129.ただいまを言いたい相手に、
よろしくお願いします。
シアと別れてから3日が経ち、一行はようやくウキトスの街に到着した。戦闘の際に生じるシアが抜けた穴はレイが埋めることで何も問題はなかった。それにウキトスの街に近づくにつれて街道も整備されるため襲われることもだいぶ少なくなり、そもそもレイが戦闘に参加することも片手で数えられるほどにしかなかった。基本的に他人と関わることが苦手なレイは最初に話しかけてくれたシア以外に話せる人がいなかったため、シアがいなくなったこの3日は長く感じた。そのためウキトスに到着した時の喜びは大きかった。そしてウキトスに到着した頃、完全に日は暮れており、門は閉じていた。喜びが大きかっただけに街に入れないというショックもだいぶ大きかった。レイたちはどうにか門が閉まる前にウキトスに辿り着きたかったのだが、これまでの戦闘や少しずつの旅程のずれで日が暮れてしまったのだ。一同気落ちしたもののどうしようもないため一晩、西側の広場で固まって野営をする事にした。
この場所は1ヶ月ほど前に初めてパノマイト、リオ、リダイオ、マーナと出会った場所。ここから今回のベニート出発は始まった。本来はただのCランク昇格試験ついでの護衛依頼。ベニートまで適当に付き合い、危険が及ばないようにするだけ。その場だけの関係のはずだった。しかしパノマイトは温厚で、リオは人懐っこさがある。同業者のリダイオ、マーナ夫妻は面倒見がよく、色々と話してくれた。パノマイトとリオは生きているけれど、リダイオとマーナにはもう2度と会うことはできない。それがひどくもどかしい。涙を流すほど悲しいわけではない。何もかもを破壊したくなるほど怒っているわけでもない。ただ、レイの中でリダイオとマーナはその場限りの付き合い、ただの同業者ではなくなっていた。
“面倒見のいい先輩”
友人でも他人でもない2人とレイとの関係性を表現するとしたら、面倒見がいい冒険者の先輩だろうか。そんな先輩が自分の知らないところで命を落としていた。2人を助けられなかったと嘆くことはないが何かできたのではないかと思わずにはいられない。そんな2人が残した忘れ形見。リオが2人のような人間になってくれたら嬉しいなと、レイは柄にもなく感傷的な気分に浸ってしまう。
そんなレイの感傷的な気分を消したのは西側の広場にやってくる数人の足音だった。レイたちはすでに野営の支度を終え、各々休みをとっている。いくら街のすぐ側だと言っても野営であることには変わり無いため、レイは見張として1人広場にいた。足音はどんどんレイの方に向かって近づいてきている。ただ妙なことにその足音は複数あり、音を隠す気が感じられない。普通の盗賊なら接近をターゲットにバレないように足音は殺す。圧倒的な数的有利の場合、ニタニタと汚い笑みを浮かべながら存在を隠すことなく現れたりもするが、聞こえる足音は数人程度。それにそもそもの考えとして、街の近くにそんな大集団の盗賊がいるとも考えにくい。そう考えたレイはひとまず、足音がやってくる方に視線を向ける。接触を図る相手の目的がわからないため、武器は構えない。しかし何かあった時の牽制ために、低威力の魔法発動の準備は怠らない。レイの相手を迎える準備が整ったと同時に足音の主たちの姿が見える。日は落ち、明かりは接近してくる存在が持っている灯籠しかない。だが、レイは夜目が効くため相手の姿を視認するとともに警戒を解く。発動準備した魔法を解除し、周囲に魔力を霧散させる。
「あ、いたいた。すみませんー。そこの方、ちょっとお聞きしたいことがー。
ん?あ、レイさん!」
集団から抜け出してきたのはウキトス冒険者ギルドの受付嬢、メルラだった。後ろには数名のギルド職員がいる。
「・・こんばんは。えーっと何しているんですか?」
話ぶりからレイを探していることはわかったが、どうしてレイが今日ここにいることを知っているのかという疑問が生じる。
「先日ベニートから連絡が入ってレイさんが連れて帰る人たちの保護を頼まれたんです。『対面鏡』でその連絡を受けてから門前の『サービランス』をつけてレイさんの帰還を待っていたんです。レイさんが保護した方達は後ろのテントですか?」
「はい、ウキトスについた頃には既に門が閉じてしまっていたので、今日は諦めてここで野営するしかないとなったので。」
「もーもう少し早く帰ってきてくださいよー。珍しく定時で帰れたのに、ギルドから呼ばれて、お風呂入ったのに急いで着替えて来たんですからー!」
口では文句を言いながらもしっかりと仕事をこなすメルラの機嫌を適当に取りながら、レイは冒険者ギルドに定時という概念があったことに驚いていた。しばらくぶぅぶぅ言っていたメルラはハッとした表情になり、後ろで待機してた同僚に声をかける。ややバツの悪そうなメルラから指示を受けた職員たち苦笑しながら、レイを通り過ぎて後ろの野営テントに向かっていく。
「レイさん、彼らの保護ありがとうございました。大まかな事情は聞いています。彼らは私たちが責任を持って引き継ぎます。」
「保護、ですか。、、、まあ、お願いします。」
ここ1週間ほどの旅で彼らは誰かからの保護を必要としないほど逞しく生きていた。そのためレイはただ帰り道を一緒にしていただけで保護をしていたつもりはなかった。
「はい。それではレイさんはこっちです。私について来てください。」
てっきり街に入れてもらい解放されると思っていたレイは訳がわからず疑問符を浮かべる。
今すぐにでもラールとサーシャに会いに行きたい。その思いからややぶっきらぼうにメルラの行き先を訪ねる。
「こんな時間にどこ行くんです?」
「どこって、ギルドですよ?一応まだ職員はいるはずですから、閉まっちゃう前に急ぎましょう」
そう言ってメルラは足速に動き出す。早歩きで急いでいるメルラに対して、身長というアドバンテージのあるレイはやや大股でメルラについていく。白山羊亭とは違う方向に進むごと、体の動きは鈍くなる。せっかくのアドバンテージを生かしきれず次第にメルラとの距離は離れていく。距離が10mほど開いたところでメルラはレイが隣にいないことに気がついたのか足を止め、後ろを振り返りレイの様子を見ていた。レイが今何をしたいのかがあまりに分かりやすすぎるため、メルラは苦笑しながらそんなレイの後ろ姿を見ていた。
ありがとうございました。
レイ、遂にウキトスに帰還です。




