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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
176/198

176.各国の内部事情 sideクティス獣王国-1

よろしくお願いします。

クティス獣王国、都市クティス、クティス城、クティスの間に4人の姿があった。


その4人とはクティス獣王国を統治する獣王クティスを支える4本柱。

狼人ライモンド、猫人ニーニャ、蛇人ミロノヴィガ、鷲人グリャ。


皆一様にクセがあるものに変わりないが、力を尊ぶ獣王国で、王直属の配下。彼らは普段、中央に座するクティスに変わって東西南北の要所に出向き、統治を行っている。


先日ルノがオセアニア評議国から突っ切ろうとして通過した南と西の統治者ニーニャとライモンドは集まった理由に心当たりがあるような面持ちを浮かべている。しかし、面倒そうにしているニーニャと今にも話出しそうなくらい興奮しているライモンドとでテンションに差がある。


一方、北を統治するミロノヴィガは非常に疲れ果てた表情をしており、東を統治するグリャは腕を組み、目を閉じている。


この様子を見るだけでも4人の足並みが揃っているとは思いにくい。当然、今も会話などなく各々の時間を過ごしている。


そうしている間に、クティスの間が開き、彼らを呼び出した王がやってくる。自分たちが仕える主人が部屋に入ってきたことでようやく4人は同じように敬意を払うかに思われた。実際、ミロノヴィガ、グリャ、ライモンドは立ち上がり、頭を下げていた。しかし、先ほどからずっと横になっているニーニャは引き続き、目を細めて気持ちよさそうにごろごろとしている。


「ほらニーニャ、ちゃんとしなさい。ライモンドですらしっかりと挨拶できているんだから。またフライムに怒られるわよ。」

コメカミを揉みほぐしながらスルスルとニーニャ近づいていくミロノヴィガ。


「まだ眠たいにゃ〜それにここには5人しかいないにゃ〜ちゃんとする場所ではちゃんとするから許して欲しいにゃ〜」

ミロノヴィガに諌められようと起きる気配のないニーニャ。


それにニーニャの言うように、国の重鎮が一堂に集まっているのにも関わらず護衛が誰1人としていない。この様子を他種族のものが見たら驚くだろうが、獣人にとっては当たり前の光景だった。強いものこそ偉いという思想の彼らからすれば王とその配下ともなれば当然強いに決まっている。その強い人たちが襲われる場合、誰が彼らを守れるのかと言う至極単純な理由から護衛はいない。


強いて言うのであれば、お茶菓子を配膳するものくらいはいるのだが、配り終えたら彼らは退出する。クティスの間で王と配下が集まって行う会話は余人の介入を許さない。


「ミロ、放っておけ、別に良い。俺も横になるからな」

そう言って最後にやってきた王、クティスは起き上がらないニーニャを起こそうとするミロノヴィガを制止して自分の座り位置まで進むと肘をついて横になった。うつ伏せと横向きで横になる2人と立っている3人。グリャは無言で元の位置に座り、ライモンドはイライラしている様子が隠しきれていない。ミロノヴィガは再度こめかみをグリグリと揉みほぐしながらため息をつく。


それからしばらく。


「クティス様、緊急で集まった要件を伺ってもよろしいですか」


全員集まったはずなのに一向に会話が開始されない。この現状にまたしてもミロノヴィガが口を開く。


「ん?あぁそろそろ話すか。」

そう言ってクティスは口に咥えていた草木を器用に上向きにすると、ふぅと一息。


「ライモンドから報告があってな。エルフが御者の馬車が俺の土地を荒らして行ったってな。」


「そのエルフを捕まえると言う話ですか?それならば私たち4人が集まる必要は。」


「少し違うな、ミロ。・・・エルフの国に攻め込むぞ」

エルフたった1人のせいで多忙な自分がわざわざ中央に足を運ばなければならなかったのだと早合点したミロノヴィガが眉間に皺を寄せる。しかし、早合点が過ぎたあまりに、その後のクティスの発言に対して表情を取り繕うこともなく、しっかりと眉間に皺を寄せて自国の王を睨みつける。


静かに目を閉じているグリャも目を開き、ライモンドも喜びに拳を握りしめている。それに対してニーニャは耳をややぴくりとさせたものの未だ横になっている。


「そのエルフ1人を捕まえればいいだけじゃないんですか?どうしてそんなに飛躍した考えになっているんですか?うちに戦費なんて残っていましたっけ?」

四獣長の中で誰も戦争を止める気配が感じられないため、ミロノヴィガはずっと渋面を浮かべながらも止める理由を探す。


「そのエルフが強いらしい。それも俺よりも。それなら戦わないわけにはいかない!」


「クティス様よりもですか!?本当なのライモンド?取り逃したのを誤魔化しているんじゃないでしょうね?」


自分よりも強いエルフと聞いて戦意高揚の自国の王。こうなれば自分1人で止めることは難しいとわかっているため、ミロノヴィガは失態を犯した同僚に矛先を向ける。


「俺様を舐めるな、そのレベルで強くなきゃエルフの1匹逃すわけがないだろ。理由は知らねぇが、ギャングスターの検問をぶっ壊していきやがった。捕まえようとしたが、攻撃力も速度も圧倒的に俺より上だったな、それこそ数年前に王様と戦わせてもらったが、それ以上に無理だと感じた。」


自分の街の検問所を壊された点や、クティス獣王なら勝てるという見込みに関して嘘は吐いているもののライモンドがいうことは全てが全て嘘ではない。真実に虚実を混ぜているためあり得そうな話としてミロノヴィガの判断も鈍る。


「どうしてうちを通り過ぎたのか分からないがそれはおそらくハイエルフだ。エルフの中から1人しか生まれてこない激レア種族。戦ってみたいし、そいつさえ捕まえてしまえば、戦費はどうにでもなる。気にするな。」

反論に窮した内にクティスが自分の考えを伝える。


「確かにハイエルフを捕えることができれば黒字になるかもしれませんが・・・本気ですか?」


「当然だ。仮にハイエルフを殺してしまっても死体は売れる。ハイエルフがダメでも捕獲するエルフの数を増やせばいいだけだ。」

言い出したら止まらないという自国の王の特性を知っているミロノヴィガは諦めの境地に達していた。表情の抜け落ちた顔でクティスの間に設定されているベルを鳴らす。鳴らしてすぐに部屋がノックされ、お茶菓子を用意した侍女が姿を見せる。


「シープエントを今すぐここに呼びなさい。」

ミロノヴィガに命令された侍女は一礼し、扉を閉める。挨拶されたミロノヴィガはその様子に一瞥もくれず、手にしていたノートを広げ、あれこれとメモを始めた。


それによりこの場の意思はエルフの国に侵攻を仕掛けるという方向で決定した。武人気質な国民性に加えて、目測の甘い国トップ。それでも国としての体裁を維持できているのは国王の実力。それに翻弄されながらも調整するミロノヴィガの存在が大きかった。


「ミロの邪魔してはいけない。お前ら少しこっち来い、まだ伝えておきたいことがある。」

ミロノヴィガのおかげをすぐそばで理解している四獣長たちはもちろんのこと、迷惑を全投しているクティスですら考えごとを始めたミロノヴィガの邪魔はしない。無論、ストッパーのいなくなった彼らの会話を後から聞けばミロノヴィガは魂が飛び出るほど大きな声で不満を吐き出すだろうが、ノートを開いた彼女には気づく由もない。


それからしばらくして、再びクティスの間の扉がノックされる。室内に入ってきたのは全身泡だらけかと見紛うほどふわふわした毛並みの羊人だった。


シープエント。羊人は獣人の中では性格は穏やかな方だ。そのため彼はクティス獣王国の貨獣という役職をクティスより任じられている。貨獣とはクティス獣王国の財政を一手に担う役職である。部下はいるものの国政に関わるお金の流れは全て彼が把握している。王が無茶をすればシープエントが苦労する。そのため羊人から感じられる穏やかな性格は次第に薄まり、トゲトゲした性格になっていった。覆われた体毛すら尖って見えるほどにシープエントの財布の紐は硬い。それでも戦争を仕掛けるとなればシープエントの存在は必要不可欠。


ミロノヴィガにとって苦労を理解してくれない四獣長よりもよほど信頼できる存在だった。

逆にシープエントは何か厄介ごとが起こるたびにミロノヴィガと奔走する羽目になるため、彼女に対しての印象はそれほど良くはなかった。王たちに振り回されていることに関しては同情はしているが、シープエントまで話が降りてくる前にどうにかして止めてほしいと毎回願っている。


「お待たせいたしました、ミロノヴィガ様。また、でしょうか。」

そのため、この部屋に入り最初にミロノヴィガに挨拶を行う。普通は最も位の高いクティスに挨拶をするべきだが、それをしなくても許されるくらいシープエントはクティスの補佐、という名の尻拭いを行ってきた。


「ええ、毎回申し訳ないのだけれど、国庫にどれくらい余裕があるか教えてもらえる?」


「国庫に、ですか。余裕はありませんよ。ですが必要になるのですね。まず何が行われることになったのか聞かせていただけますか。」


「ハイエルフの目撃情報があったの。それを聞いた王が、エルフの国に侵攻を仕掛けると。」

簡潔にまとめたミロノヴィガからの報告。それを聞いたシープエントはくるくるふわふわの羊毛が突き刺すほど鋭利になるほどに呆れと怒りの混じった空気を醸し出す。


「正気ですか?これは戦費の話だけではありませんよ。11レイス条約批准国の王が自ら同じ条約国の相手に、それもエルフからすれば神ような存在であるハイエルフを奴隷にするために戦争を起こすと?そもそもハイエルフ出現の情報の確度はどれほどなのでしょう。」


11レイス条約とは人種、エルフ種、妖精種、混血種、竜人種、魔人種、獣人種、蟲人種、ドワーフ種、鬼人種、海人種の種族が互いの権利を認め合うという条約である。その条約に批准している国王自らが条約国に大した理由もなく攻め込もうとしている。シープエントが呆れ怒りするのも納得の理由があった。


「た、確かにそうだけど、王は何を言っても一度興味を惹かれたら止まる事なんてないし。ハイエルフに関してはライモンドの領地を襲撃して通過していったそうよ。実力から考えてハイエルフしかありえないと」

シープエントのあまりの剣幕に立場的には上のミロノヴィガですら気圧されてしまう。そこでようやくミロノヴィガは自分がいつも止められないからと言って、止めるために尽力することを怠っていたことに気が付く。止めても止まらないからとため息を吐いて補助をしていた。5人いて誰1人手伝ってくれない空気もミロノヴィガの精神をすり減らしており、気が付かぬうちに諦め癖がついていたようだった。


「それこそありえません。たった数刻戦ってみて相手が自分よりも強いからハイエルフだと?判断がいくらなんでも杜撰すぎます。」


その中でまだ意志を強く持ち、クティスに意見を伝えることのできる強い味方がいることでミロノヴィガは正常な判断を下せるようになってきていた。


「確かにあなたの言うとおりね、シープエント。申し訳なかったわ。王に考え直すよう再度説得するからあなたも手伝ってくれる?」


戦争の準備を始めようと呼び出したシープエントのおかげで、戦争を反対する味方を手にすることができたミロノヴィガ。その一方で、クティスの止まらない様子に覚えのあるシープエントは説得の手伝いと聞いて嫌そうな表情になる。それでも戦争を起こすわけにはいかないため、シープエントはミロノヴィガに協力してクティスたちを説得することにした。


そうして2人でクティスたちが話し合っているところに割って入ろうとした。


「ミロ、シープエント、ちょうどいいところに来たな。お前たちにも伝えておくことがある。」


戦争は反対と伝えようとしたら先にクティスの方から話しかけられてしまった2人。困惑した様子で他の3人に視線を向ける。ライモンドは先ほどより興奮し、いつも腕を組み、目を閉じているグリャですら喜びを隠せていない。ニーニャに関しては相変わらず、普通に気だるそうに横になっているのでむしろ安心する。


そうやって3人の様子を確かめていると、クティスが話し始める。


「都市国家連合も落とすことにした。」


クティスの発言の後、ミロノヴィガとシープエントは戦争を反対するために入れていた肩の力すら抜けてしまい、互いに顔を見合わせる。


ただ1国に戦争を仕掛けるだけでも大反対であるのに、立て続けにもう1国にも仕掛けるという。それもエルフを諦めてではなく、両方を選ぶ様子。話の意味を理解し、飲み込んだタイミングで2人は過去一番大きな声でクティスへの不満をぶちまけた。


「「ふっざけんなーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ありがとうございました。

X → carnal418

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