165.ルノの旅路3
よろしくお願いします。
「ちょっと、休憩しませんか、、、、、、、」
気持ちの悪そうな声を聞いてルノが軽く後ろを振り返る。
そして、何も言わずに前を向く。
「ちょっと、ほんとに、お願いします、」
「ルノお姉さん、休憩しようよ。ナンシアお姉さんが苦しそう。」
グロッキーな様子のナンシアを完全に無視するルノだったが、リオから聞き返されたことでルノはやや顔を顰めながらも頷いた。
ルノたちは多少言い合いをしながらも、エルフ30名を糸玉で拘束し、テオの荷車に入れて運ぶ方法を選択した。糸玉に影響が無いかを確認するためにアルシアはルノの糸玉に包まれて移動し、就寝前に糸を解き、様子を確認する。そのため、現在糸玉に包まれていないのは糸玉を生成したルノ。荷車を引く獣、テオに言葉を伝えるリオ。ルノの動向を監視しつつ、最適なルートを案内するナンシアの3人だった。少人数移動のため、糸玉をしっかりと固定しさえすれば、荷車はかなりのスピードを出して移動することができた。しかし、魔法職に就いていて、あまり身体能力の高くないナンシアは三半規管も弱いのか、高速移動する荷車の中でダウンしかけていた。その一方でリオは手綱を握るルノに抱えられるようにしているため揺れの影響は少ない。
「それでは先に休憩にします。もう少し先にあけた丘があるので待ってください。」
ルノの手が上から覆い被さるようにして、リオが握る手綱を操る。ルノがナンシアを無視してもリオのことを無視できなかったのは、レイからある程度守るように言われたことに加えて、リオとのコミュニケーション量に他ならなかった。今も、ルノに抱えられるようにして座るリオはルノに確認を求める際に首を上にして、間延びした声で尋ねてきた。最初はルノに対して距離を置いていたリオだったが、旅を通して慣れたのか、ものすごくグイグイとくるようになった。返事をしなければずっと尋ねてくるし、常に密着しているため距離を置くことはできない。子供であり、レイに守るように言われた対象でもあるので、手を出すわけにもいかなかった。そのため、ルノはものすごいストレスを抱えながらもリオと接していた。
その鬱憤を晴らすためにナンシアに対しての反応が疎かになったことはルノの胸中に秘められている。
しばらくして、ルノはテオの手綱をゆっくりと後ろに引く。双頭の獣はその手綱の指示に従い、スピードダウンし、歩幅を徐々に狭めて止まる。ルノは荷車が完全に止まったことを確認してから地上に飛び降りる。そしてレイから見せてもらった地図の模写に自分が見た情報を書き足していく。オセアニア評議国ベニートを出発してからすでに10日は経過している。それほどの時間、主人と離れている経験はレイがこちらの世界に来てしまった時以外にないため、妙な不安を覚える。その結果、早々に出発したいという気持ちにさせられる。しかし、ナンシアの体調が戻る前に出発してしまえば再び止まるようにお願いが来る。断れない状況に持ちこまてれているルノにとってその状況はすでに敗北を示している。だから休憩時間は万全に確保するようにしていた。その間の時間に何もせずにいるとレイと離れていることを不安を感じるため、今のように地図に書き込みを加えていたのだ。
オセアニア評議国ベニート出発から10日経ったが、まだオセアニア評議国内にいた。エルフの国はソアトル大森林の中にあり、ソアトル大森林の中に入るにはオセアニア評議国の右先端から向かえばいい。
しかし、その場はノマダ共和国やクティス獣王国とも国境が重なる、三国不干渉地帯と定められているため通ることはできない。ソアトル大森林に向かうには必ずノマダ共和国かクティス獣王国を経由しないといけない。獣王国はエルフを奴隷にすることにためらいがない他に、そもそもの種族特性なのか非常に喧嘩っ早い。できるだけオセアニア評議国内から北上出来る部分は北上してしまうというルートとなっている。
そろそろ三国不干渉地帯に突入しようとしており、大きく右にズレてクティス獣王国側に進まなければならない。クティス獣王国ではテオの存在に多くの注目が集められることは想像に難くないため、可能な限り早く、獣王国を抜けてしまいたい。そうした考えもあり、ルノは今のうちの休憩を認めたのだった。
「ライモンド様、献上品の準備が完了致しました。」
クティス獣王国四獣長の1人、ライモンドは執務室でボケーっとしながら配下の報告に耳を傾けていた。献上品は王に対しても税を納めるようなもので、毎月一定の収穫物を中央クティスにいる獣王に届けなければならない。種類は農作物に始まり、迷宮での報酬、それにメスなど多岐に渡る。
獣人は頭が良くない。『獣王』という名のブランドがあっても実力を尊ぶ彼らには意味がなく、定期的に王としての差を見せつけてやらなければ、我こそはと獣王に挑むものが後を経たない。世襲制でないため、実力があるものが王を冠しているのだが、獣人は闘争心の高さゆえに時折そのことを失念している。献上品を毎月貢がせ、その献上品で贅を肥やすことで王は権力を可視化し、獣人にも理解し続けやすいようにしている。
ある程度頭の回る獣人も自分たちの王が強いということを目に見えて理解できるため、多少不満に思いつつも納得をして、獣王に尽くしている。
しかし、ある程度頭が回り、自分こそが最も強く、獣王に相応しいと思っているライモンドにとって毎月の税は腑が煮えくり返るほどにむかつくものだった。そのため、今は税として収めた内容をまじめに聞いて理解しないように適当に聞き流している。そして、自分が獣王になった時のことを考えて気持ちを上げている。
実際、クティス獣王国において獣王を除いてライモンドは4本の指に入るほどの実力者として認められている。それは彼がクティス獣王国の4人の幹部、四獣長の1人であることからも分かる。しかし彼は四獣長の1人であるが、忠臣というわけではない。タイミングがあればいつでも謀反を起こす企みをしている。
四獣長が全員謀反を狙っているのかと問われればそれは違う。ライモンドは狼人という身体能力が高いながらに謀りを好む種族。王族の地位を狙うことは当たり前に思えた。それにライモンドは四獣長という立場にありながら獣王が本気で戦う姿を不幸にも見たことがない。それゆえに自分は獣王になり得る存在だと信じて疑わない。
気分の下がる税の話を自分が王になった時の妄想で流していると、話題はあまり聞き馴染みのない方向に変化する。
「それと、一つお耳に入れておきたい話ですが、先ほどニーニャさまより連絡が入りまして、珍しい獣とその獣を操る褐色肌のエルフの目撃があったそうです。」
「、、、、、ん?珍しい獣?に褐色肌のエルフ?」
「はい。馬車などではなく、荷車を引く双頭の獣とのことです。そして、その荷車の後ろには褐色肌のエルフがいたと。」
「そんで?」
初めて聞く双頭の獣と褐色肌のエルフいう単語に興味をそそられたライモンドだったが、それをどうしようかなどはまだ考えが及ばなかった。
「一応のご報告です。どうされるかはライモンド様がお決めください。」
どうしようか聞いたはずが、むしろ決めてくれと選択を投げられたライモンドは、面倒なことを知らせてきやがってと内心で悪態をつきながら、考える。
珍しい獣というくらいだから是非とも適当な理由をつけて奪ってしまいたい。それも持ち主は褐色肌のエルフ。エルフであれば高値で売れる。それも魅力的だ。しかし、珍しい獣はすでに自分の領外で目撃されている。そうなれば自分の元に報告が上がっているように、獣王にもその知らせは入っているだろう。仮にこちらが適当に理由をでっち上げて奪ったとしても来月の献上品として差し出さなければならない。そのことが目に見えてわかりきっているのに、わざわざ動く気にはなれない。
「獣はこっちに向かって来ているのか?」
「はい、ライモンド領に向けて北上中とのことです。エルフがいたことからソアトル大森林内のエルフ国に向かっているのではないかと推察いたします。」
部下の話を聞いてより一層面倒な気持ちになるライモンド。珍しい獣の目撃情報があっただけならば問題は何もなかった。しかしその獣は現在北上しており、自分の領内を通過するという。四獣王の領地は中央を四角く囲んだときに頂点の箇所に位置する。ライモンド領は北西。現在獣が北上しているということは珍しい獣は南西から来たことを意味する。南西を取り仕切る四獣長ニーニャはものすごくものぐさな性格をしており、常に昼寝をしている。そのため獣王のために自らが進んで動くことはない。しかし、自分は違う。いつでも寝首をかけるように信頼を勝ち得ようとものすごく媚びてきた。そのため、何か珍しいものがあれば進んで貢いできた。そんな自分だからこそ、珍しい獣は、自領を通過するのであれば獣王のために捉えなければならないとライモンドは考える。
「めんどくせぇな、それなら行かないといかねぇのか」
獣王を前にした時とは異なり、粗暴な様子でぶつぶつ文句を言いながらライモンドは獣を捕まえにいく準備をするのだった。
ありがとうございました。




