141.足音3
今日短いです。よろしくお願いします。
次に向かう場所として最適な場所を問われたイルゾドは当たり前のように候補をあげる。
「<セキュー>か<ドゥラグ>だ。」
イルゾドは黒狐が圧倒いう間に精鋭兵士15名を殺す瞬間を目撃した。目撃したが、視認は出来なかった。しかし16名の死人はいつの間にか生まれていた。訳の分からない状況に脳が追いつかない。けれど、生存本能からなのか同僚を売り、黒狐を案内してしまう。屋敷から出る際、すれ違う兵士やそれ以外のメイドも皆黒狐は先ほどの触手のようなもので殺していった。そして館を出て、次の目的地に向かおうとした際、黒狐に後ろから呼びかけられた。
「少し待ってもらっていいですか。」
当然イルゾドに反論する勇気も気力もない。ただ振り返って黒狐のことをみる。黒狐はただ黙って館を見上げている。今、全力で走れば逃げられるのではないかと淡い希望を抱いたが、黒狐は左手を館に向けてかざした。イルゾドは何をするのか分からないにも関わらず突然冷や汗が流れ、逃げ出せないことを悟る。
『惶梵赫炎』
黒狐が何か口にした途端、館が青い光に包まれる。一体何が起こっているのか始めは分からなかったイルゾドだったが、館の外観が徐々に崩れていく様を見てあの館を覆う青い光は炎なのだと理解した。そして黒狐の持つ力の大きさを過小評価しすぎていたとようやく気が付いた。
それからしばらく燃える様を眺めたレイだったが、先がつかえているため<セキュー>に進んだ。訪れた<セキュー>も長がいなかったため、今度はそのまま<ドゥラグ>にも向かう。もちろん<セキュー>の建物を燃やすことは忘れない。レイとして想定外だったのは<ドゥラグ>も長が不在にしていたことだった。流石の出席率の悪さに辟易するレイだったが、とりあえずどちらの館も『惶梵赫炎』で燃やす。<セキュー>は<ビューション>同様に青色の炎で燃え、<ドゥラグ>は深緑色の炎で燃え盛った。
そして次の<アンゲリーハイテン>でようやくレイはイルゾド以外の長と接触することに成功した。
「一体こんな時間にどうしたんですか?イルゾドさん。」
<アンゲリーハイテン>の長、ヤックルムの見た目は普通だった。それこそイルゾドのように刺青が入っていたり、ナンティスのように装飾過多ではない。本当にロク商議会、<アンゲリーハイテン>の長なのかと疑うほどに凡庸だった。物腰もナンティスのように作って低くしているというわけではなく、デフォルトのラインがそもそも低いように思える。
「悪いな、少し話がある。」
イルゾドも他の部署を紹介するよりもどこか後ろめたい気持ちなのか言葉に棘がない。
普段のレイであれば、多少怒っていても気勢を殺れていたかもしれない。
「ええ、わかりました。応接室を準備しているのでそちらに行きましょう。後ろのお二人が関係しているんですよね。」
「悪いな。」
4つめの地点にてレイは未だ誰も殺すことなく、ただ黙って2人の後を追う。この時のレイの心情は如何なものだったのだろうか。わかるものはレイを含めても誰もいない。
「それで一体どうしたんですか?」
応接室に到着し、ソファに腰をかける。互いに用意された飲み物に口をつけ、一息ついたところでヤックルムは凡庸な見た目の中で唯一気になる深い目の下の隈を片手でほぐしながら、イルゾドに話を促す。
「この国は滅びる。俺が原因だ。すまない。」
「はい?」
夜遅くに訪ねてきたのには深い理由があるのだと思っていた。ロク商議会のまとめ役的なポジションにいるヤックルムの元には<セキュー>、<ドゥラグ>、<ビューション>の屋敷に炎が広がっているという報告を受けている。そのため現在も久方ぶりの睡眠時間を削り、対応を取っていた。そんな中、この国が滅びるという口頭無影な話を同僚、仲間から聞かされる。当然、頭の処理は追いつかない。
「後ろにいる男にこの国は滅ぼされる。本当にすまない。」
再度口を開いたイルゾドの発言を受け、ヤックルムは背後で退屈そうにこちらを見ている黒狐と直立不動で全く動かない2mの全身鎧騎士に目をやる。当然ヤックルムの視線は2mの全身鎧騎士に向いていたが、その横から話しかけられたことで一気に注目する対象を変更した。
「というわけで、この館も壊しますね。大人しくついてきてください。」
それがさも決定事項のように告げる黒狐にヤックルムは冷や汗を浮かべる。日頃から物腰が柔らかいヤックルムだがそれでもロク商議会のまとめ役。さまざまな重圧に耐えながら生きている。そんな彼が話すまで全く存在感のなかった黒狐の言葉を聞いて簡単に呑まれそうになっていた。
「それは、どういうことでしょうか?」
額から汗が垂れるのもお構いなしに、ヤックルムは社交的な笑みを浮かべながらレイに話しかける。しかしその返答をレイはしない。ただ伝えることは伝えたといった様子で応接室を出て行こうと動き出す。その後を2mの全身鎧騎士とイルゾドはただ黙ってついていく。意味が分からないと思ったヤックルムだったが、ここに残ったところで謎の解明は出来ないためイルゾドに話しかけるといった形で後を追う。
「イルゾドさん。待ってください。一体どういうことなのか詳しく説明をしてください。」
応接室を出て、外に向かう途中ヤックルムは事の顛末を聞いた。いや、聞いてしまった。そしてイルゾドからの説明を聞いてヤックルムが完全に呑まれたタイミングで、さらに追い討ちをかけるようにレイの虚無属性魔術『惶梵赫炎』によって<アンゲリーハイテン>の屋敷も青色の炎によって館は燃やされた。
「それじゃ、最後ですかね。<ディプロマ>の屋敷はどこですか?」
レイの問いかけにイルゾドの体がびくりと震える。ついにその時が来てしまった。頭では言わないつもりだった。たとえこの場で殺されても愛する女の居場所は。だが、黒狐に怯える自分が囁く。ヤックルムも知っている情報、どうせバレるのは時間の問題。それなら最後に一目見てから死んでも、今死んでも何も変わらないのではないか。そうしてイルゾドは気がつけば<ディプロマ>の館の前までレイを案内していた。
ヤックルムは屋敷が燃やされたことで呆然として動きそうもなかったため、猖佯によって運ばれていた。
ありがとうございました。




