表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
131/198

131.不安定な精神状態

よろしくお願いします。

不安は杞憂とはならなかった。


燃えていたのは、白山羊亭。


レイがこの世界に来て初めて宿泊した場所であり、自分の居場所になる予定だった場所。

他にもいくつかの建物が燃えていたが、白山羊亭が一番酷かった。

スイング扉は燃え落ちており、入り口から中は見えるが炎がすごくて、人がいるなんて微塵も考えられない。状況が全く掴めないため動転し、どうしようもないほどの焦りを感じていた。燃え盛る炎によって白山羊亭という居場所がなくなろうとしているが、それ以上にレイはラールとサーシャの無事を確認したかった。はやる気持ちがレイをただの、何も力のない鈴屋泰斗に戻す。レイの鋭敏な感覚は何人かの人がまだ白山羊亭の中にいることを察知していたが、頭の中からは魔法という存在がかき消え、宿内の人数や反応を確認する前に体は勝手に動いてしまった。


「ラールさん!サーシャ!」


燃え盛る白山羊亭の周辺を脇目も振らず走る。

大切な2人を探すため、他のどんな声も無視して走る。

悲鳴や助けを求める声ですら無視した。今のレイに反応する余裕はなかった。


一体どれくらい走り回ったのか、わからないがここら一帯の場所は大方探したはずだ。

それなのにラールもサーシャも見つからない。焦るレイだったが、ここにきてようやく、白山羊亭にまだ気配があったことを思い出す。もしかしたらそこにラールとサーシャがいたという可能性を思い立ち、慌てて白山羊亭に向かおうと動き出した。


「お姉ちゃん、レイお兄ちゃん・・・」


聞き馴染みのある声にレイの動きは一瞬にして止まる。今すぐに声のする方向を向いて安堵したいという衝動に駆られる。この火事の中で2人が無事でいる保証はない。脳内で最悪にビジョンが過ぎる。その光景以外にも、もし手遅れな状態であったらと思うと怖くて振り返ることが出来ない。


「どこにいるの、レイお兄ちゃん・・・!!」


だが、2度目に呼ばれたことで今度こそレイは声のする方に目を向ける。そして、そこにはレイが探して止まない少女がいた。服はあちこち傷ついており、髪や顔は煤けている。

いつも持っている人形を両手で抱きしめながら、不安そうにラールとレイを呼んでいた。


「サーシャ!!!!」


見るからに大丈夫ではない。だがレイの思い描いた最悪の光景ではなかった。生きていてくれた。周辺の瓦礫が降ってきて目の前で死んでしまうなどと万が一を起こさないため、物理的に今すぐ自分の手の届く範囲にサーシャ抱え込みたいという衝動に駆られる。ただ、レイがサーシャに気がついて安堵した一方で、サーシャはレイの存在に気がついて名前を呼んでいた訳ではなかった。どこに向かって歩いたらいいのか分からず、闇雲に歩き回っている、そんな様子だった。呼びかけられたことでレイの存在に気がつき、涙を流しながら駆け出す。抱きしめていた人形は走るのに邪魔だったのか、片腕だけを左手で掴んで地面スレスレで引っ張られている。


「お兄゛ちゃ゛ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


1人で周辺を彷徨っていた時はどうしようもなかった不安の感情がレイに会えたことで決壊する。そんな泣きじゃくるサーシャをレイは強く抱きしめる。

もう大丈夫だと思ってもらうため、もう1人にさせないと伝えるために。


「1人にしてごめんね。怖かったよね。でももう大丈夫だから。」


サーシャの黒く煤けてしまったふわふわの髪の毛を撫でながら、サーシャを安心させようと力一杯優しい声で語りかける。


「ウゥゥ、、、、、、」


よほど1人で不安だったのか、サーシャはレイに強く抱きつき、手を離そうとしない。

それだけ頼りにされていることを嬉しく思うと共に、何があったのか聞きたいと気持ちがはやる。辺りの家屋が轟々と燃える中、レイはサーシャを抱きしめるために膝を地面についていた。


するとサーシャの歩いてきた方向から武器を携えた冒険者らしき男たちが数人現れる。火事から逃げ遅れた人たちを助けまわってでもいるのかと考えたレイは、泣いてしまって話せないサーシャの代わりに事情を尋ねようとする。

レイの胸に埋もれて啜り泣くサーシャを左腕で抱き抱え、立ち上がり冒険者たちの方に近づいていく。近づいたことでようやくレイは違和感を覚えた。接近したことで冒険者たちの表情を窺えたのだが、誰1人として切羽詰まった様子のものはいない。むしろこの状況をどこか楽しんでいるような意地の悪い笑みを浮かべていた。


もしかしたらこの火事の原因なのではないかと考えたタイミングで相手の方もレイとサーシャを視認したのか、明確な意思を持ってこちらに近づいてくる。


「お、いたいた。このガキだろ?マーハさんが欲しがっていたのは」

「確か片側だけにツノがある羊人だっけか?」

「てか、なんか邪魔なやついるけどどーするよ?」

「さっきみたいに殺せばいいだろ?俺、今ならゴンゾにも勝てそうな気がするわ」


何やら会話をしたのち、ニヤニヤとした顔になりながらレイとサーシャに近づいてくる冒険者たち。数は5人で、どこかで見たことある気がするとレイは思っていた。互いの声が完全に届くようになった距離でレイから話しかける。


「すみません、今の状況、何かご存じですか?」


レイが丁寧な口調で話しかけると5人は何故かフリーズしてしまう。しかしすぐにいつもの調子を取り戻すとレイの口調を真似しながらゲラゲラと笑い出す。何が面白かったのか全く理解できず、今度はレイの方が固まってしまう。


「おいおい、聞いたか?俺らなんかにこんな丁寧に話すやつ初めて見たぞ、こいつだけでも生かしておいてやるか?」

「ハハ、違いねぇ。でもこいつどこかで見たことねぇか?」

「これから殺す奴の顔なんていちいち覚えていねぇよ、さっき粘ってきたdランク?のおっさんの顔すらもう忘れたわ」


どうやら丁寧な言葉使いをされる機会が全くなく、珍しさに固まったようだった。


「おい、にいちゃん。どうでもいいからそのガキを俺らに渡しな?そうすればもしかしたらだけど、生き残れるかもしれないぞ?」


「言っている意味が分からないんですけど、どうしてサーシャを捕まえようとしているんです?この火事もお前たちの仕業ですか?」


碌に話を聞こうとせずワイワイ盛り上がる5人にレイはイラッときたため、先ほどより多少語気が荒くなる。相手がどれだけ強いかは分からない。しかし相手の言を信じるのなら既にDランク冒険者を殺しているという。人殺しをしたと豪語する奴らにサーシャを渡すことなんてもちろん出来るわけがない。


「渡しません。」

レイが言葉と共にサーシャをぎゅっと強く抱きしめたことで、相手のふざけた笑い声は止む。


「あ?なんだよ、そいつ渡したら殺さないでやるってんだからさっさと寄越せよ・・・!」

5人のうちの1人がレイの態度が気に入らなかったのか、機嫌悪そうに怒声を発す。

そして携えていた武器をとり、レイとサーシャに向かって振り下ろしてきた。


先ほどまでのふざけた口調とは攻撃は鋭い。

Dランク冒険者を殺したという発言はあながち大言ではないのかもしれない。


レイはサーシャを強く抱き締める。男は両腕の塞がった状態を見て、子供を守るためのわずかな抵抗だと考え、先ほどのようなふざけた笑みを浮かべる。しかしどれだけ時間が経っても武器でレイを殴った感覚はない。むしろ自分の攻撃が空振りした感触を得る。だが、レイは自分の顔前、狙った地点から全く動いていない。後ろにいる男たちも決着がついたものだと思っていたため不可解そうな表情で2人を見ている。ただし、相手から見えるのはレイとサーシャのみ。味方の、武器を振るった男の表情は全く見えない。


「ギャぁぁぁぁぁぁぁ」


だから味方からは突然、攻撃した側が情けなく悲鳴をあげているようにしか見えなかった。

4人はさらに困惑を深める。その一方で攻撃した男もわけがわからなかった。振るったはずの武器は、両腕の第二関節先と共に地面に転がっていた。実際、攻撃は遂行されず、ただ上腕二頭筋の伸縮運動のみだった。全く理解できず困惑を深めるが、理解する前に体は時を進める。その結果、男の両腕からは大量の血が流れ出る。攻撃したにも関わらず、腕が地面に転がっている不可解な現象を理解しようとする以前に、圧倒的な痛みが体を駆け巡り、男は悲鳴をあげると共に気絶した。


その結果、残りの4人は少女を抱える男をただものではないと認識した。

しかし、その認識はもう手遅れだった。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ