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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
145/198

145.精神の解放

よろしくお願いします。


恐ろしい光景を前にしてロク商議会のトップ陣たちは唖然としてしまう。訪れた静寂を破ったのは、やはり、というか当然、レイだった。レイがイルゾドのいた空間に目を向けながら話し出す。


「ラールさんは数時間前に殺されました。今、俺は何も考えずただロク商議会に報復するためにここにいます。もちろん報復する方法なんてものは考えていません。ロク商議会という組織によってラールさんは殺されたのに、俺はその組織の全容を全く知らない。それではどうやって報復すればいいのか分かりません。だから自分の目で確かめたかった。この組織がどんな場所なのか。」


レイの言葉を聞いているのか、ただ恐れているのか3人は黙ったままだった。


「人が大事に思っている相手に手をかける。そんなことを、さも当然のように命令する組織とは一体どんなものなんだろうと思っていました。でも、今、イルゾドさんはプロマリアさん、あなたを守ろうとした。あなたたちの関係なんて興味ないのでどうでもいいです。

純愛、偏愛、性愛。何にしてもイルゾドはあなたを好いていた。他人の大切な人は簡単に奪おうとするくせに、自分が奪われることは我慢できない。恐怖すら一瞬忘れるほどの気持ちになり、嘆願してくる。」


話の途中からレイの視線はイルゾドが守った相手、プロマリアに向いていた。レイの声は話を進めるほどに色を帯び始めていた。烈火のごとく炎える赤い色に。


「正直、言って気持ちが悪かった。だから殺しました。でもそれが正解だったのかわかりません。最初はイルゾドの目の前で、ロク商議会という組織を壊すつもりでした。でもその前にイルゾドという自分本位な男が生きていることに、自分の大切なものの前で必死に足掻いている姿が悍ましかった。」


「自分本位?当たり前だろう。人は誰でも自分の好きなことを優先させるに決まっている。あの男にとって最優先すること、それがプロマリアだったというだけの話だろうに。」


燃えるような勢いのレイに水を差したのは<ドゥラグ>の長、マオだった。誰にも臆さない冷たい言葉はいつも通りだったが、声は震えていた。突然、横から入ってきた声にレイは特に機嫌を損ねることはなく、視線をプロマリアから隣のマオに向ける。そして、笑顔で言い放つ。


「言い方が悪かったですかね。自分本位が許せないということではないんです。自分の幸せの下に他者の不幸が存在することが、いや、、、それも違いますね。その不幸の及ぶ範囲が自分の大切な人だから嫌なんです。言って終えば、ただの我儘でしょうね。俺の預かり知らぬところでいくらイルゾドが他人を苦しめていようと口出しすることはなかったかもしれません。俺の最優先順位はラールさんとサーシャです。だからラールさんからイルゾドを殺して欲しいと言われたら、イルゾドのことを大切に思っている人がいたとしてもその人のことなんて考えずに殺します。」


「それは理不尽ではないのか」


笑顔で言い放つレイに、声を震わせてたじろぐもののマオは言い返す。


「ここは、それが罷り通る世界なんですよね。力で解決できる、そんな世界。それなら俺は、俺のしたいように、やりたいようにします。」


これは普段、他人の視線に怯える臆病な鈴屋泰斗では考えられない発言だった。今まで目立つことを避け、目立つことを嫌っていた泰斗。それが原因でイーリとメルラに迷惑をかけてまで新しく冒険者登録をした。経歴の歪さから一時的にパーティを組んだメンバーからは恐れられ、嫌われた。


そんな他人に怯える面すら受け入れてくれるラールがこの世から消えてしまったことで、レイの中で何かのたがが外れた。自分の幸せを守るためには他者の犠牲も致し方ない、いや、それが当たり前だと思うような思考回路に切り替わっていた。


「イルゾドに見せようとした景色を俺はあなたに見せます。いや、あなたたちにですかね。」


そう言われた3人は意味がわからず互いに視線を交わし合う。


「猖佯、この3人が逃げようとしたらすぐに捕まえろ。」


ここまで全く言葉を発さなかった猖佯に対してレイが命令を与える。イルゾドの人間味ある行動を見たことで、レイは壊れた。それを証明するかのように猖佯への態度はより一層冷たくなり、命令を下す際も一切見向きもしない。自分の大切なものの境界線が明確になった瞬間だった。偽物は本物と姿かたちは同じでも自分の‘大切’には含まれない。命令すればただ黙って従う偽物をレイは自分の都合のいいように扱う。そんな自分のことも以前までなら自分勝手だ、と自己嫌悪に陥ったかもしれないが、今のレイは何も感じることはなかった。偽猖佯がレイの命令に黙って従うように、レイもまた淡々と命令を出す。


「俺はこの街について詳しくありません。でもあなたたちを探して、イルゾドとこの街を歩いているとどいつもこいつもみんな笑顔でした。夜も更けているのに活気に満ち溢れていました。負の感情を抱くものは見かけていません。自分達の国のトップが奴隷売買という他人を犠牲にして成り立つことを許しているこの国。もちろん他の部門があることも知っています。でもそれと同じくらい奴隷という分野が力を持っていることも確かです。人の犠牲を感じさせないこの国民の笑顔。無性に、殺したくなります。本当に俺はわがままで、申し訳ないですけど、やっぱり許せないです。ラールさんを辱めた者、それを命令した者、そしてその命令するようなやつを生かしているこの国が許せません。」


黙れと言われている偽猖佯はもちろんのこと、ロク商議会トップの3人も黙っている。偽猖佯の感情は彼本人にも理解出来ているのか怪しい。ただ他の3人が黙っているのはこれからの未来について暗い想像をしてしまっているためだろう。それぞれ「黒狐」という存在を報告から認知はしていた。しかし、活動場所がウキトスであったため詳しいことは知らない。彼が相当の実力者であることは知っているが、どれだけ、規格外に強いのかということを知らない。だからこれから起きる惨劇に彼らの想像はついていかない。



レイはマオとプロマリアに向かって歩き出す。2人は殺されるとでも思ったのか、レイの歩みに合わせて後退する。しかし背後は先ほどレイが攻撃したために吹き抜けになってしまっている。そのまま下がれば落ちることは確実だ。2人はレイから視線を逸らすことなく、レイの背後にいるヤックルムの元まで迂回する。そんな無駄に警戒する2人にレイは気に留めることなく、進む。やがて、自分で壊した壁から外に飛び降りる。


一体何の真似だと3人は考えたが、言葉に出すものはいなかった。飛び降りたと思った直後に黒い羽の生えたレイが空に浮かび上がっていく。獣人かと思えば人種だった男が今、翼を生やして空に飛び立った。3人はレイの正体に今一度疑問を抱いた。だが、疑問を解決しようにもその答えはレイしか持っていない。後ろの全身鎧(フルプレート)の騎士に確認してみようかと思い、マオが振り返るとその騎士からもレイと同じような翼が生えていた。振り返っているマオに気がついたのかヤックルムとプロマリアも偽猖佯に視線を向ける。


最初に気がついたのはプロマリアだった。


「ヒィぃぃ、、、、、」


両手を口に当て、喉の閉まるような悲鳴を漏らす。どうしたのかと思いプロマリアを見たマオとヤックルム。プロマリアは震える手で偽猖佯から生える2対の翼を指さす。マオはプロマリアの指差す翼をじっくり観察する。そして全身に怖気が走った。突然生えたかと思われた翼は竜のように翼骨から飛ぶために発達した膜が張られているわけでもなく、鳥のように羽毛で覆われているわけでもない。全身鎧(フルプレート)から生える翼は無数の枯れた手の集合体によって形作られていた。一見すると羽毛から飛び出る枝毛のように感じられるのだが、目を凝らしてみるとやせ細った手が黒くなり、木の枝のように無数に伸びている。


レイから生えていた翼もこれと同じものならこの翼は奇怪で嫌悪感を感じるものだが、能力的には問題はないのだろう。ないのだろうが、一体何の種族がこんな悍ましい翼を持つというのだろうか。3人は聞いたことがなかった。


本当に言葉を失う3人だったが、偽猖佯が動き出したことで生存本能が警鐘を鳴らし、意識を取り戻す。しかし3人が持っている鐘では猖佯の動き出しに反応することはできなかったようで、気がつけば3人は猖佯に捕まっていた。プロマリアとヤックルムは悍ましい翼、1対に右左とくっついている。そしてマオは猖佯の抱える麻袋と共に左腕で抱えられていた。翼の表面に括り付けられるようにして拘束されている2人。どのように2人を固定しているのかと思ったマオは左後ろを振り向く。左下の翼にはヤックルムが拘束されていた。抱えられていることで自然とヤックルムよりも視線が高くなり、その結果翼とヤックルムの接合部分が見えてしまった。翼を形成する無数の枯れた手は翼だけでなく手としての役割も果たすようで、多くの手がヤックルムを掴んでいた。日頃から薬物を扱い、酷い光景には慣れているという自負のあったマオですらその接合部分から思わず目を逸らしてしまう。そしてその勢いのまま右を向くとプロマリアも似たような状態になっており、2人とも必死に拘束を解こうとしている。しばらくして、息が上がった2人はどう足掻いても拘束から抜け出せないと感じたのか抵抗を諦めた。マオは言葉にはしないが、自分が捕まる場所はここでよかったと思った。しかし少し目を伏せようとすれば、隣にある麻袋から全く知らない女性の生首が顔を覗かせる。ずっと大事そうに抱える麻袋を見て内心何を持っているのだろうかとは思っていた。生首は死後硬直によるものなのか、この世の苦痛を全て肩代わりしたかのような苦悶の表情を浮かべて死んでいる。この時、マオは思った。もしかしたら、この生首がレイの言う、そしてプロマリアが嫌うラールなのではないかと。人間とのハーフの山羊人ならばツノがなくても何も不思議なことではない。


もしかしたらこの首はレイの弱点なのではないかとマオは考えた。そんな思考を巡らせている間に偽猖佯は飛び立つ。4枚ある翼のうち左右下の2枚を使わなくても人間4、5人分の重さならば簡単に飛べるようだ。猖佯が飛び立った先にはレイがいた。レイは何やらブツブツと呟きながら、中心都市オルロイの街を360度旋回しながら見ている。


マオはこれから何をするのだろうとこの短時間に何度思ったのかわからない。そのためレイのすることにあたりをつけることは諦めた。しかし、思いもよらずにマオは切り札を手に入れてしまった。普段表に立って人と交渉することのない自分よりロク商議会のまとめ役的立ち位置のヤックルム。11Rの司会進行を務めるプロマリアが話した方がいいのではないかと左右後ろを振り返る。しかし2人は抵抗し疲れたのかげんなりした様子でいる。心なしか枯れた手が太くなって、彼らがやつれたように見えるが、流石にそんなことはないだろうと頭のキャパをレイとの交渉に向ける。空中で、抱えられた状態でレイに声をかける。


「おい、黒狐!」


「ようやくいらっしゃったんですね、、、。」


レイの声から先ほどのような強い激情は薄れていた。


「お前が、これから何をするのかなんて私には分からない。しかしオルロイにとってマイナスなことだとはわかる。だから今すぐウキトスに戻れ。そうすれば私たちは今後一生お前に関わらない。ウキトスからも手をひく。」


交渉。


そのため引いたり、下手に出る態度は取れない。ここまで散々ロク商議会は彼1人にボロボロにさせられた。けれど、だからと言って完全に下手に出て、懇願しても彼は聞く耳を持たない。だからマオは強気に、相手の関心を引くように言葉を発す。


「今更何を、言っているんですか?」

レイの声に呆れと怒りの色が見え隠れする。


「どうやってなのかは分からないがもしお前がこの街を壊すと言うのなら、私はお前が大事に持たせているこの首を今すぐ燃やす。」


そう言ってマオは偽猖佯が抱える麻袋からうまく、生首だけを取り出す。自分の服から少し擦り合わせるだけで燃える植物、焔花の実を取り出し生首に押し当てる。


「別に、構いませんけど。」

想像と違う展開にマオは目をパチクリとさせる。その一方で、レイは淡々と答え続ける。


「そいつはラールさんを苦しめた犯人です。殺したところで構いません。と言うよりも今の今まで存在を忘れていました。もし、そのゴミをラールさんや誰か別の俺の大切な人と間違えていたのなら、本当に不快です。」


そう言ってレイは左手をマオに向ける。ゆっくりと握りつぶす動作をとるとそれだけでマオの手にあった生首は断末魔を上げて四散する。マオは自分の読みが見当違いだったことに加えて、近づかなくても人を殺すレイの力、生首なのに生きていた謎の生物。さらに真っ赤に染まる視界に言葉を失った。他の2人もそのやり取りを見てはいたが特に口を挟むことはなかった。


ありがとうございました。

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