156.鬱ってるレイと配下2
よろしくお願いします。
ローチェはあまり純沌の間があまり好きではなかった。
なんだか見られているという感覚が拭えず、気持ち悪いのだ。正面左右に大きく飾られた天使と悪魔の二枚の絵は非常に荘厳ではある。ただ空気が澱んでいるという訳ではないのに、この場所は後ろ暗い気持ちになってしまう。おそらく、二枚の絵が飾られた中央に置かれた3つの椅子。これがこの場の主導権を握っている。オーキュロームとその配下の席。慈天の間を降りてこの空間に足を踏み入れたものはまず審判を受ける。高く聳える3つの椅子の向かい側に囲いが置かれている。侵入者はこの場で裁きを受けて、罪の度合いによって純沌の間の難易度は変化する。それに囲いの後ろには広大な傍聴席が設けられており、侵入者は無数の蔑む視線に晒される。味方のローチェですらこの場の視線を気持ち悪いと感じるのに、蔑まれる侵入者は一体どれほどの思いをするのだろうか。
そんな数ある視線に晒される純沌の間でオーキュロームは『審判台』に座し、猖佯は『断罪台』に立っていた。猖佯が連れていた3人は傍聴席で意識を失い、倒れている。x
「今ちょうど、『裁判』中なのかな?」
ローチェはレイのことが心配で仕方がなかった。そのため、両手を口元に当ててメガホンに声を吹き込むようにして2人に呼びかける。相変わらず、猖佯は黙っておりローチェの声に反応すらしなかった。しかし、肝心のオーキュロームはローチェが来たことに管理者として知っていたようで、すぐに情報の擦り合わせがはじまった。
「話は聞けた?」
「ああ、まぁな。ただ、いまいち容量の得ない話が多くてな。」
「どういうこと?『強制審判』を使えば分かるんじゃなかったの?」
「すっかり忘れていたんだが、私の配下の天魔は慚愧の手伝いに行ってしまっていてな。
『裁判』の様相を呈していたのだが、ただ普通に話を聞いていただけなんだ」
「なにそれ・・・」
純沌の間には特殊効果がある。
管理者であるオーキュローム、そしてオーキュローム直属の配下である天魔2人が同一の裁きを下す、『審判』の際に『断罪台』にいるものは偽りを述べることが出来なくなる。当然、黙秘しようとしても無駄だ。口は勝手に開き、意図せず事実が述べられる。だから猖佯の尋問をオーキュロームに任せたのだが、『強制審判』を下すための天魔が不在だという。最初から教えてくれればよかったのにと思ったローチェはジトっとした視線をオーキュロームに送る。
「分かったことはここが元々街で、それをレイ様が魔法を行使したことで壊したということくらいだな。」
ローチェのジト目から目線を逸らし、猖佯を見ながら得た情報を口にするオーキュローム。
話を聞いてローチェはどうしてそんなことをしたのかと不思議に思った。ローチェはレイの優しいところが大好きだった。戦いが好きでない自分に対しても無理に戦う必要はないからと慈天の間で戦闘しない手順も用意してくれた。何か理由がなければ街を破壊することなんてしないとローチェは考える。
「更地になった後に、レイ様が突然自身の左腕を切られたそうだ。そこの女が証言していた。」
そう言って、倒れて気絶している女を指差す。
「自分で?!どういうこと?」
レイの行動背景を考えていたローチェだったが、唐突な自傷行為に驚く。
「詳しくは分からない。ただ、女が言うにはレイ様が左腕を落とされ、そこから流れでた御血が魔法陣に注がれたことでこの教会が出現したそうだ。」
オーキュロームの説明にローチェは思考する。前後背景が分からないが、主人が街を破壊し、自傷行為をした。そして私たちを呼んでくれた。もし、私たちを呼ぶためにレイ様が傷ついたのだとしたら自分達の存在価値が揺らぐ。主人を手となり、足となり、主人を守るための管理者であるのに、主人が自分達を呼ぶために負傷するなんてとても自分を許すことはできない。オーキュロームも似たような思考に辿りついたのか渋い表情を浮かべている。互いに自己嫌悪に陥る。
「それで、猖佯は何か言っていた?レイ様への謝罪とか。」
話を進めないといけないと感じたローチェはオーキュロームに尋ねる
「いいや、なにも言っていないな。そこで気絶している者たちはある程度の問いに答えたが、猖佯は終始無言だ。」
「それおかしくない?見た感じ猖佯、全くダメージ負っていないよ。それなら佯狂がいるはずだよね?どうして黙っているの?仮に猖狂の方だったら大人しくしている方が意味分からないし。亜暴の間は見た?」
いつもと異なる猖佯に違和感を感じたローチェだったが、先にレイの容体をどうにかしなければならなかった。
「あの場所に行くには荒廃の間を通らないといけないからな。確認していない。」
「そっか、あのおじいちゃんがいるのか。。。
そうなるとやっぱ、シャナを呼ぶのも難しいよね。
どうしよう、、、。」
「どうしたんだ?」
「さっきレイ様が目を覚まされたの。」
そう言った途端オーキュロームの目つきが変化する。どうしてもっと早く伝えなかったのかと避難するような視線を向けられるローチェだが、無視して話を続ける。
「レイ様に何があったのか伺ったんだけど、レイ様もよく把握していないようだった。左腕がないことにも途中で気がついていたし。ただ、記憶を整理し始めた途端に何かを思い出したのか錯乱されてしまって、私じゃどうしようもなかったからシャナを呼ぼうかと思ったんだけど、そうすると自動的に荒廃の間に通らないとだもんね。マリクはいないし、どうしよう。。。」
「レイ様は今どうされているのだ!?」
「一度『束魄出』を使って、肉体と魂を離して、落ち着けた。ただ早く戻したいから急いでいるの。」
「レイ様に手を出したのか!?」
『束魄出』を使ったと聞いたオーキュロームの避難の色の強い糾弾。
「だって、とても辛そうだったから。」
自分も仲間が主人に手を出したと聞いたら今のオーキュロームと同じ反応を示しただろうからとても反論はできない。しかし、あのレイの姿を見たものもまた同様の選択をとったとも言える。ローチェの声は小さく空気に溶けていく。
「声を荒げてすまない。確かに、その感じだとレイ様の錯乱を抑えられるのはシャナくらいだな。もしくはレイ様自身で立て直してもらうか。」
「どうして荒廃の間を通りたくないんだ?
いや、錯乱状態のレイ様と翁を合わせたくないからか。。。」
オーキュロームは口にした問いに自分で納得をしていたが、追加でローチェは自分の考えを述べる。
「うん、あのおじいちゃんというよりもそっちの陣営の人たちをあまり合わせたくないなって。何し出すか分からないから。能力的にもレイ様の助けにならないだろうし。
それなら下手に接触させて、レイ様を困らすよりはいいのかなって思ったんだけど。」
ローチェの話を聞いたオーキュローム。
簒奪の翁の印象を思い浮かべ、苦い表情を浮かべる。
「取り急ぎの問題は、レイ様の錯乱を抑える方法か。」
「シャナと仲悪いから私たちが通ることは出来ても、戻ることは難しそう。
レイ様の容体を伝えれば通ることは出来るだろうけど、おじいちゃんを一緒に連れていかないといけなくなりそう。」
「そうか、レイ様の様子を見たローチェが翁と合わせたくないと思ったのならその考えを優先するべきだな。しかし、下に行かないとなるとシャナは呼ぶことはできない。どうする?」
「いい案が思い浮かばない。本当に緊急な場合、私がおじいちゃんと戦うから、まずはレイ様の様子を見てもらいたいんだけど。。。?」
仲間であっても、レイに対する思いの違いからローチェは簒奪の翁をレイと合わせることを嫌った。しかしレイの錯乱した状態を緩和出来そうな能力を持つシャナは翁のいる下の階層を管理している。すなわち、シャナに会うには自動的に翁の管理階層を通らなければならない。
シャナと翁は相性が悪く、顔を合わせるたびに殺し合いに発展しそうになる。
レイの容体を伝えれば揉め事は起きないだろうが、翁が管理階層を抜けてレイに会いたがる事は明白。
結局ローチェにはいい案が浮かばず。
連れてきた猖佯と人間3人をニニに任せて、ひとまず慈天の間に戻ることにした。
しかし、慈天の間に戻ると2人はすぐに選択を迫られた。
錯乱したレイを見兼ねてローチェはビートグリムリーパーを使って、レイの肉体と魂を一時的に分離させた。そのため解決方法を思いついてからレイの魂を戻そうとしていたのだが、慈天の間に戻るとレイの体が内側から光っていた。
魂はローチェが大切に持っているため、意識は当然ない。
しかし体は重力に抗って起きあがらせられようとしている。
服の下から何かの模様が浮かび上がり、光を放っている。
「「え?」」
ローチェとオーキュロームはその様子に惚けてしまう。
「ローチェ、レイ様の魂を戻せ!!!」
見たことのない様子に呆けてしまった二人だったが、今度は先にオーキュロームが復帰し、ローチェに声をかける。
「う、うん!」
ローチェも疑問は残っているが、考えている余裕はないとその命令に従う。光を放ち続けるレイに駆け寄り、先ほど靄を回収した籠をレイに近づける。地面に置いた籠を、今度はビートグリムリーパーの先端、黒い握り拳で上から垂直に叩きつける。籠は粉々に砕け散り、中から黒い靄が解放され、光を発するレイの体を包み込む。体を覆う靄は数分で、レイの体全体に染み込み、それと同時に模様の輝きはなくなる。体は長椅子に放り出される。落ちないようにローチェが近づき、支える。
「レイ様の様子はどうだ?」
オーキュロームが近づいて、ローチェにレイの状態を確認する。
「それが、、、」
長椅子に横たわるレイの側で膝を折り、確認するローチェだったが、先の問いに答えあぐねてしまう。
「どうかしたのか?」
「それがね、ほとんど完全に回復しているの。」
ローチェが困惑していたため何か主人の体に不都合が生じたのではないかと心配したオーキュロームだった。しかし体が完全に治っているとローチェは言った。悪い想定とは真逆のことを言われたため、どうしてローチェが不可解そうな表情を浮かべているのかすぐには分からなかった。
「ほとんど完全に?」
しかし、完全と聞いてオーキュロームも首を傾げた。
「うん。さっきはなかった左腕も元通りになっているの。
それに髪色もさっきまでは私と同じだったのに、黒い、、?」
オーキュロームが目を向けるとローチェの言うように左腕は完全に治っていた。そして髪色も以前のような夜を思わせるような漆黒ではなく、白と黒とが混在している。レイの外見の変化に驚いていると、レイの瞼がゆっくりと開く。2人はレイと目が合うとすぐに半歩退き、片膝をついて臣下の礼をとる。レイはゆっくりと体を起こす。長椅子から足を下ろし、凝り固まっていたのか、首を左、右とポキポキ鳴らす。背を預け、そのまま両手を上げて伸びをする。2人は顔を下げたままレイから声をかけられるのを黙って待っている。
しばらくしてレイは言葉を発する。
「さてと。ローチェ、オーキュローム、どうしてここにいるのかな。」
「我が君の回復の一助になればと思いまして、お側に控えておりました。」
代表してオーキュロームが顔をあげ、言葉を発した。ローチェもオーキュロームの意見に異論はないため、そのまま顔を下げている。
「そう、ありがとう。どうして二人がここにいるのか、どの世界に今いるのかと色々と気になることがあるけど、とりあえず状況の整理からしようか。」
ローチェは先ほどの錯乱状態とは打って変わり平然と話をするレイを見て、安心よりも不安の気持ちが勝った。実際にこの目でレイの錯乱を見たローチェは、たった数十分、魂と肉体を分離させただけで精神が安定するはずがないと確信していた。『束魄出』にも精神安定効果なんてものはない。確かにいつもの『束魄出』とは少し違った部分はあったが、その際に効果まで変化するとは考えにくい。配下たちの前だからレイは無理をしているのではないかとローチェは不安になる。
発言をすると同時にレイの顔色を確認しようとしてローチェは顔を上げる。そして、声を出そうとしたが、あまりにも具合の悪そうなレイの様子に言葉を失ってしまう。怪我が全快し肉体的疲労が減ったように見える分、顔色の悪さが際立っている。
「現在、メギド国は慰霊教会のみが転移した可能性がございます。慰霊教会の周囲は砂漠地帯が広がっており、それより先はまだ調査ができておりません。」
レイの様子にローチェが呆気にとられている間にオーキュロームが現状の報告を始めてしまう。顔を上げた状態で固まり、どうしようかと2人を交互に見やる。
「砂漠地帯?」
「はい、我々がレイ様を発見した際に一緒にいた人間3名を捉えております。現在純沌の間で尋問をしております。そいつらの話によるとレイ様が強大な魔法を発動された後に街が消えて砂漠が作り上げられたと。」
オーキュロームの報告にレイは安堵と吐き気の混ざった複雑な表情を浮かべた後、報告を続けるように促す。
「レイ様の意識が確認できなかったため、教会内の者にはレイ様の存在を明かしておりません。レイ様が戻って来られたのを知るものは私とローチェとザ・フーム、それと、猖佯のみになります。」
猖佯の名前を出すのを僅かに躊躇うオーキュロームだったが主人に隠しことなどできるわけがなく正直に全て話す。
「猖佯?少なくとも純沌の間までしか情報は出回っていないんだよね?どうして猖佯が出てくるの?」
「これは我々もわかっていないのですが、レイ様を発見した時、なぜか猖佯が隣にいたのです。どのように亜暴の間を抜け出して、外に出たのかは一切不明です。申し訳ございません。」
一時的とはいえ、慰霊教会の管理を慚愧やマリクから任されており、その仕事をやりきれていないこと、そのことを敬愛する主君に伝えなければならないことにオーキュロームは悔しい思いを滲ませる。
しかし、レイはその様子に気が付くことなく、僅かに思考を巡らせる。
「あ〜、あれは猖佯じゃないよ。偽物。俺が作った劣化版。みんなをこの世界に呼べないかと思って色々試行錯誤してできた失敗作だよ。気にしないで。」
まさか謎の答えが主君から聞けると思っていなかったオーキュロームは驚きのあまり目を見張る。
「偽物、ですか?」
「そうそう、まぁそのあたりは後で説明するよ。とりあえず、一度七冥王のみんなに会いたいから招集をかけてもらえる?」
「おそらくですが、現在、マリクと慚愧、オーフィリアは教会内にはおりません。」
「どういうこと?」
「レイ様の行方がわからなくなった時に捜索隊を作りました。その隊の担当がこの3名でした。慰霊教会のみが転移した以上、教会の外にいた3名はおそらくですが、いないと考えられます。」
「なるほど、そういうことか。それならオーキュロームは一度慰霊教会内のメンバーを全員確認してもらえるかな。その3人以外でもいない人がいれば教えて欲しい。」
レイはゲームのキャラクターがゾユガルズの世界に来る前から自律的に動いて、NPC自らエリアマップの外に出ていることに驚きながらも指示を出す。
「レイ・メギドの名において、これよりオーキュロームをメギド慰霊教会、総管理者に任ずる。」
そしてゲームコマンドを発動させるためにレイは少し声を落として威厳のある様子で命令を下す。
オーキュロームはその様子、言葉から歓喜に身を振るわせながら首を垂れる。
「それじゃあ、残りの詳細はローチェから聞くからオーキュロームは早速仕事の方よろしく。」
「かしこまりました。我が君、深手を追われてたった今目を覚まされました。あまり体調もよろしくないかと。我々は我が君のために全員全霊を持って事にあたります。ゆっくりとお休みください。」
一礼してオーキュロームは純沌の間に降りて行った。
「それじゃあ、ローチェも一旦元の配置に戻ってもらえる?」
ローチェ自身はレイのことが心配で仕方なく、ほとんど話が頭に入ってこなかった。そのためどんな内容が話されていたのか全くわからないまま、今受けた命令通りに仏に姿を変えて元の定位置に戻った。
それからしばらくして、慈天の間に仏姿のローチェとレイ、それにザ・フームだけになった。ローチェは仏姿のままレイの様子をじっと見ていた。すると突然レイは長椅子に座った状態で、頭を抱えてしまう。先ほどとは異なり頭をかき乱し、自傷行為を行う訳ではなかったためその場にいろという命令を守った。ローチェの配置位置からは聞こえないほど小さな声で何かを呟き、頭を抱えて、震えている。レイの足元に黒い穴が出現する。
得体の知れない黒い穴に対してローチェは嫌な感覚がしたため変身状態を解除して慌ててレイに駆け寄る。それと同時に黒い穴からは漆黒の大鎌が出現し、うだれるレイの首めがけて振り下ろされる。
ローチェは鎌が見えた瞬間に自分も手にビートグリムリーパーを出現させて、小柄な身体からは想像もできない膂力でレイに近寄り、振り落ちる鎌を防ぐ。
「ぅぅ!!!」
一般人とは比べ物にならない力を有しているローチェでも振り落ちてくる鎌の力は思いの外強かったようで、跳ね返すのにかなり力をこめなければならなかった。一度振り払えば鎌は黒い穴の中に消えていったため、ローチェは頭を抱えるレイに声をかける。
「・・・レイ様?」
その声にようやくレイは反応を示し、ゆっくりと顔をあげた。疲労を色こく感じさせる面持ちに加えて、顔は涙で歪み、作り笑顔すら浮かべる余裕はないようだった。
「ローチェ、、、」
「私には何ができますか?」
自分の主人が泣いている理由がわからなかった。かつて自分がどうしようもなくなっている時にメギドに連れてきてくれた恩人。そして自分の主君。理由は何であれ、どうにかして助けたい。そんな一心でローチェは言葉を発した。
解決策はおろか、指示内容まで求めてくるローチェの言葉だったが、レイは配下からの思いやりある言葉で僅かに苦しみを脱却した。しかしすぐに背後からレイを楽にはさせないといった様子で後悔が体に絡みついてくる。レイはその後悔から逃げるつもりはない。自分の行動により、大切な人を見殺しにしてしまったのだから。助けられた可能性があるにも関わらず、行動を誤った。一体何が原因だったのか。分からない。ただ、言えることは自分の能力不足。力だけ持て余して、十全に力を発揮できていない。実際、経緯はよく覚えていないが、自分の力を使い、メギド慰霊教会ごとNPC配下たちをこの地に転移させることはできた。実際に全員ここにいるのかはわからない。だが、先に考えるべき問題はレベルなど上がっていないのに、この能力を発揮できたことだ。つまり、ラールが殺される前に配下のNPCたちをここに呼べていたら、ラールを失うことなんてありえなかった。
あったかもしれない幸せな可能性がレイを苦しめ続ける。
ありがとうございました。
次回更新は未定です。




