早く依頼書を仕分けてくれたことで混乱もさほど起きなかった。


落ち着きを見せ始めたギルドでメルラは日常を思い出すかのようにAランクSランク専用のカウンターに腰掛け、事務処理に集中していた。受付に座っているものの誰かが来ることはまずない。ウキトスにSランク冒険者パーティはいなくなった。Aランクパーティも一組しかおらず、その最後のハーモニーは先日拠点を変えてしまった。おそらく戻ってきてくれるだろうが、今日ここにいても誰かが声をかけてくることはない。その為、メルラは放火事件の復興支援などの出費の計算を行っている。


しかしメルラの頭の中では放火事件のその奥。オルロイ消滅に関して考えをめぐらせていた。


放火事件から1週間後姿を現したレイに聞いた話。その後ギルマスから聞いた話。そのつながりを知るために翌日メルラはレイを探した。燃えた白山羊亭にはいないことは分かっていたがウキトスのどこかにはいると思っていた。だが、レイは探せど探せど見つからない。そうしている間に2ヶ月が経過した。


オルロイ消滅の件が知れ渡れば都市国家連合に暮らす住民に大きな波紋を呼ぶとメルラは思っていた。しかし、あれから2ヶ月。特に大きな混乱は起きていない。それどころか放火事件の復旧が一段落つき始めていた。他の街は分からないがウキトスは落ち着きを取り戻しつつある。


何よりオルロイが消滅したという話は全くと言っていいほど耳にしない。一夜にして滅んだことで情報が外に漏れ出ていないことに加えて、生き残ったロク商議会が情報を徹底的に隠しているのだとメルラは考えている。


「確かに、今生きているのは警備関係のセキューと運搬関係のビューション。ある程度はうまくいくのかな、、、」


武力と物流を取り仕切る部門の長が生きていればある程度は上手くできると思うと同時に、外交を一手に担っていたプロマリアが死んでしまった以上隣国3カ国への対応がうまくいく気がしない。メルラは改めて都市国家連合国がかなり危ないバランスで成り立っていたことを再認識する。スレーブンの奴隷とドゥラグの薬物を3カ国に輸出していた。その取引を元にプロマリアが抜群のバランス感覚で都市国家連合国の権利を守り切っていたことはメルラですらある程度把握している。受付嬢としてウキトスからほとんど出ることはないが情報を得る手段はある。


それだけプロマリアの重要性を理解しているだけにここ2ヶ月他国からの干渉がないことに疑問を感じる。セキューとビューションが上手に乗り切っている可能性もあるが、プロマリアほどの立ち回りを取れるともメルラは思えなかった。ここ最近は仕事に追われてなかなか自分で情報を集めることができていないだけに、不安は募る一方だった。


そんな調子でいるため着手していた復興費の経費計上も中々進みが良くなかった。一旦気持ちを切り替えようとペンを置いて大きく伸びをした。


ガタンッ!


ちょうどメルラが伸びをしたタイミングでウキトス冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。大きな音に周囲のものたちの視線は一度そちらに向けられる。大抵の場合、大きな音に反応して反射で視線を向けてしまい、その後すぐに自分の行動に戻る。しかし、今回視線は逸らされることはなかった。


「え、イーリさん?」


伸びをしていたメルラの視線もそちらに向けられており、勢いよくギルドに現れた小柄な白狐の仮面をしている少女に目を奪われる。周りも3、4ヶ月前にウキトスで姿を見なくなっていたAランク冒険者パーティのリーダーが突然現れたため視線は釘付けになっている。


イーリは多くの視線に晒されることに慣れているのか気にした様子もなく、AランクSランク冒険者専用受付のメルラの元に進んでくる。伸びたまま驚き固まっていたメルラは居住まいをただしてイーリに対応する。


「こんにちは、イーリさん。戻ってこられたんですね。」


「悪いが急ぎで話がある。誰かに聞かれると困る。部屋を用意してくれないか。」

受付嬢として穏やかな口調で話しかけたメルラと異なり、イーリの様子は逼迫していた。メルラもその様子を感じとって質問を挟むことなく部屋の支度を整える。上位冒険者のもたらす情報は非常に価値が高いため、個室の手配などの承認も簡単に降りる。


「イーリさん、お待たせしました。こちらにどうぞ。」

イーリには受付で10分ほど待ってもらい、準備した部屋に通す。イーリが座るのを待ち、メルラも腰を下ろす。事前に準備していた飲み物に口をつけるとメルラから言葉を発する。


「突然どうされたんですか、すごく急いでいるように感じたのですが」


「紆余曲折あって先日まで聖国にいた。そこで都市国家連合のどこかの街が崩壊したと聞いたが、本当か?」


イーリの真剣な様子から非常に重要な話があるかと思っていたメルラ。想定通りの重要な話かつ、秘匿指定はずの情報が他国に漏れ出ていることを知って表情が強張る。


「イーリさん、その話誰から」


「その反応、本当なんだな。どこの街だ?」


上位冒険者には色々と情報を得る手段がある。しかし都市国家連合と隣接すらしていない聖国に国内の秘匿情報が漏れ出て、それを一冒険者が知り得ている。そのことに驚きを隠せなかったメルラの反応からイーリは話が真実だと感じたようで話を進める。


「・・・オルロイです。」

メルラは伝えていいものかと逡巡したが、イーリとは冒険者と受付嬢以上の関係を築いている。伝えても問題ないと判断して、都市国家連合の中心都市が滅びたと伝える。


「オルロイが、、」

中心都市の名前が出たことでイーリは大きく息を呑んだ。


「どこが滅びたか聖国には伝わっていないんですね。少し安心しました。」

詳細が全て漏れ出ているわけではないと知って多少安心したメルラ。


「聖国というか聖国で話を聞いたんだ。悪いが、私の話をする前にオルロイが消滅した経緯を教えてもらえないか?」

メルラの言葉に対してどこか煮え切らない反応を返すイーリ。その様子をメルラは不思議に思う。


「すみません、私もオルロイのことは分かりません。ほとんど同じタイミングでウキトスでも放火事件があってその対応をしていたら偶然ギルマスから聞かされたんです。」


「ウキトスで放火、、?」


「はい。その放火がスレーブン所属の人の犯行だって判明して、ロク商議会に異議申し立てをしようとギルマスに報告に行きました。その時にオルロイが消滅したから難しいとギルマスから教えてもらったんです。ロク商議会の生き残りはセキューのガンテストさんとビューションのパーレルムさんだけとも。」


「悪い、話が急すぎて。少し頭を整理させてくれ。」


「いえ、私も最初に聞いた時は驚きましたから。」

イーリが驚く様子を珍しいと思いながらもメルラはこの先伝えることを考える。それと同時にイーリが急ぎで伝えたい要件に関しても疑問が浮かぶ。


「オルロイの崩壊とウキトスの放火がほとんど同じ時期に発生した。放火の犯人はロク商議会スレーブン所属。文句を言おうにもロク商議会で生き残っているのはセキューとビューションのみということだな。放火の犯人とオルロイ崩壊の犯人は全く別なのか?というよりもオルロイが崩壊した原因はわかっているのか?」

イーリは得た情報を整理して、そこから生じた疑問を追求する。


「オルロイ消滅に関しては全く情報がないんです。放火の犯人を突き止めたのがレイさんで、犯人はレイさんの手で殺されています。ギルマスはもしかしたらレイさんがオルロイに関しても情報を何か持っている可能性があると考えているようです。」

メルラは言葉を選びながらも隠すことはせずに正直に全て伝える。


「レイが!?」


「ただ、レイさんに話を聞きたくてもこの街にいないようで見つからないんです。」


「レイはもういないのか?どうして?」


レイの話になった途端先ほどよりも食い気味で話を聞いてくるイーリ。それ対してメルラはイーリとレイの繋がりが何もないことが伺えてやや安堵した。どうして安堵したのかメルラ自身もうまく説明できず、その安堵は本当に無意識的なものだった。


「その放火のどさくさに紛れてレイさんと関わりの深い人が放火犯に殺されたんです。その人の妹をレイさんが引き取ったんですが、それきりレイさんの消息が掴めなくなってしまって。ひと月前に北門から出た記録はあるんですけど、戻ってきてないみたいで。」


「そんなことが、、。でもそれでどうしてレイがオルロイ崩壊と関係があると思われているんだ?」


「いえ、関わっているとまでは。ただ、スレーブン所属の犯人と会話をしたのがレイさんだけだから何かしら情報がないかと。それにオルロイは崩壊ではなく消滅したんです。」


「消滅?」


「はい。オルロイの境界線内側は綺麗に何一つ残ることなく消えて砂漠地帯が広がっているようです。街も人も草木でさえ消えているんです。」

イーリが先ほどから崩壊という言葉を使用していることに違和感を感じていたメルラは消滅の意味をしっかりと伝える。


「誰がそんなことを、」


「これが人災なのか災害なのかも分かっていないです。そもそもそんなことを人ができることなのか。何かしら兵器実験や未曾有の災害といわれた方が納得できる状態でしたよ。」


ギルマスから話を聞いたメルラは放火事件で慌ただしい中、休暇をもぎ取り、オルロイの様子を見に行ってた。オルロイを取り囲むようにセキューの部隊が番人として侵入を防いでいた。その目をどうにか盗みメルラは砂漠と化したオルロイを知った。その光景は人が起こせる事象とは考えにくく、今言ったように兵器実験といわれた方がしっくりくる。


それに対してイーリは誰かがその行動を取ったと今の口ぶりから想像しているようだとメルラは感じた。メルラとしてはとても人の起こした事象ではないと思っていたが、元Sランク冒険者からすれば街の砂漠化はできる範囲なのかもしれない。オルロイを見ていないがための発言かもしれないが、改めてイーリという人物の人外じみた思考の一端を垣間見てメルラは身震いする。


「それでイーリさんは都市国家連合のどこかの街が消滅したことを知って、心配して急いで戻ってきてくれたんですか?」


「いや、違う。確かにどこかの街と聞いてウキトスが心配だった気持ちもある。だが、急いで伝えなければいけないことがある。」

イーリの真剣な様子にメルラは自然と居住まいを正す。


「クラーヴ王国、クティス獣王国、オセアニア評議国が都市国家連合に向けて派兵すると聞いた。」


「は?」

イーリがメルラにもたらした情報は、先ほどメルラが懸念していた事柄だった。しかも隣国全てが都市国家連合に向けて派兵するという。とても簡単な話であるはずなのに、メルラはイーリの話をうまく処理することができないでいた。


「時期は2月。ロク商議会のほとんどがいない今、都市国家連合国は対応を迫られる。ウキトスも大きく変わることになる。できる限りの手伝いはするが、ウキトスとしての方針を決めてもらいたい。」


メルラの処理落ちに気づいていないイーリは話を続ける。

そこからしばらく間が空いてメルラは状況を理解し始める。


「その言い方、もしかして、イーリさんはウキトスだけでも独立した街を維持させるつもりですか?」

都市国家連合国としてクラーヴ王国、クティス獣王国、オセアニア評議国の3国を相手取ることはロク商議会が健在でも無理な話だ。たとえ1国だけでも難しいだろう。しかしウキトスだけならば話は違う。小さい街の独立を認めさせるために籠城すれば冒険者の多いウキトスであれば、それもAランク冒険者パーティのハーモニーが戻ってきてくれている以上どうにかなるかもしれない。しかし、10年前の事件で上級冒険者はほとんどいなくなり、今回の放火事件により下級冒険者の被害は甚大だ。メルラはできるとは思えなかった。


「ウキトスがその方向で動くのであれば微力ながら尽力するつもりだ。ウキトスがどう動くかであって私の意思は関係ない。それに、故あってハーモニーのメンバーはほとんどが脱退してしまった。戦力としても広く力になることは難しい。」


「うちよりイーリさんが大変な状況じゃないですか、、!」


「それでも聞いてしまったからには放って置けない。私は10年前も先日起きたという放火事件の時も力になることができていないからな。今回は手伝わせてくれ。」


イーリの自罰的な発言にメルラはどう言葉を返していいか分からず、別のことに引っ掛かりを覚えた。


「そういえば、聖国で話を聞いたけれど、聖国の人ではないと言っていたような?結局、誰から話を聞いたんですか?」


自罰的な様子のイーリはメルラから質問が投げかけられると、一瞬で真剣な様子になって場の空気が張り詰める。メルラとしては何かを意図しての発言ではなかったため、一体どうしたのか困惑する。それからしばらくイーリは葛藤し、時間を置いて口を開いた。


「ギャガ・ウォー・ディハーマ。」


イーリの返答を聞いてメルラもまた感情を大きく揺らした。

ありがとうございました。

X → @carnal418

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