122.レイの処罰
よろしくお願いします。
禁術に関しての話が一段落ついた。そのためレイはすぐにでも男爵の処刑場に足を運びたかった。伯爵の話の最中にパノマイトが無属性魔法を使えるのか気になった理、ナンシアにいつ出発するのかなども聞きたかった。しかし、伯爵に残れと名指しされてしまったため、無視することはできなかった。
部屋には領主であるニーベルンとその執事のゲイリー。そして護衛のクローム1人が残った。レイは向かい側に1人腰掛け、その後ろにはルノが静かに立っていた。
「レイ、後ろのものは?」
ニーベルンはレイ以外をこの場に留めたつもりはなく、どうして残っているのか疑問に思い尋ねる。
「俺の仲間で、護衛でありメイドのルノです。」
しかし、レイからの返答はニーベルンの求めたものとは僅かに異なった。
「いや、名前や役割を聞いたのではない。
レイ以外のものには退席を命じたはずだが?」
「ルノは俺が最も信頼する仲間の1人です。」
「これからする話は内密なものだ。」
「ですが、ここでルノを退席させてもどうせ俺は後でその内容を伝えます。そうしなければ、今後の方針を立てられないからです。俺個人に話をされても、俺はパーティを組んで動いている冒険者です。仲間である彼女に聞かせられない話なら俺も聞くことはできません。」
ニーベルンは自分の考えを伝えたが、一歩も引く様子のないレイに諦め、そのまま話をすることにした。
「話が二つある。一つはお前の処罰について。もう一つは少し頼みがある。」
「処罰と頼みですか?」
「ああ。この間話したように、レイの殺人はこの街では罪になる。その罪も事情を理解しているものからすれば致し方ないと思える面も存在する。しかしそれを国は認めない。今回の一件は街だけで対処するには事が大きくなりすぎた。国外の他種族拉致。違法奴隷の売買。それに関わっていた男爵の処刑。」
ニーベルンはレイの神経を逆撫でしないように慎重になりながら、客観的な事実を羅列していく。レイ自身も殺害するのは行き過ぎた行動だと、周囲から思われるだろうことは理解したため特に口を挟むことはない。
「その処罰というのは?」
「本来ならば処刑だ。しかしそれはお前が納得しないだろうし、後ろの女が許しそうにない。」
ニーベルンはレイの気分を逆撫でしないように様子を見ながら話していたが、先に背後の女からものすごい怒気を向けられる。
「男爵に無差別に魔法をかけられ、そちらの対処を先に行わなければいけない以上、今、お前たちと対立するのは少々厄介だ。よって今回の男爵家襲撃は私からレイへの依頼を出したということにしてもらいたい。」
「依頼を受けた?」
ニーベルンの話の意図が掴めず訝しがるレイ。
「そうだ。お前の独断専行ならばそれは罪として裁かなくてはならない。
しかし男爵が奴隷を拉致している証拠を掴み、私が男爵を捕らえるよう命令していたという理由があれば多少のごまかしをきかせることが出来る。」
「それは俺に都合が良すぎませんか?どうして兵士に命じなかったのか、どうして獣人に頼んだのかと話にも無理があるように思えます。」
さも当然の疑問を挟むレイ。
「兵士は男爵によって禁術をかけられているものがいた。外部の実力者に協力を依頼することに違和感はない。獣人だからという批判があるとするなら、今回の救出には狐人とエルフが参加している。」
「それなら俺は何の罪もないという話でいいですか?」
レイはあまりにも都合の良すぎる話だと感じていた。実際、先日話し合った時、今目の前に座る男はレイに罪があると言った。しかし今は罪をもみ消そうとしている。
「こちらの出す条件を呑むというであれば、一考の余地があると思っている。」
案の定、そう簡単に罪が消えるわけがないと考えていたためにレイは表情ひとつ変えることなく黙ってニーベルンを見つめる。
「知っていると思うが、オセアニア評議国には3つの勢力が存在する。」
先を促されていると思ったニーベルンは話を進める。
「知りません。」
「その中で、私は<アインハイミッシュ>に所属して・・・・?今何といった?」
「俺はオセアニア評議国内の勢力関係は知りません。」
しかし、出だしから躓いてしまい、ニーベルンはガクッと音を立てるようにして項垂れる。
「確かに、初めに出会ったときお前は私と男爵に繋がりがあると警戒していたな。ならば簡単に私たちの国の仕組みから説明しようか。」
そう言ってニーベルンは出だしの話に繋がるように前情報を並べていった。それはレイには初耳のことばかりで、貴族というものを知るきっかけとなった。オセアニア評議国に存在する市民は大きく分けて二つ。貴族と平民。貴族は全身竜鱗であることが求められ、一部でも鱗がない場合は貴族の地位が剥奪される。そして貴族はオセアニア評議国の首都と地方でさらに分けられる。侯爵以上の大貴族が首都で国を動かし、伯爵が大領地を、子爵が中領地、男爵が小領地を領主として各地を治める。土地を持たぬ貴族たちは中央もしくは地方に分散し、土地持ち貴族の補佐を行う。また、領主は一部の例外を除き、すべてが派閥に属している。派閥は3つある。<アインハイミッシュ>、<ズーザメン>、<ゲヴァルト>。この3派閥によって国家運営の方針は異なる。そのため内乱が起きにくいようになるべく均衡を保ち、どこかの勢力が抜きん出ることを牽制しあっている。
「そして、勢力はそれぞれ目的が異なる。私の属する<アインハイミッシュ>は国内外問わず中立的な立場で、主に国の内政を取り仕切っている。」
「そこまでは理解しました。ただ、それを俺が知ったところで領主様が俺に何を求めるんですか?中立的な立場だというのなら、下手に他派閥を刺激することはないでしょうし、、、、まさか。」
そこでレイは気が付く。領主と男爵は関係が良好ではなかった。また、領主は多少の目溢しはあっても、しっかり罪は罪として裁く竜人だ。それなのに、あの男爵の横暴には目を瞑っていた。とてもではないが、あの男に悪事を隠せるような頭があるようには思えない。
「そう、男爵は私とは別の派閥、<ゲヴァルト>の者だった。」
「他派閥の貴族と領地経営を共に行っていたんですか?」
「あれは私、ひいては<アインハイミッシュ>に対する監視だ。いや、戦端をこじ開けるための起爆剤だったのかもしれないが。」
「どういうことですか?」
「元々<アインハイミッシュ>は政治方針が中立であったために他派閥<ゲヴァルト>から非難されることが多かった。そして訳あって中央での<アインハイミッシュ>の立場が非常に悪くなった。もう一撃加えたい<ゲヴァルト>は<アインハイミッシュ>所属である私に監視の名目で自分の手下を送ってきた。そしてその手下を私は処断した。」
レイは話の流れを掴んできたためにことの重大さを理解し始め、面倒なことになりそうだと思った。
「確かに、完全に非は男爵にあった。だが、そんなことは関係ない。何か攻撃する糸口があればそこをつく。貴族とはそういうものだ。」
「条件というのは<アインハイミッシュ>の勢力を盛り上げる、もしくは<ゲヴァルト>と<ズーザメン>の勢力を盛り下げるということですか?」
「それができれば助かるが、国家運営に関わることだ。そこまでの条件は出さないし、出せない。それこそ貴様が冒険者といえど、他種族の内政干渉に他ならない。ただ今回の件を知れば、その二つの勢力から勧誘、追手が来る可能性がある。貴様がそいつらを追い払うために殺すことには何も意見はない。ただ、レイの方から手を出さないでほしい。でなければ、私が助けを要請したことになっているため私が他派閥の勢力を落とそうと画策していると捉えられ、争いに発展してしまう。」
「なるほど。それで俺の罪を表向きは消してくれるのなら問題はありません。
ただ、それだけですか?」
他方の勢力に加担しない。あれだけの殺人を犯しておきながらそれだけの条件で済まされるものなのだろうか?そう思ったレイは領主に尋ねる。
「こういう時の察しがいいのなら、もう少し周りを見て行動をしてほしいが。
まぁレイの考えるように条件はそれだけではない。これは罪を消す条件であり、私からの願いでもある。」
「願いですか?」
「そうだ。今回拉致されていたものはエルフだけではない。獣人種、人、ドワーフに加え、この辺りでは珍しい種族だと鬼人や蟲人も捕らえられていた。私たちは当然捕らえられていた者たちの要望を聞き、故郷まで護送する用意をしている。そこで、レイにはウキトスに戻る際に、同行する者たちの護衛をしてもらいたい。」
「俺が、ですか?
領主様が送るのではなくて?」
「拉致していたのが竜人ということもあって、いくら私たちが護送すると言ってもなかなか信じてもらえないようだ。」
「それならその種族の人も、どの場所でも同じじゃないですか?」
「他種族ならばそこまで問題はない。基本的なスペックが似通っているため、体力が回復し、武器を持てるならいくらでも竜人に対応できる。しかし人種はそうではない。そのため、拉致していた竜人への恐れが、他種族に比べても相当根深くなってしまっている。」
「人数は?」
気が進まないと思いながらも、ゾユガルズでの人種の弱さは知っている。竜人に拉致された手前、竜人からの助けを素直に信じられない話も理解できる。
「人種15名、獣人4名、ハーフエルフ2名、鬼人1名の計22名だ。」
「人種が意外にいるんですね。
戦える人はどれくらいいますか?」
「一応戦闘職についているものは12名だ。
ただ、ここベニートからウキトスまでとなると少し実力に不安がある。」
「俺はその人たちを先導するのではなく、危険になったら助ける程度の認識で大丈夫ですか?」
「ああ、無事ウキトスまで辿りつけるのなら何も問題はない。ただ、拉致していたものが負傷したり、死んでしまってはただでさえ悪い印象がより下がってしまうから頼みたいのだ。」
「わかりました。他に条件はありますか?」
「いや、この2点だけだ。」
レイの処罰に対しての償いが決まったことで今度こそ話は終わり、このまま処刑場に向かうことになった。部屋を出るとアルシアとナンシアが待っていた。流石に子供のリオに処刑を見せたくないとのことでパノマイトが主張したために2人は先に自宅に戻った。レイたち4人、そして領主たちで処刑場に向かう道中に、レイはふと思い出したために禁術について尋ねてみる。
「そういえば、禁術は解除しようとした時に術者が反撃されたりすることはないんですか?」
「反撃?そんな話は聞いたことがない。」
「被術者が殺されることも?」
「ない。第一被術者の魔法を解除して殺されてしまうなら、わざわざ解術の魔法など存在しない。それこそ魔法の効果を消すには殺すしか方法がなくなってしまうではないか。」
周囲の面々もニーベルンと同じ意見のようで、特段表情を変えるものはいない。
しかしレイが知る禁術にはいくつかのパターンが存在していた。そもそもゲーム内で設定された禁術はすぐゲーム上で削除されるためにそうそう残ることはないが、精神操作系の魔法は反撃効果を含むものが存在した。例えば、精神操作によって寝返ったNPCの場合。術を解いてこちら側に戻した途端に自害したり、逆に術を解除しようと魔法を発動したものがダメージを受ける効果のものもあった。レイはそれを心配してパノマイトにかけられた禁術の解除を躊躇った。
しかしゾユガルズには禁術は効果が危険なだけで、基本的に対になるような解除魔法が存在するようだ。反撃がないのならどうにかパノマイトと別れる前に魔法をどうにかできそうだとレイは安堵する。
レイの安堵と、男爵の処刑場に到着したのはほぼ同時だった。
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