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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
170/199

170.師匠と弟子

よろしくお願いします。


ナンシアとアルシアはエルフの国に帰ってきて、方々から呼び出しを受けたため全く休むことはできなかった。糸玉に包まれていたアルシアはともかく、獣車内でダウンしていたナンシアは、ため息が漏れる。長老会、自分たちの両親と声がかけられていたが、2人は師匠のエルミアにいの1番に報告に向かう。師匠のことを慮ってという理由ももちろんあるが何より自分たちを救ってくれたレイという人物をどのように報告すればいいのか相談したいという気持ちが強かった。


「おかえり、ずいぶんと大変なことになっているみたいだね。」


エルミアに報告に向かったところ、彼女は自室の部屋でくつろいでいた。弟子としては、辛い目に遭っている中、自分は無関係という雰囲気でくつろいでいる師匠の姿に若干イラっとしたが、ナンシアは表情を取り繕い、挨拶を交わす。


「ただいま戻りました。長老会の方々からも呼びかけられておりますので、手短に報告と相談をさせてください。」


「あのおじいちゃん達も動きが早いね〜、もう少しゆっくり暮らせばいいのにね。おい先もまだまだ長そうだし。」


エルミアの返答しにくい問いかけに対してナンシアはスルーする。そしてアルシアはこうした報告は苦手なため全てナンシアに任せている。ただ真剣そうな表情を浮かべて直立で立っている。


「それじゃあ聞かせてもらおうかな。」


エルミアの言葉を受けてナンシアはエルフの国を出発してから戻ってくるまでの道中の話をする。二人が国を出てからそう長い時間が経ったわけではない。そのため、どうしてこれだけ早くに帰ってくることになったのか、30名もの同胞を助け出すことができた理由であるレイの存在を。


話を聞き終えたエルミアは難しそうな表情を浮かべる。いつもは飄々としていながら凛とした態度を崩さない。しかし今回は流石に態度を崩さざるを得なかった。珍しい姿ではあるが、事が事なだけにナンシアは仕方ないと感じていた。実力はもちろんのこと、他種族国の貴族でも手を出す危うさは、下手すれば戦争にまで発展するのではないかとナンシアは考えていた。自分の師匠であればそれよりももっと先のことを考え、対策を立てるだろうと思い、最初に報告に来た。


「レイ君か。一度会ってみたいね。連れてきてもらうことはできるかい?」


「連れてくる、ですか?」


「そうそう、私この国から出れないし。それなら向こうに来てもらうしかないじゃないか?」


「それはそうですけど、元々レイさんには国に戻る時に護衛としてついてきてもらえないか打診はしたんです。ですが、所要があって来れないから、代わりにルノさんがついてきてくれたんですよ?」

レイがどうしてこの場にいないのか、代わりとしてきたルノについても事前の報告で告げていたためどうしてそのような話になるのか分からずナンシアは疑問を抱えたまま聞き返す。


「そうだね。でもルノちゃんと話した感じではレイ君の人柄がいまいち掴めないんだ。ルノちゃんからはかなり慕われていることはわかったけど、それ以外はさっっぱり。」

降参だという様子でエルミアは手をひらひらとさせる。


「ルノさんと会ったんですか?!」

ナンシアとしては国に到着するなり、早々に帰ってしまったルノと師匠がどこで接触したのか全く見当つかず困惑する。


「少しだけどね。ほら、私ってもう一人いるしさ。」


「また抜け出したんですか?怒られても知りませんよ?」


「もういい加減いい歳なんだから放置してもらいたいんだけどね。って言っても束縛されるようになったは最近か。」


朗らかに笑うエルミア。つかみどころのない師匠により疲労感が増すナンシアとただ黙って会話を聞くアルシア。


「連れてくるのは無理そうか。それなら二人はどう思ったかな、レイ君に関して。率直な意見を聞かせてくれ。」


一様に笑ったエルミアは途端に真剣な様子で二人に質問をする。


「頼りになるけど、怖いな。」

「私は優しくて危ない人だと感じました。」

師匠が見せる真面目な様子に2人は息をのみながらも即座に回答する。


「怖い?」


「あぁ、仲間を助け出してくれたことには感謝している。ただ、敵になったやつに対して容赦がない、と言うよりも興味がなさそうって感じか?それが怖いと感じた」


アルシアの説明を聞いてナンシアは深く納得する。レイは貴族であろうと自分と相容れない存在に対して牙を剥く。それが危険だと感じていた。しかし、今アルシアが言ったように貴族という肩書きに興味がないのかも知れない。相手の身分など関係なく、それがレイに敵対する類のものであれば容赦無く無慈悲に潰す。自分が漠然と危ないと感じていたレイという存在を、アルシアが正確に捉えていたということにやや納得いかないと思いながらも目を閉じて深く頷く。


「なるほどね〜。それなら尚のことレイ君とは接触を図らないといけないようだ。彼の逆鱗に触れてエルフ種が滅ぼされるなんてことになったら笑えないからね。」


「師匠、流石にそれは笑えませんよ。」

おどけた口調で大言壮語とすら言えない内容の話をする師匠にナンシアは苦笑しながらツッコミを入れる。


「それがそうとも言えないと思うけどね。私がレイ君とルノちゃん2人を相手取って勝つイメージが湧くかい?」


そう問われてナンシアは言葉を詰まらせる。エルミアは間違いなくエルフ種で最強だ。自分たちはエルミアから教えを受けて修行をしているが、彼女に届く気がしない。しかし、それはレイとルノも同様だった。師匠は二人と戦う想定をしていたが、1vs1でもどちらが勝つか想像できない。エルフ種最強の存在で勝てるかもわからない相手が二人、それも非常に意思の統一が簡単な二人。恐ろしくないはずがなかった。


「そうだね。それに最大の問題はソアトル大森林のバランスだね。私がこの国にいるからグレビレア女帝国との均衡は保たれている。その中で彼らが向こうにつくようなことがあれば私はどうやっても同胞を守ることはできない。他種族に捕まった仲間を助け出すことも大切だけど、彼とのコンタクトは急務。どうにかして彼をこの国に連れてきてもらえないかな。」


ナンシアは自分の師匠が最強であることに疑いはない。しかし師匠から鍛えてもらっている時にこの森には師匠と同等の実力を持つものがいて、互いに牽制し合うことで大きな争いが発生していないと聞いていた。聞いた時は師匠が謙遜をしているものだと感じていた。しかし、レイとルノという存在と接触し、彼らと師匠が戦った時の結果が想像できない以上この森に師匠に並び立つ存在がいることの真実味が増してきた。一度はレイに誘いを断られてしまったが、今の話を聞いた以上必ずエルフの国に来てもらわないといけないとナンシアは強く感じた。


エルミアが警戒し、ナンシアがその可能性に思い至ったように、ルノも同じようなことを考えていた。それはルノがこの森にきた時に感じていた自分と同等の力を持つものの存在。つまり、ソアトル大森林にはLv200に近い存在が2体存在する。両者の関係を明らかにしてレイの邪魔になりそうな存在を排除しようとルノは一瞬考えた。しかし、レイからの命令を優先し、時間のかかる面倒な作業をして森に留まっていたくないという気持ちから排除は見送った。当事者が真剣になる問題でも第三者の彼らには関係のない話だったなんてことは誰も知るよしもないことだった。




「それでは失礼致します。」


エルミアから助言をもらってレイに関して、どのように長老会に報告するのか方向性が定まったところでナンシアは一人、長老会の面々が待つ場所に向かった。アルシアを同伴させなかったのは話を振られたところでエルミアと決めあったことを覚えられず、本当のことを話してしまう可能性があったこと。ナンシア一人で向かっても、流石に同種での集まりで拷問をされるような危険が及ぶことはないと考えたからだった。諸々の状況を理解した上でナンシアは一人で報告を終えたが、アルシアとの負担の違いに不満を募らせ続けるのだった。

ありがとうございました。

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