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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
130/198

130.胸騒ぎ

よろしくお願いします。

しばらくレイの様子を見ていたメルラだったが、あまりに長い時間立ち止まり、白山羊亭を見るため声をかける。


「レイさん、どうしたんですか?早くしないとギルド閉まっちゃうんですけどー!」


「今すぐにギルド行かないとダメな用なんですか?」


「出来るだけ早い方がいいです。今帰しちゃったらレイさん、次いつくるかわからないじゃないですかー!」


あまりギルドに顔を出していない身としてメルラの意見を否定できないレイは出来るだけ早く用を済ませてしまおうとギルドに呼び出される理由を訪ねる。


「ギルドに行ったとして、時間かかりますか?」


「そんなにかからないと思いますよ!ベニートでの件を軽く教えてもらいたいだけなので!というか、早く近づいてくれませんかー!」


催促され続けた結果レイは大人しくメルラに従い、冒険者ギルドに向かう。ギルドに到着するといつもの正面口から通され、いつものカウンターに移動する。職員と冒険者の区画はカウンターで分断されているため、職員専用の入口から入らないとカウンターの向こう側、受付嬢スペースに入れないのだが、メルラは面倒くさがり、そのままカウンターを飛び越えて、自分の席に着席した。飛び越えるという横着な行動を取ったにも関わらず、座る際の動作は受付嬢として満点のためレイは無駄に感心してしまう。


「どうしたんですか?レイさんも座ったらどうですか?」


そんなレイの様子を一足先に着席したメルラは机に手をかけながら、上目遣いで促してくる。レイは「ええ、はい」となんとも曖昧な返事をして腰を落ち着ける。


「それじゃあ事情聴取です。ちゃっちゃっか始めましょう。」


一切余計なことを話さずに本題に入ろうするメルラの態度を見て、自分と同じ思いで、今すぐにでも帰りたいのだと感じたレイは素直に聞かれたことに答えていく。まずベニートで一体何があったのかという問いに対して、他種族拉致が行われていた現場を発見したことを伝える。そのこと自体は既に『対面鏡』で説明を受けていたためメルラの顔に驚きの表情は見えない。しかし不思議そうな表情はしている。


「そもそもですが、レイさんはCランク昇格試験を受けにベニートに向かいましたよね?どうして他種族の拉致現場なんて発見できたんですか?」


メルラに言われて確かに自分は昇格試験を受けに行っていたなとベニートでの本来の目的を思い出すレイ。しかしどうしてと言われても出会いが巡り巡った結果、今回の事件に関わる羽目になっただけであり、どう説明すればいいのかわからない。


そのためレイはベニートでの出会いを中心に話を進めていく。事の発端はベニートに向かう前から起きていた。


ベニートに向かう前、レイはメルラのゴリ押しによって御者の護衛依頼を受けた。そこで出会ったのがパノマイトとリオの親子。そしてベムとペスという馬でも狼でもない不思議な生き物。そんな不思議な生き物が事件のきっかけだった。パノマイトは将来店を持つことを目標に旅商人として色々な国や街を回っていた。そんな店を持つことが夢だったパノマイトに対してベニート内の貴族ミャスパー・ガルノーが援助することでパノマイトはベニート領内に店を持つことができることになった。


Fromウキトスtoベニート


旅商人として最後の旅路の護衛としてレイは依頼を受けたのだった。そして旅の道中で仲良くなった少女、リオがベニート領内で集団リンチにあっていた。血だらけの姿を見てレイは理性の箍が外れて集団を殺害。その後、集団の1人から依頼主がミャスパーであることを聞き出し、邸宅を襲撃。殴り込みに行った際に偶然、他種族の拉致現場を発見。色々な思惑が絡み合い発生した事件だが、レイはリオを助ける過程で偶然、他種族拉致を発見した。


「ただそれだけです。」


早く白山羊亭に帰りたかったため非常に簡潔に説明をする。だが簡潔に説明しても内容が凄まじいためメルラは呆然としていた。むしろ簡略化したことで、リンチ集団殺害や貴族の邸宅襲撃のようなインパクトある出来事を間をおかずに話してしまったため、衝撃は大きかったのかもしれない。


「レイさんって結構あれですね。色々とすごいことしてますね。」


しばらく固まっていたメルラはどうにか言葉を絞り出す。メルラの声には呆れや驚きの思いが多く含まれていたが、とても好意的な意見にレイは感じた。実際メルラも知り合った子供1人のために貴族に対して喧嘩を売るレイをすごいと思っていた。貴族襲撃という行動の裏にはゾユガルズの人間ではない泰斗の認識の甘さが作用してるのだが、そこは互いに気がつかない。


「そんな訳で流れに身を任せていたらこうなりました。」


「さっきの説明でよくわからない箇所があったんですけど、ミャスパーという貴族の方はどうしてリオちゃんを、その、殺そうと?していたんですか?」


「俺はCランク試験で迷宮に行った帰りに目撃したので詳しくは分かりませんけど、ベムとペスもその拉致された現場にいたそうで?拉致していることを知ったから殺そうとしていた感じだと思います。」


「あまり詳しくご存じないんですか?」


「はい。事情聴取するメルラさん的には困ると思うんですけど、正直理由なんてどうでもいいので詳しく聞いていません。あいつらがしたことは10歳そこらの子供にすることじゃないと思ったから殺した。本当にただそれだけです。」


「そう、ですか。そんなこと言える冒険者は中々いないと思いますけど、といいますかレイさんの性格だとクラーヴ王国は相当生きにくい環境じゃありませんでしたか?」


唐突にギルドカード登録時についた嘘の設定を出されてミャスパーに対する怒りが収まり、代わりにわずかばかりの罪悪感を感じる。


「ええ、まぁ。でも貴族のいる国なんてどこも同じだと思います。自分に対する妨害なら無視できても友人や知り合いが理不尽な扱いを受けているところを見るとどうしてもカッとなってしまうので気をつけたいです。」


「人のために動けて素敵だと思いますよ。ただ、貴族は危険ですから本当に気をつけてくださいね。」


呆れながらもいつもより優しい声音で話すメルラを見て最初に出会った時の清廉な受付嬢のイメージを思い出すレイ。心配してくれているのか、受付嬢としての対応をしてるのか掴みにくいため素直に喜べない。


「でもそのミャスパーって人もよく子供を、それも融資している相手の子供を殺そうとしましたね、、。本当に貴族は平民のことなんて全く気にしていなんですね。」


「どうにもその辺りも少し話は複雑なんです。そもそもミャスパーは善意でパノマイトさんに店を貸し出している訳ではなかったんです。とても立ち行かないような経営をさせて、その時に生まれる借金の担保としてベムとペスを奪い取ろうとしていたんです。」


「そうですか。でもまぁ確かにそう考えると、その人の娘を手にかけようとしても心なんて微塵も痛みませんよね。でもパノマイトさんもよくそんな手に引っかかりましたね。結構やり手な旅商人だと思っていたんですけど。」


「口外禁止されているので詳しくは話せませんが、禁術を使っていたようです。それも被術者も周囲も気がつかないような癖のある術を。」


レイが禁術の話を伝えると、メルラの表情が変わる。受付嬢として清廉な表情でもなく、イーリたちと会話する時のように砕けた口調でもない。血が滲むほど唇を強く噛み締め、眉間に皺がよる。体は小刻みに震え、誰の目から見ても怒りを表していることがわかる。一体どうしてこれほどメルラの様子が変化したのかなんてこと、まだ付き合いの浅いレイは知る由もないない。


「あの、メルラさん、、?」


そのため腫れ物を触るように、そっと声をかける。レイの声が届いたのかメルラはハッとした表情を浮かべたのちすぐに受付嬢の仮面を貼り付ける。その際にハンカチで血を拭っている姿さえ見ていなければ完全にいつもの受付嬢だった。


「大丈夫ですか?」


「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。それはそうと、ベムとペスと聞いて思い出したんですけど、レイさんが出発されて10日もしないうちに変な人が訪ねてきたんです。」


メルラは自分の根幹に封じ込めていたはずの情を見せてしまったことをかなり後ろめたく感じており、早々に話を切り上げたかったのか別の話題を提示する。その内容に興味があったレイも素直にその話題に乗っかる。


「変な人?」


「はい。獣二匹を従えた者はこの辺にいないかと聞いて回っている怪しいローブの人です。」


「獣を二匹?それって、、」


「はい、きっとパノマイトさんたちのことだと思うんですけど。何か向こうで変わった人と出会いませんでしたか?って色々な人と出会って問題起きていますもんね。。。。」


話している途中に心当たりあるわけないかというテンションで話を遮られてしまったレイだったが、パノマイトたちにはルノを同行させているためあまり変な不確定要素に付き纏われるのはごめんだった。そのためもう少し深く追求することにした。


「そのローブのやつはどんな感じだったんですか?」


「ずっとローブを被ったまんまでよくわからなかったんです。ただギルドで見た時の感じでいうと相当な実力者であるとは思います。どうしてパノマイトさんたちを探しているのかも不明でしたし、2日もしたらどこか別の街に行ってしまったので、その後のこともよくわかりません。一応の報告です。さて、今日はもう夜も更けてきましたし、このあたりで終わりにいたしましょう。事情聴取として知りたかった経緯についてはもう伺えましたので、大丈夫です。」


事情聴取も大体済み、話の切り替えもした。あらかたレイと話すことは話したという様子のメルラは一気に帰宅モードになり、レイの帰還を促す。


「そう、ですか。分かりました。おやすみなさい。」


正体不明の人物とメルラの様子が心配ではあった。しかし知らない内容を詰めるわけにもいかず、話題変換前のことなどメルラとの関係性を考える、出会ってまだ日は浅く、濃密な時を過ごした訳でもない。そのためレイはメルラの深い領域に踏み込む勇気がなかった。僅かに悩みはしたものの、レイは席を立ち上がり、ギルドの外に出る。


時刻は10時を過ぎた頃。こんな時間に白山羊亭を訪ねるのはどうなのだろうかと考えたが、一応800日という長い期間部屋を借りているため、門が閉まっていた場合でも静かに自分の部屋で眠ればいいかと思い、帰ることにした。ギルドは北門から表通りを挟んで左手に位置しており、南門の左手にある白山羊亭とは対極に位置している。そのため、帰るためには一度表通りに出て、南門に向かわなければならない。ギルドから表通りに出て、灯りの少ない表通りを歩く。ラールとサーシャに会えると思うだけで心が温かくなる。レイは浮かれていた。


だから街の異変にも、その場所に近づくまで気がつくことができなかった。


表通りを北から南に向かっていくほどに人の数が増えていく。飲みの帰りというよりも一度寝支度を整えたが何かやむ終えない理由があって外に出ているものたちが非常に多かった。小さな子供の鳴き声、それに大人たちの切羽詰まった様子。好きな人に会えると浮かれているレイでも流石にそんな街の様子を見れば何かあったのだと理解する。周囲を見渡し、索敵をする。レイの体になってから鋭敏になった五感に色々な情報が流れ込んでくる。騒がしい喧騒の中から聞こえる叫び声や泣き声。何かが燃えているような焦げ臭さ。そして何より極めつけは灯りのない時間帯のはずなのに、行き交う人々は誰も灯りを持っていない。なぜならゆらめくオレンジ色の明かりがウキトスを照らしているから。


ウキトスで大規模な火事が発生しているのだ。


火災場所は南に向かえば向かうほど増えていく。


かなり多くの場所で火事が起きているようで、魔術師と思われる連中があっちこっちへ走っている姿を見かける。


ローブのせいで走りにくそうな魔術師の姿などどうでも良かった。火事が集中している地点にレイの帰る場所、白山羊亭があるのだから。浮かれていた気分など消え、急いで駆け出す。陽炎のように揺らめく燃える家々を見て、なぜか大切な人の顔が火の中に見えてしまう。不安からくる杞憂だと自分に言い聞かせながら、レイは全力で白山羊亭に向かった。


ここから2章ラストに向かって走り出します。

ありがとうございました。

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