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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
139/199

139.足音1

よろしくお願いします。

ギルドを出るとレイの渡した麻袋を両手で抱き抱える猖佯がいた。レイの荷物だから丁重に扱っているのだろうが、その動作全てが気に食わなかった。荷物はレイの大切な人、場所を奪った張本人。そして、そのことも理解できない紛い物の仲間。しかしこれからの報復にはトアエの情報と猖佯の力は必要になる。


「これからオルロイに向かう。お前は飛べるか?」


レイは偽猖佯に話しかける。レイが作り出した猖佯。本来の猖佯とは見た目以外何から何まで異なる存在。本物の猖佯は戦闘特化でものすごく高く跳躍することはできても飛行することはできない。本物と偽物にどれだけの違いがあるのだろうか。ステタースを見ればすぐに確認できることではあるが、そんな時間すら今は惜しかった。


「申し訳ございません。私は戦闘特化型のステタース設定がされておりますので、空中を自由に移動することは出来ません。」


相変わらず癇に障る話し方をされて気分がめいる。しかし飛べないのであれば仕方がない。


「『転写』を使って『黒翼』を付与するからついて来い。」


レイは黒魔法『黒翼』を使って中心都市オルロイまで飛んでいくつもりだった。そのため猖佯が飛べないのであれば、少し魔力消費が大きいが無属性魔法『転写』を使って自分の黒魔法を猖佯に反映させるしかなかった。黒魔法『黒沼』で猖佯をオルロイに到着するまで閉まっておけばいいだけの話であることはわかっているのだが、空間が別であるとはいえ、ラールの眠る場所に偽猖佯を入れさせたくなかった。だからレイは倍量以上の魔力を使い、猖佯に4枚の黒い翼を生やす。そしてレイも同様に翼を、厳密に言えば黒魔法で『黒悪魔の手』を呼び出したように堕天使の翼を召喚して飛び立った。





<スレーブン>の長イルゾドはいつものルーティンワークをこなすようにあちらこちらに展開している奴隷関連の仕事の書類に目を通していた。時間は既に深夜。日を跨いでおり、イルゾドの眠気もかなり高まっていた。書類から目を外し、凝り固まった眉間を揉みほぐす。


「もうすぐ2ヶ月か。そろそろ期限が迫っているが、トアエから何か報告は来ているか?」


眉間の皺をいじりながらイルゾドは背後に控えていた執事に話を振る。執事は特に慌てる様子もなく、自分の得ている情報を主人に開示していく。


「先日連絡がありましたように、近いうちCランク試験を受けるためにウキトスを離れていた黒狐がベニートの街から戻ってくるそうです。その時に派手に仕掛けるとトアエ様は申しておりました。」


「はぁ、ゴンゾもそうだが、実力者ってのはどうしてこうも扱いにくいんだ。ムカつくなぁ。黒狐がいないならさっさと連れ去ってくればいいだろうに」


「旦那様の意見も尤もかと思われます。しかし、トアエ様が申しておりましたように、ロク商議会に刃向かってくる不確定要素は出来るだけ早めに駆除しておくべきかと。既にこちらはゴンゾが姉妹の奴隷化を失敗しておりますから、黒狐が帰ってきたとき、2人が消えた場合、真っ先に疑われるのは我々ロク商議会です。もし万が一にでも、取引先の方に迷惑をかけたらそれこそ一大事ではありませんか。」


執事の意見には何も否定する箇所はない。ただ痺れが切れて口にしたただの文句のため、イルゾドも本気で言い返すこともしない。


「まぁ、そうだな。だが、ムカつくもんはムカつくな。今確認している書類が終わったら寝る。メイドに支度を命じておけ。」


「かしこまりました。」


執事はイルゾドの執務室を出た。イルゾドの邪魔をしないように静かに扉を開けて出た執事だったが、戻ってくる時は盛大な物音を立てて執務室に戻ってきた。息のしていない状態で。扉が吹き飛び、その奥から執事が転がってきた。顔は驚きの表情を浮かべ固まっており、全身真っ赤に染まっている。イルゾドが思わず立ち上がり、執事に駆け寄った時には既に執事は息絶えていた。


「誰だ!」


イルゾドは怒りと怯えから土埃が舞う壊れた扉の方に向かって叫ぶ。土埃が晴れるとそこには身長2mはあるだろう全身鎧(フルプレート)大男が寂れた大剣を片手に立っていた。左手は麻袋を大事そうに抱えており、敵地に乗り込むにしては中途半端な格好をしていた。


「誰だ!貴様!」


姿を視認したところでイルゾドは再度声を張り上げて詰問する。恐怖に押しつぶされそうだが助かるための労力は惜しまない。この声に気がついて護衛の兵士達が現れるのを待つ。

その間この得体の知れない大男と会話をするしかないと頭の中で先を見通す。しかしその見通しはすぐに頓挫する。2mはある男の後ろから自分が一方的に見覚えのある、いやそもそも生きているはずのない男が現れる。


「あなたが<スレーブン>のトップ、イルゾドさんですか?」


視界に映った黒狐から発せられる声には感情がなかった。まるで亡霊でも見ている気持ちになり、イルゾドの思考はぐちゃぐちゃになっていた。


「・・・・黒、狐」


知らず知らずのうちに言葉が口から漏れ出る。今頃トアエが殺しているはずの男。そいつがこの場に現れた。つまりそれはトアエが負けて、なおかつ依頼人を売ったということを意味する。そうでなければ黒狐が執事を殺してまでこの場に現れる理由がない。だが、その自分の思考を正直イルゾドは信じられなかった。確かにトアエという女は狂っていたが、それでも今まで自分の右腕だった男、ゴンゾを秒殺したほどの実力者である。そんな女をこの黒狐は負かしたというのだろうか。それも見たところ全く負傷している様子はない。一体トアエを殺してどれくらい日が経ったのだろうか。トアエから報告があがったのはつい3日ほど前だった。つまりその3日の間にトアエは殺され、そしてウキトスからオルロイまで黒狐はやってきたということなのだろうか。あまりの展開の速さにイルゾドは内心の思考がぐちゃぐちゃになっていた。


「ああ、俺のことを知っているということはあなたがイルゾドさんなんですね」


「お前は、本当にあの黒狐なのか?」


黒狐の姿を見て一気に気勢の削がれたイルゾドは頼りない声音でレイに問いかける。そんな滑稽な様子すらレイにとってはどうでもいい人生のうちの一コマであり、興味のない視線を向けていた。


「あのとはどのことなんですか?ゴンゾの上司の方なんですよね?ついでにトアエさんとやらの。」


「トアエのことまで知っているのか。それならもうあいつは。。。。」


イルゾドの考え通り、トアエが依頼人を裏切り黒狐に情報を渡していたようだ。そう思ったのも束の間で、黒狐の後ろでただじっとしている男が持っている麻袋を黒狐は受け取る。そしてその中から、見覚えのある顔が出てきた。一瞬何の魔法器なのかと思ったが、麻袋から全て取り出された姿を見てイルゾドは吐き気を催す。トアエの頭が出てきた。そのまま袋から手品のように残りの体が取り出されるかと思えば、首の先は左胸、心臓のある部分しか肉は存在せず、あとは何かよくわからない黒いモヤで切断面を覆われている。意識はないようで、トアエは袋から取り出されても何も言葉を発する気配はない。イルゾドは必死に胃の内容物を外に吐き出さないように両手で口元を押さえる。そんな一方、レイはそのトアエの頭を掴み、袋をそのまま地面に捨てる。意識がないことを確認すると猖佯に手渡して、起こすように命じた。


黒狐と大男のやりとりの間にどうにか吐き気を抑え込んだイルゾドは黒狐に話しかける。


「まさか、生きているのか、、、」


「ええ生きていますよ。 本当にすごい生命力ですよね。本当に人間なんですか?」


「それはこっちのセリフだ。トアエはゴンゾなんかよりも圧倒的に強いぞ。そんな奴を無傷で倒したのか?」


「ええ。まあ。強いですか。。。」


強いの基準が未だゾユガルズのままであるレイはイルゾドの発言にどう答えて良いのか曖昧な鸚鵡返しをする。


「ひぃぃ、、、、、」

そんな2人のやりとりをよそに目を覚ましたトアエは自分の置かれている状態がさらにわからなくなり、怯えている。


「おい、トアエ貴様。よくも依頼人を裏切ってくれたな。」

もう全て知られていると考えたイルゾドは時間を稼ぐためにトアエの責任を問い詰めることにした。


「話が違う!こんな依頼白金貨一枚だなんてあり得ない。大白金貨100枚積まれたって誰もこいつを殺そうだなんて思わない!」

トアエを攻めようとしたイルゾドだったが、むしろ想像を絶する恐怖を体験したのか、トアエが依頼人であるイルゾドに向かって一体どこからそんな声が出るのかという罵声を飛ばす。


「トアエさん、黙ってください。」


そんな言い合いになりそうな雰囲気をレイの無感動な一言が打ち消す。トアエは意図的に視界から外していたレイの姿を再度視認して、何かを言いかけたところで口をつぐむ。イルゾドはその様子を見て、既にトアエという殺し屋は心身ともに眼前の黒狐に折られてしまったと理解する。


「再度聞きますが、あなたが<スレーブン>のトップであの姉妹2人を襲うように命じた、イルゾドさんですよね。」



「そうだとしたら、それがどうした?」

いっそのことイルゾドは開き直り、黒狐の反応を見ることにした。


「どうするも何も殺すだけですけど。」


挑発した態度に一向に感情を表に出すことなく、国のトップ1人に対して平気で殺そうとする。その姿にイルゾドは寒気を感じる。あのイカれ狂った女、トアエがここまで黒狐に心を折られた要因の一つを理解したような気がした。


「殺すだと?それはロク商議会を敵に回すということだぞ?わかっているのか?」

戦闘力が皆無だとしても、国のトップとして色々な心理戦を行なってきた。イルゾド。簡単には心は折られない。


「ええ、それが何か?」

そう思い強気な発言をしたのも束の間、黒狐の言葉に今度こそ怯えてしまった。ロク商議会という貴族にも打ち勝ってきた歴史ある組織、国を敵にしても何も問題のないという傲慢な発言。しかしそれが決して驕った意見というわけではなく、本当に敵になるなら仕方のないという達観した様。格の差を見せつけられたとイルゾドは感じだ。


「俺を殺せば全世界の奴隷の購買層を敵に回すぞ?」

黒狐と言葉を交わせば交わすほど、自分の小ささを感じずにはいられないが、どんどん自分よりも強大なものの力に頼りたくなってしまう。


「元々俺、奴隷嫌いですから別にいいですよ。それと気になっていたんですけど、ここオルロイにはロク商議会の幹部は皆さんいらっしゃるんですか?」


長くなるので分けます。ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 息を吞むセリフまわしで続きが早く読みたくなります。 [気になる点] ステタースは、「ステータス」ではないかと思うのですが、間違っていたらすみません。
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