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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
174/199

174.引越し

よろしくお願いします。

配下たちが仲悪く話し合っている一方<慈天の間>を後にしたレイは10層の自室に戻ってきた。部屋に入り、ベッドに腰かける。セーブでしかしようしたことのないベッドに腰掛けて大切な妹の存在を確かめるなんてレイは考えたことがなかった。不思議な感慨に浸っていたが、その気持ちはすぐに消え去る。


「サーシャ!?」

布団に包まるサーシャの頭を撫でようとしたが、ベッドには誰もいなかった。慌ててレイは『テイル』をしようしてサーシャの居場所を探す。突然消えたサーシャ。侵入者など嫌な考えが頭をよぎる。


『テイル』の反応はベッドを指していた。しかし、ベッドにサーシャはいない。焦る頭でどういう意味なのかと考えていると、部屋の中で声が聞こえる。とてもか細い、啜り泣くような声。声の聞こえる方を探して動くと、ベッドの下から声が聞こえてくる。


レイはベッドの下を覗き込む。


「サーシャ?」


レイが呼びかけると泣き声は一瞬ぴたりと止まる。それからレイの声がした方に視線が向く。


「お兄ちゃん・・」


「どうしてベッドの下にいるの?こっちおいで。」

黒服寡婦たちが常に掃除してくれているため、ベッドの下でも清潔に保たれてはいる。しかし、どうしてベッドの下にサーシャがいたのかわからず、レイはただ呼びかける。

レイの呼びかけに応じてサーシャはベッドの下でモゾモゾと動き、レイに近づいていく。レイの手が届く範囲に来たことで、レイはサーシャを掴みそのまま自分の元に抱きしめる。


「無事でよかった、心配したよ。」


「うわぁぁん・・・っ、怖かった・・・」

レイが抱きしめるとサーシャもレイのことを力いっぱい掴む。


「大丈夫、ここは安全だよ。」


「お兄ちゃんがいなくなっちゃった、ずっと一緒って言ってくれたのに、うわぁぁん・・・」

サーシャが寝ている間に怖い夢でも見たのかと思った。しかし、サーシャはレイがいないことに怯えていた。確かにずっと側にいるとも伝えていた。だからこそ、認識の違いに今更ながらに気がついた。レイはサーシャの一生側にいるつもりだ。しかし、サーシャの一緒というのは互いの視界に常に入っているということを意味していた。サーシャを怖がらせも、悲しませたくもないレイは頭を撫でながら平謝りを繰り返す。


内心で今後どのように生活していくのが最善なのか考えながら、ゾユガルズの地図を思い返す。レイとサーシャが常に一緒にいるということはレイが戦闘から離れることを意味する。更地となった中心都市オルロイはもちろんのこと、3カ国に囲まれる都市国家連合なんて危険極まりない土地である。今後一緒に活動してくためにもレイは移動を考える。


「そうだね。ごめん、サーシャ一人にして。怖かったよね。」

頭を働かせる一方で、サーシャを心配する。唯一の肉親を失った少女の気持ちをレイが本当の意味で理解できることはない。側にいるという言葉の意味すらレイとサーシャでは異なっていた。元々サーシャがこれほど感情を取り乱す姿なんて見たことがなかった。年齢の割に大人びていて、それでも打ち解けたらのんびりな一面も見せてくれた。泣いている姿も、声を荒げる姿もレイは知らなかった。そこまで極限な状態になっているにも関わらず、気を回すことができていない自分に対して自責の念に駆られる。


レイはサーシャが泣き止むのをゆっくりと、ただ抱きしめて待つ。頭を撫で、自分の頭をコツンと近づける。サーシャの泣き声は次第に弱まり、鼻をすする音だけが断続的に聞こえるようになった頃。


「一緒に引越しをしようか。」

レイはサーシャに話しかける。


「、、引越し?」


「うん、引越し。建物の周りは砂漠で何もないから、もっと楽しいところに引っ越そうと思うんだ。」

戦争の可能性など、つい先日危ない目にあった子供に伝えることもできず、適当なことを話すレイ。


「私はお兄ちゃんと一緒ならいい、どこでも。お兄ちゃんが引っ越すなら私も行く。」

涙で瞳は暗くグジュグジュになっていたものの、賛成してくれたことで安堵したレイ。


「よかった。俺もサーシャと一緒がいいよ。明日の朝には出発しよう。これから準備してくるよ、一人で眠れるかな?」

方針の定まったレイは準備のために各管理者に話をしに行こうとした。しかし、サーシャはその短い時間ですらレイと離れることを拒んだ。収まりつつあった涙が再びサーシャの目に溜まり、決壊する寸前で、レイはサーシャに付いてきてもらうことにした。


ついてくる時もまだ疲れが取れていないようで、眠そうにするサーシャ。それでもレイと離れたくないからか必死に手を繋いでついてくる。レイはその様子を見て出発日時の変更を考慮し、サーシャを抱き抱えた。


「お兄ちゃん、私歩けるよ〜」

眠そうにしているもののレイに迷惑をかけたくないのかサーシャは自分で歩こうと降りたがった。


「俺がサーシャのこと抱っこしたかったんだ。ダメかな?」

そんなサーシャに対して、レイはコリウスたちに追われた時のことを思い返しながら微笑む。


「ん〜ん〜ダメじゃない〜お兄ちゃん〜」

レイの返答を聞いたサーシャは嬉しそうに首を横に振る。

抱えられたサーシャはレイの胸に頭をぐりぐりと擦り付ける。そのまま抱えられて運ばれるサーシャは楽しそうな様子でいたが、すぐに眠気が来たのか再び眠ってしまう。


それから<慈天の間>、<純沌の間>、<荒廃の間>を訪れ、それぞれに指示を出す。不安そうにするローチェ、不満げなオーキュローム、興奮した翁と反応はまちまちだった。そのまま、最後にシャナに会いに<狂奏の間>に訪れる。


<狂奏の間>は広いオペラハウスになっている。壇上にはピアノが一つ置かれており、それ以外は何もない。そのピアノは現在、音が奏でられている。ピアノを弾いているのは<狂奏の間>の管理者シャナ。もとより<狂奏の間>にはシャナしかいない。それはシャナが1対多に最も優れた存在。<七冥王>の中で最も強いのは誰かと聞かれるとこれまでの挑戦者たちは慚愧、オーフィリア、シャナの名前をあげる。慰霊教会の下層挑戦者が少ないため意見は様々であり最も強い存在の議論は決め手に欠ける。ただ、それだけシャナは実力を有し、一人この場を任されている。


人と関わることが好きではないシャナにとってレイのこの配慮はありがたいものだったし、好きな時に演奏できることもよかった。だからシャナはよくこの空間を音で満たしている。


そんなシャナの演奏を邪魔しないようにレイは静かに気配を消して<狂奏の間>に入り、シャナの索敵範囲がギリギリ届かない場所に座る。普段であれば気がつくような距離でも演奏に集中しているシャナは気が付かない。それでも一定の範囲で索敵を維持しているのは流石の一言に尽きる。


軍服のままではあるが、いつも装備している銃は足元に置いている。シャナから奏でられる音は普段の口調の荒さからは想像できないほどに優しい。鍵盤を走らせる指は滑らかで、音は会場に溶けていく。聞いたことがなく曲名を知らないレイですら気持ちが安らぎ、思わず瞼を閉じて聞き入ってしまう。それから数十分間シャナは指を滑らせ続け、音は鳴り止むことを知らない。


満足したのかシャナが演奏を終えて、一息つく。丁寧に鍵盤やペダルを拭き、ピアノクロスをかけて蓋を閉める。足元に置いている銃を肩にかけて席をたつ。するといつも通りの誰をも寄せ付けない突き刺すような空気がシャナを纏い始める。


それにより索敵範囲もいつも通りになったシャナはこの空間に自分以外の人間がいることを察知する。そのまま動揺することも声を荒げることもなく、相手の方向に銃を向ける。しかし、即座に警戒を解き、侵入者の眼前に移動する。


「申し訳ありません。レイ様がいらっしゃったことに気が付かず、お耳汚し失礼しました。」

レイがあえてシャナに気が付かれない範囲にいたことはシャナも気が付いているだろうに、そのことは全く口にすることなく自分に非があると詫びる。


「心地いい音色だった、シャナが弾くピアノを聴いていると初めて出会った時を思い出すよ。状況は全く違うのに不思議だね。」


「ありがとうございます。」


「それに、ピアノ弾いている時のシャナはいつも以上に綺麗だよ。」

レイは率直に思った感想を告げる。配下たちの謙りはルノである程度慣れたため、いい感じにスルーする能力を身につけていた。ただ、シャナからすれば自分の言葉に返答があるかどうかに関しては関係ない。それよりもレイに褒められたことに一気に頬が紅潮するのを感じていた。


「あ、ありが、ありがとうございます。」

嬉しさ恥ずかしさがないまぜになり、シャナの声が裏返る。その動揺すらシャナは気にする余裕もなく、ただレイから顔をそらして俯いてしまう。わずかばかりの間オペラハウスを静寂が支配する。シャナが落ち着くのを待った後、レイは話し始める。


「シャナも座ったらどう?こんな傾斜席だと話しにくいしさ。」


「はい、かしこまりました。レイ様のお隣でもよろしいでしょうか?」

他の配下たちとはやや異なる返答に珍しさを感じならがら、シャナを手招きする。即座に了承した割におずおずといった様子で腰掛けるシャナ。


「改めてだけど、本当に綺麗な演奏だったよ。また聞かせてね」


「はい、レイ様が望んでくださるのでしたら」

普段の命令受諾する時の返事とは違う優しい頷きを返すシャナ。


「明日もしくは明後日に移動するから準備をしておいてほしい。」


「はい、かしこまりました。」

レイから演奏以外のお願いをされた途端にシャナは堅く返事をする。


「目的地はソアトル大森林、移動は獣車。メンバーは俺、サーシャ、シャナ、纏霊姿仮の4人。ローチェと翁、それとニニにはこの世界の情報を集めに行ってもらうことになった。管理者が一人も慰霊教会内にいなくなるのは問題だからオーキュロームには残ってもらう。」


「全力でレイ様とサーシャ様をお守りします。いくつか質問いいでしょうか」

レイの視線、それと先ほどの管理者たちの会話から抱き抱える少女がサーシャだと判断したシャナは自分の任務を理解する。


「頼りにしているよ。質問?」


「はい、纏霊姿仮を連れていくと言うことは何かを連れて戻るのでしょうか。」


「いや、逆かな。慰霊教会ごとここから離れたいから纏霊姿仮を連れていくよ。」

レイの言わんとしていることを即座に察したシャナはそのまま了承の意を返す。


「要件はこれだけ。見たらわかるようにサーシャが疲れていて今もずっと眠っている。明日出発を延期させるかもしれない。今日はせっかくだし、もう少しシャナの弾くピアノが聴きたいから何か演奏してもらえる?」


レイの要求にシャナは再び優しい頷きを返した。


ありがとうございました。

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