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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
169/198

169.ルノの旅路6

よろしくお願いします。

拝啓、お母さん、お父さん。私は無事、帰ってくることができました。


背中をさすってくれる人もいないため、獣車の中で嘔吐しないように自分で胸をさすりながらナンシアは呟く。彼女はこれまでの旅程を振り返り、自分が五体満足で帰宅できたことを奇跡だと感じていた。旅仲間は皆、見たことのない技により糸玉に包まれ、馬車ではない謎の獣に荷車を引かれ、獣王国の精鋭と争った。それだけの濃い内容がたったの1ヶ月の間に起こった。移動が続き心を落ち着けることができないため、体感としてナンシアはアルシアと旅をした1年分の気持ちを一気に感じていた。だから無事ソアトル大森林のエルフの国が見えてきたことでナンシアは完全に気が抜けてしまう。


そのため、大量に矢を射かけられたにも関わらずナンシアは全く気がつくことができなかった。


テオの手綱を引いていたルノは獣国を抜け、顔前に広がる大森林を見て驚いていた。かつて自分たちが暮らしていたダイイングフィールドにすらこれほど広大な森エリアは存在しなかったからだ。ルノはレイに呼び出されて以来、この世界を自分がいた元の世界に劣ると考えていた。そのため広大さという一点ですら元の世界を上回る森を見て驚いていたのだった。そして森に足を踏み入れてからしばらくして、テオがどちらに進めばいいのか悩み始めた。ルノはそんなテオの手綱を引いて道を指示していく。当然ルノもエルフの国にきたことなんてないためどちらに進めばいいのかなんてわからない。しかし、ある程度の気配は察知することができる。その中で、この森にはルノですら対峙を避けたいと感じる存在が2つあった。両者の距離はかなり離れていたため、ルノはとりあえずその気配がナンシアに似ている方に向かって進んでいた。ナンシアに尋ねなかったのは純粋にレイ以外との会話を必要としていなかったというルノのレイ至上主義の考え方によるものだった。


そのため、エルフという種族が非常に排他的で、外部とのつながりを嫌う種族であることをルノは知らなかった。自分の気質を考えればわかりそうなものだが、そんなこと自分を省みないルノには到底無理な話だった。そのため排他的な種族の国に、見ず知らずの双頭の獣が先導する荷車が向かうというのは自ら障害物にあたりに行っているようなものだった。


ルノは手綱を用いてテオに止まるよう指示を出す。シュッという風切り音が聞こえたかと思えばテオの1m先の地面に矢が3本刺さっていた。テオは右頭を矢が飛んできた方向に向けて威嚇の唸り声を出し、左頭を後ろのルノに向ける。どのような対応を取ればいいのか確認していた。ルノはエルフを国に届けることが目的だった。そのため、矢を射かけてきたものたちがエルフであるならば糸玉を即座に解除して自分は帰るだけだった。しかし、矢を放ったものの存在は確認できたが、それがエルフなのかは目で見ないことには分からない。そのため、正体がわかるまでそのまま矢を無視して進むことに決めた。再び手綱を通してテオに進むように指示を出す。それからもテオが進むたびに何度か矢が飛んでくる。最初は矢は警告を意味し、致命傷にならないように気を使われていた。進み続ける今は御者席に座るルノの頭目掛けて飛んでくる。しかし、それはテオを狙う以上に意味がなく、矢はあっさりとルノの操作する糸によってはたき落とされる。ルノからすれば稚拙なやり取り。それが幾度か繰り返されたところで、ついに襲撃者が姿を現した。荷車を囲むように弓を構えたものたちが10mほどの距離にまで近づく。


皆が弓や剣を装備しており、森の中でも動きやすそうな身軽な軽装をしている。それに全員がゴブリンとは全く異なる尖った耳をしている。そんな彼らがテオと御者席に座るルノに対して警戒し、半円を狭めるように徐々に近づいてくる。


警戒心むき出しの彼らとは異なり、ルノは誰にも気づかれないほどわずかに口角を上げる。御者席に座りながら、左手を後方の荷車に向けて糸を放つ。キャっという声が聞こえたかと思えば荷車から拘束されたナンシアがルノと警戒心むき出しの彼らの間に飛んでくる。


荷車から一本釣りされたことにすら気が付いていないナンシアは自分の状況が全くよく分からず、ただただ困惑した表情を浮かべる。地面に衝突した痛みに耐えながら周りを確認する。後方には殺気立っているテオ。前方には敵意剥き出しの同胞。ナンシアはギョッとして、声を出そうとした。ただ、ナンシアが声を発するよりも先にルノが荷車から続々と糸玉をナンシアの近くに放り出していく。


「えっ、え、、えええっっ?」

さらに困惑するナンシア。


「ここまでお世話になりました。リオをよろしくお願いしますね。」

困惑するナンシアだったが、ルノのそんな声が届く。荷車と次々降ってくる糸玉、交互に視線を送っていたナンシアは驚き、ルノに視線を固定する。


「い、いえ、私なんて全然役に立てていないです、むしろ私の方こそありがとうござい、、、」

まさか、ルノからお礼の言葉があるなんて思わず驚いた。ナンシアが振り返り、慌てて返答するとルノはナンシアに向かって声はかけていなかった。ここまで荷車を引いてきたテオに対して言葉をかけていたのだった。この一団で最も貢献度が高いのはみんなをここまで運んできたテオであるだけに何もいうことができずにナンシアは再度固まるが、ルノがこの場を去ろうとしていることに気がつき再び動き出す。


「ルノさん!待ってください、どこに行かれるんですか?!」

テオに対して比較的柔らかい雰囲気で話しかけていたルノだったが、ナンシアが話しかけると一変、いつもの冷たい表情に戻る。


「私の依頼はエルフを無事に国まで送り届けることです。あなたたちの国の者が現れたのであれば身柄を渡すまでです。そして、身柄を渡したことで私の仕事は終わりです。私はここで失礼させていただきます。」


「え、でも、まだ森の中で、国についたわけではないですし、少しゆっくりされてからでも、」


「いえ、私はまだレイ様より命じられた仕事が残っておりますので。こちらで失礼致します。」


残っていくように説得するナンシアだったがにべもなく断られてしまい、言葉を続けることができない。返答がないためルノも話は終わったかとその場を離れようとした。



「貴様、その姿、ダークエルフか?!止まれ!」

しかし、ナンシアより後方、弓を構えていた集団の中から声をかけられて歩みを止めらてしまう。この時点でルノがレイと再会する時間が延びたことでイラつきゲージが上がる。無視して帰路に着こうかと思ったが、ゾユガルズにきてから初めて耳にする言葉に足を止めてしまう。


「・・・」

足を止めて振り返るルノ。周囲には警戒心を剥き出しにしたエルフの弓兵たち。ルノに対して声をあげたのはその一段の中で一番身分の高そうな中年の男エルフ。弓兵たちが青年の年代に対してその男は大人の渋みを感じさせる面持ちをしている。身なりも簡素ではあるが質の良い格好をしている。そして何より、居丈高な感じが日頃から周囲のものたちから遜られて当然という雰囲気を醸し出している。ダークエルフという言葉に足を止めたルノだったが、会話にならなそうな相手だと感じて目を細める。自分の会話の通じなさを棚に上げて。


「これはなんだ!貴様が用意したものか!我々に対するダークエルフどもの貢物ならば相応の扱い方があるだろう!!!」

ルノの予想通りに中年エルフは居丈高で高圧的な態度でルノに怒声をあげる。


「あなたの目は節穴ですね。」

高圧的な中年エルフの対応とは真逆に、ルノはただ思ったことを率直に、抑揚のない声で告げる。ルノの声は不思議なことに大声を上げていた中年エルフと同じくらい、森の中に自然と溶けて周囲のエルフたちに言葉を届ける。森の中にルノの声が溶け、わずかな静寂が生まれる。その間にもルノはこれ以上文句をつけられても困るという様子で、エルフたちとパノマイト親子を糸玉から解く。


静寂に気取られていた青年弓兵エルフたちは糸玉が動く様子から攻撃を想像し、慌てて弓を構え直す。しかし、糸玉から攻撃は放たれず、同胞のエルフが次々と現れるためさらなる動揺に襲われる。一体どういうことなのか判断をつけられず、皆、一様に中年エルフに視線を向ける。周りからの視線を感じて中年エルフもようやく現状把握をできる状態になり、居丈高な態度でダークエルフに説明を求めたが、ルノの姿はすでになかった。









「もう行ってしまうのかい?道はそっちかな?」


ルノはエルフの集団から離れてソアトル大森林を抜けようと足早に移動をしていた。短距離ならばなにも問題はないが、ソアトル大森林から隣国のノマダ共和国は流石に遠い。ずっと走り続けるわけにもいかない。そのため、テオのありがたさを別れて早々に感じていた。


そんな折だった。ルノが突然話しかけられたのは。


声を聞くと同時にルノは反対方向に20mは飛び退き、焦りを浮かべた表情で、声のした方向に視線を向ける。いつものルノであれば気が付いていてもレイに関係のない事柄は無視する。話しかけられても億劫な様子で一瞥するだけだ。しかし、今回の反応はいつもと異なる。


それはルノが声をかけられるまで存在に気が付かなかったこと、それにソアトル大森林に足を踏み入れた時に2つ感じた、強者のオーラを纏った者がルノの目の前にいるからに他ならない。


「何のようでしょうか。」


自分でも察知できなかった相手に対してルノは警戒心を顕にして問いを投げかける。戦闘がいつ発生しても問題ないように、敵の人数を把握しようと索敵に集中する。そして違和感を感じた。森に入った時に感じた圧倒的強者のオーラの数が3つに増えていた。厳密には先ほどと同様に突出して強いオーラが一つ。これの位置は変化していない。もう2つはそれにはやや劣るが決して見過ごすことは難しい。その内の一つは最初に観測した場所と位置は変わらないが、感じる圧は2~3割ほど削れている。そして最後の一つは自分の目の前にいる。場所を変えていない森中の圧倒的な者と比べると4~5割ほど圧は弱い。しかし、それでも自分が察知できなかった存在。決して侮るわけにはいかない。


「いや、大した用ではないさ。仲間が失礼な態度を取ってすまなかったね。ナンシアがいたところを見るに、仲間をこの森に連れてくるための手助けを君はしてくれたのではないか?」


「ええ、そうですね。」


「やはりそうか。本当にすまなかった、どうにも彼らは自分たちが一番優れた種族であるという認識が強いようで、他種族の者たちとは折り合いが悪いんだ。」


「私が連れてきたエルフはそうでもありませんでしたが?」


相手に戦意がないと感じたルノは会話により情報を引き出す方向に切り替える。しかし、ルノはレイ以外に対して常に敬意を持ち、謙って接することが難しい。レイに対する敬いや忠誠心を感じる相手に対しては嫌味なくルノにとって普通に会話はできる。だが、初対面ではそんな姿を感じることができないためどうしても上から目線で話してしまう。レイのために情報収集が有用だと理解していても自分の発言にまで気を向けることができていない。


ただ、幸いなことにルノのややきつめの問いかけに対しても、目の前のエルフはミルクティベージュの長髪を掻き上げながら笑う。


「そうだね、奴隷されていた彼らは助け出してくれた君たちに横柄な態度は取れないよ。それに奴隷にされていると反骨精神やら気概が削がれて弱々しくなってしまうからね。そうした理由もあって態度の大きい仲間は奴隷にされた仲間の救出には向かないのさ。」


「それならばなぜエルフ自ら救出に?返り討ちに遭って奴隷にされる可能性もあります。どこかに依頼を出す、もしくはあなた自らが動けばいいのでは?」


「全くもってその通りだね。依頼を出さないのは、高圧的な身内と同じで他種族を信じられないからかな。私が動かないのは動けないからさ。だからナンシアとアルシアを鍛えて送り出したというわけだ。」


「貴女は彼女らの師匠というわけですか。しかし、動けない?」


ルノの問いかけに対しても裏表のない爽やかな笑みを返すエルフ。


「そうさ。私は事情があり、この森から出ることができない。だから二人を心身ともに育てて、仲間の解放に向かわせた。」


そして動けない理由に関しては明言することなく、話を進めていく。


「それならば彼女たちは力不足ですね。鍛える時間が全く足りていません。」


「やはり、そうか。彼女たちの冒険者ランクを君は知っているかい?あ、そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね。私はソアトル大森林に住むエルフ国の守り手、エルミア・レオナイン。よろしくね。」


「彼女たちと知り合ったのはCランク昇格試験の最中と伺いました。私はレイ・メギド様の専属メイド、ルノ・ヴィネマイと申します。」


ナンシアたちの冒険者ランクは会話のついでというように名乗り合う二人。この時ルノが<揺曳の間>の副管理者と名乗らずメイドと名乗ったのはオーフィリアに対しての嫌悪もあったが、それ以上に今後何があろうともレイのために生きるという宣言でもあった。


「へぇ〜、ルノ君ほどの実力者がメイド。尽くされる主人は幸せ者だね。」


ルノはレイに対する態度に非常に厳格だ。レイを貶めるような発言があれば即座に排除される。しかし、それはレイに対しての想いが強いがゆえ。そのため、レイを讃える言葉を発することでルノの機嫌は青天井に上がり続ける。


「恐縮です」

しかし、ルノはレイの専属メイド。顔は紅潮していようと無様な言葉は口にしない。


「それにしてもCランクか〜。私は最低でもBランクに上がるまで下手な行動は取らないようにと命じていたのだけれどね。あれ、そういうば、外でナンシアたちと出会ったということは君はこの森のダークエルフではないのか?」


話している途中で気になったことがあったのかエルミアは唇に人差し指を当てる。エルミアの質問に対してルノが首肯するとさらに指を強く押し当てて考え込む。


「それなら早いところこの森を出た方がいいかもしれないね。ここのエルフとダークエルフは折り合いが悪いんだ。といっても、私ですらここ数百年ダークエルフを見た覚えはないから衝突なんてないんだけどね。」


「そうですか。ご忠告いたみいります。詳しい話はあなたの弟子である二人から伺ってください。それでは失礼します。」


会話をしていく中でルノは情報を得ていた。しかし、それ以上に向こうに情報を引き出されている気がした。人当たりの良さや会話の上手さは向こうの方が上だとルノは素直に認め、会話を終わらせることに決めた。


「もういってしまうのか。って私が早く出た方がいいといったのか。」


爽やかに笑うエルミアに対してルノは一度深く頭を下げてから踵を返した。

ありがとうございました。

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