127.鬼人シア(前編)
よろしくお願いします。
ベニートを出発してから2日経った現在。行きの獣車とは違い、馬車のためウキトス到着には後4日ほどかかる。ここ3日、道中何かに襲われることはなかった。行きはベムとペスを警戒して盗賊や魔物に襲われなかったのだと考えていたが、ベニートの街道整備が想像以上に行き届いていたためだと帰りになって気がついた。しかしそんな関心も3日目までで、その後は小規模だが盗賊や魔物に襲われることが出てきた。
そんな時にレイは1人の実力者を目にした。
領主からは戦闘職につているものは一定数いるが、実力的に不安があると言われた。しかし実際に盗賊や魔物に襲われても普通に対応していたし、その中にはずば抜けて強い者がいた。その実力者は女性で、そしてこの集団の中に1人しかいない種族、鬼人だった。
休憩の時に思わずレイから声をかけてしまうほどにその鬼人の実力は、ゾユガルズ基準では高かった。
「すみません、少し大丈夫ですか?」
レイは戦いに全く参加もせず、ここ3日間で全く口を開いていない。そんな男から声をかけられると思っていなかったのか、レイに話しかけられると鬼人の女性は多少面食らっていた。
「どうかしましたか?」
レイに話しかけられた女性はちょうど水分を補給しているところで、水袋を抱えながらレイに答える。
「すみません。突然。ただ、これまでの戦いを見て気になってしまって。」
「戦いですか?何かおかしな点がありましたか?」
「おかしな点・・。戦いにおいておかしなところはありませんでした。ただ、気になったというか、不思議に思ったといいますか。どうしてそれほどの実力がありながら、拉致されていたのですか?」
「・・といいますと?」
相手はレイの言葉の意味を捉え損ねているのか、もう少し詳しい話を求める。
「俺はあなたたちを拉致していた貴族を捕らえるためにその貴族の屋敷に乗り込みました。」
「そうですね。わざわざ私たちを解放していただいたのに、礼すらまだでした。申し訳ありません。」
「いえ、そういう話ではなくて。その貴族の館に向かった際、お抱えの中で一番強いと思われるやつと戦いました。あなたならその男に負けるように思えないので、どうして拉致されていたのか気になったんです。」
「嬉しい評価です。しかし今、男とおっしゃいましたか?私が敗北した相手は確か女でした。」
「女ですか?」
レイには全く心当たりがなかったために困惑を深める。
「はい。詳しい記憶は消されてしまっているようで、漠然としたイメージしか頭の中にはありません。ただ、その女は少なくとも私よりは強かったです。それに戦い方も陰険で絡め手を好んでいたように思います。」
「あなたより実力が上・・・・。」
レイは一瞬ミューのことを考えたが、シゼレコよりも冒険者の等級が低く、シゼレコの命令にも素直に従っていたために実力的は目の前の女性よりも低いと考え、脳裏にちらつく嫌な顔を消す。
「はい。そもそもどうして私は拉致されていたのか、詳しい経緯を覚えていません。おそらくその女に消されたんだと思います。」
「それなら相手の実力は相当かもしれないですね。同レベル帯の相手に精神魔法をかけながら、戦うのはかなり難しいはずですから。相手のレベルがあなたよりもだいぶ高かったと考えた方がいいのかもしれません。」
「そうですね。ただいくら考えても記憶をいじられて思い出せないようにされているようなので考えることはやめて、自分の力を高めることにしたんです。せっかく助かったことですし。」
自分を襲った相手がいて、その相手の実力が自分よりもはるかに高く、顔すらわからない。普通そんな相手がいるとしたら次いつ襲われるかわからず、不安で仕方ないはずだ。しかし、彼女は襲われてもいいように実力を上げるという。その割り切った考え方をレイ自身は出来ないため感心してしまう。
「気掛かりが解消出来てスッキリしました。ありがとうございます。」
「いえ、ただもし宜しければウキトスに着く前、休憩の時間などに時間があれば軽く手合わせをしていただけませんか?」
「俺が、ですか?手合わせくらいなら問題ないですけど。」
唐突な手合わせの申し出に今度はレイが面食らったが、特に問題はないため快く了承した。
「ありがとうございます。」
手合わせが出来ることが嬉しかったのか鬼人女性は満面の笑みで挨拶をする。
「そういえば自己紹介がまだでしたよね。俺はレイと言います。」
「・・こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ありません。私は。・・私のことはシアと呼んでください。年はきっとレイさんと同じくらいだと思います。」
挨拶にわずかな間があり、どうしたのだろうかと気になったレイだったが、同い年という言葉に、どの年齢帯を指しているのかわからず困惑してしまう。可愛いより綺麗という表現が似合う女性で、人種に換算するなら20代後半で、今が一番輝いている感じの女性に見える。服装は先日まで捕らえられていたためか他の者たちと同じような格好をしてるが、それにも関わらず集団内誰と比べても群を抜いて綺麗。
道中はシアや他の戦闘職の者たちが次々と襲い来る魔物、獣、盗賊を簡単に返り討ちにしてくれるおかげで、非戦闘員とレイは快適な旅を送ることができていた。なんだかんだで自分も戦闘に参加するハメになると考えていたレイはあまりの手持ち無沙汰な状態に居心地悪く感じてしまい、心ばかりの索敵を行っていた。そしてその索敵結果をシアに伝えて、シアたち一行は戦闘を行う。奇襲などこれまで一度も食らっていないため集団の損耗は圧倒的に少なく、レイの出番はますます減るばかりだった。
そんな4日目の昼頃。レイたち一行は広く開けた草原で昼休憩を取っていた。近くに川があるため今後の旅の水を確保したり、食事の準備をしたり、馬の世話をしたりと皆が忙しく動いている中、レイの元にシアがやってきた。
「レイさん、時間ができたので手合わせしていただけませんか?」
馬の世話をしていたレイは視線を馬からシアに向ける。シアは飲み水の確保を終えたところなのか、やや息は乱れている。
「今からですか?」
「はい、お昼ご飯まではまだ時間がありそうですから。お願いできませんか?」
「俺は大丈夫ですよ。ただ、シアさんの武器とか装備って揃えなくてもいいんですか?」
レイが普段使いでない装備品を心配するとシアは口を手で覆い、上品に微笑む。
「大丈夫です。軽く手合わせをお願いしたいだけですから。それに、いえ、なんでもありません。休憩地に近いと危ないですから、あちらの空けた場所まで行きましょう。」
レイは気の置けない物以外と話す際は必要最低限のことしか話さない。シアも口数が多い方ではないため移動の時は無言だった。集団から離れていけばいくほど、会話の音は小さくなり、草木をなでる風の音が体に染み渡っていく。
ありがとうございました。




