159.サーシャを迎えに2
よろしくお願いします。
冒険者ギルドはお昼を過ぎれば静かなものだとレイは記憶していたが、今日の冒険者ギルドはどこか慌ただしかった。冒険者の数はさほど多いわけではない。しかし、職員は誰1人として暇そうではなく、皆何かしら仕事をしている様子だった。受付レーンに誰も並ばないメルラでさえ、何か仕事をしていた。コミュ障なレイはあれからどれくらい日時が経ったのか分からないため、忙しそうにしているメルラに話かけるのを僅かに躊躇う。しかし、サーシャに会いたいという思いがレイの気持ちを動かす。
「メルラさん。」
メルラは忙しそうにしていて、名前を呼ばれて反応はしたが、ものすごく億劫そうに顔を上げた。いつもならここでレイだとわかると受付嬢として接してくれる。しかし、今回は違った。
「えっと、申し訳ありません、ここは、、、、ん?」
「こんにちは」
訝しげな表情を向けてくるメルラに、レイは理由がわからずとりあえず挨拶をする。
「その声、もしかして、レイさん、ですか。。?」
「え?はい、そうですけど、え?」
なぜ確認されるのかわからないレイも首を傾げる。
「だって、その髪、、、、というか1週間もどこ行ってたんですか!!!!」
レイは自分の髪を確認し、驚く。なぜか、黒に戻っていたのだ。そしてメルラからの怒声にさらに驚く。髪色でレイだと判断出来なかったようだが、レイだとわかった瞬間に勢いよく立ち上がり、レイを糾弾する。
「すみません、意識を失っていたみたいで、今さっき目覚めたんです。あれから1週間経ったんですか?!」
レイは自分が意識を失ってから1週間も経っていたなんて思いもしなかった。正直な感想を言えば、安堵はあった。自分が意識を失ってから本当はもっと、それこそ10年なんて時間が経過しているのではないかと心のどこかで不安に思っていた。1週間、サーシャを放っておいてしまったことを申し訳ないと思うと共に、1週間だけで済んで良かったと安堵した。しかし、目の前にいる女性は納得がいかない様子で、まだ機嫌が悪い。ただ、意識を失っていたと言われてはどう責めていいのかわからず黙っているようだった。
「とにかく、ずっと大変だったんです!!!サーシャちゃんも、ギルドも!」
「はい、、、サーシャのこと預かってくれていたんですよね?ありがとうございます。」
「いえ、確かにレイさんに頼まれましたけど、レイさんの家族とかそういうわけではないんですよね。大丈夫ですよ。ただ、レイさんがいなくなってからほとんど何も口にしていなくて、ずっと心配なんです。早く迎えに行ってあげて欲しいんですけど、、、、少し待っててください。ギルド長に少し家に戻るって言ってきますから。」
ばーっと話すだけ話して、メルラは準備しに行ってしまった。レイとしてもサーシャが心配で早く会いたかったため何も問題はなく、メルラにはただただ感謝しかない。
「ローチェはとりあえず、姿を消して俺らについてきて」
メルラへの説明が難しいローチェの姿を再び隠して、レイはメルラが戻ってくるのを待つ。
ギルド長に話を通すとのことだったので、結構時間がかかるかと思ったが、案外そんなことはなく、5分もしたら戻ってきた。
「少し早めの昼休憩もらってきました。早く行きましょう!」
割と本当に切羽詰まっていたのか、メルラはギルドから自宅まで全速力で走る。
「それと、レイさん、サーシャちゃんのことが落ち着いたら詳しく話を聞かせてくださいね。ギルドも火事の調査は行っているんですけど、火をつけた犯人とか、目的は全くわかっていないんです。何かしらレイさんなら知っていますよね?」
レイはすぐに返答できなかった。確かに色々と知ってはいる。しかしどこをどこまで話せばいいのかわからない。それに知らないこともある。
「わかる範囲で良ければ」
そのためレイの返事はとても曖昧なものになった。
家に到着するなり、メルラは鍵を乱雑に開け、中に入りながらサーシャの名前を叫ぶ。
「レイさんも入ってください。」
「お邪魔します。」
一言、そう言ってレイもメルラの家に上がる。メルラの家は簡単に言えば、簡素。女性らしい甘い匂いもしなければガーリーなアイテムなどは一つもない。機能性に優れた感じである。ゆっくりと寝室に向かって歩く。たどり着いた寝室も非常に整然としており、少し大きめなシングルサイズのベッドが一つあるだけだった。カーテンは閉じられており、空気は籠っている。
「サーシャちゃん、レイさん来てくれたよ。」
メルラはベッドの上で煤こけた人形を両腕で抱きしめながら横になっているサーシャに話しかける。サーシャはレイの名前を聞いて体をピクリと反応させたが、なかなか起き上がらない。しばらく様子を見ているとようやく、サーシャはのっそりと体を起こす。火事の時に比べると汚れなどは綺麗に落とされており、衣類もほつれていることなんてない。しかし、目の下には隈があり、顔色は優れない。
レイはギルドに来る前に、サーシャがご飯を食べていないと聞いていたため、体の衰弱が激しいのだと感じた。
大きな感情の変化もなく、ただ無感動にベッドから立ち上がった。立ち上がる際もふらついており、落ち落ち見ていることは出来ない。
レイは自分からサーシャの元に近づく。
膝を曲げ、サーシャに視線を合わせる。
今にも倒れそうなくらい、本当に顔色が悪い。
そんなサーシャをレイはそっと抱きしめる。
「遅くなってごめんね、ただいま。」
サーシャの体が震える。栄養を充分に摂っていないため、感情を素直に表に出すことすらできないようで、サーシャはレイに抱きしめられるままになっていた。数分経ってようやく、サーシャは掠れた声を出す。
「寂しかった、、、、」
両親を幼くして亡くし、先日姉も亡くしたサーシャ。身寄りのない彼女にとってレイは最近知り合ったにも関わらず、もういなくてはならない存在になっていた。そんな彼は姉が死んだ直後にどこかに行ってしまった。10歳にも満たない子供からすれば、世界にたった1人になってしまったという感覚に陥っても仕方がない。
「おかえり、お兄ちゃん、もう、いなくならないで、」
耳元で聞いてようやく聞こえるようなくらいの掠れた声で話すサーシャ。そんな彼女の思いにレイは胸が締め付けられる。
「うん、ずっと側にいるよ。」
サーシャは力一杯レイを抱きしめるが、その力があまりに心許なくて、レイはサーシャを抱き上げる。
「サーシャ、お腹空いていない?久しぶりにご飯一緒に食べよっか」
されるがままに抱き上げられるサーシャ。以前よりも軽く感じるその体躯に罪悪感を感じたレイ。しばらくレイにくっつくとようやく、少し落ち着いたのかサーシャはレイの提案にゆっくりと頷く。
「メルラさんも一緒にご飯食べに行きますか?」
サーシャを抱き上げたレイはここまでずっと黙って見守ってくれていたメルラに話を振る。
「いえ、私はいいですよ。サーシャちゃんとしっかり話してあげてください」
「でも、お昼ご飯食べたら、多分、街出ちゃいますよ?」
一度は2人での時間を作った方がいいと断ったメルラだったが、レイがウキトスから出るかもしれないと聞いて意見を180度変え、同席することにした。レイには火事のことやら、その後のことを聞かなければならないためだ。
そうして4人はメルラの家を出て昼食を食べにウキトスの街を歩く。
レイの中で目的地は決まっており、そこに向かってサーシャを抱えながら歩く。その際も体調を案じたり、眠くないか、お腹空いているかなど色々とエスコートをした。もちろんメルラはほったらかしで、ローチェは黙ってついてきている。しばらく大通りを歩いたとこで、目的の場所に辿り着いた。
「あ、ここは」
「メルラさん、ご存知なんですか?」
「はい、ここたまに飲みに来ますよ。仕事が終わらなくて、夜遅くなった時とかに。でも、子供がいて入れるんですか?Barですよ?」
「ここはこの街にきて、初めてサーシャに連れてきてもらった場所なんです。な、サーシャ?」
抱き抱えていたサーシャに話をふるレイだったが、やつれていたサーシャはコクンと頷くだけで会話には入ってこなかった。
「というか、サーシャちゃん大丈夫ですか?私の家で何か適当に食べた方が良かったんじゃ、、、?」
「確かに、そう思ったんですけど、ここのメニューでサーシャのお気に入りがあるんですけど、それなら消化にもいいし、食べられるかなって思って。」
「そうなんですか?それなら早速行きましょう。」
そう言って4人はお店に入った。お店に入ると客はほとんどいない。しかしそれもそのはずで、ここは酒場だ。本来は夜がかき入れ時だ。このお店が昼からオープンしているなんて常連の、マスターと親交が深いものしか知らない。また、ここの店のマスターは強面で、仲良くなるのにも度胸が必要だ。
テーブル席について、レイは以前来た時に注文したメニューを再度注文する。
「すみません、ラアヘのスープと、トッガ焼き3人前とあと、何か消化にいいものください」
強面のマスターはいつも以上に厳しい表情をしながらも黙々とオーダーを承った。元々サーシャのことを知っているだけに心配なのだろう。レイ自身はマスターとサーシャにどれだけのつながりがあるのかわからないためなんとも言うことはできない。ただ、大きな火事騒ぎがあったことは知っていてもラールとサーシャの安否は知るはずもない。そのためサーシャを直接目にして、生きていると知れて良かったのかもしれない。逆に今のやつれたサーシャを見て心配が増したかもしれない。などとレイはサーシャを抱えたまま考えていた。
4人がけのテーブル席に着いたがレイはサーシャを抱えたままだった。どうしてサーシャを離さないのかというと、レイが離さないのではなく、サーシャが離してくれないのだった。4人掛けのテーブルを見つけ、抱えていたサーシャを先に座らせようとしたが、レイが自分から離そうとすると腕をプルプルさせながらレイにしがみつく。仕方がないためレイはサーシャを抱えたまま座っていた。その代わりに隣にはローチェが座っており、対面の椅子席にメルラが1人で座っている。椅子を引く音でローチェの存在を気取られないかと心配に思ったが、ソファ席に座ることができたので問題はなかった。
「レイさん、食事が来るまで話を伺ってもいいですか?」
レイの腕の中でまるくなるサーシャのことは心配だが、仕事をしなければいけないメルラはレイに話を振る。レイとしては色々と伏せておきたいこと、不明なことがあるため進んで話したい内容ではないが、メルラにはサーシャを預かっていてもらったというとても大きな恩がある。
「俺のわかる範囲でお願いします。」
「それじゃあ、早速。あの火事の犯人を知っていますか?」
「マーハという女です。」
「マーハ、、、ですか。どこかで聞いたことがあるような、、、、、」
聞いた覚えのある名前に対してどこで聞いたのか思い出そうとしているメルラだが、まさか知っているとは思わずレイは驚く。
「知っていたんですか?」
「どこかで聞いたことあるなってくらいです、どこで聞いたんだっけな、、、、」
必死に思い出そうとするメルラ。
「あ!そうだ、そうですよ!あの時の!白山羊亭の従業員の!」
思い出せてスッキリしたという様子のメルラに話を詳しく聞くと、マーハは白山羊亭が人員不足を補うために雇った従業員だという。ラールが冒険者ギルドにやってきて、募集依頼をかけたそうだ。その時に応募した人だという。
「そう、ですか。」
レイはマーハが以前から白山羊亭にいたことを知り、当時の状況を思い出していた。自分がベニートに出発した後にわざわざマーハという女が白山羊亭で働いた理由。ラールとサーシャを殺すだけであれば、マーハは働く必要はなかった。レイを障害と考えていたのであれば、働かずにただ、ベニートに出発した後に白山羊亭にいけばいいだけだ。では、どうしてマーハは白山羊亭で働くことを選択したのか。正直、あの時の光景は今でも思い出すだけで辛い。今はもう殺しているマーハという女への憎悪は消えずに残っている。だからこそ、その記憶を振り返ることで現れる憎悪は向ける対象がおらず宙を彷徨う。
「でも、どうして、犯人がその人だって知っているんですか?レイさんはあの時、人を探しに行ったんですよね。」
思考に耽るレイであったが、メルラからの問いかけに意識を現実に引き戻す。メルラは疑問をぶつけながらも、サーシャに配慮したのかラールという人物名は出さない。レイはそうした心配りをするメルラに良い印象を持った。マーハという女が犯人で自分が倒して、意識を失ったことだけ話すつもりだったが、彼女の仕事を少しでも減らすことができればと、開示する情報を増やすことにした。
「あの時、俺はラールさんを探しに行きました。」
ラールの名前を聞いて体が強張るサーシャを強く抱きしめながらレイは話を続ける。
「燃え盛る街の中を走り回りましたが、ラールさんはどこにもいませんでした。探していない場所と言えば激しく燃える白山羊亭の中くらいでした。もしかしたら逃げ遅れたラールさんがいるんじゃないかと思って俺は白山羊亭の中に入ったんです。あらゆるものが燃える中でラールさんの名前を必死に叫んで、探していたところで、一箇所だけ燃えていない天井を見つけました。不思議に思った俺はその天井を、魔法を使って突き破りました。そしてようやくラールさんを見つけたんです。ただ、その時にはすでに手遅れで、俺にはどうすることもできませんでした。」
「燃えない天井、ですか、、?もしかしてそこに、マーハという女性も?」
不可思議な建物の作りに対してメルラは何か考えるように言葉を口にする。レイの言葉に耳を傾けながら自分の持ち合わせている情報を照らし合わせているようだった。
「はい。天井を抜けた先は会議室のような作りになっていて、火は全く広がっていませんでした。そこにはラールさんと、そのマーハという女と数名の冒険者がいました。」
その先を早く追求したいと思うメルラだったが、レイとサーシャという被害者の手前、下手に続きを要求することはできなかった。レイも先のことを話す前に気持ちの整理をつけたいのと、サーシャの心にできるだけダメージを与えない言葉を探していた。ようやく続けるべき言葉を見つけたレイが話しはじめようとしたタイミングで、注文した料理が運ばれてくる。2人は一旦会話を止めて食事をとることにした。レイはマスターに小さなお椀を頼み、そこに運ばれてきたラアヘのスープを少量移す。熱々のため、適度な温度にしてからレイは全く自分で動く気配のないサーシャの口元までスープを持っていく。
「ほら、サーシャ。ラアヘのスープだよ。」
サーシャはレイに言われるがままにスープを口に運ぶ。一口目を入れた途端彼女は全身を身震いさせる。1週間ぶりの食事に舌が盛大に反応し、体にまでその影響が波及したようだった。たった一口。されど一口。これまで何も口にしていなかったサーシャがようやく食事をとった。メルラは一安心するとともに、サーシャにとってのレイの重要性を再認識した。
レイも食事をしようと、『黒狐の仮面』を外してラアヘのスープを口に運ぶ。2人の食べる様子を見ていたメルラも一歩遅れて食べ始めた。
食べ始めたレイであったが、抱き抱えるサーシャに話しかけられたことで手を止めざるを得なかった。
「お兄ちゃん、もっと、あーーー。」
一口レイに食べさせてもらったことで、食欲を思い出したかのように、サーシャは甘えながらレイにおかわりを要求した。そんな子供らしい一面を見て、可愛いと思う大人2人は、先ほどの会話を一旦やめて食事に集中することにした。
ありがとうございました。




