155.鬱ってるレイと配下1
よろしくお願いします。
ラールさんの笑顔を見ると心が温かくなる。
「レイさん、好きです!」
ラールさんの行動に、言葉にずっと救われてきた。
助けたいと思っていたのに、気がつけば自分が支えてもらう側になっていた。
コリウスたちと金華猫の討伐のため、臨時で組んだ仲間に傷つけられたとき。進む道を悩んでいるとき。話を聞いて、味方になってくれた。ラールさんはいつも俺に助けられっぱなしなんて言っていたけれど、本当は逆。
俺がいつも助けられていた。
それなのに俺は、彼女を守ることすら出来なかった。
「レイさん」
笑顔で俺の名前を呼ぶ姿。
驚きながらこちらを凝視する姿。
泣き笑う姿。
顔がぶつかりそうになるくらい至近距離だったり、何の気になしにただ名前を呼ばれた時だってあった。
色々な状況、そして色々な表情で俺を呼んでくれるラールさん。
「レイさんが助けてくれます!」
見たことないラールさんの表情が流れる。
「レイさん、、、レイさん、、、レイさん、、、、」
気丈な態度からどんどんと彼女の表情は翳りを帯びていく。
レイの名前を呼び続ける。
「レイさんレイさんレイさんレイさんレイさんレイさんレイさんレイさん」
レイの名前を連呼していたが、声にこもる感情は、期待や援護から悲嘆に変わる。
「レイさん、どうして?私を助けてくれないんですか。どうして。。。」
「・・・許さない、」
そして終いにはレイの名前すら呼ぶことはない。悲嘆は呪詛に変わる。
レイは何度も、助けを求めるラールの元に向かおうとした。
しかし、どれだけ近づこうとしても彼女はレイの進む速度と同じ速さでレイから離れてしまう。レイはどうにか追いつこうと懸命に走るが、追いつかない。
それなのになぜかラールがレイに対して呪詛を吐いた瞬間、ラールとレイは互いに触れることができるほど至近距離にいた。
レイはラールを助けようと両手で彼女を抱きしめようとする。
しかし近づいた瞬間に彼女の両目が落ち窪んでおり、レイは僅かに体が固まる。
その逡巡に気がついたのかラールはレイに一言何かを告げて消失した。
レイの意識が暗転する。
目が覚めるとそこは見覚えのある懐かしい空間だった。
自分が最も求めていた空間。メギド慰霊教会の一階、慈天の間。
しかし、そんなことはあり得ない。
ここはゾユガルズという別の世界で、帰りたかった場所であるダイイングフィールドの中ではない。今自分は慈天の間に設置されている長椅子に似た場所に横たわっている。
「ラールさん、、、」
ゾユガルズではあり得ない状況と先刻の大切な人を守れなかったショックから頭の整理がつかない。それに今の状況が、ゾユガルズで大切な人を失ったからと言って、ダイイングフィールドの光景を現実逃避した結果映し出しているような気がして嫌だった。大切な人の死を受け入れず、別の大切なもので上書きしているような気分に陥る。
「レイ様!!!」
この光景はレイの心の中のものであり、ラールの死を受け止めきれない結果、心の崩壊を防ぐために自分が自分に見せている幻覚なのではないかと思っていたが、突然死角から声をかけられて思考は停止した。一体誰だとレイは体を起こそうとする。
しかし体は動かない。ここにきてようやく自分が何かに拘束されていることに気が付く。
多少自由に動く首を動かして自分の体を観察すると、植物に体を覆われていた。
拘束し、体の動きを阻害する植物かと思えばレイが少しでも力を入れればすぐにでも取り剥がすことが出来そうな強度だった。
拘束というよりもレイを覆っているという感じで、一体どうなっているのか意味がわからなかった。
思考を巡らせていると再び声をかけられる。
すっかり自分の置かれたおかしな状況に声の主をほったらかしてしまった。
「レイ様、、、?」
聞いたことのない声なのに、どこか懐かしさを感じさせる声。
焦燥感にも似た思いでこの声が誰なのか確認したくなり、体を覆う植物を引っぺがし、体を起こす。
「レイ様!?大丈夫ですか?」
そんなレイの様子を見て慌てて駆け寄る。
しかし植物を無理に剥がしたことで、レイは自分の体を把握する。
左半身に違和感を感じて視線を落とす。
そこにあるはずの左腕がなかった。
痛みはなく、ただ左腕がない。
痛みがないこと以上に、そのことに全く動揺しない自分に薄寒いものを感じた。
「レイ様!大丈夫なんですか?!」
声の主はとうとうレイの視界に写る。
上半身を無理に起こしたレイの体を支えるようにしてレイの視界にカットインしてくる。
レイは驚く。
自分の部位欠損なんかよりもよほど、驚いた。
会いたかった配下であるローチェがそこにいたことに。
声の主はローチェだったのかと思いながらも、意味がわからず、レイはただ名前を呼ぶ。
「ローチェ?」
レイが名前を呼ぶと彼女は体を震わせる。
赤い瞳に涙を潤ませながら、レイに抱きつく。
レイの存在を確かめるために力強く抱きしめているにも関わらず、壊れ物を扱うかのように優しくもある。レイも以前、ルノをこの世界に呼んだ時に同じようなことをした記憶があった。そんな経験があったからこそ、彼女が本物のローチェであるとレイは理解する。ローチェもあの時と同じなのだと思ったレイはしばらく話しかけず、彼女の好きにさせる。その間に再度、自分の左腕を確認する。やはり、そこに腕はない。
どうして自分の腕がないのか。そもそもなぜ自分は植物のようなものに覆われていたのか。
「ローチェ、俺の体を覆っていた植物は何?」
1人で考えるよりも何か知っていそうなローチェに話を聞く。
ローチェはレイに話しかけられたため、抱きつくのをやめる。
しかしよほど心配なのか、レイから手は離そうとしない。
「オーキュロームが応急で処置してくれたんです。私じゃレイ様を助けられなかったから。」
グスと鼻を啜る。
レイは話の内容から、ここにローチェだけでなくオーキュロームもいること。
それに自分が大怪我をしていたことを知る。
彼女たちがどうしてこの場にいるのかということも気になったが、そもそもどうして自分が意識を失うほどの大怪我をしたのか思い出せない。
脳内で少しずつレイは記憶を辿り始める。
確か自分は、ベニートを出発してウキトスに戻って、そこで火事を発見して。
サーシャを助けて、それからラールさんを、、、。
レイの脳内にラールの最後がフラッシュバックする。
転移直後に感じたあの異様で異常な痛みを再び感じてレイは座っていた椅子から転げ落ちる。落ちた勢いでローチェと肉体的に繋がりは切れる。耐えられないほどの頭痛を感じ、その痛みを紛らわすために地面に頭を強打し続ける。まるで最初に転移したときのような激しい痛みを感じ、苦悶が漏れる。
「ああ、あああ、ああ、、、、」
「あああ、ああああ!!!!」
「俺のせいだ!俺のせいで、あの時もっと早く気がつけば・・・」
レイは痛みと後悔の念に苛まれ、頭を地面に叩きつけながら狂ったように声を上げる。突然の奇行にローチェは何をどうしたらいいかわからずにオロオロとした様子でレイのことを見ていたが、叩きつけている頭から血が流れているのを見た途端にローチェは慌ててレイに駆け寄る。14歳の小柄な少女であるため力任せに暴れるレイを止められるとは思えない。しかしそこは<七冥王>が1人。見た目は少女でもレベルはレイと同じで200。
ステタースに差異はあれど、見た目ほどの力の差はない。
急いで彼女は暗属性魔術『闇触』を発動させる。
レイは頭を叩きつけようと首をもたげた瞬間に、首に触手を巻かれ、背後に倒される。
首に合わせてレイの腹部と右肩、右肘を地面から生やした『闇触』で拘束する。
レイの首を上に上げる力をそのまま後方に流したため物凄い勢いで後ろに倒れる。
当然そのままでは教会の床に強打してしまう。敵だったり、他の慰霊教会の仲間だったらローチェも対して気にせずそのまま自分の管理区域で暴れるものを拘束するだけだった。しかし相手は自分の大好きな主人。レイが痛い思いをしないように、倒す前に『闇触』をまとめて、背後にクッションを用意していた。
「レイ様!どうしたんですか!?」
拘束したレイに近寄り声をかける。
しかしレイは顔を残っている右手で覆い、ただ悔いている。あまりの錯乱状態に、ローチェの問いに返答することすらままならない。
「ラールさん、ラールさん」とローチェの知らない何か、人の名前のような言葉を弱々しく呟いている。詳しくは分からないが、外的要因によって苦しんでいるのではなく、内的、それこそ精神的理由から苦しんでいると理解したローチェは悩む。
自分の両手に目をやる。そして苦しむレイを見る。
2度ほど自分の手とレイの様子を交互に見たのち、覚悟を決めたように両手を力強くぎゅっと握り締める。
立ち上がり、右手を横に伸ばす。
いつの間にかローチェの右手には鎌が握られていた。
「ビートグリムリーパー『束魄出』」
鎌を両手で強く握り締め、わずかに逡巡したが、すぐに生唾を飲み込み、ローチェは鎌を振り上げた。そして勢いよくレイの頭めがけて鎌を振るった。ローチェの振るった鎌はレイの頭に直撃した。鎌に斬られた存在は耳を中心に頭蓋を上下真二つに切り分けるかに思えた。
しかし、ローチェの持つ鎌は不思議な形をしており、レイの頭を横から殴りつけるだけだった。鎌の形状をしているのに、刃先に鋭さはない。三日月型に歪曲した形だが、刃先は平面だ。
分かりやすくいうならば、ひどく横長な直方体の形をしている。刃が無い代わりに刃先も峰も柄込みも全て殴打武器として扱うことができる。柄の先端には黒色の拳が取り付けられており、誰も切り裂かない、殴る意志のみが感じられる。
大鎌が頭に直撃したレイは意識を失う。
そしてレイの体の側に黒く澱んだ靄が出現する。
「・・・え?」
ローチェはレイの靄の黒さに驚きつつも、いつの間にか用意していた籠に靄を取り込んでいく。その籠を大事に保管したのち、レイを壊れていない長椅子にそっと優しく横たえる。それからローチェは急いで、純沌の間で猖佯から話を聞いているオーキュロームを呼びに向かった。
ありがとうございました。
別サイトのカクヨムでサポーターの方限定で特定のキャラを深掘りした話を書いています。よければこちらにも遊びにきてください。他サイトのことを書いていいのかわからないので、この件はこれ以降の後書きに記載しませんのでよろしくお願いします。




