161.ルノの旅路2
よろしくお願いします。
休憩時に近道のルート、クティス獣王国を縦断してソアトル大森林のエルフの国に向かうことがルノの独断我儘により決定した。そのことを連れてきた同族たちに伝えようとナンシアが出発前に話し始めた。エルフたちはクティス獣王国と聞いて、皆一様に不安そうな表情を浮かべる。竜人と獣人は仲が悪いことで有名だが、それ以上にエルフはいい金になるという共通認識がある。エルフに対して友好的な国は少ない。そのため、短絡的で野蛮な思考をするものが多いクティス獣王国を通るという意見に賛成者はいない。
「皆さんが国に戻るまでの安全は私たちが必ず守ります。安心してください。」
不安を取り払おうとナンシアが語りかけるが仲間たちの不安の色は晴れない。やはりダメだと考えたナンシアは後ろで出発を待っているルノにルートをもう一度考え直してくれないかと相談を持ちかける。
「無理です。」
しかし、一蹴されてしまう。
「どうしてですか!皆が安全に通れるルートの方がいいに決まっているじゃないですか。」
「その道が安全とは限らないでしょう。現にあなた方種族を捕らえていたのは竜人だけではありません。血の半分はあなた達の同胞とも言える、ハーフエルフですら参加していました。どのルートを辿ろうがあなた達の価値を前にして手出ししない者などいるのでしょうか。」
「おい、ハーフを同族とは認めねぇよ」
アルシアがミューの存在を否定する。その発言には裏切り者のミューに対する怒りがうかがえた。
「今は特定のハーフエルフの話をしているのではなく、エルフ種以外であなた達を受け入れてくれる安全で、善良な国など存在しないと言っています。それなのにわざわざ遠回りをする意味はありますか?」
「確かにそれはそうですけど、」
答えに窮するナンシアを見て、拉致が開かないと感じたルノはパノマイトに話しかけることにした。
「そこにいる人間、荷車の空きはどれくらいありますか?」
「わ、私ですか?」
人間と呼ばれて該当する人物が自分ともう1人しかいないため、パノマイトはやや慌てつつも反応を示す。それに対してルノはただ無言で頷く。
「荷車の空きですか、?空きはほとんどありません。売り物もそうですけど、今回は皆さんの食糧なんかも積んでいるので。」
「そうですか。お前はレイ様に恩義を感じていますか?」
「え、はい。」
突然変わった話に疑問を感じながらもパノマイトは首肯する。レイがいなければ娘ともども奴隷にされるか、失っていた命。感謝しないわけがない。
「ならば、荷車にある荷物を全てレイ様に捧げてください。」
「それはどういうこと、ですか?」
突然の話に困惑するパノマイト。
「言葉通りの意味です。荷車の荷物が邪魔なのでいますぐに荷物をレイ様に献上しなさい」
2度聞いても、ルートの話をしている最中にどうしていきなりそんな話が出たのか分からないパノマイトは困惑をより一層強める。
「あなたはただ、はい、と返事しなさい。」
それに対してルノは説明が面倒だという様子で返答だけ求める。
困惑していたパノマイトは訳のわからないまま頷いてしまう。そのやりとりをよくわからないと思っていたのはパノマイトだけでなくアルシアやナンシア、それに不安げな表情を浮かべる30名のエルフ達も同様だった。
それでもルノは周りを無視して話を進める。ルノはパノマイトの荷車前までくると、右腕を振り上げて横に一線、宙を切り裂く動作を行う。すると空間に亀裂のようなものが描かれ、中から無数の糸が出現する。荷車にかかっていた垂れ幕を通過して、パノマイトの商売道具や全員の食料と、中の荷物に次々とまとわりついていく。そして瞬く間にその糸は空間の切れ目に吸い込まれていく。
次々と起こる不可思議な現象を前に、ただ見ているエルフ達とパノマイト親子は全く反応ができず呆然としていた。最初に立て直して、状況にツッコミを入れたのは、やはりと言うべきかアルシアだった。
「おい、何してんだよ!全員分の食料があるんだぞ、どこにやった!?」
ものすごい勢いで問い詰めるアルシアに対してルノは面倒そうに顔を歪める。それで追及が止まれば良かったが、今回はナンシアの追求もその後に追随してきたために説明しないわけにはいかなかった。
「クティス獣王国を通るのに反対されているので、その不安をなくそうと思っただけです。これで食料はありませんから最短ルートで進むしかなくなりましたね。」
「それだけのために?そもそも食料はどこに?というよりも、クティス獣王国を通るルートがいくら最短で国に戻れるといっても食料が全く無ければ無理ですよ?!」
ルノが最短ルートを進むためだけに、全員分の食料を消し去ったと聞いて唖然としてしまう。言い返したナンシアだったがルノからの返答はない。ルノの行動はいくらなんでも自分勝手がすぎると思ったナンシア。しかしこの状態で文句を言っているのが自分だけと言う現状に違和感を覚えて視線をルノからアルシアに向ける。
「え?」
アルシアを見ると彼女は焦点の定まらない様子で一点を見ていた。これまでで一度も見たことのない様子にナンシアはルノが何かしたのだと思い視線を戻す。しかし、ルノはさらに意味がわからないことをしていた。ルノは先ほど空にした荷車に全長2mはないくらいの糸玉を次々と詰め込んでいたのだ。
「これは一体、、、?」
見たことのない大きな糸玉の正体が分からず困っていると、服の裾をクイクイと引っ張られる。引っ張ってきたのはパノマイトの娘のリオだった。今回の一件で彼女が奴隷騒動を大きくしてくれたからレイという強力な味方と得ることができたと考えているナンシアはリオに対して貸りがあると認識しており、何かあれば手助けをしようと思っていた。しかし今は自分も余裕がなく、切羽詰まった様子でリオに何があったのか問いかける。
「あれ、、、!お父さんが!」
そう言ってリオは自分の父親を指差す。指差された方向に目をやるとパノマイトが先ほどのアルシア同様に一点をただぼんやりと眺めており何も反応しなかった。そして彼の下半身には先ほど目にした糸玉のようなものがあり、徐々にパノマイトの体を下から上にと糸が覆っていく。
「ルノさん、これは一体どういうことですか?!」
アルシアが喧嘩をふっかけた時から何度も見て、自分も一度絡め取られた糸に対してルノに文句を告げる。
「彼らをエルフの国に運ぶための準備です。危害を加えるつもりはありません。」
「仮にそうだとしても、何の説明もなく始めないでください。それにアルシアやパノマイトさんの表情を見ていたら何も害がないだなんて信じられません。」
ナンシアが抗議している最中もルノは指先を忙しなく動かす。その様子を見てナンシアは話を聞いてもらうためにもまずは手の動きを止めようとルノに近づく。しかし、ナンシアはルノとレベル差がある上に魔法職。戦闘中でなくともルノの動きを止めることなどできるわけがない。現に不用意に近づいたナンシアは腹に一撃蹴りを喰らってしまう。
「かはっ、、」
まさか自分が攻撃されると思っていなかったナンシアは無防備な状態の腹に一撃もらってしまい、その場にうずくまる。
「、、、!お姉ちゃん大丈夫?」
その様子を少し遠目で見ていたリオが駆け寄ってくる。ナンシアは苦しそうにしながらも問題ないと伝え、顔を歪めながらも立ち上がり、ルノに再度話を聞く。
「納得できません。最初から理由を全部話してください。」
ルノは横目でナンシアを見た後にあからさまなほど大きなため息を吐いて、口を開いた。
「今は、彼らを安全に届けるために動いています。先ほども話しましたが、完全に安全なルートがない以上、時間をかけて彼らを送り届ける必要性を感じません。ですが、あなた方がクティス獣王国を忌避する。であれば彼らが気づかない間に通り過ぎればいいだけです。一時的に意識を刈り取って私の糸で彼らを包みます。包んでいる間は一時的に肉体の時間を遅くする効果があるので、栄養、水不足で死ぬことはまずありません。それに意識を刈り取っている以上恐怖を感じることもありません。それだけの話です。」
「何それ、、、」
あまりに自分勝手で、あまりにすごい能力に唖然としてしまうナンシア。
「で、でも無事かどうかなんて分からないでしょ」
驚きながらも、ナンシアはどうにも信用できないルノに対して反論をぶつける。
「そう言ってくると思いまして、あなたの相方を一時的に糸で包みました。後で解除するので、その時に様子を聞いてください。長時間の安全性に疑問があるというのであれば、定期的に解除します。全員は面倒なので一人だけですが。あと、あなたの相方の説得はあなたがしなさい。面倒なので。」
やり方に問題は感じながらもルノの実力に驚いて何も言えなくなっているナンシア。
「私はどうして包まれていないんですか?」
ナンシアが黙ってしまうと、今度は半歩後ろで会話を聞いていたリオもルノに質問をぶつける。
「レイ様にあなたを特にしっかり守るように言われていますので。糸玉に包んだらどこかに落としそうなので、それにそこの獣に指示を出すのもあなたがいた方が効率がいいので。」
「お兄さんに?、、、で、でもそれならお父さんもいたほうがいいよ!」
「あなただけで充分です。」
キッパリと断言されたリオもナンシア同様に黙ってしまう。それから数分して、エルフ30人の糸玉はテオの引く荷車に積み込まれた。そこにはリオの父パノマイトも含まれていたが、アルシアはその場に残され、ルノはアルシアの糸玉を解除した。
そしてルノは、アルシアに絡まれる前にその場を離れて行った。
「お姉さん何しているんですか?」
テオの前まで来ていたルノに対してリオやや警戒心強めに質問する。先ほど父を包んだ糸玉のようにテオも同じようにされるのではないかと心配しているようだった。
「あなたはこの獣と意思をとることが出来ますか?」
「ん?テオと?簡単なことなら伝わっている?のかもしれません。」
ルノに質問を返されて、男爵家襲撃前にベムとペスの前で愚痴を漏らしたことを思い出したリオは首を傾げながらも答える。
「そうですか。あなたが手綱を握ることは?」
「お父さんとかかが後ろで支えてくれたら出来ます。」
「それならば問題ありません。」
少し顎に手を当てて考えるルノだったが、首肯して再びリオに視線を戻す。
「ルートが決まり次第、また声をかけるのでこの辺にいてください。」
そう言ってルノは再びナンシアたちのもとに行ってしまう。一体なんだったんだろうかとリオはテオの頭を撫でながら不思議に思うのだった。
リオがルノに対して警戒すればいいのか、信じてもいいのかよく分からないでテオと戯れていると、糸玉から解放されたアルシアは怒っていた。もちろん糸玉の中からは先ほどと何も変わらないアルシアが出てきた。ルノの糸が足先から完全になくなったところでアルシアの意識が覚醒する。
「おい!何か言え!食料はどうするんだよ!?」
先ほど、ルノが食料をどこかにやってしまったところで記憶が止まっているアルシアはルノから何も反応がなかったことで、先ほどよりも心なしか温度感高めで文句を告げる。それに対してルノは無視を決め込み、ナンシアに視線を送り、テオの元まで進む。
「アルシア、何ともなかった?」
無視して歩き出すルノに対して言葉を続けたが一向に相手にされないアルシアはルノに掴み掛かろうと動き出す。しかしその前にナンシアから尋ねられたことで視線をルノから外す。
「何ともって?」
心配そうなナンシアの様子にアルシアはどうしたのかと疑問を浮かべる。一度驚いた表情を浮かべた後、ナンシアはアルシアをテオの荷車の方に誘導する。来い来いと手でジェスチャーを送り、アルシアがついてきたことを確認したのち、荷車後方にかかる布地の仕切りをめくり、中を指差す。
「は?これは、なんだ?どういうことだ?ルノに荷車の中身は全部出されちまったんじゃなかったのか?そもそもこんなでかい糸玉?なんてあったか?」
アルシアは荷車の中にある大量の糸玉を見て訳が分からずナンシアに答えを求める。
「さっきまで、あなたもこうなっていたのよ。」
「はぁ?」
ナンシアの第一声はアルシアからすれば思いもしないことで返事にまで気が回らず、ただ声が漏れる。何を発言すればいいのか分からなかった。そのまま続くナンシアの説明を最後まで黙って聞いていた。
「はぁ・・・。」
説明を聞き終えたアルシアは今度は明確に意思を持ってため息を吐き出した。流石に気勢が削がれてしゃがみ混んでしまう。喧嘩をふっかけた相手の格の違いを見せつけられ言葉が出ないようだった。
「アルシアはいいと思う?こんな方法。」
「いいって何がだよ?」
「それは、人をこんな糸玉にして意識を刈り取って運ぶ方法よ。あんまりにも酷いと思わない?」
「それは別に問題ないだろ。糸玉にされている時に辛い思いをするなら私も反対だが、糸玉にされている時の記憶はない。それに、わざわざ遠回りして国に戻るのが遅くなるより、気が付いたら国に到着している方が楽だろ。」
何も悪いところはない。ただ心情的にルノの行動に反発しているだけの自分。その感情にどう折り合いをつければいいのかと悩む二人。
「それはそうかもしれないけど、クティス獣王国は私たちを平気で奴隷にするような国よ。オセアニア評議国のように隠れてやってるんじゃなくて、国が認めているのよ?危なすぎると思うんだけど。」
「確かに獣王国はいけ好かねぇよ。ただ、国が認めているというよりも、国は関与しないが正しいだろ。それに多分だけど問題ないだろ。」
「どうして問題ないって言えるの?」
「あの女が想像以上に強いからだな。私たちは何度かあの国にも仲間を探しに行ったけどよ、あいつよりも強い獣を見たことがない。それこそ、師匠やレイくらいだろうな。」
「レイさん、は分からないけど、師匠くらい強いっていうの!?」
普段から鍛えてもらい、自分たち二人がかりでも全く適う気のしない師匠と同じくらいルノが強いと断言するアルシアに対して、ナンシアは驚きすぎて目を見開いて相棒を凝視する。
「あぁ多分だけどな。」
普段から行動を共にし、同じ師匠を仰ぎ、同じレベル帯である2人。だが感覚の鋭敏さには違いがあった。それはアルシアが優れているというわけではない。戦闘においてロジックを大切にする魔術師のナンシアと近接戦闘で直感がものをいう世界に身を置くアルシアとの違いというべきだろう。
そして、その直感をナンシアは信用していた。
そのため2人はこの先特に口を挟むことなく、ルノの指示に従った。
定期的に様子を確認するために糸玉に包まれて運ばれる予定のアルシアと異なり、ルノの様子を最後まで見る役目を請け負ったナンシアにとってこの旅ほど心が休まらないものは、後にも先にも、レイの貴族家襲撃以外になかった。
ありがとうございました。




