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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
134/199

134.コリウスの受難

よろしくお願いします。


「かんぱーい!!!!」

「「「乾杯〜!!!!」」」


酒場に4人の陽気な声とジョッキがぶつけられる音が溶けていく。席につく皆は、1日の義務を全て果たしたといった開放感からか、とても緩んだ表情をしている。手にあるアルコール飲料がその気持ちよさをさらに加速させる。


「最近、調子いいよね〜」

ツインテールの少女キセラが緩みきった笑顔で3人に話しを振る。


「今日もいい感じの依頼達成できたし、やっぱナナンの杖のレベルあげてよかったな」

キセラの言葉に真っ先に食いついたのはレナード。


金華猫の素材を利用したナナンの杖は以前に比べて格段に魔法の威力を上げた。そのため、近接3、遠距離1のアンバランスなパーティは、遠距離の魔法が強化されたためどうにかバランスをとっていた。また、アケロペ迷宮での一件以降、4人の迷宮探索に対してのモチベーションは揃えられ、いい空気感で依頼をこなすことができていた。


「これも師匠のおかげだね!」

ご飯を頬張りながら話すナナン。しかし、話した内容は眼前に並ぶ骨付き肉とは異なり、3人が食いつきにくい内容だった。血啜りサースエグマと遭遇した場合、今の4人でも勝ち目はない。むしろ、瞬殺される。それでも、彼らは生き残った。それはレイという例外の存在がパーティに一時加入していたからだ。そんな恩人に対して彼らは畏怖し、意識的に距離を置いた。ナナンに関しては魔法の知識を学ぶために貪欲に話を聞きに行っていたが、それも他のメンバーからしたらあまり快く思えないことだった。だからナナンはレイの話題を出すことに抵抗はないが、他の3人は乗りにくいのであった。


「まぁ、本当にそうだな。」

わずかに微妙な空気が流れた後、コリウスが相槌を打つ。


レイと別れた後、コリウス、キセラ、レナード、ナナンはカグ村に残った。アケロペ迷宮の様子が気になったのと、次の目的地ウビモリ迷宮に向かうための準備が必要だったのだ。幸い、血啜りサースエグマの発見報告はあれから一件もあがることはなかった。その代わり金羊樹ツーメンチと銀羊樹ローエイツが出てくることも無くなり、カグ村の簡易ギルドは撤収され、以前の静かな村に戻っていた。4人はそのことを残念に思うとともに、いつものカグ村とアケロペ迷宮にどこか郷愁を感じていた。


村に落ち着きが戻ってから少しして、彼らは次の目的地ウビモリ迷宮に向かった。ウビモリ迷宮はランクとしてはEランク迷宮だが、ソロでの攻略はおすすめされない。群れを作るゴブリンと彼らが設置した罠が至る所にあり、冒険者を苦しめるからだ。そのためコリウスたちは自分たちのチーム力向上のためにウビモリ迷宮を攻略しようと日々、努力していた。


「でも、最近ゴブリンの数、多くない?」

調子がいいと緩んだ表情で話していたキセラだったが、懸念事項もあるようでわずかに沈んだ顔をする。


「たしかにな。そろそろ大規模討伐の依頼が出るんじゃないか?」


ゴブリンは繁殖力が強く、成長も人に比べると早い。そのため、定期的に大規模討伐の依頼が冒険者ギルドより発注される。ウビモリ迷宮は中心都市オルロイから少し離れた北西に存在し、クティス獣王国や北側の行商人がオルロイを訪れる際は必ずウビモリ迷宮を横切る。行商人がオルロイに商品を運ぶ際、ゴブリンに襲われでもしたら今後の輸入に問題があるため、ロク商議会によって大規模討伐の依頼は出される。簡単な依頼にも関わらず報酬が美味しいため下級冒険者にとってボーナス的な仕事として見られている。


「あー!そうじゃん、あの美味しい依頼ね!」

「え〜依頼終わった後ゴブリン臭くなるし、どこが美味しいの〜、、、」


喜ぶキセラに嫌がるナナン。

ゴブリンの厄介な点は他の魔物と比べて知性があることだ。そのため迷宮内のゴブリンは冒険者に対しての罠を準備する。しかし、大量発生スタンピードもどきしたゴブリンは迷宮外に出る。そのため、罠などは一切気にする必要はない。罠がなければゴブリンの戦闘力は大したことはなく、油断さえしなければ、冒険者であれば簡単に殺すことができる。そのため命を失う危険が少ないという理由からキセラは喜んでいるのである。しかし、大量にゴブリンを殺すので、死体を大量に捌くことになる。そうなれば、普段接近して戦うことに慣れているキセラはともかく、遠距離であまりゴブリンに触れることのないナナンは忌避感を強く感じるようだ。そのため大規模討伐の反応は人によって異なる。


しかし、このパーティは前述したが遠距離1である。近接職にとって命を失うことのない、致命傷を受ける心配のない、高額報酬依頼は喉から手が出るほど受けたい依頼だ。ナナンの抵抗は虚しく、彼らは明日の朝一番でギルドに向かい、大規模討伐の依頼があれば受けるという話になった。


そこからの飲みはやけくそになったナナンが酔い潰れるまで続いた。




翌朝はナナンが飲み過ぎで起きれなかったため、4人で集合して冒険者ギルドに向かった頃にはお昼をだいぶ過ぎていた。ギルドに向かうと本当にタイミングよく大規模討伐の依頼が掲載されていた。受付に並び、受付嬢に依頼に参加する旨を伝える。


「かしこまりました。ちなみに皆様の中に索敵、斥候を行える方はいらっしゃいますか?」


「索敵なら俺がいつもしているけど、それがどうした?」

相変わらず、無愛想な態度をとるコリウス。


「本日からこの依頼募集をかけているのですが、冒険者の人数が集まる前に大量発生し、街に被害が出てはいけないので、索敵を行える方はいつも先にウビモリ迷宮に向かってもらっているんです。もちろん報酬は別途お支払い致しております。」


4人は一度大規模討伐の依頼に参加したことがある。前回は依頼が発注されてから結構時間が経っていたので先に調べるようなことはなかった。


「おー、いいじゃん、報酬増えるんだ?」


コリウスとしては本職の斥候でもないため断ろうとしていたが、キセラは報酬が増えることに惹かれていた。


「けど、俺は本職の斥候でもないからあいつらに見つかる可能性だって、見逃すことだってあるかもしれないぞ。」

否定的な意見を述べるコリウス。


「でもな、俺らでアイテムボックスの袋買っちまったからお金が必要ではあるよな」

乗り気のキセラに続いてレナードも肯定的な意見。


「コリウス様お一人ではなく、何名もの冒険者の方に依頼をかけているので、そこまで気負われる必要はないかと。」

決めあぐねている4人を見て、受付嬢が不安を払拭してくれる。


「それならまぁ。」

コリウス自身、パーティの金欠には悩んでいたため了承した。


「それではコリウス様は明日、出発をお願いいたします。他の皆様は5日後に参加してくださる冒険者の方たちと一緒で、ギルドが責任を持ってお送りいたします。」


依頼受付を終えた4人はギルドを出た。


「意外と出発が早かったな。今日はとりあえず、支度して、コーリの明日の出発に備えるか」


レナードの提案に皆、了承してその日はお開きとなった。


コリウスは宿に戻ろうと歩いていると声をナナンに後ろから声をかけられた。

「ねぇーコーリ、宿戻るのー?」


「ん?明日出発だし、もう戻って寝ようと思ってたぞ。」


「えーもう一軒付き合ってよー、お酒飲もうよー。」


コリウスは宿に戻る足を止めずに、適当に断る。

「もう一軒って今日はどこも行っていなだろ。昨日の引きずってんのか?というか飯ならキセラかレナードでも誘えよ、あいつら明日朝早くないだろ。」


「えーだってあの2人、夜の街に消えて行っちゃったし、、」

アヒル口をして人差し指をツンツンさせている幼馴染を見てさらに顔を顰めるコリウスだったが、ナナンの言葉が引っかかり足を止める。


「は?いつ?」


「今。」


「夜って時間じゃないだろ。というかあいつらできてたのか?」


「ねー気になるでしょ?そういう話をしよーよ!今日は魔法の話、しないからー!」


やたら粘ってくるナナンにコリウスは根負けし、少しだけ付き合うことにした。そして、2人は宿から近い、ひっそりと佇むバーにやってきた。8人掛けのカウンター席には客は2人しかいない。日が沈んでまだ時間が早いためだろうか。テーブル席は誰も利用していない。ナナンとコリウスはその日、第一号の客となった。2人は適当に飲み物を頼むと、しばらく当たり障りのない会話を交わす。しばらくして、お酒が回ってきたところでようやく話題はキセラとレナードに移る。


「それで、いつあいつらって出来たんだ?」


「キセラとレナード?結構前からだよ。それこそ、師匠が音消す魔法を使った時に、私とコーリにバレてからキセラが吹っ切れて告白したみたい。」


「あいつと会ってから色々なことが変わったな。チーム内のこともだけど、一人一人の意識も。変化としてはいい変化しかないな。」


「ねー。ほんと師匠には感謝だよ。私たちがしっかりとAランクくらいになれたら謝りに行こうね。助けてもらっといて突き放した私たちが完全に悪いんだから。」


「そうだな。あいつには確かに悪いことしたな。でもあいつにも問題はあるだろ。なんだ、あの強さ。正直、Sランク冒険者って言われても納得するぞ。それがFランク?イカれているだろ。」


「でも、言ったじゃん。私が見た中で魔力量が一番多かったって。」


「魔力量と実力は必ずしもイコールにはならないだろ。」


「それはそうだけどさー。でも今って師匠の話じゃなくて、キセラとナナンでしょー?」


「あいつの話をしたのはお前だろ」


「それはそれだよ。」


幼馴染の会話のため非常にテンポよく進み、互いに心地よい時間が流れる。


「でもさ、実際キセラとレナードがくっつくと私たち、気を使うべきなのかとか悩むよね」

ため息混じりで悩みを漏らすナナン。


「それこそ、それはそれだろ。」

ナナンのセリフを引用して笑うコリウス。少し得意気な表情をするコリウスを見て笑うナナン。


「いっそのこと私たちも付き合う???」


ナナンの言葉にコリウスが咳き込む。飲んでいたお酒が気管に入ったようだ。先ほどまでの幼馴染との気が置けない空気は一気に崩れた。コリウスは顔を真っ赤にして意を唱える。


「なんでそうなるんだよ!」


「えー、いい案だと思ったんだけどなー。私じゃ、いやー?」

お酒を適度に飲んで気分がいいのか、いつもは言わないようなことを言うナナン。そんな姿を見るのが初めてのコリウスはタジタジになってしまう。慌てる様子を見て楽しそうに笑うナナン。


「コーリって結構可愛い反応するんだね。」


「なんだよ、揶揄われてたのかよ。」


ようやく落ち着きを取り戻して席に座るコリウス。そこからそうした異性間の話題になることはなく、再び幼馴染として食事を楽しむ2人だったが、帰り際になってナナンはそっとコリウスに近づく。


「私はさっき言った、あれ、本気だよ」


耳元で囁いて、ナナンは宿に戻って行った。ようやく落ち着きを取り戻したコリウスだったが、再び顔を上気させてしまったのは言うまでもない。


言葉の真意がわからず、悶々とした夜を過ごした翌朝、集合場所に向かうとコリウスを含め、偵察班は7人いた。これだけいれば早々問題はないだろうとのことで、追加はないという。偵察班の指揮はCランクのベテランが行うとのことで、彼の指示に従ってコリウスたちは出発した。朝早い出発のため、朝に弱いパーティメンバーは見送りにこなかった。キセラとレナードは熱い夜を過ごし、ナナンは自室で追い酒をしたのだろうと思ったコリウスはなんとも言えない思いになりながらオルロイを後にした。


ありがとうございました。

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