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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
138/198

138.枷となる思い出

よろしくお願いします。

レイが外に出てしばらくすると白山羊亭の耐久値は完全に無くなったのか、形が崩れ始める。


「お兄ちゃん〜!!!!!!!!!!!」


レイが戻ってくるのをずっと待っていたのか、宿から出た瞬間にサーシャがレイに向かって駆け出してくる。その後ろでは猖佯が命令通り油断なくサーシャを見守っている。


「サーシャ。」

レイはラールのことをどう伝えればいいのかわからず名前を呼んで黙ってしまう。その様子から何かを感じ取ったのか、サーシャはレイの前までくると立ち止まり、不安そうな様子でモジモジしながらこちらの様子を伺う。レイはバックパックを乱雑に地面に置くと、サーシャと目線を合わせるために膝をおる。


「サーシャ、、、、」

不安げな様子のサーシャ。姉の安否が不安で仕方ないのだろう。そんな子供に本当のことを告げていいものなのか。しかし家族だからこそ、姉の安否に関しては絶対に知る権利はある。


「お兄ちゃん、、。」


その声はとても不安をはらみ、その先を聞きたくないと思いながらも、受け止める覚悟は感じられた。精神的な強さでレイは誰にも勝てないと思いながら、慎重に言葉を選びながら、伝える。


「サーシャ、ごめん。助けるなんていったのに、ラールさんのこと、助けられなかった、。」


レイはサーシャと目を合わすことが出来なかった。不甲斐なさと後ろめたさから思わず視線を下げてしまう。そんなレイに対してサーシャはタッタと駆け寄って、レイを抱きしめた。いつも大切にしている人形を放り出して、膝をついてもレイの方が大きいから背伸びまでしてレイのことを優しく慰めようとしている。そんな優しさに対して、レイは反射的に、サーシャの肩を掴み、自分から遠ざけてしまった。


「あ、、、、ごめん、、。」


本当に申し訳ないという思いでいっぱいだったが、どうしても今のハグはダメだった。今のハグはラールのものだ。レイがどうしようもなく憔悴しているときにラールがしてくれたこと。だからラールとの数少ない思い出に割り込まれている気がして仕方がなかった。大人気ないことは承知の上。しかし、もう一生、生まれることのないラールとのやりとりという記憶に上書きされたくなかった。そのため反射的に体はサーシャを遠ざけてしまった。ただの優しさからレイを気遣ってくれた幼い子の気持ちを無碍にしてしまった。


「ごめんね、お兄ちゃん、、、。」

サーシャもどうしていいのかわからず、半歩下がった状態でレイのことをただずっと見ている。自分だって、いやレイ以上にサーシャが、この世でたった1人の肉親が亡くなって泣きたい気持ちだろうに、サーシャは涙を堪えてレイのことを慰めてくれた。その気持ちがサーシャの目をちゃんと見たレイにはわかるから、言葉を返せない。


「いや、サーシャは何も悪くないよ、、、」


それでもどうにか答えなければと言葉を続ける。レイとサーシャの間には轟々と燃える炎の音だけが鳴り響く。お互いにどうしたらいいのか、分からない。10歳前後のこんな子供に気を使わせてしまっている現状に、レイは嫌になる。ひとまずこの場所からサーシャを炎の海から連れ出すべきだと考えたレイは、今度は自分からサーシャに近づく。


「今、ここは火があって危ないから抜け出そう。」

そう言ってサーシャのことを抱き抱える。レイに抱き抱えられたサーシャは抱きつき返していいのかしばらく悩んだが、レイが火の海を抜けるために、跳躍したことで振り落とされないように自然とレイに抱きついていた。


火事が起きているのはウキトスの街の一角でしかないが、街灯も少ない夜の街にとっての存在感は凄まじい。火を消すために今も多くの魔術師が動いている。そして火事の対処に追われすぎて注目されていないが、チラホラと戦闘が行われている場所も存在する。

この件の主犯であるトアエは猖佯に渡したバックパックの中で意識を失っているが、それで気が狂った冒険者が止まるというわけではなさそうだった。レイはサーシャを抱き抱えたまま、今後のプランを考える。


心に何か大きな穴が空いた感覚に心身ともに影響を受けて、どうにも頭が働かない。ただオルロイに向かい報復するのであれば、危険だし、何より見せたくない姿をサーシャに晒してしまうから連れて行くことはできないし、連れて行きたくない。どれくらい時間がかかるか分からないため命令されたことしか動かない猖佯とサーシャを長時間一緒させたくもない。かと言ってこの街にレイが頼れる人なんていない。イーリはこの街を既に出てしまっている。


結局レイは完全に疑惑が晴れたわけではないが、他に頼れる人が誰もいないためメルラの元を訪れていた。幸い『テイル』を展開し探してみたところ、先ほど会話した地点、冒険者ギルドに残っている人がいた。レイとの会話を報告書にまとめているのだろうとあたりをつけたレイはサーシャを抱えた状態で冒険者ギルドに向かう。営業時間などとっくに過ぎているため扉はしまっている。しかし人の気配は1人分だけあった。猖佯を扉の前に待機させてギルドに足を踏み入れた。ギルド内にはレイの予想、希望通りに端の誰も来ない受付で黙々と作業をしているメルラがいた。


「こんばんは。」


よほど集中していたのかレイに突然話しかけられたことで体をびくりと振るわせる。この間グンバに話しかけられてわざとらしく驚いた様子とは異なり、大袈裟でないからこそ本当に驚いたのだと感じた。


「あれ?レイさんじゃないですか?どうしたんですか?また戻ってきて。愛しの方とは会えました?」


相手がレイだと分かるや否やいつも通りの少し砕けた口調になり、話を振ってくるメルラ。しかし最後のフレーズはレイにとって今、一番の地雷。そんなこととは露知らずメルラは盛大に地雷を踏み抜いた。仮面をつけているため気づくことは出来ないが、レイの顔から表情が抜け落ちる。


「メルラさん、サーシャ、この子の面倒を少しみていてもらえませんか?」


言葉を発しはしなかったが、サーシャは驚きレイを見つめる。一方、メルラはレイの感情の機微の変化を鋭敏に感じ取ったのか声のトーンを少し下げて尋ねる。


「何かあったんですか?」


「はい。どうにも白山羊亭の方で火事が起きているみたいで、火を消すため魔術師の方が急いで色々としてくれているんです。」


「それでどうしてこの子を私に?」


「消す手伝いをしに行こうかと。それにラールさんとまだ会えていないので探しに行きたいんです。ただ、そうするとサーシャが心配で。どうにもこの火災は人為的なもので、下級冒険者とギルド職員が関わっているようなので、信頼して預けられる人がこの街にはいないんです。」


「ギルド職員が!?」

レイの嘘に冒険者が街の破壊に参加していることすらメルラとしては驚きであるのに、まさか同僚が一緒だなんてとてもではないがすぐに信じることは難しい。


「はい、サーシャもそのギルド職員の方に追われて、辛い目に遭ったばかりなので、あまり1人にするのは心配で。」

ここに来てからサーシャはレイに抱きついたままで、言葉を一言も発しない。ギルドに向かう際に少しの間、離れることを告げた時も強く抱きしめ返すだけで嫌だとは言わなかった。この動作がサーシャの精一杯の甘えなのだが、レイはその甘えを気付いていないふりをしてメルラに預けようとしている。


「それは・・・」

レイにぎゅっと抱きつくサーシャを見て、話の真偽はともかくひどく辛い目にあったことは確かなのだと思った。メルラは先ほどレイから聞いたベニートでの一件の資料を作る手を止めて、カウンターを乗り越えてレイのいる側にまわる。


「すみません、少しの間お願いします。」

メルラがこちらに来てくれたことを了承と受け取ったレイはサーシャを地面にゆっくり下ろして、メルラに頭を下げる。


「はい、任せてください。素直にレイさんが私のこと信頼してくれて嬉しいです、その信頼に応えるために絶対サーシャちゃんは守りますので、安心してください。」

レイの話し方。抑揚のなさに形容し難い怖さを感じたメルラは、その思いを振り払うために明るく振る舞う。


「お願いします。」


メルラに頭を下げた後、膝をおり、サーシャに先ほどの拒絶を詫びる。絶対にすぐ戻るという強い意志を込めてサーシャを抱きしめるが、サーシャはやはり振り解かれたことを気にしているのか、決してレイの背に腕を回すことはなかった。ただ、レイにされるがまま抱きしめられていた。メルラが居心地悪くなるほどの時間、無言でサーシャのことを抱きしめていたレイはそっと腕を解きサーシャから離れる。サーシャはレイから離れる瞬間、いたく不安そうな表情を浮かべていた。レイは動かない感情をどうにかして、サーシャが安心できるように微笑みかける。


「行ってくるね、すぐ帰ってくるから。」

それからレイは立ち上がり、メルラに再度目礼をしてギルドを出た。


ありがとうございました。

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