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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
146/198

146.嘴塵乃惡

よろしくお願いします。

マオとの会話が終わったあとでレイは再度、街を見下ろす。宙に浮き街を俯瞰してみることで、活気のある場所と静かな区画があることを知った。どう壊せばいいか思案していると、ゴミの首をラールのだと勘違いしたゴミがしゃしゃり出てきた。レイの怒りは再び高まる。オルロイという街を把握するために、索敵魔法『テイル』を制限なく発動させる。普段は魔物のみといったように範囲指定して『テイル』を使用しているが、今回は違う。索敵範囲全ての膨大な情報が一気に流れ込んできて、流石に一瞬頭がクラッとする。目の届く範囲にある関所と『テイル』に表示される人口分布を比較しながらオルロイの境界線を見定める。今、レイの眼下には数えきれないほどの人の印が表示されている。その一方で、少し離れた肉眼では明かりの確認できない場所はほとんど反応がない。あったとしてもポツポツと光っているだけで、人なのか魔物なのか動物なのかどうかも分からない。そうした反応は全て取り除き、オルロイとその外を分けて考える。


そうして遂に物語は始まった。レイが魔法を詠唱し始める。普段は無詠唱で魔法を行使するレイだが、虚無属性の広域範囲魔法は流石に無詠唱で唱えることはできない。


『賽を振るった蛮族ども、天網恢々、独りも帰さざる



レイが詠唱を始めた途端、オルロイを取り囲むように全長200mはありそうな枯れた大樹が出現する。大樹たちは密集しており、ネズミ一匹通る隙間もないため当然外に出ることは出来ない。そして外から中の様子を伺うこともできない。突然現れた枯れ樹の近くいた物たちの悲鳴が上がる。中にはその枯れ木が生えてくる面に接したものもおり、その者は枯れ木に体を貫かれるか、中途半端に宙へ持ち上げられて、落とされている。街の中心部にいる人たちは街の外に視線を向ける。困惑や訝しげな様子ではあるが、取り乱す程まだ大きな影響はない。



平和を望むならば、戦の準備に取り掛かれ。



詠唱を続けるとレイを中心にオルロイの街の地面に巨大な魔法陣が描かれる。これには流石に街の中心にいる物たちも驚きを表す。しかし驚くもの、笑い合うもの、騒ぎ立てるもの、恐れるもの、無関心なもの、と反応はそれぞれ異なる。その一方で枯れ大樹が出現した外周部のものたちの中から興味本意で樹に触れるものが現れる。枯れ木に触れたものは一瞬にして枯れ木に養分を奪い取られ、苦しみながら命を落とす。そこから恐怖は内側へ徐々に伝播していく。



死の存在を忘れるな。支度ならば既に出来ている。贄となり平和の礎となれ。



レイの詠唱に合わせて、範囲内の全人類に死の恐怖が植え付けられていく。浮かび上がった魔法陣から黒く、そして固くて柔らかい何かが溢れ出る。溢れ出た何かは無差別に生命体を刺して、巻きつき、飲み込み、切り刻んでいく。初めは枯れ樹の影響のなかった中心部も瞬く間に阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れる。



微睡む贄たち、この瞬間を謳歌せよ。嘴塵乃惡』



今度はなぜか皆笑顔を浮かべ始めた。黒くて硬いけれど、柔らかい何かが殺戮を行なっているという状況は変わっていない。だが、人々は皆軟らかい笑みを浮かべて笑っている。

1人、また1人と人が殺されていく。血液があたりに飛散し、常夜灯で照らされていた街の色は一変した。街全体に描かれた巨大な魔法陣に血が染み渡っていく。血液が広がりきったことをきっかけに、魔法陣のある地面から巨大な、それこそオルロイという街と同じサイズの巨大な口が出現した。口はゆっくりと開口し、その動きに合わせてオルロイの建物が倒壊し、そのまま口の中に流れ込んでいく。微笑んでいる人々も倒壊した建物とともに、口の中に沈んでいく。もし運よく瓦礫に押し潰されなかったとしても出現した巨大な口の中にある赤黒い歯に咀嚼され、形を保つことは不可能に違いない。何より気味が悪いのは死して尚、人々は微笑み続けている。しばらくして口の中のものは綺麗さっぱり奥に消えていってしまった。オルロイの街を囲っていた枯れ樹は口を開けた時にこぼれ落ちた人間や建物の受け皿となっていた。外の侵入を防ぐとともに、中からの逃亡も防ぐ。ネズミどころか瓦礫の破片一つ外には出さないような作りになっていた。枯れ樹がオルロイ側の地面に倒れるように徐々に斜めに角度をつけていく。口は植物の茂った舌を唇と歯茎の間に滑り込ませ、残った滓を綺麗に削ぎ取る。人々の笑い声は消え、建物が崩れる音もなくなり、口内の咀嚼音だけが響く。やがてその音も無くなり、世界は正真正銘の静寂に包まれる。


レイは『テイル』の反応を確かめる。おおよそ100万人以上は確実に消すことができた。それだけ、人類最大の大量虐殺を行なっていながら、レイは恍惚とした表情を浮かべていた。今殺した相手の名前も何もかもを知らない。けれど殺した。そんな事実に対して悦に入っている訳ではなく、人を殺したことによる、溢れんばかりの充足感に体が耐えきれないでいる。復讐心によりとった行動だったが、今のレイの心はあり得ないほどに満ち足りていた。


この光景を見たものはレイ以外に3人いる。猖佯を含めれば4人ではあるが、猖佯はレイから生み出された存在であるためノーカウント。ヤックルム、プロマリア、マオの3名だ。それぞれこの都市を、国を預かる要職についている者たちだ。そんな国を壊された彼らがレイに対して向ける感情は激しい憤りではなく畏れだった。ヤックルムとプロマリアはあまりの惨劇に途中で意識を失ってしまったが、マオは違った。完全に今の光景に圧倒され、そして虜になっていた。レイが敵であり、仲間の敵、そして国民の敵だということはわかっている。しかし、それら全て無視してもいいほどにマオはレイに惹かれていた。この思いが恋や愛ではない、ただの本能。本能でレイに惹かれていた。共通の敵がレイであるという認識が崩れた。この時にロク商議会の亀裂はもうすでに修復できないものになっていた。


その一方で、レイは己の脈を正常に戻すことに必死だった。広域殲滅の虚無属性魔法『嘴塵乃惡』を発動したことによりMPは全体の1/3にまで減っていた。しかし減ったMPとは別に自分の体の中に何かが入り込んでくる感覚を得る。得体の知れない感覚に気持ち悪いと思いながらも、脈は早くなり、気分は高まっていく。MPではない何かが完全に飽和状態になったことでレイの気分は最高潮にまで上がる。


飛行状態を保つことが難しくなり、何も無くなった更地にレイは降下していく。何もない真っ更な空間。高揚していた気持ちを誰かと分かち合いたくて、大切な人たちのことを頭に思い描いていく。最初に思い浮かんだのはラールだった。しかしラールは既に、この世にいない。気分は高揚しているにも関わらず、胸の奥が痛むが、すぐに感覚は上書きされていく。この感覚を以前もどこかで感じたような記憶があり、頭の中を整理する。


「そーだ。ここにみんなを呼ぼう。」


気づけばそう口にしていた。レイはダイイングフィールドにいるだろうNPC配下たちのことを思い出す。気分は上がっているが、何もない、誰もいない空間に寂しさを感じて、口から適当なことを言ってしまう。だが、口にして、それが無理ではないと体は訴える。以前はルノを呼んだだけで相当負荷がかかった。しかし今なら、なぜか問題なくみんなんを呼べると直感で理解した。そうなればレイの行動は決まっている。


『天にまします我らが神よ

我信ずるは我が信念と配下のみ

猶し願ひつ神の御業

神ならば罪人なる我に見せ給ふ

我願う世界を創造し給へ。』


以前は魔法陣の描かれた大理石が作られたが、今回は違う。更地となった空間に新たに魔法陣が描かれる。サイズは『嘴塵乃惡』と比べると圧倒的に小さいが、それでもロク商議会の豪邸が一つすっぽり埋まるくらいには大きい。レイは魂の声に耳を傾け、導かれるままに魔法陣に血を供給しようとした。しかしサイズは前回の比ではないほどに大きい。

レイはアイテムボックスから幻想級アイテム『夜天』を取り出す。外見にはこれといった特徴はなく、ただただ黒い刀。刀身から刀の柄まで黒い。ゾユガルズに来てからよく使用していた『童子絶切(ワラベノタチキリ)』は伝説級であり、自分を傷つけるには少し等級が低かったので今、このアイテムを取り出した。


そしてレイは高まった気分のまま、『夜天』で自分の左腕を切り落とした。幻想級なだけあって、非常に刀の入りはいい。何の抵抗もなく、レイの腕がスパッと切り落ちる。ズサっと音を立てて左腕は落ち、落ちた腕と、切れた先から大量の血が滴り落ちる。ここに来てようやくレイの体を支配する高揚感は治まり始めていた。


そしてどうして今自分で自分の腕を切り落としたのだろうかと疑問を抱く。しかしそんな平静も束の間で、今度は異常な飢餓感に襲われる。レイが飢えを感じれば感じるほど、魔法陣の光は増していき、レイの血が浸透していく。レイは先ほど大量に流入してきた謎のエネルギーは今度、魔法陣の方にすごい勢いで流れ移る。そしてそのエネルギーが底をつく。すると今度は1/3程度しか残っていないMPが放出されていく。この時、レイは自分の中に大量に入ってきた力が、GPであったことに気が付く。しかし気がついたからと言ってどうすることも出来ず、レイは意識を失った。最後に薄れゆく意識の中で、レイは懐かしいものを見た気がした。


ありがとうございます。

2章、これにて完結です。

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