150.ニーベルンのアドバンテージ
3章スタートです。よろしくお願いします。
その情報を初めに掴んだのはニーベルン・ベニートだった。
レイという一種の災害を相手にしたのち、ベニートの街は平和そのものだった。
ミャスパー・ガルノー男爵の件も、ボーモス侯爵は強く意見をすることはなかった。
情報源であり、お抱えの戦力であるシゼレコが殺されたためである。
その相手方の貴重な人材を葬ったのはレイであり、完全にレイを批判できないことは領主としては胃の痛い話だった。
しかしレイのおかげで悪事が明るみに出た。
男爵の推薦者であるボーモス侯爵の動きを縛る材料となった。
<ゲヴァルト>や<ズーザメン>ではなく自分の所属する<アインハイミッシュ>の部下をガルノー男爵の後釜に迎え入れ、領地経営は順風満帆だった。
そんな伯爵の元に耳を疑う知らせが入ってきた。
「中心都市オルロイが消滅しただと?」
話を持っていきた執事のゲイリーですら、真偽が定かではない情報を領主に伝えていいのか躊躇っている様子ではあった。
「もう一度聞くぞ、都市国家連合、中心都市オルロイが消滅したのだな?
壊滅、もしくは何かによって甚大な被害を受けたなどではなく、消滅、だな?」
ベニートの再三の確認にゲイリーも手に持っている資料に対して、目を皿のようにして確認するが自分の発言を否定する部分は見つからない。
「はい、間違いございません。報告書にはオルロイ消滅と記載がございます。」
「そうか、では報告書に誤りがある可能性は?
被害甚大程度の出来事を拡大解釈し、大仰に報告しているだけではないのか?」
「いえ、報告者はソリタリーですのでその可能性は低いかと。」
ゲイリーの報告に対してベニートはさらに眉を顰める。
「ソリタリーだと?あいつはレイを追ってウキトスの街に行ったはずだが?」
「・・・左様でございます。」
そう言ってゲイリーは伯爵の意見に答えながら、報告書に目を落とす。
「ソリタリーの報告書に記載されている内容はこのようなことです。」
レイたち一向がウキトスに到着したのは夜間。
それからギルド職員の案内のもとウキトスの街に入門。
しばらくしてウキトスの街で火事が発生。
経緯は不明だが、レイは謎の全身鎧の男と羽を生やしてウキトスを離れた。
「その際のレイの様子が以前、ガルノー元男爵家を襲撃していたときと雰囲気が似ており、まずいと感じたソリタリーはレイの向かっていく方向から中心都市オルロイに向かっているのではないかと考えたようです。そして密偵に持たせている緊急用の通話の魔法器を使用してガラックに報告。」
「・・・ガラック、、、オルロイにて諜報を行っているものだったな。」
「左様でございます。3年ほど前からオルロイにてロク商議会、<ディプロマ>のお抱え護衛として諜報活動を行なっております。」
連絡を受けたガラックは全く気にしていない様子。
諜報員であることを露見させないためにガラックはすぐに通信を切断。
しかし、数十分後ガラックの方より再入電。
<ディプロマ>に黒狐と全身鎧が侵入したとソリタリーに報告。
護衛として働いたものたちがあっという間に肉塊になった姿を見たガラックは<ディプロマ>の館から逃走。
「その後はソリタリーからレイとの戦闘を避けるよう伝えたとのことです。」
「なるほど、ガラックを呼ぶことはできるか?もしくは通信でもいい。状況を聞きたい。」
「かしこまりました。現在、ガラックはオルロイから離れ、こちらに帰還している最中とのことです。今、連絡を取りますので、しばらくお待ちくださいませ。」
ニーベルン・ベニートはため息を漏らす。
貴族関係のゴタゴタを片づけられて、今後は息子に領地を委ね、自分は引退をしようと思っていたが、レイという国をも揺るがしかねない危険因子が発生したことで落ち落ち隠居もできなくなってしまった。
ゲイリーがガラックを呼び出している間に、自分は息子のクロームを領主室に呼ぶ。
クロームがベニートから都市国家連合中心都市オルロイがレイの手によって消滅した可能性があると聞いて、ニーベルンと同じ反応をした頃に、ガラックと通信がつながる。
「領主様、このような形での報告となってしまい申し訳ありません。
しかし、今は緊急事態ゆえ、どうかお許しください。」
「ああ、事態は一刻をも争う。構わない。
早速本題に入ろう。貴様は確かにレイをオルロイの街にある<ディプロマ>の館で目撃したのだな?」
「はい、しかと。」
「それでよく生きているな。貴様は名目上<ディプロマ>の館に護衛としていたのではなかったのか?」
「左様でございます。ソリタリーから諫言をもらわなければこの命はありませんでした。
レイなる黒狐を監視していたソリタリーが見失い、オルロイに向かっているかもしれないと聞いた時は何かの冗談かと思いました。
確かに我々竜人であれば、翼を最大限に活かせば夜間にウキトスからオルロイに向かうことは出来るかと思いますが、相手は獣人。多少夜目が効くからと言って走って向かうことのできる距離ではありません。しかしあのソリタリーが語気を強めて戦闘を起こすなというのもあり、そして何より、その連絡があってから数十分後に黒狐が現れました。
そんなこと翼を持つ竜人ですらあり得ません。同じ護衛が侵入者である彼らに襲い掛かりあっという間に返り討ちにされる姿を見て私は真っ先に逃走を図りました。
そのため今、私は生きています。」
事前にレイがオルロイを破壊したと聞いていたが、ニーベルンもレイのウキトスからオルロイまでの移動が速いことに違和感を感じて、どこかこの報告が偽物のような気がしていた。しかし、飛躍しソリタリーの前から姿を消したレイが、ソリタリーからの連絡を受けたガラックに、数十分後には既に視認されていることで非常に話が現実味を帯びてきた。
ニーベルンは神妙に頷き、ガラックに話の先を促す。
「それから私は緊急報告するためにオルロイの外に出て、報告書を作成しておりました。
ソリタリーに連絡をし直し、レイという人物について詳しく聞きました。
緊急として報告した際にはソリタリーの話を考慮して緊急の印をつけ、あとは魔力を込めて送るだけでした。
しかし、その時街に異変が起こりました。」
「街に異変?」
ガラックは数時間前に起きた出来事を頭の中で振り返ったのか、体を震わせる。
報告のための魔法器はオルロイの外に隠して置いてある。
そこからオルロイの様子は周囲に生い茂る木々が影響して全く確認することはできない。
しかし大きな音であったり、木々の高さを超える現象ならば話は変わってくる。
「突然数百メートルの枯れ木が出現いたしました。
それから街の方では悲鳴が上がり、悲鳴があがったかと思えば、笑い声、泣き声、騒ぎ声様々な声が聞こえてきました。
しばらくするとその音は止み、代わりにモノが壊れるような、折れるような音が聞こえました。そして、最終的に枯れ木はオルロイの街の方に倒れて消えました。
間の木々をかき分けてオルロイのあった空間に向かうと建物どころか散り一つない更地がそこにはあったのです。」
ガラックからの話を聞いていたベニート親子は話しが終わった後でもなんと言葉を発すればいいのか分からなかった。レイという存在を知らなければそんなふざけた報告だと一笑にふすか、大言壮語な報告をするガラックの評価を下方修正するだけだった。
しかし2人は既にレイという規格外の怪物を知ってしまっている。
そのため「あり得ない」という言葉を発することができなかった。
「街には本当に何もなくなり、建物どころか人の気配も感じられませんでした、本当です!」
ガラックは通信先の2人から反応がないことに自分の説明が信じられていないのだと思い、言葉強く断言する。
しかし2人が反応しなかったのは発言の真偽を吟味しているというわけではない。
獣人でありながら、都市間を空を飛んで瞬く間に移動する。
未知の方法によって街を更地にする。
これだけの大量虐殺をする理由が見当たらない。
だが上記の全ての行動はレイという人物を知る2人には否定できない。
「疑っているのではない。
これからの対応に関して考えていたのだ。」
ニーベルン・ベニートは答える。
これからどう行動することが正解なのか。
事は領内だけの問題ではない。
先の、男爵の件は国内の派閥問題だった。
自分の領内に加えて、属する国の派閥も考えなければならなかった。
これだけ大きな問題をたった1人の獣人によって引き起こされた。
もしこのことが<ゲヴァルト>にばれれば、クティス獣王国との戦争に発展する可能性がある。<ズーザメン>に知られればレイを取り込もうと躍起になる。
そんな未来しか見えない。
だからレイの話はこの領内にとどめていた。
しかし今回のオルロイ消滅の件。
レイに監視つけていたからこそ、どの国、勢力よりも先に情報を手にすることができた。
このアドバンテージを活かせば<アインハイミッシュ>、延いては自国を世界情勢の中心に食い込ませることができるかもしれない。
しかし失敗すればオルロイ同様にベニートが滅ぼされかねない。
レイという存在はたった1人で国家をもを揺るがしかねない力を持っているとこの目で見て、確信した。
そのためどのように報告するかによってオセアニア評議国の内情、外情が簡単に変化する。
そんな胃が痛むようなポジションにニーベルン・ベニートはいる。
今すぐにでも隠居してクロームに家督を譲りたい気持ちをどうにか抑え込み、今後の対応について考えを巡らせるのだった。
ありがとうございました。




