121.禁術の存在
お久しぶりです、よろしくお願いします。
男爵処刑の当日、レイたちは領主の屋敷を訪れていた。本来であれば、男爵の処刑が行われたことの確認のためレイ1人いれば問題なかった。しかし話し合いの時に、パノマイトが男爵によって魔法をかけられている可能性があることが発覚し、再度招集された。父であるパノマイトが領主館に向かうことでリオもついてくる。そして1人残る意味がないためルノも同行することになった。拉致されたエルフたちの受け渡しも今日のため、アルシアとナンシアも来ている。3日という短いスパンで、それなりの大人数が再び会うことになった。
「領主様、パノマイトさんにかけられていた魔法の正体は掴めましたか?」
互いに顔を合わせ軽く挨拶をしたところで早速、レイが本題を切り出す。
基本的な貴族社会においてこうした会議や話し合いの場では位が高いものから話題を振ることが一般的な常識とされている。そのため普段であれば領主の後ろに立つクロームなどがめくじらを立てて嫌な顔をしていただろう。しかし何度もレイと話したことで貴族的な教養がないこと、またその貴族的習わしに慣れる気がないことを理解している。そんな無礼者など領主と面識などさせずに追い払えばいいが、そうもいかない。そのため礼儀正しいナンシアが胃をキリキリ痛めていたが、当の領主たちは既に諦めていた。
「ああ、黙秘したり、減罰を要求されたが一応聞き出すことには成功した。」
「減罰・・?処刑は取り消しと?」
レイの声音が一段下がる。しかニーベルンは即座にレイの発言を否定する。
「いや、処刑は決定事項だ。少々、いやだいぶ、小狡いが余罪にも処刑相当の罪があったためそちらを減罰させて貰った。」
「そうですか。安心しました。話は戻りますけどパノマイトさんにかけられた魔法はどんな魔法だったんですか?」
レイが男爵にあっさり興味を無くしたことにアルシアたちはやや面食らっていたが、魔法の方に重きをおいていたニーベルンは難しい顔を浮かべる。
「正直魔法の内容に関しては禁術が用いられていたため説明を省きたい。しかし、被術者(魔法を受けた人)がいるため説明はする。決して、口外はするな。」
「あの、それって私たちは席を外していた方がいいんじゃないでしょうか?」
ニーベルンが厳しい声音と表情で告げるとナンシアが恐る恐るといった感じで発言する。
しかしニーベルンは構わないと頭を振る。
「ミャスパーはこの魔法をかなりの者に掛けていたそうだ。奴自身、誰に魔法を掛けたか正確に覚えていないそうだ。もしかしたら、拉致されたエルフの中に術に掛けられている者がいるかもしれない。」
エルフの中にも被術者がいるかもしれないと聞いたアルシアとナンシア。完全に他人後ではなくなるため、身を乗り出して話を聞き始める。
「まずミャスパーが用いた術は精神操作魔法の一種で『境界遺失』と言うものらしい。
一応無属性魔法に部類されるようだが、禁術のため系統立てられて研究されていないから詳しくは違うらしい。効果は被術者の理性と本能の境を曖昧にすると言うものだ。」
ゾユガルズ独自の魔法なのだろうとレイは思った。なぜならレイは領主の言う魔法に心当たりがない。レイは無属性魔法、それにその上位の虚無属性魔術すら完全に収めている。そんなレイが知らないのなら、ダイイングフィールドでレイが見つけ損ねたと言うよりもゾユガルズ独自のものと考えた方が自然だ。
ただレイもこの場にいた者たちも『境界遺失』の恐ろしさを体感していない。そのためこれが禁術と呼ばれるほどに危ない魔法なのかどうか判断がつけられなかった。しかし続く領主の説明に認識を改める。
「一見『境界遺失』は禁術と呼ばれるほどのものには見えない。しかし、理性と本能の境界を曖昧にするのは非常に危険だ。魔物は本能に基づいて人を襲う。人は理性に基づいて行動を決定する。理性には人が衝動的に行いたくなる行動、すなわち本能を抑制する力がある。しかしこの禁術をかけられたものはその理性の箍が緩んでいき、歯止めが効かなくなる。」
「なるほど。確かに言われてみると私は売上の見込みが薄い本を売り出したり、リオを助けるために無茶したりと自分の思うままに動いていたことが多い気がします。本当に言われてみると、と言った感じですけど。」
ニーベルンの説明に被術者のパノマイトが納得の声を上げる。そしてレイもその違和感を感じていたためにパノマイトの行動の不自然さに合点がいった。
「それに『境界遺失』の恐ろしい点は術者の技量によって理性のネジをどれくらい緩めるか調整できるところにある。現に魔法の効果を説明するまでパノマイトが術の影響を実感できないほどにゆっくりと理性のネジは外されていたようだ。」
「なるほど、それでその術者は?」
「それがわからない。何をどう尋ねても誰に魔法を掛けてもらったのか答えられない。魔法をかける瞬間の記憶に靄がかかっているようで、無理に思い出そうとすると気が狂いそうな痛みを覚えるらしい。他の手段を用いてもダメだった。方法は教えられないが男爵の記憶を確認しようとした兵士の1人が死んでいる。」
既に1人死んでいるというニーベルンの言葉は想定外だったため、皆が息を呑む。
「つまり、今回の一件は男爵個人が金銭欲に目がくらんでとった行動とは言い難い。これ以上情報を得ることが出来ない男爵を処刑することに変わりはないが、背後関係が確かめられたわけではない。用心してほしい。」
「領主様、『境界遺失』の解除方法はあるんですか?」
「あるにはある。だが、私はそれを知らない。」
レイの質問にニーベルンは重い口をゆっくり開けるように話す。しかしレイにはどうして、解除方法があると知っているのに、その方法を知らないのかいまいち理解できなかった。
「どう言うことですか?」
「・・・禁術は術が作られた後に、危険という理由で禁術の指定を受ける。解除方法は普通の魔術と同じだ。元々持っている性質に変化はないからな。『境界遺失』が無属性魔法に部類されるように、他属性の禁術も存在する。そして世間に広まる前に禁術として指定されるのは、主に二つの理由がある。一つは過去にその魔法が災いをもたらした場合。こちらは今の話とは関係ないため詳しく話すつもりはない。二つ目、魔法開発時に国家などの権力者に危険だと判断されたものが対象となる。そうした魔法は禁術として登録され、使用者発見の場合、即座に殺しても問題ないことになっている。そして術を禁止しても使うものがいるため、大抵の国家はその禁術と対になるようなアンチ魔法を有している。ただ、その情報は国家機密に該当するために領主である私から開示することはできない。」
「では『境界遺失』を掛けられているものを発見した場合、私たちはどう対処すればいいのでしょう?また、術にかかっているものを見分ける方法はございますか?」
見分け方、それに解除方法すら教えることは難しいと言われて、これから30人近くのエルフたちと旅をするナンシアはたまらずといった様子で言葉を発する。
「『境界遺失』に関して、初期症状を見分けることは難しい。
基本的な効果として、行動が本能的になるというだけに個体差や種族差がある。
エルフは多種族と異なり本能的に何かをすることが少ないため判別は非常に難しいと思われる。しかし、対処法としては面倒ではあるが、無属性魔法の『イントロスペクト』を何度か用いることで対処可能なことは実証済みだ。」
「『イントロスペクト』ですか?」
ナンシアが不可解そうな表情を浮かべる。『イントロスペクト』とは基本的に誰でも発動可能な初歩的な無属性魔法である。主な効果は思考の補助と精神の沈静化だ。そんな誰でも使えるような魔法で禁術に対抗できるのかとナンシアは不安だった。
「我々兵士の中にも数名、『境界遺失』に掛けられている者がいた。国から解除法を聞くまで理性を保たせようと『イントロスペクト』を使用させたところ、自分のこれまでの行動に違和感を持つようになり、完全にではないが『境界遺失』の効果を抑えることができた。ただ、完全に理性を失っているものには効果がなかった。」
「わかりました。国家機密であるというのなら、国に戻り次第、確認してみます。」
「悪いな。どうにも機密を開示するのには時間がかかるようでな。」
「いえ、ご配慮痛み入ります。」
「話は以上だ。
この後、男爵の処刑を行い、エルフたちの受け渡しを行う。
レイ、お前には話しがある。少し残れ。」
そういって話し合いはお開きになった。
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