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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
179/198

179.各国の内部事情 sideクラーヴ王国

よろしくお願いします。

玉座の間の奥、厚い天幕で仕切られた小部屋に、淡い燭光が揺れていた。王は甲冑を脱いだ騎士の肩に手を添え、その短い黒髪にそっと指を滑らせる。


「また傷を増やして戻ってきたのか、センシオ」


騎士はわずかに目を伏せ、言葉ではなく静かな呼吸で応えた。鎖帷子は肩口まで脱がれ、緊張から解き放たれた体が、王の前に静かに跪いている。


「王よ、私はいつでも、あなたを守るためにある」


その声に、王は小さく苦笑を浮かべ、指先で騎士の頬を撫でた。


「お前の思い、私はすべて知っている。・・・今宵は、熱い夜にしたい」


外では宮廷のざわめきが遠くに霞み、二人だけの静かな世界がそこにあった。肌に触れる手が熱を帯びるたび、互いの存在は国の重さよりも深く、心に刻まれていく。玉座の主と忠誠を誓った者――その関係は、もはや忠義という言葉だけでは語れない。


「失礼します、王よ」


触れ合っていた二人の動きが止まる。天幕に囲まれた小部屋での密やかな時間が、来訪者の声によって破られた。一瞬、空気が張り詰める。王と騎士はゆるやかに身を離し、各々の立場へと戻る。ヴァルデリオ・ロード・クラーヴ七世は無言で王座に腰を下ろし、センシオ・ディーノ王騎士長は一歩下がって護衛の位置に立った。


声の主――ルーシェン・ノルディン公爵は、ちらと二人の様子を見やり、深く頭を下げた。

「お取り込み中、申し訳ありません。先の件について、急ぎご相談がございます」

数拍の沈黙ののち、ヴァルデリオは低く応じる。


「・・・よかろう。話せ、ルーシェン」


その声に冷たさはなかったが、先ほどまでの私的な空気を裂かれた苛立ちは、表情にかすかに滲んでいた。本来、王に謁見するには煩雑な手続きと時間を要する。それも、王宮の奥深くに事前の連絡なく現れるなど、通常であれば許されぬ行為。だがそれが許されるのが、大法官ルーシェン・ノルディンという男だった。

センシオ・ディーノが武力と忠誠で王を支えるのに対し、ルーシェンは実務と貴族の威光で王政の屋台骨を担っている。ヴァルデリオ・ロード・クラーヴ七世が約二年前、父王を簒奪して即位したとき、大粛清の剣を振るったのがセンシオであり、その後の政を支え続けたのがルーシェンだった。見た目の平穏さとは裏腹に、この国も玉座も、いまだ安定しているとは言い難い。だからこそ、ヴァルデリオは胸中にこみ上げていた熱を封じ、目の前の現実に向き合う。


「遣いより、都市国家連合に関する報が届いております。中心都市オルロイの消滅は、もはや疑いようがありません。加えて、クティス獣王国とオセアニア評議国において、兵の動きが急を告げております。いずれも、都市国家方面への派兵を意図したものと見られます」


「・・・あの女は死んだか」


「おそらくは」


女傑プロマリア――都市国家連合の外交を一手に担っていた存在。彼女さえいなければ、クラーヴ王国は先王の代に連合の半分を領土として手に入れられたはずだった。だからこそ、クティスやオセアニアが動き出したと聞いたとき、ヴァルデリオが真っ先に思ったのは、プロマリアの死だった。もっとも、面識こそあれど個人的な接点はない。その死に、感傷を抱くことすら難しい。感じたのはただ一つ――「余計なタイミングで死んだ」という不快感だけだった。数年前に比べれば、クラーヴ王国は外見上の安定を取り戻しつつある。父王を殺して即位した直後とは違い、今では表立ってヴァルデリオ七世を批判する者はいない。裏で何が蠢こうとも、民衆の不信感は減りつつあると彼は見ていた。


「して、各国の兵数と、こちらが動かせる兵の数は?」


「クティス、オセアニアともに正確な数は不明です。こちらからは、時期にもよりますが一月後であれば約五万を動員可能かと。王国軍から二千から三千、金獅子軍団から一万、領軍から約四万。ミャスト迷宮付近という事情もあり、冒険者の徴兵も可能ですが・・・占領戦には不向きでしょう」


ルーシェンの報告に、ヴァルデリオは玉座で深く思案した。


「他国の兵数が見えぬのは不安材料だが・・・五万が出せるならば、問題はなかろう。全軍の指揮官は、リュゼルか?」


「いえ、今回はアルベルト・シェラードに任せようかと」


背後で控えていたセンシオの眉がかすかに動く。誰の目にも映らぬわずかな反応。だが、ヴァルデリオの反応は明確だった。


「シェラードか」

アルベルト個人ではなく、家名を口にするヴァルデリオ。


「はい。アルベルトであれば実力も申し分ありません。他国との折衝にも耐えうるでしょう」


「リュゼルではダメなのか?」


ヴァルデリオは、シェラード家に対して強い拒否感を抱いているようだった。


「リュゼル様に問題があるわけではありません。しかし、今ここでシェラード家に機会を与えねば、さすがに不都合が出ましょう。王も、その点はご承知のはず」


その言葉に、ヴァルデリオは黙したまま頷く。もちろん理解している――今回は、シェラード家に功績を立てさせねばならない場面であると。だが、ヴァルデリオとシェラード家は水と油だった。先王の王騎士長ラモン・シェラードは、王位簒奪の折にセンシオの手で討たれた。その空位となった王座にヴァルデリオが、王騎士長の座にはセンシオが就いたのだ。当然、ラモンの息子で現当主グスターボ・シェラード、さらにその子アルベルト・シェラードとの関係も最悪だった。だが、それでもシェラード公爵家は、クラーヴ王国の歴史を支えてきた柱の一つ。切り捨てるにはあまりにも大きな存在である。たとえ、アルベルトが功績を立て、再びシェラード家が王騎士長の座を狙おうとも。一男爵家の次男に過ぎぬセンシオが、「ふさわしくない」とささやかれようとも。ヴァルデリオには、抗う術がなかった。


しかし、それも問題ないと考える。


王騎士長は代々、各公爵家の中から選出されてきた。実力はもちろんのこと、常に王の側にいるため王との相性、それに教養やマナーが必要とされてきた。


センシオはヴァルデリオに仕えるために教養やマナーを徹底的に学び、そこを指摘するものはいない。実力もクラーヴ王国の中では抜きんでており、Bランク迷宮のソロ攻略者でもある。そのためセンシオが王騎士長として否定される要因は男爵家という家柄しか存在しない。


ヴァルデリオとの秘中の関係が知れ渡れば王国を揺るがしうる惨事になりかねないが、それを知るのは当人と大法官のルーシェンただ1人である。


いくらアルベルト・シェラードが都市国家連合への派兵で手柄を立てたとして、王騎士長にふさわしいと持て囃されようとセンシオには敵わない。その点を理解したヴァルデリオはルーシェンの提案を聞き入れた。


「貴様の言うとおりだ。シェラード家は切れない。今回は手柄を立ててもらうことにしよう。それに話は都市国家連合の件だけではないのだろう。そう時間を使ってはいられぬ。」


「ありがとうございます。アルベルトには最大限の成果を持ってくるように王からお言葉があったと伝えましょう。そうですね。ここからが本題になりますが、日々勢力は拡大しているようです。」


3人の中では共通の認識を持っているのか主語を交えることなく本題に進む。ルーシェンがその件に触れると、センシオは眉間の血管を浮立たせる。先ほどの誰も気づかない表情の変化と異なり、今のセンシオは誰が見ても怒りの感情を抱いていることがわかる。


「申し訳ありません。やはり、あの時気がついていれば。」


「気にするな、センシオ。あやつの存在は先王ですら知り得ていない可能性がある。」


「問題は潜伏先が黒風兵団ですら掴めていないことですな。数的な脅威がなくとも大義を持ったものが蠢動しているというだけでこちらに不快感を与えることには成功しているのですから。」


怒りながらも後悔の念を見せるセンシオを優しく諭すヴァルデリオ。その様子を見て2人の世界に入られては困る感じたのかルーシェンは話に割ってはいる。ルーシェンの声を聞くまで互いに視線を合わせて離さなかった。ヴァルデリオは気持ちバツが悪そうに咳払いしてからルーシェンに向き直る。


「シィア団長には引き続き捜索を続けるように指示を。黒風兵団ならば近いうちに見つけてくれるであろう。仮に見つからない場合は、それだけ小規模であるということ。過敏に反応することでもない。」


ヴァルデリオの発言に先ほどまで怒り心頭だったセンシオは深く頷く。


「左様ですか、。では、最後に別件で相談が。お世継ぎを早く残してください。」

蠢動する存在に対しては気にかけなかったヴァルデリオだったが、話が自分の話題になると露骨に話を避けたがる様子を見せる。


「王の齢は37。まだまだ若いとは言えますが、皇子が1人もいないというのはいただけませんな。それに王妃様の座も空席。王国の未来を考えるものとして不安で仕方がありません。」


話題を嫌がるそぶりを見せるヴァルデリオの様子を見てもルーシェンは止まることなく畳み掛ける。


「この場に我々3名しかいないため少し踏み入った話をさせていただきますが、センシオ殿は子を産めませぬ。好悪の感情を抜きにして王妃を1人くらいは選んでいただきたい。」


ルーシェンに畳み掛けられてヴァルデリオは渋面を浮かべ、センシオは悔しげな表情を浮かべる。


「だが、余はまだ健在だ。王族が代々70までは生きたことからも今すぐでなくともよかろう。」


「婚約者がいないことに危機感を感じていただきたい。それに王は歴代の王たちと異なり、命を狙われる理由が多いでしょう」


「そこは私が全身全霊を持ってお守りする所存」


「たとえ、王国随一のあなたが守ろうと王が殺されるという可能性は捨てきれないのですよ。それにこの歳で婚約者の1人もいない王。不本意な噂が立てられても仕方ありませぬ。現にお二人の関係を知る私からすればそれは真実なのですがね」


「この際、格のある貴族令嬢の胎に子をこさえて皇子が生まれさえすれば、その令嬢は殺してしまって構いません。さすれば、生涯独身でも先立たれた妻を思う心優しき王という操作はできます。王族のほとんどいないこの現状はクラーヴ7世であるあなたが作り出したのです。王国の存続のために責任は取っていただきますよ。」


普段は臣下がいる手前押さえていたルーシェンの思いがぶちまけられる。秘中の件や王族の人数など聞くものが聞けば卒倒する内容だが、ルーシェンは臆せず発言する。その姿にヴァルデリオは本気さを感じ取った。


「殺しても構わず、格のある令嬢をリストとして寄越せ。考えておく。」


王座の台座に肘をつき頭を抱える王は国と自分のために女を1人殺す決断をした。王にとって都市国家連合の占領などすでに頭の隅に追いやられていた。

ありがとうございました。

X @carnal418

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