164.貴族会議の後に
よろしくお願いします。
貴族会議が終了したあと、ニーベルンはしばらくの間呆けてしまった。
戦争肯定全会一致により、戦争が決定すると会議はお開きとなった。<ゲヴァルト>のジュスティック・ロロンムロは興奮していたのか足早に去っていった。<アインハイミッシュ>のグーバル・ジッコクもいつもより気持ち早足で会場を去ろうとしている。会場の場を知らされていないニーベルンはジッコクの配下に目隠しをされるが、呆然としていたためされるがままになっていた。その中で<ズーザメン>のソジスレート・パウラはただ最後まで椅子に腰をかけていた。
ニーベルンはそのまま帰宅するまで目隠しをされていた。目隠しをする必要などないほどに呆然としていたため、どれくらいの時間が経過して帰宅したのかすら思い出すことはできない。ベニート領の自宅に到着し、自室で紅茶を執事のゲイリーに入れてもらっているところでようやく意識が戻る。
心を落ち着ける紅茶の香りは意味をなさず、ニーベルンは机を思い切り叩く。
「ありえん!!!!」
気がそぞろだった主人のために紅茶を入れていたゲイリーは突然覚醒し声を荒らげる主人のもとにそっと紅茶を差し出す。
「いかがされたのでしょうか。」
憂さを晴らしてもらうためにゲイリーは壁に徹する準備をする。
しかし、ニーベルンから聞いた内容はゲイリーの壁を破壊した。
「まさか、戦争、ですか。それは、」
言葉を失うゲイリー。その様子を見て、同じ感覚を持つものがそばにいる事で逆に落ち着きを取り戻したニーベルンは差し出された紅茶を一口含み、ため息を吐く。
「何のために私が説明をしにいったのだろうな。事前にジッコク公爵にもどれほど危険な相手か説明したつもりだったのだがな。」
「しかし、レイ様と言っても相手はたった一人。話を伺う限り、クティス獣王国、クラーヴ王国、オセアニア評議国。それぞれ思惑があり、行動が異なるとしても、流石に勝てはするのではないでしょうか。損耗率を考えると頭の痛い話ではありますが。」
言葉を失う執事を見て落ち着きと取り戻したニーベルンだったが、公爵たちよりの意見を提示してきたことで再び感情が荒ぶる。
「勝てる?想像できるか?あの化け物が殺される様を!
確かにお前の意見は当然だ。公爵たちも個と軍を比較することが間違っていると言っていた。それが正常な思考だ。だが、私からすれば化け物と軍を比較することは何もおかしくはない。むしろ当たり前だ。そしてその天秤が化け物に傾くことも簡単に想像できる。どうしても軍に傾くことは想像もできないのにだ。どちらにつくのかを早々に決めなければいけないようだ。」
「まさか、、!!」
今度はゲイリーが驚く。
「オセアニア評議国を裏切る、と?」
「裏切るつもりはない。しかし、私は反対した。ゆえに積極的に戦争に参加するつもりはない。その意思だけでもあの化け物に伝えなければいけないと考えている。急ぎ方針を定めなければならない。至急、クローム、ソリタリー、ガラックを呼べ。」
ニーベルンの指示を受け、一礼して部屋を出るゲイリー。その彼の様子を見ることなく、ニーベルンは領内を守るために動き始めた。
ジュスティックとグーバルが部屋を出ていった後も一人腰掛けていたソジスレートは突然立ち上がるとその場に膝をつく。プライドの高い竜人、それもトップの公爵自ら膝をつく相手など考えられない。しかし、現にソジスレートは膝をつき、恭しい態度でいる。
「お待たせいたしました。アグルルウ様」
オセアニア評議国の3大貴族であるソジスレート公爵が頭を垂れている瞬間などほとんどあり得ない。彼より位で高い存在と言えば竜神くらいなのだから。それならば、ソジスレートが頭を垂れるアグルルウと呼ばれる者は竜神であるのか。
「俺にそんな態度はいらねぇよ、ソジスレート。」
「あなたにも敬意は払っていますが、それ以上にあなたのその奥にいらっしゃるディハーマ様に頭を下げていると思ってください。それならばよろしいでしょう。」
答えは否である。アグルルウは竜神ではない。それどころか、ソジスレートとアグルルウは同じ誰かに仕える存在であると彼らの会話から窺い知ることができる。
「まぁ、グニートス様にってなら止めはしねぇよ。それで、結果は戦争につながったってことでいいんだな?」
アグルルウがグニートスという名前を挙げた瞬間ソジスレートはわずかに表情を歪ませるが、常に思案げな様子のため、アグルルウは気が付かない。
「はい。<ゲヴァルト>と<アインハイミッシュ>は、」
「ちょっと待て、俺は頭を使うのが苦手だ。とりあえず、一気に報告だけくれ。その後グニートス様のお言葉を伝える。」
「かしこまりました。」
アグルルウからの要望通りにソジスレートはことの顛末を一気にアグルルウに向かって話す。アグルルウは頭を使うことが苦手と本人で言っていたように、今のソジスレートの報告をほとんど理解していない。だが、ソジスレートは何も文句ひとつ言うことなく報告をする。自分の報告にしっかりとした意味があることをソジスレートとアグルルウはわかっていた。ここの会話は二人だけのやり取りに見えるがそうではない。
報告を終えるとソジスレートは終えたことが伝わるように、会話の終わりに「報告終了しました。」と一言添える。そうしなければアグルルウは報告が終わったことすら理解することができない。
「終わったか。それじゃあ、グニートス様からの伝言だ。
『オセアニア評議国、クティス獣王国、クラーヴ王国が総力をもって参戦しなければ勝利を収めることは難しい。必ず、両国を動かせ。どちらかでも欠けるようであれば戦さを仕掛けるな。』
以上だ。頭のいいお前なら一度で覚えられるだろ。それじゃ俺は次の仕事だ。じゃあな。」
アグルルウは巌のような巨躯からは想像できない動きで、まるで空気に溶けるように姿を消した。
「ディハーマ様を名前で呼ぶなど、あの木偶。本当に私の神経を乱してくる。それも無自覚。あいつが存在する理由などディハーマ様のお言葉を届けるだけだというのに。」
その場に残ったソジスレートは悪態をつく。
「それにしても、相手はそれほどに強大なのか。」
アグルルウに対する不満を吐き出したあと、ソジスレートは忠誠を誓う主人からの言葉を思い出す。自分の力を誇示するわけではないが、竜人は全体的に戦闘能力が高い。鱗の色に沿って得意属性が分かれてしまうという分かりやすい短所はあるものの、それを補うほどの力はある。確かに、魔族には魔力、獣人に身体能力など突出した種族には及ばない。だが、飛行能力、身体能力、魔力などの総合力で見れば他種族に引けを取らない自負がある。それなのに今回は自国では戦力不足。獣人の国、人の国を動かしてようやく戦争になると主人は考えている。それがソジスレートには理解できない。簡単に言ってしまえば、3国VS1獣人。ありえない話ではないか。
この提案をジュスティックやグーバルにされていたら、こちらの外交信用を貶めるための杜撰な罠だと思っていただろう。しかし、主人からの言葉。理性でありえないと判断する反面、本能でありえてしまうのかと考えてしまう。
これ以上考えてもどうしようもないと結論を出し、ソジスレートはクティス獣王国とクラーヴ王国を扇動するための手段を詰めていくのだった。
ありがとうございました。




