144.蓋が開く
よろしくお願いします。
「どうしてですか?」
レイは聞いてしまった。プロマリアがなぜそこまで姉妹を恨むのかを。
「あんな体を売るしか脳のない売女の娘なんかさっさと奴隷になればいいのよ。生きていても何の役にも立たない。死に逃げなんて許さない、奴隷になって一生苦しめばいいのよ。」
レイは理由を聞いたが、プロマリアは錯乱しているのか、いまいち要領の得ない答えが帰ってくる。娘というからにはプロマリアはラールの両親と面識があったのだろうか。などとレイは考えながら、ラールの最後を思い出す。
「それならラールさんと同じ最後にしてあげますよ。どれだけ彼女が苦しい思いをして死んでいったのか感じてみますか。」
話すにつれてレイの声から感情が薄れていく。周囲の気温が下がったかと錯覚するほどにあたりに寒気が訪れる。その様子を感じ取ったのか、プロマリアの気勢が削がれる。
「・・・死んだ・・・?どういうこと?」
「やっぱり組織間の仲が悪いと情報って入らないんですか?単純にまだ伝わっていないだけってこともあり得ますけど。どっちでもいいか。ええ、ラールさんは死にました。いえ、イルゾドの雇った殺し屋に殺されたんです。冒険者から散々慰み者にされた挙句、殺されましたよ。同じことしてあげましょうか。」
レイの精神は今にも崩壊しそうであり、それを防ぐためにいつも通りを装おうとしている。いつも通りに振る舞おうとするがあまり、思考もその通りになり、レイは今の自分の発言に嫌悪感を抱く。女性の尊厳を踏み躙るような行動を自ら取ろうとしたことに。ベニートでアルアをいびっていたケルィナと同じではないかと。そう思ったレイはさらに内省して、感情を爆発させないように自分で自分の感情に蓋をした。負の感情をひたすらに誤魔化して、誤魔化して、誤魔化して冷静を保とうとした。
しかしその蓋をこじ開けようとしてくる奴がいた。
「一生男の道具になっていればいいのに。殺しちゃったのね。最悪。」
死んだことに呆気に取られていたプロマリアだったが、ラールの殺され方を聞いた途端不満を漏らしながらも満面の笑みを浮かべる。
レイは自分の感情を抑える蓋に亀裂が入る音が聞こえた。
「あんな女生きていたってしょうがないけど、死なせるのも何だか嫌だったのよね。どうせ殺すなら私の目の前で殺して欲しかったわ。どうせならその死体を、んんん・・・・・・・」
気が乗ったのか饒舌になり出したプロマリア。その口をマオは両手で塞いで物理的に止める。そのタイミングとレイの攻撃はほとんど同時で、マオが勢いよくプロマリアの口を塞いだことでズレた空間に亀裂が走る。机などの調度品が真っ二つに割れ、大きな音を立てながら崩れる。そして、崩れたのは調度品だけではなかった。この部屋ごと綺麗に亀裂が入り、穴が空いた。そこから外の風が流れ込んでくる。
あまりに規格外な行動をとるレイに命の危険を感じたのかプロマリアは大人しく黙り込んだ。しかしレイの抑えていた感情は僅かにだが溢れた。その溢れた亀裂から次から次へと感情の波は勢いを増して、レイの気持ちを荒ぶらせていく。何よりレイにとって最悪だったことはイルゾドの行動だった。
「すまない、いつもはこんなひどいやつじゃないんだ。ただ、色々とあって精神的に参っているだけなんだ。頼む、プロマリアを助けてあげてほしい。」
イルゾドの訳の分からない行動の理由に、鈍感なレイでも流石に検討がついた。イルゾドがプロマリアに恋しているという可能性に。
その瞬間レイの感情を抑えていた蓋は決壊した。
どうしてこれだけ好きな相手を守ろうと動ける奴が、ラールにあんなひどいことができたのだろうか。トアエに命じただけで自分は綺麗なままだとでも思っているのだろうか。それとも他種族など自分と同じ人間ではないとでも思っているのだろうか。好きな人からの好意を得るために見ず知らずの他人を犠牲にできるこの男はなんなのか。ロク商議会は貴族の圧政から独立するために作られたものだと聞いていた。それなのに結局、他者を犠牲に暮らしている。
ラールはただ必死に暮らしていた。両親を亡くしたばかりなのに幼い妹の面倒を見ながら両親の残した宿の経営を1人で頑張っていた。そんな子の最後があんなに無惨だなんて許せなかった。でもラールは散々ひどいことをされて、最後には殺されてしまった。
自分は何もできなかった。もっと早く帰って来れば助けられたのかもしれない。手遅れでも、生きていてくれていたのなら。自分も今目の前にいるクズのように、自分を犠牲にしてラールを守れたかもしれない。でも、その思考はそこで土下座するクズと自分が同じであるように感じるためただただ、腹立たしい。
もう考えたくない。
どんな思考をしても何かがちらつく。
それら全てをなくすためには、目の前の全てを消し去るしかない。
だから、壊したい。
何もかもを壊したい。
他人の犠牲の上に成り立つ組織なんて必要あるのか。その組織の恩恵をもらいながら暮らしている国民なんて生きる価値があるのか。そんな汚れた組織の作る箱なんていらない。
力で全てが決まる、決めていいのなら俺が作る。
自分が幸せな空間を。
自分の好きな人たちだけが幸せになれる空間を。
レイは今から殺す相手に自分の素顔を見せたかった。獣人の仲間を殺されたからロク商議会を壊すと思われたくなかった。人として、好きになった相手の弔いのため。そして人種のことしか考えない街を壊すために獣人レイは仮面を外した。
土下座の体勢をとり懇願するイルゾドはレイからの反応が全くないことに痺れを切らしてゆっくりと頭を上げた。
「な、、、、、、、、、、」
驚いたのはイルゾドだけではなかった。正面にいるプロマリアとマオは当然のこと、背後にいるヤックルムですら驚いた。黒狐と呼ばれた男から耳や尻尾、さらには全身を覆って見える体毛すら消えてしまったのだ。正面以外からでも変化は一目瞭然だった。
「獣人じゃなかったのか。」
今のところ一番関係の薄いマオが驚きから戻ってくるのは早かった。そしていまだに驚いている3人をよそに1人ポツリと呟く。
「ええ、俺は人種です。同族だからって容赦はしないのでその辺りはご容赦をしてくださいね。とりあえず、そこに這いつくばるゴミから掃除しますか。」
そう言ってレイは慈愛とはほど遠い笑みを浮かべながらイルゾドを見る。イルゾドはようやく驚きから戻ってきたのだが、レイの笑みを見て再び思考が止まる。レイは無詠唱の暗属性魔法『闇触』を発動させる。自分の周りから発現させるのではなく這いつくばっているイルゾドの足元から数本の触手を生やし、同一方向に触手を動かす。
「う、あああああ、なんだこれ!ああああああああ」
イルゾドを中心にどんどん触手が近づいていき、最終的にイルゾドの声は触手の内側にだけ響く。レイのいる外側には何も音は聞こえず、黒い触手が時折内側から膨らむ。おそらくイルゾドが必死になって内側からもがいているのだろうが、触手は非常に柔軟でありながら確かな強度を誇っており出ることはできない。しばらくして触手が収束していき、生えてきた場所からどこかに消える。人1人いた空間はポッカリと穴が開き、静寂に包まれる。
ありがとうございました。




