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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
168/198

168.ルノの旅路5

よろしくお願いします。

ナンシアは愕然としていた。この旅が始まって何度驚かされたのか、すでに数えることはできない。


自分たちがベニート領に到着するまでの過酷な日々を思い出して荷車内にいるエルフたち、糸玉に包まれて意識のない彼らに視線を送る。奴隷にされていた同胞。もちろん帰路で辛い思いなどして欲しいはずがない。しかし、自分と糸玉に包まれていて、この旅の記憶がない同胞たちとを比べる。そうするとどうしても扱いの差に思うことが出てしまう。


オセアニア評議国を抜けて1週間。これほど快適な旅を出発前は想像もできなかった。乗り物酔いと速度という意味でナンシアとしては過酷ではあるのだが、外的に襲われる心配がないというのは精神的にとても楽だった。今も多少警戒はしているが、ルノたちと旅を始めて以降一度も絡まれて足を止めたことはない。獣人国に入ってから絡まれる頻度は非常に多くなったが、ルノとテオが止まることはなかった。旅程のタイムスケジュールの過酷さから最初はルノの膝の上に座って景色を見ていたリオですら今は糸玉に包まれている。最初にクティス獣王国に入る際、弓で攻撃されたことからこのまま御者席にいるよりも糸玉に包まれている方が安全だとして、ルノが勝手にリオを糸玉に包んでしまった。その結果、糸玉に包まれていないのは荷車を引くテオとテオの手綱を握るルノ、そして常に吐きそうなナンシアだけになった。子供という負担が減ったことによってルノたちのペースはさらに上がった。今まではしっかり夜も休憩をとっていたが、それが2日に1回になり、先日からついに休みが無くなった。走るテオと手綱を握るルノに問題ない以上、ただ荷車にいるだけのナンシアは休憩を求めることができず、ほとんど荷車内で倒れていた。


「今はどのあたりを走っているんだろう。それにしてもルノさんどうしたんだろう?」


荷車内でグロッキーな状態になりながらナンシアは思考する。クティス獣王国の最初の関所を強行突破した翌日あたりからルノの様子が一変した。一変と言っても急に陽気になったとかそういう話ではない。今まで以上に会話が通じなくなった。休憩を取らなくなったのも、話しかけても必要最低限のこと以外の返事をくれなくなったものその頃からだった。ナンシアとしては何かとても焦っているように見えた。ただ、どうして旅の途中にそれだけ焦る必要が生じたのかはわからない。それにルノは元々この護衛依頼旅を快く思っていなかった。ルノの主人、レイの希望によってレイの代わりにルノがナンシアとアルシアたちとついていくことになった。だから早く帰りたがっていることは知っていた。だからペースも元々かなり早かった。それがどうして突然スピードアップするようになったのかがナンシアにはわからなかった。


(「短い付き合いだけどルノさんが心を乱すのはほとんどがレイさんに関すること。というかそれ以外は無関心すぎて感情が無いようにもみえる。レイさんに何か起きた?でもどうやってその情報を知ることができたんだろう。それよりもクティス獣王国に入ってから様子がおかしくなったから獣人と何か因縁があった?聞いても教えてもらえないだろうし、、、」)


などとナンシアが荷車の中で考えをめぐらせていると外から大きな声が聞こえる。


「そこの双頭の獣、止まれ。これより先は四獣長ライモンド様の領地だ。身元のわからない者を通すことはできない。」


ここ数日で何度か聞いた警告だとナンシアは思いながらも、そのビッグネームの登場にまた驚く。クティス獣王国において最強は獣王クティス。それは全世界共通の認識に他ならない。そしてクティス獣王国における獣王最強の4人の配下のことも各国には周知の事実。


「ルノさん、これは止まった方がいいかもしれません。」


すでに四獣長ニーニャの領地を縦断していることなど全く気がついていないナンシアは、流石に四獣長と事を構えるのはまずいと考えて荷車から御者席に移動して話しかける。


いつもの勢い任せの静止ではなく、真剣な表情を浮かべるナンシアの言葉を無視できなかったのか、ルノは耳を傾ける姿勢を作る。


「先ほどの兵士の言葉に四獣長ライモンドという名前がありました。これはクティス獣王国で獣王を除いた4人の最強の戦士に送られる称号です。その人を敵に回すことも厄介ですし、それに彼らの獣国での人気はかなり高いです。1人と敵対するだけで国を敵に回すことだって考えられます。」


リスクを提示してこの国を敵にする可能性がある事で旅程がずれ込む恐れがあることをナンシアは指摘した。しかし、それは意味がなかった。


「問題ありません、この領内を抜ければすぐにソアトル大森林です。すでに四獣長とやらの領地は一つ通り過ぎています。ライモンドという名前ではなく、ニーニャというそうですが。」


「え、、、、、」

ナンシアが言葉を失っている間にルノはどこからか地図を取り出してナンシアに見せつける。


「現在私たちはここ四獣長が治める領地の前まで辿り着いています。オセアニア評議国のベニート領はここ。そして四獣長ニーニャの治める領地を北上しています。ここを抜ければ獣王国とはもう関わりはありません。私は帰路でノマダ共和国を通るルートを使うので本当に犬畜生の国など一切考える必要はありません。」


『結門之縺』


そう言ってからルノはこの間と同じように技を発動した。瞬く間に糸による障壁が形作られていく。その光景に唖然としていたナンシアだったが、しばらくしてからハッとし、もう仕方がないと諦めた表情を浮かべる。この障壁は街中に対する配慮として関所を突破してからは解除している。その代わりに飛んでくる攻撃にはルノが都度都度対応している。そのため御者席にいる人物がエルフだということは分かりきってしまっている。これから自国に戻ってから、獣王国から抗議書などが届いたら怒られるのは自分なんだろうかなとナンシアは考える。


しかしこの弾丸危険旅において、帰国後を考えられる時点でナンシアのルノに対する実力の信頼はかなり高いものになっているのだが、ナンシアはそれに気がついていない。


ナンシアが色々と思考を巡らせているとルノが展開した糸の障壁が一体の獣によって噛みちぎられた。これまで多くの攻撃を受けても全く傷つくことのなかった糸の障壁が簡単に壊されたことに驚くナンシアはルノに視線を送る。


一方で障壁を壊されると思っていなかったルノも僅かに目を見開いて、自分の障壁を破った狼人に視線を送る。


「ルノさん、どうしますか!?」

焦ったナンシアに話しかけられるが、視線はその狼人から外さない。そのルノの行動は狼人に対する警戒の高さを窺わせた。


「おい、おい、これだけ呼びかけているのに無視すんなよな、耳長どもが」

狼人は多少イラついた様子でこちらに声をかけてくる。


糸の障壁が剥がれてナンシアは気がついたが、関所を通過する前の街道だった。関所の前には30名を超える獣人たちが武器を構えてこちらを警戒している。相手方の練度は、統一された格好、指揮されるまで動かない様子、そこらの野盗と比べるまでもなく強いのはわかる。そして空気感から攻撃してきた狼人こそ指揮官だということもわかる。


「邪魔です。どきなさい。」

それでもルノはいつもと変わらず淡々と言葉を発する。


「あ???おいおい、ここがどこかわかってんのか?そんだけ耳が長いのに言葉は聞こえないってか?」


「あなたに興味はありません。犬ッコロは命の大切さを知らないようすね。無知な駄犬に一から教えている時間はありません。さっさとそこを退きなさい。」

煽ってくる狼人に対していつも通りに尊大な態度のルノ。


「おいおい、ここの領主である俺様に向かって舐めた口聞いてくれんじゃねぇか、奴隷風情が。森の賢人なんて呼ばれている割に喧嘩していい相手の区別もつけらんねぇ、、、っと。喧嘩っ早いやつだな。お前本当にエルフか?」


ライモンドの話を遮り、ルノは攻撃を仕掛ける。領主と聞いてこの狼人を従わせれば問題ないと考えたルノはライモンドが話している間に『盲従針』を生成して投げつける。常人では反応できない速度だったが、ライモンドは避けてみせた。それにより、ルノの警戒が僅かに上がる。


(「レイ様がおっしゃるにはここの世界のレベルは低い。今の攻撃は最低でもLv80はないと避けるのが難しい速度。それに『結門之縺』はそもそも外からの攻撃に対して圧倒的な優位を持つ。それを攻撃で壊したということは、四獣長という肩書は伊達ではないという可能性がある。本当に邪魔。)


色々と思考を巡らせるルノだったが、ライモンドに対しての最終的な見解は邪魔。自分が負けるかもしれないなど戦闘に関する優劣は一切考えるまでもなく、自分が上位であることを疑わない。しかし、獣王国と事を起こしてしまえばエルフである以上、ソアトル大森林にあるとされるエルフたちに国に追求が向かう。そうなれば命令を十全に遂行できなかったという印象をレイに持たれてしまう。それだけは看過できない。そのため、ここで兵士たちを殺すことはできない。


そこまで思考を巡らせているとライモンドが攻撃されて腹を立てたのか反撃を仕掛けてきた。ライモンドは狼人であり、その素早さは語るまでもない。ナンシアではとても対応できない速度でルノに肉薄する。身軽さ重視なのか装備はとても軽装だった。その軽装が故に今のスピードを出しているのだとすると、ナンシアは関心、ルノは哀れみを感じる。


ライモンドはルノの顔面を殴ろうとしている。もちろんその攻撃は自分の類稀なるスピードにより、避けられることなど考えておらず、殴り終える前から必中を予期して口角を上げている。そんなライモンドの様子を心底嫌そうにルノは舌打ちを一つ打ってから拳を受け流す。受け流すと同時に肘関節を通常とは逆方向に曲げておくことも忘れずに。


ライモンドは自分の攻撃が避けられることすら予期していないため、自分の拳が空を切ることにすら気が付かない。勿論、反撃に対しても抵抗することはできない。


「ぎゃぁぁぁっっぁぁあくそが、何をした、、、!」

拳が空を切ったと気が付いて少しして激痛を感じるとライモンド。彼は状況を判断するために自慢のスピードで瞬く間に後方に下がる。


「殴られそうだったので避けただけです。」


「避けた、だと、?」


「何を当たり前のことを。愛している人以外の攻撃なんて誰が喰らいたいんですか?気持ちの悪い。」


ライモンドは自分の攻撃が避けられたことの衝撃からルノの返答のおかしさにかまけている暇はなかった。今までライモンドの指示を待ち、全く動く様子をみせなかった兵士たちも動揺し、今何が起きたのかとライモンドとルノの様子を注視している。


ルノはルノで再び考えを巡らせる。


(「今の攻撃に反応できなかった?これは相手の油断?そうでないのならば最初に私の攻撃を避けたのはまぐれ?でもこの程度の実力で『結門之縺』を壊せるはずがない)


ライモンドは自慢のスピードが相手に通用しなかったため追撃ができない。ライモンドの攻撃は自分のスピードとそこから繰り出される必中の噛み技。ライモンドの牙は種族特性の『狼噛み』によりどんな硬いものでも食いちぎることができる。そのためルノたちを覆っていた『結門之縺』もその牙で噛みちぎることができた。今回ライモンドはルノたちをクティスに献上をするという目的があったため、気絶させようと殴りかかった。牙と異なり、攻撃力は下がるが、ライモンドのスピードを持ってすれば気絶させることは容易なはずだった。しかし、目の前の褐色エルフはライモンドのスピードに対応してきた。傷をつけてはいけず、自信のあったスピードは通用しない。この一瞬の攻防でライモンドは嫌でも慎重にならざるを得なかった。


僅かなこう着状態が続き、その状態に痺れたのかライモンドは無属性魔法を唱える。


「『速度上昇』」

傷をつけられない以上、ライモンドはさらにスピードをあげて対応しようとする。一段と速度を上げたラインモンドはルノにものすごい速さで迫る。


その一方でルノは考えていた。今『盲従針』を指すことには失敗した。しかし、接近攻撃による対応は何も問題なかった。むしろ遅くすら感じた。だから相手が魔法を唱えて攻撃で接近した際もルノは同じように避けて、それから糸で拘束した。ただただ、拘束した。盲従針を刺すことも考えたが、この場にいる全員を納得させることは面倒で、針をさせる人数にも限りがある。下手に相手の精神に干渉できる能力があることを相手に知らせる訳にもいかない。ソアトル大森林のエルフに迷惑をかけて自分がレイから無能だと思われる可能性がある以上、敵指揮官を殺すこともできない。そのため、ルノはただ拘束した。


ライモンドは速度を上昇させても全く攻撃を当てることもできず、それどころか反撃をくらい捕らえられてしまったことにしばらく気が付かなかった。


「なっっ!!」


「大人しくしなさい。言葉を発すれば首を落とします。」

驚いたライモンドだったが、ルノの発言に言葉を失う。そしてライモンドが拘束されたことで、指示通り待機しているだけではダメだと考えた習熟していた兵士たちは荷車を取り囲むように動き出す。


「邪魔ですね。兵士たちを下がらせなさい。」


「それなら、グハッ、、、、」


「話すなと私は言いました。いいですね。あなたは黙って兵士を下がらせる。分かったのなら首を縦に振りなさい。」

実力で敵わないと感じたライモンドは即座に交渉によって話を進めようと切り替えるが、言葉を発した瞬間に右ストレートを鳩尾にくらってしまう。


そして体は動かしているつもりはないけれど首は縦に動いていた。


ライモンドは機を伺うことは得意で頭が回る。虎視眈々と獣王の座を狙っているため、普通の獣人に比べて耐えることも比較的得意だった。そのため、内心は怒り狂っていたもののこの場でとるべき正しい行動を即座に定めた。


ルノの糸の拘束が弱まり離れることができるようになった。一瞬反撃を考えたライモンドだったが、ここまでの不意打ちを含めた攻撃を振り返って、諦めた。そして荷車を取り囲む兵士のリーダーのもとに進む。


それからしばらくして兵士たちは荷車を囲うのをやめて関所を開けた。


ルノと四獣長ライモンドの戦いは、ライモンドの無言の降伏という形であっさりと幕を下ろした。




「よろしかったのですか?ライモンド様。あの耳長を捕らえなくて。」

ライモンドの領地から荷車が出ていいったタイミングで、ライモンドの配下が話しかけてくる。


「あれは今は無理だ。あの場にいた奴らで挑んでも無駄死にするだけだろ。おそらくクティス王と俺らが組んでどうにかなるレベルだ。」


普段は粗暴で口の悪いライモンドだが、相手を見る目は確かに持っている。その相手を選んで戦闘を行い、弱者は徹底的に甚振り、強者とは諍いを起こさないスタイルで今の地位を築き上げてきた。そのことを知っている配下はライモンドの言葉を疑わない。しかし驚かずにはいられなかった。自国最強の王にその4人の配下、5対1でないと勝負にならないと聞いて驚かないものはいないだろう。


「多分ハイエルフじゃねぇか。王は勝てるだろうが、徹底的に痛めつけるには俺らのサポートに必要って感じだな。できれば俺1人であのクソをボコしたが、無理だな。クソが。」

冷静に分析しつつも自分よりも実力のあるものから舐められた態度を取られたことに怒るライモンド。


その分析を聞いて配下は多少心を落ち着けて今後の対応を尋ねる。


「それではエルフの森に侵攻をかけますか?」


「かけたいな。でも王は簡単に動けないからな。一度報告はしてみるつもりだ。ただ今すぐあのクソを痛めつけてぇ。本当にクソだ。それにあの関所の前を来たってことはニーニャの領地を通っているはずだ。なんで捕らえていないのか連絡して聞け。それが終わったら獣王に報告だ。あと、耳長の奴隷を連れてこい。出来るだけあいつに似ているやつな。」


ライモンドからの指示を受けて走り去っていく配下。本人を殺すことはできないため、代替品で自分の鬱憤を発散させようとライモンドは汚い笑みを浮かべた。

ありがとうございました。

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