157.錆色山脈にて
よろしくお願いします。
声が聞こえた。
その声は誰のものだったのか。
疑問に感じていながら、本能ではわかっていた。
その知らせは自分が求めて止まないものだったことを。
戦っている最中だったのにも関わらず、声の聞こえた方向を向いて立ち止まってしまう。
戦いにおいてそれは最大の隙。
相手がその隙を見逃してくれるはずもない。
六本足から繰り出される強烈な膝蹴りをくらい吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた先の岩場は音を立てて崩れ、煙が巻き上がる。
起き上がった際に、蹴り飛ばされた本人が被っていたローブはめくれ、顔が顕になる。
人間の価値基準に準えれば誰もが見惚れてしまうほどの美少年。
しかしその顔は蹴りをくらったことで内側の肉が見え、ひどく出血をしている。
また相手は常に炎を身に纏っていたため、抉れた肉に火傷の跡がくっきりと見える。
戦っている相手に感情があれば思わず動きを止めてしまうほどの傷。
しかし今回の相手は全く止まることはなかった。
なぜなら今、大惨事の顔を抱える美少年が相手をしているのは魔物。
それもSランク迷宮錆色山脈にて群れを形成する魔物、焔鎧ノーム。
美少年も集団の焔鎧ノームに出くわした場合、戦うという選択肢はなかった。
しかし相手は1人。
チャンスだと感じた。
実際、戦いも今までは美少年が有利で進んでいた。
それなのに、一瞬、声の聞こえた方向に視線を向けた。
それだけで形成は逆転した。
不利になった美少年は傷も焔鎧ノームのことも眼中にない。
ただ、声の聞こえた方角を見て思考に耽っている。
魔物であろうがその様子を不気味に感じたのか、攻撃が僅かに止む。
「今の声に覚えはないけど、確か、あの方角は。
そうか、あの子達か。付けた甲斐があったのかな?」
美少年の錆を研ぐような凛と澄んだ独り言。
ある程度思考はまとまったのか美少年は再び焔鎧ノームに向き合う。
その顔は晴々としており、いつの間にか血も傷も消え、綺麗な顔がそこにはあった。
先ほど与えたダメージが消えていることに魔物ですら驚きを表す。
しかしその後、自分を襲った不可解な感覚によって魔物の思考は消える。
魔物が魔物を脱却する機会は失われた。
いつの間にか魔物の後ろ足4本に黒いモヤがかかる。
そのモヤが蠢いていた。
最初はモヤの正体に気がつけなかった。
認識。疑問。不可解。そして激痛。
この激痛によって、魔物は蠢くモヤの正体を知る。
焔鎧ノームの4本の足に無数の蝙蝠が鋼鉄を貪り食っていた。
初めは足の鉱物部分を喰らっていたため感覚がなかった。
幸か不幸か焔鎧ノームの足は6本ある。
そして、破壊の難しい鉱物がまとわり付いている。
さらに、足にまとわる鉱物は常に炎を発している。
しかし、炎は蠢く蝙蝠にかき消された。
足を覆う破壊の難しい鉱物も蠢きに貪られる。
すぐに内部の肉が喰らわれ始めた。
痛みにより、理解した。
突然傷が治った美男子よりも先にこの蠢く蝙蝠をどうにかしなければならない。
焔鎧ノームは身に纏っていた炎を足元に集中させる。
炎が蠢きを超えた瞬間から蝙蝠たちはパサバサと地面に落下する。
そして、焔鎧ノームの頭部に激痛が走る。
先ほどは自分から視線を外した美少年を攻撃した焔鎧ノーム。
それは戦いの定石であり、この魔物だけが得意としている技ではない。
もちろん焔鎧ノームであっても戦っている相手から視線を外せば狙われる。
だから、頭を思いっきり蹴られた。
焔鎧ノーム、この種族は常に炎を体に纏っている。
その炎の絶対量は個体ごとに決まっている。
足の炎を多くすれば蝙蝠たちを焼き尽くすことは容易。
しかし足以外の炎は弱まる。
美少年は焔鎧ノームの特性を利用し、強力なダメージを与える。
焔鎧ノームはSランク迷宮の魔物。
群れをなさなければ他の強い魔物に捕食される。
とはいえ錆色迷宮に生息する魔物なだけあって強い。
炎が弱まった頭部を蹴られようが、鉱物の鋼鉄は健在。
たった一撃蹴られたくらいではまだまだ倒れない。
むしろ美少年の足が通常向かない方向を向く。
「まいったな。
このまま削って獲得したかったんだけど、
見ていた感じ、一時的なはぐれ
ではなくて、開花前のはぐれな感じだし。
でも今は何よりも優先すべき予定が入っちゃったな。」
傷ついた足を気にすることなく、美少年は独り言つ。
まだまだ体力に余裕のありそうな焔鎧ノームの様子を見て美少年は諦めた。
焔鎧ノームを獲得することを。
そして、人として戦うことを。
決断した途端、美少年の空気が変わる。
炎に焼き殺された蝙蝠たちは形を崩す。
ドロドロの黒い粘液質の液体となり、美少年の体に吸収されていく。
口から牙が伸び、左目が怪しく赫赫と光る。
はぐれの焔鎧ノームはあと一歩で獲得できた何かを失う。
そして生命も合わせて失う。
その場には焔鎧ノームの死体はなく、美少年がただ1人立っていた。
美少年は戦いによって傷ついたローブを宙に投げ捨てる。
すると美少年の体から無数の蝙蝠がローブめがけて飛び立つ。
「せっかくはぐれの覚醒前ノーム
手に入れられたら結構いい仕事してくれたと思うんだけどな。」
蝙蝠がローブを蝕む音に美少年の独り言は掻き消える。
貪り終えた蝙蝠は美少年の体に戻る。
蝙蝠が一匹もいなくなったところで美少年は歩き出した。
歩き出す彼はなぜか新しいローブを身に纏っていた。
「でもようやく、またお仕えすることが出来る。
どこにいらっしゃるんだろうか。
ここ最近大きな被害は出ていないようだし、まだ半覚醒状態なのか?
それとも誤報だったのか。
それだと悲しいけど、期待があるだけこれからが楽しみだ。」
美少年は再びローブで頭から全身を覆うと錆色山脈から姿を消した。
ありがとうございました。




