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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
137/198

137.無闘炎上

よろしくお願いします。

「あなたは誰ですか?」

レイの質問が始まった。レイの言葉に尋問になるような強制力はないし、そんな能力もない。しかし、マーハは答えざるを得なかった。答えなければ命がないと本能が感じ取ったのだ。


「トアエです。」


「さっきはマーハと仰っていませんでしたか?」


「はい、ここで働いていた時の偽名です。」


「ここで働いていたとは?」


「人手不足が理由で、従業員を募集していたんです。だから応募しました。」


「応募前からラールさんのことを殺そうとしていましたか?」


聖属性魔法『白癒』とレイへの恐怖から話がスムーズに進んでいたが、ここに来てトアエの言葉がつまる。レイは答えろと脅すわけでもなく、かといって別の質問をするわけでもない。ただ無感動な瞳でダルマ姿のトアエを見下ろしている。答えあぐねた時に目を逸らしたトアエだったが、自分が返答しないことに対して、レスがない状態、すなわち無言の状態に耐えかねたのかレイに視線を向ける。その時のレイの自分をなんとも思っていない視線に恐怖したトアエは再び聞かれたことに素直に答え始める。


「この街には姉妹を奴隷にするよう依頼を受けてきました。その時偶然、人員募集しているのを見て情報収集のために応募しました。」


「では、その時はまだラールさんを殺そうとはしていなかったんですね。」


レイの質問の意図がいまいちわからないトアエは思考を放棄して聞かれたことにただ答える。


「いいえ。殺そうとしていました。」


「でも依頼は姉妹を奴隷にすることだったんですよね?」


「はい。ですが、依頼はそれだけではなく黒狐の殺害も含まれていました。」


「俺を殺すこととラールさんを殺すことに繋がりが見えないんですけど。」


「私は『親族殺し』の異名を持っています。あなたを殺すためには通常の私ではダメだと思い、ラールちゃんを殺しました。」


「異名とは?」


「。。。世界から認められた証?能力補正がかかったりするんです。」

レイの質問に再び答えあぐねてしまうが、今度は答えにくいからではなかった。まさかトアエもレイが異名というシステムを知らないとは思っていなかったのか一瞬答えに窮してしまう。


「そうですか。だから彼女を。」

レイは自分の両手をこれまでと同じように無感動な様子で見つめている。その様子を見たトアエは機嫌を損ねたのかとハラハラした様子で見ていた。


「ちなみに俺が殺した冒険者は何処か様子がおかしかったですけど、何かしたんですか?」


「私の能力で支配しています。」


「そうですか。それで、その奴隷に落とせと命令したのは一体誰ですか?」


ここで普通なら依頼主のことをペラペラと話す殺し屋なんているはずがない。しかしレイの恐怖に圧倒されてしまっているトアエ。自分の能力の詳細を聞かれると思えばスルー自分なんて能力の内容を知らずとも問題ないという様に受け取ったトアエは完全に心が折れた。当然依頼主のことも簡単に口を割った。


「ロク商議会、<スレーブン>のイルゾドです。」


「ロク商議会。。。」


レイは<ビューション>所属のナンティスには警告を出した。それにも関わらず手を出してきて、ラールは命を落とした。


「ちなみに<ビューション>と<スレーブン>というのは仲が悪かったりしますか?」


「私もロク商議会には今回雇われただけなのでわかりませんが、ここの組織が独立して力の均衡が保てているから衝突していないそうです。同じ組織ですけど関わりはほとんどないと思います。」


「そうですか。それならまずはイルゾドを殺しますか。」


トアエはこれ以上感じることのないと思っていた恐怖を越える恐れをレイに感じた。レイが今からしようとしていることはロク商議会、すなわち一国を敵に回すということだ。事前に調べた情報ではレイには仲間はいない。


「(1人で国を相手にするつもりなの!?こいつは!!!!)」

想定外の出来事、想定外の行動にトアエは内心で発狂していた。

最初の頃の狂った妖艶な自分はどこに消えたのだろう、とにかく助けてくれと思いながらトアエは黙っていた。


レイはオルロイに拠点を構えるロク商議会<スレーブン>を壊滅させることに決めた。今は何かしていないと気が狂いそうだった。しかしラールが死んでしまったことを口にしたら、それこそ感情が決壊する。それでもレイはこれからラールの死を外で待つサーシャに伝えなければならなかった。もちろんトアエはこれからオルロイに連れていく。しかしサーシャの前にこんな汚いものを持ち出したくない。かといって黒沼に仕舞って間接的にラールと同じ空間にこの汚物を存在させるのはしたくない。レイはアイテムボックスからなんの変哲もないバックパックを取り出す。ベニートに行く前に準備したな、と思い出す。たった3週間ほど前のことにも関わらず、ノスタルジックな気持ちになってしまう。そんなバックパックにトアエを突っ込もうとする。しかしダルマになった状態でもなかなか大きいようで、バックパックには入らない。助けてくれと叫び狂うトアエが邪魔だったので、まず意識を刈り取った。そして頭、首、心臓だけを残して童子絶切(ワラベノタチキリ)で削ぎ落とす。血は溢れ出さないように黒魔法『黒炎の衣』を纏わせる。


それからレイはもう2度と足を踏み入れることはないだろう白山羊亭を一瞥する。レイのゾユガルズでの生活は迷宮、冒険者の家、他の街といろんな地点を点々としていた。そうした中で何があっても帰れる場所というのは本当に心強いと思った。だからラールのベニートに行く前の言葉も本当に嬉しかった。それなのに、こんなことになってしまった。自分にもっと力があれば守れたのだろうか。


わからない。


ただ、今は。


来るときに通った二階の穴から再び一階に降りる。先ほどよりも炎は広がっており、レイでなければ完全に焼け死んでいるだろう熱量に襲われる。そんな炎を無視してそのまま食堂を出て、白山羊亭を後にした。


ありがとうございました。

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