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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
166/198

166.ルノの旅路4

よろしくお願いします。

ナンシアにとって、あっという間の休憩が終わるとそこからは本当にノンストップだった。本来オセアニア評議国からソアトル大森林までは数ヶ月かけてようやく辿り着ける距離。冒険者ランクCのアルシアとナンシアの実力で、姿を誤魔化す魔法器があっても決して気は抜けない。エルフにとってそれだけ国家間の移動は難しく、気を張らなければいけない。奴隷にさせられている同胞を助けるという決意も相まってこれまでの2人の旅路はかなり慎重なものだった。しかし、ルノとの旅程は異なる。数ヶ月ほどかかるものをテオというものすごい馬力を用いて2,3週間ほどのペースで完了させようとしている。奴隷にされていたエルフ30名、幼い子供のいる親子、それにアルシアとナンシア。これだけの大所帯でその旅程は当然現実的ではない。それでもルノの人外めいた実力により、荷車で自由に動けるのをリオとナンシアだけにしてしまい、他のメンバーの食事睡眠を不要とした。さらに、その面々を運ぶ通常の動物ではあり得ないテオの馬力が無理な旅程を可能にしてしまっていた。


今はすでにオセアニア評議国の国境を超えて獣王国に入っていた。それも獣王国でもだいぶ北側に荷車は進んでいる。


ナンシアは吐き気を耐えているため地図役としての役目は全く果たすことができていない。自分たちがどこにいるのかも正確にわかっていないが、あと1週間もあれば故郷にたどり着くのではないかと吐き気を耐えながら考えていた。ここ10日ほど続くルノの狂気的な旅程に吐き気を超えるほどの恐怖が込み上げてくる。


ナンシアがオセアニア評議国の国境付近で、吐き気回復のための休息を求めたところ、だいぶ渋られたが、同行者の子供リオのおかげでどうにか聞き入れてもらえた。ナンシアは魔法職としては多くの経験をしてきた。そのため、戦場でも滅多なことがない限り取り乱すようなことはない。だが、テオの荷車の速度は戦闘職の経験を全く積んでいないナンシアにはきつかった。そのため、休憩してもすぐに気持ちを悪くしてしまい、その都度ルノに休憩を求める。休憩が増えることを嫌ったルノはナンシアの休息要求を跳ね返し続けてきた。


無理に護衛としてついてきてもらっている以上、ナンシアはあまり無理に要求をすることができない。同胞のことを考えれば早く大森林に到着できることに越したことはない。だから気持ち悪くなりながらも耐えていた。しかし、あの対応はどうなのだろうか。獣王国の国境に差し迫ると大きな関所が目の前に見えた。休憩直後ということもあって、ナンシアも比較的体調は良好で、関所を一目見た後荷車の中で横になる。


「もうすぐオセアニア評議国を超えますね。」


誰に話しかけたわけではないが、ナンシアはそう独り言ちた。当然リオもルノも反応はしない。しかし、直後大きな声が聞こえてきた。


「そこの荷車を引く双頭の獣、止まれ!!!これより先はクティス獣王国だ!!!」


ナンシアは聞こえる声に違和感を感じた。テオは確かに珍しい双頭の獣だ。しかし、荷車を引いている以上、関所を攻撃しにきたはぐれ魔物だとは思われないはず。サイズダウンもしているから正面から荷車が見えないということもない。一体どうしてなのかと思い、ナンシアは起き上がって荷車から顔を出す。


そして唖然とした。ルノは関所を突っ切る勢いでテオの手綱を握り、走らせていた。乗っているナンシア自身も揺れの勢いが変わらないことに違和感を感じるべきだったが、最初からあり得ない速度で走っていたため感覚が麻痺してスピードダウンしていないことに全く気がつけなかった。


それに、そもそも荷車を引く馬車はそこまでスピードを出さない。それは荷車の荷物に配慮したり、長旅のペース配分だったりと理由はいくつもある。しかし、ルノの最優先事項は最短日程。最初から手綱を握りテオにかなりのスピードを出させて走らせていた。それこそ、戦闘職のアルシアが全力で走っても追いつくことが難しいほどに。そんなスピードで関所に向かってテオは迷いなく走る。


ナンシアは内心で、「そりゃ大きな声出されるわ」と納得して急いで御者席に腰を下ろす。荷車内より強い揺れに気持ち悪くなりながらも、ルノに話しかける。


「ルノさん、関所です。スピード落としてください!!」


「なぜです?」


慌てて叫ぶナンシアに、ルノは一瞥もくれず、無表情のまま返答する。その反応にナンシアは唖然としたが、旅の中で彼の異常性にはすでに気づいていた。レイ以外のことには徹底して無関心で、その影響を受け続けてきたナンシアは、一瞬だけ硬直した後、すぐに気を取り直して言葉を続ける。


「関所があるからです!私たちはエルフで、竜人の国からの獣王国に入ります。種族も全く違う私たちが関所を無視して他国に入るなんて普通考えられません。」


「関所を通るのは時間がかかるので却下いたします。」


「それでも後から獣人に追われたりの面倒に巻き込まれるよりイイじゃないですか、穏便にいきましょう!スピードを落としてください!」


「仮にここでスピードを落としたところで、エルフである私たちが追われない保証はありません。それならば、わざわざ関所を通って入国する必要はありません。獣の国など元よりただの通り道でしかないのですから。」


そうして話しているうちに門と荷車の距離は100mほどになっており、獣人の兵士が十数名でまとまって弓を射ている。


「ルノさん!早く止まってください、攻撃されてしまいます!」


そんなナンシアの説得虚しく、弓はすでに発射されてしまった。スピードに乗ったテオは荷車を引いている以上急な方向転換はできない。それに手綱を握っている女がそんなことを許すとも思えない。では、ルノはテオにダメージを追わせながら強行突破しようとしているのか。それもまた違う。テオはエルフ30名を運ぶため失うことはできない存在だ。ルノにとって隣で騒いでいるナンシアよりもよっぽど重要である。それに今は寝てしまっているが、自分の膝上に座る少女の大切な家族である。傷つけてしまったと知られた場合、関所を通る以上に面倒なことになる。だからルノは右腕を手綱から手放して、手を関所に向ける。


『結門之縺』


ルノが誰に聞こえるでもない声量で言葉を発する。テオの通り道に荷車を潜らすように糸のアーチが進行方向に向かって作られていく。そしてあっという間に糸で作られたアーチによって荷車は隠されてしまう。それになぜか、進行方向から向かってくる矢もルノの作った糸の門に触れると弾き返されて獣兵士に向かって飛んでいく。テオが進む視界は糸の門がある側面とは異なり、はっきりとしているにも関わらず、こちらも弓矢は弾き返る。弓が弾き返される光景に困惑する獣人の兵士たちを無視して糸状のアーチは道を作るようにして街に伸びていく。


「なに、これ、、?」


別の意味で再び唖然とするナンシアを無視してルノはアーチを潜り続けるように手綱を握る。御者から見える外の様子では何か騒いでいるように見えるが、こちらには何の音も届かない。そしてそのまま、関所の門につながるようにアーチはテオの進行に合わせて作られていく。

ありがとうございました。

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