表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
163/199

163.オセアニア評議国の貴族会議

よろしくお願いします。

オセアニア評議国ベニート領主であるニーベルン・ベニートは胃を痛めていた。


評議国内でも伯爵という高い地位にいる彼ではあるが、より上位の貴族からの圧、自分では対応不可能な獣人の出現により翻弄されており、まさに胃痛の原因はこれであった。そんなベニートは執事のゲイリーに入れてもらったお腹に優しい紅茶に手をつけながら、突然の招集に思いを巡らせる。


事の発端は緊急で開かれた貴族会議にあった。この貴族会議は派閥の長、それこそ公爵の地位にある竜人たちが今後のオセアニア評議国の行末を話し合うもので、数年単位でしか行われない。そんな会議が<アインハイミッシュ>のトップであるグーバル公爵が発起人となり緊急で開かれた。自分の直接の上司的存在のチェーバル侯爵のさらに上の、大ボス的存在がグーバル公爵で、ベニートは同じ派閥であるにも関わらずほとんど会話を交わしたことはなかった。そんな相手からベニートが呼ばれたのは、隣国の都市国家連合の中心都市オルロイが一夜にして滅んだ話が理由だった。


ベニートだけではなく、オセアニア評議国全体でオルロイの話題はされていた。どの派閥もオルロイが一夜にして滅んだ話は隣国であるために把握しており、距離的な近さから対岸の火事ではないため、皆詳細を知りたがっていた。しかしどれだけ調べても全く詳細が判明しなかった。消滅したオルロイに密偵を忍ばせるにもオルロイは更地となっており、情報を収集することすら叶わない。その中で今回のオルロイ壊滅の詳細と今後の対応と銘打って開かれる貴族会議が開かれれば、<ゲヴァルト>と<ズーザメン>の公爵たちは参加するに決まっていた。


そして、その会議のファシリテータ兼説明役をベニートが行わなければならなかった。自分の上位貴族であるチェーバル侯爵に判断を仰ぐためにベニートはレイという規格外の獣人のことをある程度全て伝えていた。チェーバル侯爵もあまりの大事のため、話を聞いた時は半信半疑のような表情をしており、対応に関しての明確な返答はもらえなかった。それからベニートが今後の対応を領内で思案していると侯爵から貴族会議が開かれる旨、そしてその役目を自分が行わなければならないことを聞かされた。


それから間も無くしてベニートは一時的に視覚を奪われて、ある場所に連れてこられていた。その場所は小さめの会議室のような作りをしていたが、豪奢な装飾品が至る所に散りばめられているため、貴族が使用する場所であることに間違いはない。その場所に対する違和感よりもまず、ベニートが感じたことはその場の圧だった。ベニートが連れてこられた場所には3派閥の当主である<アインハイミッシュ>のグーバル・ジコック公爵、<ゲヴァルト>ジュスティック・ロロンムロ公爵、<ズーザメン>ソジスレート・パウラ公爵とその側近がいた。これだけの大貴族が一カ所に集まる光景をまず見たことがなかったベニートは冷や汗をかきながら公爵たちに挨拶をする。


「お忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。本日の司会をベニート領領主であるニーベルン・ベニートめが努めさせていただきます。」


「チェーバル侯はどうされた?貴公はチェーバル公の下のものだったと記憶しているが、この場には少々不適切ではないか?」


挨拶早々に自分の格が足りていないと指摘されるベニートは体をびくりと震わせながら声のした方向に視線を向ける。本来の貴族会議はオセアニア評議国の方針を定める3大公爵が集まり、召集をかけた派閥の侯爵が司会を担当する。一介の地方伯爵には荷が重く、その指摘は当然に思われる。言葉を発したソジスレート・パウラ公爵もさも当然というように発言をした。


その様子に声を出せなくなったベニートの代わりに派閥の長である<アインハイミッシュ>のグーバル・ジコック公爵が言葉を発する。


「今回の招集目的を話し合うには適当な人物だ。オルロイの消滅、ミャスパー男爵の件どちらともある程度の情報をもっている。」


「それならばその内容をチェーバル候が我々に伝えれば良いだけの話であろう。」


情報の確度を重視するのであれば、問題の当事者やそれに近いものの発言を聞いた方が良い。しかし、竜人、特に特権階級の竜人はプライドが高い。そのため、派閥のヒエラルキーを無視した行動に対しての反発が強い。それゆえにソジスレート・パウラ公爵は疑問が解消されない。


「今回の一件がありきたりな問題であればチェーバル候に来てもらったが、とても荒唐無稽な話すぎて渦中に最も近いものからの意見をと考えた次第。チェーバル侯も承諾している。」


<アインハイミッシュ>トップであるのグーバル・ジコック公爵がそう断言したことで他派閥の長はようやく納得を示す。


「話を進めようか。」

場が落ち着きを見せたことでグーバルが一言、ニーベルンに指示を出す。

その指示に、先ほどまで動揺していたベニートは一息深呼吸してからこの場に集まった三者に向けて話を始める。


「今回集まっていただいたのは、都市国家連合の中心都市であるオルロイが一夜にして更地になった件に関して、オセアニア評議国の方針を伺いたいと思った所存であります。この件に関して<アインハイミッシュ>としては消極的な現状維持で動いています。<ゲヴァルト>と<ズーザメン>のお二人はどのように考えられているのでしょうか。」


ニーベルンが今回の招集のメインテーマを説明し、方針に関して他派閥の長に問いかける。


「我らもオルロイが滅んだ話は承知している。しかし、方針を定めるには情報が足りない。未だオルロイが滅んだ理由が人災、天災どちらによるものなのか、はたまたその情報がブラフである可能性すら捨てきれていない。よって我ら<ズーザメン>は方針が定まっていない。」


ニーベルの問いかけに最初に言葉を発したのは<ズーザメン>の長、ソジスレートだった。ニーベルンが司会を行うことをよしとしていなかった彼だが、道理を解くことで司会の格に関しては口を一切挟むことはなく、議題が進むことを重視する。他国との外交を一手に担う彼らしい返答だった。


「俺らに話を聞く前にそちらがもっている情報を開示してもらわなければ方針など立てようがないではないか。だが、方針は二つある。一つは消滅したオルロイに軍を派遣し、占領する。その後、内外の攻撃をもって都市国家連合を俺らオセアニア評議国の領土にする。二つ目はオルロイが何者かによって滅ぼされていたときだ。その首魁を見つけ、殺す。そうすればオルロイを手にする事ができる。よって貴様らが出し渋っている情報を早く開示せよ。」


ある程度納得できるソジスレートの意見に対して<ゲヴァルト>の長であるジュスティックは非常に攻撃的な意見を掲げる。軍部のトップでもあり、3派閥の足並みが一向に揃わない理由である<ゲヴァルト>のため、意見は非常に納得、いや、そう発言されるものとして妥当だと思われる。



「まずはお二方の意見を伺わせていただきありがとうございます。現場の考え方は理解しました。私がもっている情報をお伝えしますので、そちらを知った上で3派閥で方針を固められたらと考えております。」


そう一言断りを入れてニーベルンはオルロイ消滅の顛末を話し始めた。


話を聞き終えた3者はそれぞれ異なる面持ちを浮かべていた。

事前に話を聞いていた<アインハイミッシュ>のグーバルは苦い表情。

話が進むにつれて笑みを浮かべたのは<ゲヴァルト>のジュスティック。

終始、表情を変える事なく、しかし、何か考えた様子である<ズーザメン>のソジスレート。


「以上がオルロイ消滅に関する全貌となります。」


ニーベルンが緊張しながらも説明を全て終わらすと間髪を容れず机がバンッと叩かれる。注目は音のした方に向き、視線が集まったことを理解すると<ゲヴァルト>のジュスティックが言葉を発する。


「戦争だ!!!!」

意気揚々と、声高らかにジュスティックが方針を決定する。


「お、お待ちください、、!」

その様子に血相変えて反応したのは今回司会を任されたニーベルン。

「なぜだ?お前の話は全ての原因がレイという獣人にあるというではないか。それならばオルロイを占領し、都市国家連合を落とし、首魁である獣人の国を落とす。それで全て終わる話ではないか!!」


ジュスティックの反論に対してニーベルンはどこまで意見を伝えていいのか、どこからが失礼に値するのかと考えを巡らせるため反応に遅れてしまう。その様子を見てとったわけではないだろうが、自派閥の長がジュスティックの意見に待ったをかける。


「それは全て我々が勝利することを前提に進めているではないか。それにどれほどの被害を受けるのかなども全く考えられていない。考慮に値しない発言だ。ジュスティック。」


「お前はよく冷静でいられるな。あぁ、自派閥の者が被害を受けていないからそこまで冷静でいられるのか。俺は俺の派閥の男爵がその男によって殺されたとそちらから聞いた。そして今回はそちらの顔を立てて手を引くことを了承した。忸怩たる思いだったぞ!!」


ジュスティックは男爵が起こした犯罪をさもなかったかのように、完全に自分達が被害者であるかのように<アインハイミッシュ>の方針とレイという獣人を糾弾する。


そうした挑発に対してもグーバルはため息をつきながらも冷静さは保ち、反論を展開する。


「第一、そちらの男爵はベニート伯爵領内で犯罪を犯していたために処刑されたのだ。曲解してもらっては困る。レイという獣人もそちらの男爵の犯罪を取り締まるために伯爵から依頼を受けて行動している。今回のオルロイ消滅がその獣人の行動だとしても、オルロイを襲撃する理由にはならない。その獣人は別に<アインハイミッシュ>の一員となった訳ではないのだからな。」


「それなら!お前は!従属させていない獣の手を借りたというのか!!!俺はその獣を御していると考えたから今回の男爵の件はそちらに譲歩したのだ!聞いていた話と違う、やはり、戦争しかない。完膚なきまでにその獣に立場をわからせてやるしかない。」


「ジュスティック、貴様はその獣人に勝算があるというのか?」


「勝算?それは俺に対する侮辱か?相手は個だ!俺ら軍に対してかける天秤を間違えているぞ、グーバルよ。」


「その個が一都市を落としたと言っているんだ。しかも一晩で、生き残りを出すことなくだ。」


「それはおかしい。生き残りはそちらの陣営にいるではないか!でなければ情報を手にいれることなどできまい。それにその獣が落とした都市は下等な人種の都市だろう。俺らの軍と比べるのも烏滸がましいと言っているんだ!」


実際にジュスティックの意見もわかるグーバルは説得は難しいと考え、先ほどから発言していないソジスレートに視線を向ける。


「ジュスティックの意見もわかる。都市国家連合は、我が国、クラーヴ王国、クティス獣王国の中心に位置してきた。交易で栄えているからこそ商人の意見が強い国だが、武力という面では驚異ではない。であるのに、この国がこれまで生きながらえてきたのはどこかが攻めれば残りの二国は必ずその侵略を止めるためという名目で軍を派遣してくる。だからこそ、都市国家連合は存続してきた。無論、外交上手だったことは否定しようがないが、言ってしまえばそれだけのこと。3国のパワーバランスが保たれた上で、奇跡的に国という体裁が保たれていただけだ。」


「ソジスレート!!!お前は話が長い!!何が言いたい!」


説明口調のソジスレートに対して、短気なジュスティックが我慢の限界だというように話を遮り結論を求める。それに対して話を遮られたソジスレートは不満な表情を浮かべるわけでもなく、ただ思案げな様子。


「そうだな、残りの2国に先を越される前に都市国家連合を奪う事ができればその恩恵は計り知れない。」


「ならば、、!!」

肯定的な意見だと感じたジュスティックは戦争に話が傾くとウキウキした様子で先を促す。


「しかしだ。都市国家連合を一夜にして落とした存在が気がかりであることに変わりはない。」


「お前も臆病風に吹かれるのか!ソジスレート!!」


「考えてもみろ。ジュスティック。都市国家連合は3国のどこかが派兵したら、残りの2国が動くからという理由で生きながらえていた国だ。そんな我ら3国が派兵する前に都市を落とした存在がまともだと思えるのか?確かに、我らが軍はその獣人を討つことはできるだろう。しかし疲弊は免れない上に、どれほどの損耗になるのかが想定できない。そうなれば残りの2国がどう動くかなど知れている。」


いきりたつジュスティックにソジスレートは理路整然と話を進める。


「ならお前は反対なんだな!!!?」


「いいや、戦争には賛成だ。あわよくば大陸地図を大きく書き換える事ができよう。」


「それならば戦争派が多数だ。グーバル、問題はないな!?」


これまで武力ではなく外交を以て他国を侵略しようと動いていたためソジスレートは比較的穏便だと考えていたグーバル。しかし戦争には肯定的だとソジスレートは告げる。3人のうち2人、自分以外が戦争に肯定的な現状、グーバルは反抗できなくなっていた。それに、ベニートの話を聞いて戦争はまずいと考えていたグーバルだったが相手は所詮個でしかない。ジュスティックとソジスレートの意見を聞いていくうちにそこまで過剰に恐れる必要はないと感じ始めていた。むしろ警戒するべきはソジスレートの言っていた隣国だとグーバルは考えるようになっていた。


「つまり、お前はこう言うことだな?

獣人を殺すことはできるが、軍隊を動かせば都市国家連合国に隣するクティス獣王国とクラーヴ王国が黙ってはいない。こちらの問題の方が考えるべき事柄だと。」


短気な割に相手の意見を聞き入れる度量を持つのはさすがに国のトップというべきだろうか。<ゲヴァルト>のジュスティックは落ち着きを取り戻し、ソジスレートの思惑を見抜かんとするべく厳しい視線を向ける。


「そうだ。1よりも多を考慮するのは当然のことではないか?」


圧の感じる視線を向けられようと、それはソジスレートも同様に国のトップ。動揺することなく、ジュスティックに意見をぶつける。


「確かにそうだ。だが、その問題さえ回避できればお前は戦争に賛成ということだな?」


「先ほどからそう言っている。あの地を得ることができればクティス獣王国はもちろんクラーヴ王国も得やすくなる。都市国家へ派兵しようとも背後のカテナ西国は気にする必要なく、まぁノマダ共和国も心配はない。我ら竜人が他国に囲まれて動きにくい現状に歯痒い思いをしているのはここにいる皆の思いだ。」


「お前の話は長い、まどろっこしい。結論を言え。」


「突撃するだけの戦さならば反対。策を以て全力で都市国家連合を落とす戦争を行うというのであれば賛成だ。」


ジュスティックが言うようにソジスレートの話はまどろっこしい。そう感じていたグーバルだったが結論を言われて仕舞えば戦争賛成2の戦争反対1。反論するための意見をまとめる時間として今回ばかりは長ったらしい話をしていて欲しかったと感じるグーバル。


「それならば戦争だ。」


「気が早いだろう、ソジスレートは策があるのであればと条件付き賛成だ。それに私はまだ反対している。個で国を落とした存在で軍が消耗するのも、倒したところでその後のクティス獣王国とクラーヴ王国に強襲されるのも大問題だ。そこまでのリスクを負いながら都市国家連合を得る利はないはずだ。」


戦争に傾きかけていた空間だったが、グーバルの指摘した問題によりジュスティックも難しい表情を浮かべる。


「何のために私が外交に力を入れていると思っている?そんな問題は簡単に片付けられる。グーバル、都市国家連合を落としたのが獣人ただ一人という情報は確かだな?」


問いを投げかけられたグーバルは、完全に空気になっていたニーベルンに視線を向ける。ニーベルンは当然だというように何度も首を縦に振る。


その様子を見ていたソジスレートは満足げに頷く。


「それならばクティスを動かせばいい。クティスを先に動かし、その獣人を潰せばいい。クティスが都市国家連合に派兵したという情報をクラーヴに流せばあやつらも派兵するだろう。そうなればクティスとクラーヴの兵は衝突する。最後に私たちが出兵すれば損耗も少なく都市国家連合を獲得できる。」


「確かにソジスレートの案が通るであればこちらの損耗は少ない。だが、それが本当に可能だと?」


中立で積極的に外交に参加していないグーバルは他国を動かせばいいと発言するソジスレートと異なり他国を動かせるかどうかの判断材料がない。


「兵士の練度、国力から考えても戦争をするだけの余力はあるはずだ。それは私よりも2人の方が理解しているだろう。それならばあとは攻めるための環境を整えるだけだ。」


ジュスティックが預かる兵の練度はオセアニア評議国の歴史を見ても高い方だ。

それにグーバルが知る限り、国力も過去10年の中ではトップクラスに富んでいる。


ソジスレートの問いかけに両者は首肯する。


「ならば何も問題はあるまい。ジュスティックは兵の情報を、グーバルは国内の情報、それと諜報に出しているものたちからの情報共有をしてくれ。私からはクティスとクラーヴの情報を知る限り準備して渡そう。」


先ほどの問いかけに首肯した二人は再び同じ思考を辿る。<ゲヴァルト>、<ズーザメン>、<アインハイミッシュ>はオセアニア評議国をまとめる3大派閥だ。方針が異なるためいざこざなど日常茶飯事。その当主たちが協力するなどほとんど考えられない。そのため、二人はやけにやる気になっているソジスレートに疑問を持った。


「取ろう、都市国家連合を。」


しかし、ソジスレートの目からこちらを謀るような感じはしない。それに国内のちょっとしたゴタゴタで互いの足を引っ張りはするが、流石に国を傾けることはしない。もとよりやる気だったジュスティックはともかくとして、ソジスレートのあまりみない一面に触発されてグーバルも覚悟を決めてしまった。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ