123.バカ貴族の末路
よろしくお願いします。
ベニート領内に処刑場は二ヶ所存在する。
一つは平民の死刑場。街の北西部、牧草地帯の手前にある二階建てくらいの円柱の建物。扉はひとつしかなく、出入りはそこからしか出来ない。扉を開く者によって道が自動的に変化し、罪人は中央の断頭台のある広場に導かれる。広場の地面は藻や苔のような植物によって覆われている。首を切断され、竜人特有の緑の血を大量に流しても地面を覆う植物が全てを隠し、吸収してくれる。処刑は娯楽の少ない平民にとって一種の非日常であるために割とその姿を見たがるものは多い。そのため見届け人は吹き抜けのような作りの2階に誘導される。そこで彼らは罪人の首が切断されるのを今か今かと待ち侘びている。
そしてもう一つは貴族の処刑場だ。こちらは一般的な公開はされていない。罪人であっても貴族の矜持が平民の目の前で見せ物にされることを許さない。貴族の処刑風景を見せてしまうことで、貴族という存在自体も軽く見られかねないため、処刑は領主館の離れで行う。離れにある、いちスペースを処刑場として利用している。広さは高校の一クラス分ほど。部屋の中心部に椅子が設置されており、その椅子に座ったものは生命力と魔力、全てを吸い出される。斬首よりも死ぬのに時間がかかり、じわじわとなぶり殺されるような気持ちになるため非常に嫌厭されている。この館の持ち主であるベニートですらこの『強請り椅子』を嫌っている。ただこの椅子を利用するメリットもある。貴族は処刑される嫌悪感から早々、悪事を働くことはなく、また、長時間精神的苦痛を味わうため情報もゲロりやすい。それに血が飛び散ることがないため狭い部屋で領主見届けの元行うにはこれ以上のものない。
そんな教室程度の広さの空間に、領主、レイ、ルノ、アルシア、ナンシア、クローム、ゲイリーがいる。皆椅子に縛り付けられた男爵を黙って見ている。一方男爵は、これから自分の身に起こることを知っているため様々なことを喚いている。数日前までは綺麗に手入れされていた自慢のカイゼル髭は完全に崩れ、男爵が椅子から逃れようと必死に体を動かそうとするたびにナマズ髭のようにウネウネと気持ち悪く動く。
「これより罪人ミャスパー・ガルノーの処刑を開始する。」
そんなミャスパーの騒ぎ声をよそに、ニーベルンの宣誓により処刑は開始される。しかし処刑が開始されると言っても兵士が罪人の両脇を抱え断頭台に連れて行ったり、処刑人が現れて大鉈を罪人の首めがけて振り下ろすようなことはない。ただ、強請り椅子のスイッチを作動させるだけ。スイッチを作動させると椅子に組み込まれた魔法陣が発動し、使用者の生命力と魔力を同量ずつ一緒に吸い取っていく。そして吸い取った生命力と魔力は公的に使用する魔法器に還元される。
レイはただじっと死にゆくミャスパーの姿を何の感情も抱かずに見ていた。
必死の形相で椅子から抜け出そうとするミャスパー。領主が部屋に入ってこようと何も構うことはなく、必死にもがく。そのせいで、処刑開始時に周囲に人が多いことにすら気づいていなかった。どれだけ抜け出そうと全く椅子はびくともしない。生命力が吸われ始めたことで、ミャスパーはようやく抵抗を諦め、領主に懇願を始める。そして顔をあげ、領主に目を向けたことで領主やその護衛以外にも人がいたこと、それこそ黒狐、今回のミャスパーの悪事が領主に知られるきっかけとなったレイがこの場にいたことにも今頃気が付いた。
「き、貴様!貴様が、なぜそこにいる!?」
ミャスパーの視線は明らかにレイに向けられており、その目には途轍もない憎悪が込められている。
「貴様も罪人ではないか!なぜ?捕らえられていない!?ニーベルン!これは一体どういうことだ!?」
ミャスパーは激昂し、領主に対しての礼儀をレイ以上に欠いた態度で怒鳴りつける。
「罪人とは誰のことだ?」
そんなミャスパーにニーベルンは嫌な顔をすることなくただ淡々と答える。
「とぼけるな!そこにいる黒狐のことだ!先の一件でこいつは私以上に竜人を殺しているぞ!!!そいつの暴挙を許すなど、一体何を考えている!?貴様にこの地を治めることはできない。今すぐに私を解放しろ!!」
あまりな意見にニーベルンはため息を吐く。一方で、アルシアはそんなミャスパーに怒りをぶつける。
「何を言ってんだ、頭のめでたいバカ貴族。お前がエルフや他種族を不当に捕らえていたから、それを助けるためにレイは手を貸してくれただけだ。お前が全ての元凶で、これから殺されるのは当たり前のことだろ。それをぐちぐちうっせえんだよ。黙って死ね!」
突然声を荒げるアルシアにミャスパーの気勢は割かれる。
レイはミャスパーの視線よりもそんな自分を擁護してくれるアルシアに対して暖かい気持ちになっていた。そこでレイは自分の変化に気が付く。泰斗は他人の視線を恐れていた。それは例え好意的であっても怖かった。人から憎まれることは怖い。それに人から興味を持たれないのも、自分がこの世界に認識されていないような気がして怖い。好意的な視線ですら自分に価値が無くなれば一気に変化することを知っているために怖い。
いや、怖かった。
レイはミャスパーの憎悪の視線が怖いと思わなかった。以前のレイならば腰を抜かさないまでも、怖いと感じて一、二歩後ずさっていたはずだ。それなのに、今はその視線をただ無感動に眺めている。
どうしてなのだろうか。自分に起きた変化。他者からすれば些細なものだが、自分にとっては大きな変化。一体何がきっかけなのだろうか。
ラール、サーシャ、それにルノ。
大きなきっかけはなかったのかもしれない。今思えば、ラールから告白され、時間を一緒にする中でレイはラールから向けられる好意的な視線を怖いと思わなくなっていた。むしろ心地いい、嬉しいと感じていた。視線にはらむ意味は異なるだろうが、それはサーシャからのものも同じだった。ベニートに到着して、ルノに出会ってからはその変化が急速に進んだ気がする。何をしようとも、復讐などという自分の汚い面を見せてもルノの自分をみる視線に変化はなかった。それがレイの心を変えてくれたのかもしれない。
コリウスたちの時は下心が含まれた善意ある行動をして、距離を置かれてしまった。アルシアたちの目的である奴隷解放は手伝いたいと思いはしたが、タイミングが合えばという程度のもので、決してアルシアたちから感謝されたい。認めてもらいたい。と思って取った行動ではなかった。ただ、旅の道中で仲良くなったリオが傷付けられたことを許せなくて咄嗟に取った行動でしかなく、たまたまアルシアたちの助けになったにすぎない。
2人はレイが兵士を虐殺する姿も見ていた。コリウスたちは高レベルの魔物を殺すレイに恐れていた。しかし魔物と人間。どちらを手にかける方が恐怖を感じるかなんて決まっている。同じ人を殺す姿の方が恐ろしいはずだ。それなのにアルシアはその姿を見てもレイの行動で仲間を助けることができたと感謝してくれる。それがたまらなく嬉しかった。
そんな自分の変化を分析し、驚いているとニーベルンが口を挟む。
「その通りだ。そもそもの原因は全て貴様にある。」
「だが、、、!」
「それにレイには私から依頼している。貴様がシゼレコという冒険者を使っているのだ。私が冒険者に依頼しても何もおかしなことはないだろう。」
ミャスパーの勢いは完全になくなり、生命力と魔力を吸われていることで呻き声を上げる。
「それと今回、奴隷の問題は流石に領内で片付けられることではない。貴様を私に推薦してきたボーモス侯爵にはしっかりと伝えさせてもらう。しばらくしたら中央会議も開かれるだろう。その時、<ゲヴァルト>は貴様の取った無責任な行動にさぞ苦しめられるであろうな。理解したらさっさと往ね。」
国家間の問題になると聞いたミャスパーはレイを糾弾することすら忘れ、一気に顔を青ざめさせた。
一定量を吸うはずの強請り椅子の効果が強まったのはきっと気のせいだろう。
こうしてカイゼル髭にしか特徴のないバカ貴族は、最後に魔力を領地に捧げて死んだ。
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