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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
メギド胎動編
162/198

162.存在しない幸せな未来

よろしくお願いします。

メルラがギルドに戻るのを見送ったあと、レイは場所を少し移動してから『黒潜』を使用した。抱えていたサーシャはご飯を食べて安心したのか、眠りについている。結構深く眠っているようでちょっとやそっとのことでは起きなそうだ。『黒潜』の詳しい効果範囲が分からなかったため、サーシャにも一応同じ魔法をかけて、レイはウキトスの門を潜る。それからしばらく人の反応がない森の中に進み、声をかける。


「ローチェもう隠れてなくていいよ。」


レイが声をかけると靄が晴れるようにして『黒潜』を解除したローチェが現れる。


「先にご飯食べちゃってごめん。お腹空いていない?」


サーシャの無事を確認できたレイはメギド慰霊教会で目を覚ました時よりも格段に精神が落ち着いたようで、ローチェに対しても穏やかな口調で語りかける。ローチェは落ち着いたレイの様子を見て安心した。しかし初めて出会った時ほどの優しさは感じられず、心のどこかでまだ何か不安なことがあるのだと思ったローチェ。配下である自分に必要以上の気遣いをさせるのも嫌だったため、レイに心配をかけないように返事をする。


「は、はい!大丈夫です。レイ様、その子が預かってもらっていた子、でいいんですよね、?」


レイがメギド慰霊教会を出て向かう先は聞いていた。しかし顔前にいる自分の主人に抱き抱えられて眠る少女に対して羨ましいと思えど、何か特別な力があるようには思えない。そのためどうして主人がわざわざ迎えに行ったのかよくわからないでいた。


「そうだよ。サーシャっていうんだ。多分これから俺たちと一緒にいると思うから仲良くしてあげてね。」


主人のお願いに対して首を横に振る選択肢を持ち合わせていないローチェは疑問を残しながらもコクリと首肯する。抱き抱えられて眠る少女を見て、孤児院での日々を思い出したローチェは優しい面持ちを浮かべていたが、次第にその表情に影が落ちる。しかし、そのことに気がついたのもローチェ自身であり、すぐに表情を取り繕う。


昔のことを思い出してセンシティブな気持ちになるローチェだったが、それよりも自分の主人と抱えられている女の子の関係が気になり質問をする。


「レイ様にとってその子はどのような人なのでしょうか?」


ローチェはレイとその女の子がどういった関係でいるのか全く背景がわからなかった。そのため、どんな人なのかを聞いた。気になるため、あれこれと質問したい気持ちはあったが、主人にたくさん質問をするのはあまりよろしくないと考えた。


「どんな人、か。そうだね、この世界の全て、なのかな。」

レイは質問に対して少し考えたあと、寝ているサーシャの顔を覗き込んでから答える。


自分の主人は優しい。しかし、今のような優しさは決して自分には向けられることのない。ローチェはそう思った。そんなレイの姿と回答にローチェは唖然としてしまう。レイにとってその女の子がそれほどまでに大切であると思ってもいなかったからだ。そして、まだ10歳にも満たない女の子を自分の全てと発言したことで、ローチェの疑問はさらに深まる。一体、主人の腕に抱き抱えられている少女は主人に対して何をしたのだろうかと。


そうしてローチェが頭の中で忙しくしていると、レイの腕の中で眠るサーシャは苦しそうなうめき声を漏らす。レイは立ち止まり、サーシャの様子を確認する。1週間も不安で眠れなかったにしては眠りが浅く、表情は苦しそうだ。レイがいないこと以上に、姉の喪失がサーシャの心を苦しめているのは明白だった。ラールの喪失はレイの心も深く傷つけた。サーシャを見ていると自分も苦しい。しかし、そんな苦しみと同時に自分以外にラールの死を悼む人がいてくれることにわずかばかり安堵する。


サーシャの苦しむ寝顔を見て、レイが色々と思案しているとサーシャがレイの腕の中でびくりと体を震わせ目を覚ます。


「お姉ちゃん!お兄ちゃん!」


サーシャの目には涙が浮かんでいた。


「サーシャ、大丈夫?」

レイはサーシャを強く刺激しないように優しく語りかける。そんなレイの様子にサーシャはしばらく固まったあと、状況を理解したのかレイに強く抱きつく。


「お兄ちゃん、、、。」

夢を見ていたことは理解したサーシャだったが、その時感じた寂しい思いは抜けていないようで、レイに力強く抱きつく。


それからしばらくして落ち着いたサーシャはレイの隣に見知らぬ人がいることに気が付く。


「お兄ちゃん、隣の人だぁれ、?」


「俺の仲間、だよ。この間一緒にいたでっかい鎧の人がいただろ?その人と同じだよ。」


レイから説明を受けたサーシャは抱っこされた状態でローチェのことをまじまじと観察する。決して自分から話しかけることはないが、警戒している様子もない。姉を失うほどの襲撃を受けたにも関わらず、サーシャは初対面のローチェに対して怯えることはなかった。それはローチェがサーシャと近い年齢だったことが理由かも知れない。しかし、以前レイと出会った時のように自分から話しかけに行くことはなかった。


「初めまして、私はローチェと言います。レイ様の配下です。よろしくお願いします。」


レイとサーシャからの視線を受けてこれまで後ろでただ黙って会話を聞いていたローチェは慌てて挨拶をする。


「私はサーシャ、、、こんにちは。」

そう言ってレイに抱えられたままぺこりと挨拶をするサーシャ。

レイは二人の挨拶を見届けた後、再びサーシャに話しかける。


「今からこの街を離れて、俺の家に向かうよ。サーシャも一緒に暮らそう?」


「お兄ちゃんの家?」


「そうだよ。俺の仲間たちが住んでいるんだ。嫌かな?」


「嫌じゃないよ、私ずぅっとお兄ちゃんと一緒がいい」

レイを抱きしめる力が強くなるサーシャ。

レイとしてはもう少しウキトスに残りたいとサーシャは願うと思っていた。しかし、殊の外反応は悪くない。そうした疑問をサーシャは感じ取ったのかポツリと言葉を発する。


「ここはお父さんとお母さん、姉ちゃんと一緒に暮らした思い出があるよ。でも、ここはみんなが死んじゃった場所でもあるから。お兄ちゃんがここにいるならいいけど、お兄ちゃんがここを出ちゃうなら私も一緒がいい。。。」


その言葉にかける言葉が見つからずレイは抱き抱えている左腕はより強く、右腕はサーシャのふわふわの頭を、ぎゅっと抱きしめる。


「それじゃあ行こうか。今から魔法を使うけど、多分怖い見た目をしているんだ。目を瞑ってくれるかな?」


レイはこれから旧オルロイ(メギド慰霊教会)に戻るために黒魔法『黒翼』を使うつもりだった。しかし、あの翼は羽で構成されていない。黒く澱んだ枯れ枝のような細腕がいくつも集まり翼を形作っている。レイは使い慣れているため全く嫌悪感など感じないが、初めて見るサーシャにはきついと考えていた。


「ん〜?わかった。」


詳しく意味はわかっていないがとりあえず目を瞑ればいいと理解したサーシャは疑問を残しながらもレイの言う通りに目を閉じる。


レイはサーシャが目を閉じたのを確認すると黒魔法『黒翼』を発動させる。レイが浮かび上がるのと同時にローチェは死神に変化し、レイの後を続く。


抱き抱えられているサーシャはより体が浮かぶ感覚から思わず目を開けてしまう。


「わわぁ、飛んでる〜?お兄ちゃん羽ある〜」


一度目を閉じてもらったが、ウキトスからオルロイまでの長距離をずっと目を閉じていることは好奇心のないはずのない小さい子供には無理な話だった。


「ごめんね、翼怖いよね、ついたら声かけるから目を瞑っていて欲しいな」


「どうして〜?怖くないよ〜?お兄ちゃんはお兄ちゃん。何も変わらないよ〜?」


サーシャを怖がらせないため、サーシャに気持ち悪がられないためにレイは自分の魔法を、特に闇属性系統の魔法を見せることに抵抗があった。しかし、子供ゆえの無垢で素直な気持ちを知れて心が僅かに軽くなるレイ。


「そっか、ありがとう。後ろの大きい人は、」


「ローチェさんだよね〜いいな〜私も飛べるようになるかな〜」


レイは姿を変えたローチェを怖がるのではないかと説明をしようとした。しかし、驚くことにサーシャはローチェの変身する様子を見ていないにも関わらずローチェであることを言い当てた。そんなレイの驚きはつゆ知らず、サーシャはお礼を言われたことに頬を綻ばせていた。


「きっとできるようになるよ」


「ほんと〜?」


「もし飛べなくても俺がまた一緒に飛ぶよ。そしたら今みたいに色々なところに行くのも楽しいかもね」


「ん!たのしそ〜約束だよ〜一緒にトんでね、お兄ちゃん」


「もちろん、約束するよ」


時々サーシャと会話をすることしばらく、オルロイの空域に入る。


「お兄ちゃん、ここどこ〜?」


ウキトスから初めて外の世界に出たサーシャだが、街並みが多少違うだけでは、ウキトスと別の街の区別はつけられない。しかし、オルロイは異なる。なにせ、今のオルロイは人どころか建物一つない砂漠地帯になっている。


「ここはオルロイだよ。都市国家連合の中心都市って聞いたことあるかな?」


「うん、お姉ちゃんに教えてもらった、でも、ここがそうなの〜?」


この砂漠化の原因がいまいちよくわかっていないレイはなんと答えるべきか僅かに逡巡した後で、そうだよと一言伝える。サーシャもオルロイが砂漠であることにさほど興味はなかったのか、追加で質問を投げかけてくることはなかった。オルロイに入り、少しするとメギド慰霊教会が見えてくる。


「わぁ、お兄ちゃん、あそこに一つだけおっきなお家?があるよ〜」


「あそこがこれから一緒に暮らすお家だよ。」


「そうなの?」


「そうだよ、仲間もたくさんいるから後で紹介する」


「お兄ちゃんの仲間?うん、教えて〜」



ゆっくりと滑空し、メギド慰霊教会のポータルに到着するレイ。背後からついてきたローチェは到着すると死神状態から元の姿に戻る。教会は所有者、侵入者、略奪者、あまねく全てを受け入れる。そのため、ポータルの前に人が立つと扉は開く。


「わぁ、扉が開いたよ。中から開けてくれたの?」


自動ドア的な仕組みのポータルに驚くサーシャは内側に人が待機して、タイミングよく扉を開いたのだと考えたようだ。微笑ましい解釈にレイは笑みを浮かべる。サーシャの頭を軽く撫で、扉をくぐる。


「おかえりなさいませ、我が君。」

中に入ると、早速声をかけられる。慰霊教会の中を好きに転移できるのはここの主であるレイだけのはず。そのため、どうして管理者のローチェが一緒にいる中で、<慈天の間>から声がしたのかと疑問に思ったが、その疑問はすぐに霧散する。


レイが先ほど、オーキュロームを総管理者にしたことを思い出す。総管理者は10層を除き、どの間にも転移を行うことができる。


そのため、ローチェが席を外していようとオーキュロームは<慈天の間>に入ることができていた。


オーキュロームは臣下の礼をとっており、表情を伺うことはできない。しかし、声からは安堵のようなものを感じたレイ。


「何か問題でも発生した?」


「いえ、大きな問題は発生しておりません。教会内のメンバーを確認したため、報告に参ったのですが、<慈天の間>に我が君もローチェもいませんでしたので、どうしたらいいかと。無事に帰ってきていただけたので、安心いたしました。」


サーシャの安否を直接確認したため、色々と考える余裕が出てきた。そのため、総管理者に仕事を命じておきながら、不在にした自分の身勝手さに、バツの悪さを感じるレイ。


「勝手に外に出て申し訳ないことをしたね。今後の方針も含めて共有したいし、とりあえず、座ろうか。」


こういう時に場のセッテイングを即座に行ってくれるルノがいると助かるなと考えていると、オーキュロームが焦ったように話し出す。


「いえ、我が君が謝られる必要はございません。私たち配下に我が君の行いに否を唱えるものなどおりません。強いて言わせていただけるのであればローチェにです。供して付き従ったのは当然ですが、何か一言連絡をもらえていたらと」


オーキュロームに指摘されてレイの背後で申し訳なさそうに項垂れるローチェ。


「それもあまり責めないであげて。俺が急いでいて連れ回しちゃったから。まずはオーキュロームの報告を聞かせてもらえるかな。」


「承知いたしました。」

オーキュロームはレイに抱えられる少女にちょくちょくと視線を送るが、話題に上げて良いのかわからない。ローチェを確認しても彼女はレイに抱えられている少女に違和感を抱いていない。そのため、オーキュロームの一旦その少女への疑問は棚上げし、報告をするべく<慈天の間>を移動する。


<慈天の間>は礼拝堂を模して作られている。たくさんの木造長椅子が設置されているが、慰霊教会の主人が座るのに適した椅子ではない。そのためローチェは<慈天の間>のどこに主人を案内すればいいのかと右往左往の様子である。


<純沌の間>は裁判上を模して作られている。そのため、「会話」ではなく「聴取」をされているという印象が強く、ここも自分の主人が寛ぐには適した場所ではない。ローチェ同様にオーキュロームもどうしたらいいかと困り果てている。


「ここじゃ外からいつ人が来るかもわからないし、資料室に移動しようか。」

それだけいってレイは慰霊教会の主人の権能を用いて転移を行う。


4人の足元に魔法陣が発生し、光り輝いたと思った瞬間に周りの風景は一変する。

転移なんて初めての経験であるサーシャはもちろんのこと、普段は自分の階層守護に徹している管理者であるローチェとオーキュロームも驚いている。


「わ〜本がいっぱい、わ〜」

転移に驚いたサーシャは部屋の中にこれでもかというほどの本を発見して、転移の驚きは別の驚きに上書きされる。


教会内転移を使用したレイは自分たちに近づいてくる存在に視線を向ける。

レイが視線を向けた瞬間、濃霧のように突然姿を現した。


資料室はすでに人の反応を感知し、部屋のライトがついていた。それなのに、その存在は現れるまで全く存在を感知させない。まるで暗闇の中から現れたかのような、不気味で重厚なシルエット。全体的に灰色がかった黒い体をしており、丸みを帯びた大きな胴体は鎧のような硬さを感じる。腹部には黄色いギザギザ線が横に伸びており、太い両腕は胴体から完全に独立して浮遊している。それなのに腕の場所に位置し続けている。肘の部分は胴体に比べて細いが、手の面積は非常に大きく、3本の鉤針のような鋭い指がある。それだけの存在感がありながら重みは感じられない。下半身はゴーストのようで存在せず、地面から浮かぶようにゆっくりと漂いながら移動している。その佇まいは、死者の世界と繋がる番人のような、不気味で神秘的な存在感を放っている。


「久しぶりだね、纏霊姿仮。少しこの場所を貸してもらうよ。4人で話し合える場所を作ってもらえるかな。」


レイに纏霊姿仮と呼ばれた存在はこくりと首肯する。人のいない空間に向けて、腹部にあるギザギザ線を縦に開閉する。すると纏霊姿仮の体から煙が放出される。その煙は纏霊姿仮の体から出て、空間をある程度彷徨うと再び纏霊姿仮の体の中に戻っていく。すべての煙が体内に収納されたことを確認した纏霊姿仮はギザギザを閉じて、レイに一礼すると、空気に溶けるように姿を消した。


一連の流れに驚きっぱなしのサーシャ。

初めての教会内転移に内心興奮しているローチェとオーキュローム。


「ローチェとオーキュロームはこっちに座って」

レイは背後の二人に声をかけると用意された椅子にサーシャを座らせ、自分も隣に腰掛ける。先ほどまで周囲の状況に驚いていたサーシャだったが、レイと少し離れるだけで不安を感じるようで、泣きそうな表情をレイに向ける。その様子を見たレイは困ったような笑みを浮かべながら、サーシャの左手を握る。


「今から仲間と話があるんだ。少しだけ静かにしていられるかな。眠かったら寝ても大丈夫だから。」


レイに手を握られたことで多少安心したのか、サーシャは小さく頷く。

二人がやり取りをしている間に、ローチェは対面の椅子にちょこんと飛び乗る。セントール種のオーキュロームは4本ある足を綺麗に折り曲げて横坐りをする。椅子ではなく、毛布を引いているところに見た目からは伺い知ることのできない纏霊姿仮の性格が伝わる。


「教会内に誰がいて、誰がいないか調べることはできた?」

二人が座ったことを確認するとレイは話を切り出す。そして内心で自分は配下だからと一向に座ろうとしなかったルノとは違うのだなと、配下たちの性格の違いに面白さを感じる。


「はい。8層まではすべて調べております。10層は我が君の私室で、私では確認することができていません。そのため、黒服寡婦の正確な人数はまだ把握できておりません。それ以外でこの教会内にいない者は先ほども申し上げました通り、我が君捜索に向かったものです。管理者は慚愧、オーフィリア。指揮者はマリク。そして慚愧には私が天魔をつけ、マリクにはハファザがついております。よって不在にしている人数は6名です。それ以外の各階層の細かい人員は私には分かりませんが、管理者たちからは誰も欠けていないと報告を受けています。」


「それで慚愧たちは2週間後には一度結果を報告しに戻ってくる予定か。俺が倒れたタイミングで教会が転移してきたのだとすると、1週間は経過している。1週間後に慚愧たちはメギド国に戻って慰霊教会がなくなっている事に気づくのかな。それとも世界が違うと時間軸は異なるのかな。」

元の世界のゲーム時間と異世界。時間が同じである方がおかしいとレイは内心で考えながらも考えを口にする。


「時間の進みが同じであればその予定です。先ほど聞いた時も信じられませんでしたが、やはりここは異なる世界なのですか。」


「そうだね。少なくとも俺はそう考えている。」

鈴屋泰斗であり、ゲームのアバターでもあるレイは現実世界でもゲーム世界でもないこの世界を異世界だと確信している。しかし、ゲームキャラであった頃は自由行動もできなかった彼らは世界が異なるということにすら半信半疑である様子だ。


「承知しました。捉えた3名と我が君が作られたという猖佯はどうされますか?」

半信半疑な様子から一変。レイがそうだと伝えるとオーキュロームは今自分のいる世界を異世界だと確信した。配下から向けられる信頼の大きさに内心で嬉しさを噛み締めるレイ。


「3人からはこの世界の、ゾユガルズって言うらしんだけど、情報を絞れるだけ搾り取って。ただし、廃人になるような方法は止めて。偽猖佯はあとで<慈天の間>に連れてきてもらえる?今ここにいる<七冥王>を呼ぶときに合わせて。」


「承知しました。我が君はこの世界でどれだけの時間を過ごされたのですか。」


「最初に日付のわからない空間に転移したから正確な日数はわからないけど、3ヶ月ってところだと思うよ。」


レイがこの世界に来てからどれくらいかを伝えるとオーキュロームは思案気な表情を浮かべる。


「もしかしたらメギド国とゾユガルズの時間は異なるかもしれません。私も正確な日時は分かりませんが、我が君がいなくなられてから半年は経過したように感じておりましたので。」


「半年か。それだけ長い間留守にして申し訳ないね。」


「いえ、私たちこそ、我が君のおられる世界に自ら向かうことができず申し訳ございません。」


長い間寂しい思いをさせたなと感傷的な気持ちになり、謝罪を口にすると既視感のある言葉がオーキュロームから聞こえてレイは笑ってしまう。その様子にオーキュロームは何か変なことを言ったのかと顔を僅かに赤くしながら困り顔でいる。


「急に笑ってごめんね、何もおかしくないよ。ただ、ルノにも同じことを言われたなと思ってさ。忠臣ばかりで幸せだと思ったんだ。」


はにかむ笑顔を浮かべるレイを見てオーキュロームはさらに顔を赤くする。今度は困り顔とは別の種類の赤面であるが、レイはその様子の変化に気が付かない。


「ルノは無事なんですか、?」


オーキュロームが言葉に詰まっていると隣に座っていたローチェが口を挟む。


「無事?」


「はい、ルノと一緒にいる時、急に光に包まれたかと思ったら消えてしまったから。こっちに来てもレイ様と一緒にいないから別の場所に行っちゃったのかなって思ったんです。」


「ダイイングフィールドではそんなふうに見えたんだね。ルノとはひと足先に合流しているよ。今はちょっとした任務をしてもらっていて、別行動中なんだ。」


「そうだったんですね。ルノが無事でよかったです。ありがとうございます。」


ローチェとの会話がひと段落ついたところで、赤面から復活したオーキュロームが会話に復帰する。


「そのルノの別行動とはどんなものでしょう。」


「ルノの?」

どうしてルノの行動を気になるのだろうかと疑問に思ったレイ。その様子に対してオーキュロームは理由を返す。


「世界が異なると言うことはこちらでも覇王となられるべく行動されるのかと。そしてそのためにルノは別行動をしているのですよね。行動が重複しないように、私たちが取るべき行動を確かめたいのです。」


再び既視感のあるセリフを言われたレイは今度は笑みを浮かべなかった。覇王と言う言葉を聞いてただただ苦笑するしか無かった。


「違うよ、ルノにはちょっとしたお願いと情報収集をお願いしているだけ。覇王になるために行動するつもりはないよ。」

弁解をしていてレイは考える。この世界で自分は何をしたいのかと。当初は慰霊教会のみんなと再会したかった。だが、この問題はほとんど解決した。確かに教会内には不在にしているものたちもいるが、GPの獲得方法がわかった以上呼ぶことはできるはずだ。この世界に対しての執着はラールとサーシャ。そのうち、ラールは自分の過ちで失ってしまった。そして罪滅ぼしとしてロク商議会が国家運営をする都市のオルロイは自分の手で滅ぼした。あとはサーシャの無事を確保さえできれば求めるものはない。


「これからの目標はまず、慚愧たちを呼ぶための行動。あとは、サーシャが大人になるのを見守ることかな。」


「慚愧たちを呼ぶ方法?ですか?判明しているのであれば、即座に準備いたします。それと、サーシャというのは隣にいる女の子のことでしょうか。」


「準備はすぐには難しいかな。必要な手順もあるし。そう、この子がサーシャ」

そう言ってレイは隣のサーシャに視線を向ける。サーシャはいつの間にか椅子をレイに寄せ、レイにもたれかかり眠っていた。


食事を摂ったとはいえ、1週間飲まず食わずで体力は擦り切っていた。色々な驚きによる興奮で一時は目を覚ましていたが、今、最も信用する相手の隣で、自分にはまだ難しい話をされてしまえば眠気は自ずとやってくる。サーシャは眠気に身を任せるため、自分が一番恐れているレイが離れてしまうことの対処法として椅子を近づけてもたれかかっていた。


「その少女は、いったい、」

オーキュロームは、レイが連れてきた少女の立場がわからず曖昧な質問を投げかける。


「・・・妹だよ・・・大切な人の。」

ローチェに問われた時は最も大切な存在と答えた。それも間違いではない。しかし、ラールと結ばれることがあればサーシャは家族となり、レイの妹になっていた。だからこそ、レイはラールへの未練、それと罪悪感を強く感じている。別の幸せな未来を想像して、妹という言葉は自然と口から出ていた。


「妹様ですか!?」

妹という言葉に気を取られて、レイの大切な人のという言葉はオーキュロームには届いていないようだった。


「そう。だから慰霊教会内外問わず、サーシャに危害を加えるものは抹殺する。教会内のみんなには二人がしっかりと伝えてね。」


笑みを浮かべながらも有無を言わせない圧力に、かつての覇者の面影を感じたローチェとオーキュロームの背筋は自然と伸びる。


「二人は各階層に行って、管理者たちを<慈天の間>に集まるように呼んできてくれない?やっぱりゾユガルズに関しての情報は管理者には直接伝えておいた方がいいと思うからさ。」


まだ多くの疑問が残る2人だったが、レイからの指示を受けて管理者たちを呼びに動き出した。

ありがとうございました。

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