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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
175/198

175.出発

よろしくお願いします。

レイが出発する当日の朝。サーシャの疲労を考慮してレイは数日出発を遅らせる。その間にローチェと翁は情報収集のために慰霊教会を出て、各々で動き始めていた。<慈天の間>にザ・フームしか配下がいないローチェは身軽に出発したが、<荒廃の間>に配下の多い翁はローチェよりも1日遅れで出発していた。


それから数日レイはサーシャとまったりグータラと過ごした。どこにいくにしてもサーシャはレイから離れることはなく、言葉通り本当にずっと一緒に行動していた。


「そろそろ準備しないと。」


「ん〜もう少し寝よ〜?」

出発しようとするレイに対して、ベッドで起きたくないと駄々をこねるサーシャ。


「俺は準備してくるからサーシャはもう少し寝ていてもいいよ?」

そう言ってレイはベッドを降りようと起き上がる。するとそれに合わせてサーシャも眠そうにしながらも起き上がる。


「んん〜私も一緒行く〜」

そう言ってレイが降りたベッドの反対側から降りてトテトテっと半円を描いてレイの元に走り寄ってくる。


「おはよう、サーシャ。今日こそ引っ越しするよ。」

眠そうな瞼を片手で擦りながら、もう片手はレイの手を握って離そうとしない。大事な人の残した家族を見てレイは人の温もりに心が充たされるのを感じる。


「お兄ちゃん、おはよう〜。うん、お引っ越しする」

眠そうではあるが、数日しっかりと休んだおかげでサーシャの体調は良くなっている。眠った隙にレイがいなくなるということもここ数日なかったため、今は安心して眠ることができているようだった。


レイは日課になりつつあるサーシャの身支度を行いながら、朝食準備のために自室に出入りする黒服寡婦たちの手際の良さに感嘆する。慰霊教会には広い食堂も併設されているが、サーシャが多くのものと対面することがストレスになるのではないかとレイは考えて、食事は全て自室に運んでもらうようにしていた。そのため、ここ数日サーシャとレイはほとんど部屋から外に出ていない。ローチェは先に出発してしまっているため教会にはいないが、健康のためにレイはサーシャを連れ出し、陽にあたるために<慈天の間>に向かう。ザ・フームという人工ではあるものの太陽が存在する慰霊教会は異様でしかないが、誰もがこの教会の主人がレイと聞くだけで納得してしまう点も恐ろしい。


サーシャの髪を櫛で梳かして支度を終えると、用意された朝食を食べるために二人で食卓につく。初日は対面で座ることすらサーシャが怖がり、隣に並んで食事をしていたが、数日もすれば向かい合って食事を取ることはできるようになっていた。食事を終えると二人は片付けに来た黒服寡婦たちにお礼を伝える。そのまま<慈天の間>に転移するとシャナと纏霊姿仮がすでにそこにいた。レイたちがくる前に出発の準備を整えていたようで、馬車がすでに用意されていた。レイが<慈天の間>に現れたことに気がついた二人は頭を下げる。


「おはよう、二人とも準備ありがとう。シャナ、申し訳ないんだけどソアトル大森林につくまで恒護の耳飾りは左につけてもらえないかな。」


レイがシャナにお願いすると、シャナは珍しく動揺した様子を見せる。普段であれば何も理由を聞くことなくシャナはレイの命令に従う。それこそ存在を初めて知った妹を守るように命令されたことにすら一切疑問を挟むことなく了承している。そんなシャナが耳飾りを左耳につけてとお願いされた途端、動揺を隠せずにいる。


「今回はシャナに御者をやってもらうことになる。その状態だと目をつけられたり絡まれる可能性があるからさ。」


「そうなれば全て私が排除します。」


「シャナならできると思う。信頼もしているよ。でも騒ぎは起こしたくなんだ。それに寄ってくるのはシャナの見た目に引き寄せられた人たちだろ。それはそれで嫌なんだ。シャナは俺の配下だから。」

シャナの頭を撫で、頬にふれ、首を上向かせ、自分と視線を合わせるレイ。


「シャナがその姿でいたいことはわかっている、でもお願いできないかな。」

互いの息がかかるような距離。レイはシャナから視線を外すことなくお願いをする。結局シャナは動揺に動揺を重ねて上擦った声になりながら、レイのお願いを聞く羽目になった。


「お兄ちゃん、行こ〜」

レイがシャナと会話しているのが退屈だったのか、サーシャはシャナの頬に触れていいない反対の手を引っ張り、声をかける。レイはサーシャに視線を向けて軽く謝りながら、シャナに視線を送る。


「レイ様少しだけお待ちください。外で耳飾りを付け替えてきます。」


「お願いしたのは俺だし、付け替えるの手伝おうか?」


「い、いえ、ありがとうございます。ですが、一人で行えますので。それにレイ様には、いえ、なんでもありません。すぐ戻ります。」


シャナが外に出た後、レイは馬車の様子を確認する。


「お兄ちゃん、このお馬さん一人で私たち運んでくれるの、大丈夫〜?」

自分とレイに加えて見るからに図体の大きい纏霊姿仮、それに物資の積まれた荷車を見てその先につながる馬が一頭だけであることに不安を感じたサーシャ。


「大丈夫だよ。普通の馬じゃないから。ほらよく見てごらん。」

レイに抱き抱えられたサーシャは馬の顔の近くまで視線が上がる。馬はレイに何かを言われたわけではないが、目と口を開いた。


第一印象は馬車を引く馬にしては毛並みの綺麗な漆黒の馬。後ろの荷車的に馬力が不安視される程度。しかし、目を開けば左右合わせて大小4つあり、口は耳元近くまで裂けていた。両足とたてがみには黒煙がメラメラと燃え纏っている。


その様子を見たサーシャは驚き、馬に触れようとしていた手はわずかに引っ込む。抱きつかれることを想定していたレイだったが、サーシャの反応は予想したものとは異なり、触るのをわずかにためらった後は普通に馬の鼻筋あたりを撫でていた。


慰霊教会の一員であるその馬、口裂け赫蹄族の黒馬はサーシャに危害を与えることはない。危害を加えた瞬間にこの教会の主人によって殺されることを理解しているためである。たてがみの炎すら心なしか勢いが衰えているように見える。


この口裂け赫蹄族はオーキュロームの直属の配下であるものの戦闘要員ではない。普段は複合管理階層である9層のティルノア平原にて暮らしている。穏やかに暮らしていても種族として力があるため、たとえ1頭でも問題なく荷車を引いて長時間行動が可能だ。


サーシャが馬と顔合わせを済ませると<慈天の間>の扉が開く。そこにはゾユガルズの世界に溶け込んだ外套を羽織った大柄な男性がいた。レイは久しぶりに見る姿に懐かしさを感じていたが、初めて対面するサーシャに説明をしなければと思い視線を向ける。


「お兄ちゃん、みんな揃ったね。あっち行こ〜」

そう言ってサーシャは荷車を指差す。確かにこの場には4人集まった。しかし、シャナは外に出て、全く異なる男が入ってきた。


「サーシャ、あの男の人が誰かわかるの?」

そのことに対してサーシャは疑問がないのかとレイは不思議に思う。


「ん〜?お兄ちゃんのお友達だよね?」

初対面の相手をさも当然のようにレイの友達だと判断するサーシャ。その判断は一体どこからきたのかと疑問に思うレイだったが、小さい子供にあれこれと聞いても意味ないかと考える。


「わざわざありがとう、耳飾り付け替えてくれて。」


「レイ様のためならなんだって俺はやりますよ!なんだったらシャナのやつがずっと耳飾りつけているせいで俺は出番ないし、レイ様と話す機会もなかったんでむしろありがたいっす。」

そう言ってニカっと清々しい笑顔を見せるシャナ。


「確かにゾユガルズに来てからシャナと話すのは初めてだね。普段も右耳に飾り付けていることが多いし。あれ?でも左耳につけている時の方が強いよね?どうして右につけてたんだっけ?」


「そりゃ俺が俺の姿を嫌いだからっすよ。それでレイ様に迷惑かけてたら申し訳ないですけど、あっちの方が秀でている性能もありますし、足は引っ張りません。ただ、俺はたまにしか出て来れないっすから、この機会にしっかり仕事させてもらいますよ」


耳飾りの位置を変えるだけで性格に性別が反転する存在。シャナはレイの配下の中でも極めて特殊な立ち位置ではある。しかしそんなこと気にもしないような爽やかで軽快な口調のシャナにレイはつられて笑顔になる。なぜ耳飾りの位置が常に右耳かの疑問をシャナに対して問いを投げかけたわけではなかったが、返事が返ってきたためレイはひとまず納得して、これからの道中の護衛をお願いした。


シャナは口裂け赫蹄馬の手綱を握り<慈天の間>から砂漠と化したオルロイに出る。纏霊姿仮とレイたちもそれに続いて外に出る。慰霊教会からある程度離れるレイたち。その一方で纏霊姿仮はふわふわと浮いているが、慰霊教会から離れようとはしない。


レイたちが十分に離れたことを確認したのか纏霊姿仮は浮遊している状態からさらに上に浮上を始める。そのまま教会の最上部まで浮かび上がる。纏霊姿仮の胴体を横切る黄色のギザギザ線が上下にゆっくりと分かれ始めたかと思うと、錆びた扉を無理やり開く時に聞こえるギギギィという音がレイたちのもとまで聞こえる。遠目から見ても纏霊姿仮の胴体に走る黄色のギザギザ線が口であったことを理解する。纏霊姿仮の開いた口からは複雑に描かれた魔法陣現れる。浮遊している纏霊姿仮はそのまま慰霊教会を自分の口の中に収めるようにして降下を始める。魔法陣や纏霊姿仮の巨体にぶつかり何かが崩れるといったことは一切発生せず、するすると慰霊教会は纏霊姿仮の胴口にみるみると吸い込まれていく。


「わ、わわ、お兄ちゃん、お家が食べられちゃうよ!」

マイペースなサーシャでも流石に家が、それも教会ほど大きな施設が食べられる光景というのは初めて見るようで、慌ててレイの腕をガシガシと引っ張る。


「大丈夫だよ、あれは纏霊姿仮の体の中にしまってもらっているんだ。」

子供らしい驚き方をするサーシャを見て微笑むレイはそのカラクリを説明する。


そうしている間に纏霊姿仮は教会の2/3を体に取り込んでいた。


「いやー俺は初めて見るっすけどすごいっすねあの能力は。無詠唱で『虚界封蔵』を発動できるってのもそうですけど、そもそもあれが戦争相手にいたらって思うとゾッとしないっすね。」

驚き固まるサーシャの近くでシャナも感嘆する。既知の光景であろうと1個体が1建物を飲み込む瞬間はスケール以上の衝撃があるのかもしれない。


「本当すごいよね。あれでキャパはまだ余裕あるんだからほんと。」

シャナの驚きをレイも肯定する。


「流石、能力幅を空間に絞っただけはありますね。空間能力ってだいぶ戦いにも活かせるってのがまた、ずりーなって感じですけど。あんだけ馬鹿げた支援性能していて、戦えるってんだから。」

シャナの言うように纏霊姿仮の職業構成はだいぶ異質なものとなっている。表記種族が付喪神であるにも関わらず、種族レベルとして幽霊と人形がデフォルト設定されており、選択できる職業幅が狭い。幽霊と人形がかけ合わさったためなのか纏霊姿仮は生来言葉を発することができない。魔法系の職業に就けても詠唱が行えないのだ。そのためどうしても魔法を使用することができず、レベルを上げることすら難しい。それでもどうにかレイは纏霊姿仮のレベルをあげ、詠唱破棄を習得できる職:戦術魔導士のLvを20にした。そうした苦労があって、纏霊姿仮は現在レイの大きな助けになっている。


レイの専属メイドだからという理由でレイの所持品ならなんでも持ち運びが可能なルノという意味不明なメイドを引き合いに出すのは纏霊姿仮の存在意義が揺らぐため誰も触れることはない。と言うよりも、現状レイですらルノの収納の規格外さには気が付いていない。


3人が驚いている間に纏霊姿仮は完全に慰霊教会を体の中に取り込んだ。あとは纏霊姿仮が大幅なダメージを受けない限り慰霊教会が纏霊姿仮の意思に反して吐き出されることはない。


一仕事終えた纏霊姿仮が上下にふわふわと浮遊しながらレイたちに近づいてくる。


「お疲れ様。あとはこの馬車を別で収納お願い。」

言葉を返すことはできないが、こちらの話している内容は理解できる纏霊姿仮。レイの命令を聞くと、馬車の後方に移動し、口を開き、荷車からゆっくり口裂け赫蹄馬の頭まで飲み込んでいく。馬はレイに命令されているため、一切動じることはなくただ飲み込まれていく。


慰霊教会が纏霊姿仮の『虚界封蔵』により飲み込まれたことでオルロイは本当の意味で一面が砂漠と化した。


「それじゃあ、馬車と俺たちの足跡を消したら一旦ウキトスまで飛んで、そこからソアトル大森林まで出発しようか。」


「痕跡を断つのはわかりますけど、どうしてウキトスって街からスタートするんです?」

普段は全く疑問を口にしないシャナだったが、耳飾りを左に変えた途端、人が変わったようにレイに対する態度が変わる。それでもレイが普通に対応するのは配下としてレイを敬う姿勢が感じられるためだろうか。


「検問所を通る時に出発した地点が記されていないと面倒事になりそうだからね。それにある程度痕跡を残しておくことで疑いも弱まるだろうし。」


「ギルドカードってやつですか。それなら俺と纏霊姿仮はウキトス付近で隠れてます。ウキトス到着前に教えてください。」


「そうだね。シャナまで新しく登録する必要もないだろうし、そうしようか。サーシャ、またこの間みたいに飛ぶから怖かったり寒かったら教えてね。」


「ん〜またお兄ちゃん飛ぶの〜?わ〜あれ楽しいから嬉しい〜」

そうして4人は飛行して更地となったオルロイを後にした。


ありがとうございました。

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