12.中心都市オルロイ ある館での会話
よろしくお願いします。
場所は変わって都市国家連合、中心都市オルロイにある富裕層エリア。
その中でも特に裕福で権力を持つ者たちが住まう中心地区にある一軒の豪奢な館内。
「それで、あの姉妹の買い手は見つかったの?」
そう問いかけたのはこの館の持ち主であり、都市国家連合の外交を全て取り仕切る『ディプロ』の長、プロマリアだった。
「買い手は見つかった。それもかなりの上客だ。
ただゴンゾの野郎をウキトスに送ったけどいまいち結果は芳しくねぇ。あの野郎が姉の方を気に入ったんだかで、傷付けるのを嫌がってんだ。柄にもなく頭なんて使って囲い込もうとしてやがる。これから奴隷に落とすっつてんだろうに。イラつくなぁ・・・!」
そう言ってタバコを吹かしながら苛立ちを表に出すこの男も、都市国家連合の重鎮。奴隷関係を取り仕切る『スレーブン』の長、イルゾド。
「それは面倒ね。あなたの部下だからあまり口出しはしないようにしていたけれどゴンゾって子の行動は最近目に余るわよ?この間もラグ所属の子が被害受けていたわ。それでもうマオがものすごくキレて、宥めるの大変だったんだからね。」
プロマリアは豊かな胸を強調するように腕を組みながらため息をつく。
「ほんとすまねぇな。あいつは腕っぷしを見込んで手下にしたが制御できないのがダルすぎる。有能な手下を獲得できる目処もついたし今回の依頼であいつも奴隷に落とすか、殺そうと思っている。マオの方には俺からも何か詫び入れておく。」
「まぁ部下の対応はそっちで勝手にして。私に被害がないならなんでもいいわ。
それよりもあの姉妹を奴隷に落とすことだけは失敗しないでちょうだいね。」
「もちろん、その辺は抜かりねぇぜ。ゴンゾが失敗してもどうにでもなる。
攻撃し続ければそのうち勝手に落ちそうだからあいつが何かやらかす前にさっさと落ちてくれると助かるんだがな。
あの姉妹は奴隷として相当の価値がつくだろうから、かかる費用は惜しまねぇ。
でもいいのか?あの宿に何か思い入れあったんだじゃねぇのか?」
イルゾドは売れた時を想像し汚い笑みを浮かべるが、その後にプロマリアの顔色を伺うように尋ねる。
「あら、流石はスレーブンの長ってところかしら。見事な観察眼ね?それとも情報網?なのかしら。」
「そんな大したことじゃねぇだろ。他の長はしらねぇけど気づくやつは気づくだろ。」
分かりやすく煽てられたイルゾドは気分悪そうに言葉を吐く。
「まぁ別にわざわざ吹聴するような話じゃないってだけよ。
あの宿を経営していた男が私の幼馴染で婚約者になるはずだったってだけの話。」
「ほおぉ、それは興味深い話じゃねぇの。
聞かせてくれよ、その話。」
イルゾドが聞きたがったことでプロマリアの昔ばなしが始まる。
「別にいいけど、何も面白くないわよ。
あの宿の元店主、私の幼馴染で名前はルーサー。
小さい頃から家が近くてよく遊んでいたわ。
彼の家は普通の商人の家系で、彼は子供の頃からずっと色々な人をもてなすことが出来る宿屋を経営したいと言っていたの。
私は父がディプロマの長だったから物心ついてすぐウキトスを離れて学院に入れられた。父の跡を継ぐ人の妻として、その人を公私に渡って支えることを期待されて様々なことを身につけさせられたわ。でも私としては父の後を継ぐのは誰でもよくてただルーサーと一緒にいたかった。当時の私からすればディプロマの長という地位よりも彼の隣にいたい欲求の方が圧倒的に強かった。
私の初恋の相手で、彼もそうだった。幼いながら互いに愛し合って、将来を約束していたわ。
私が学院に入ってからは手紙でやりとりをしたり、年に一度は帰省する機会があったからその時に会ったりして彼との関係は続いていたの。いや、続いていると思い込んでいたのかしらね。
明確に彼との関係が変化したのは私が学院を卒業する頃だったわ。
私とルーサーが一緒にいるためにはルーサーがディプロマの長になるか、私が家族との縁を切ってルーサーと結婚するかの2択だったわ。
でも学院に通って学んでいくと年々ディプロマの長になることは決して簡単ではなくて、仮に強い意思があっても難しいことだと気づいたわ。だから卒業する少し前にルーサーに聞いたの。
今後どういった人生を歩んで行きたい?って。
そうしたら彼、私の全く知らない女の名前を出して彼女と一緒の道を歩んで行きたいと言ったの。彼はすでに私のことなんて眼中になくて、別の人と新しい道を歩んでいたわ。私は彼と付き合っているつもりだったけど、彼は私を幼馴染としてしか見てなかった。
でも、それでも私は彼のことを忘れることができなかった。だって生まれてからずっと好きだったんだもの。忘れられるわけないわ。だから少しでも彼の役に立ちたくて今の地位を手にしたの。何かの会合の時とかに上客を連れて行けば彼の助けになると思ってね。」
そう言ってもう話すことはないとプロマリアは目を伏せた。
「それならどうしてあの姉妹を奴隷に落としちまうんだ?
お前の愛した男の忘れ形見だろ?」
そうイルゾドが問いかけた途端、プロマリアの表情は激変する。
先ほどまで亡き想い人を考え、寂しげな様子であったのに今は目に見えるほどの激情を露わにしている。
「それはあの女の忘れ形見でもあるからよ!
あの女がまず白山羊人ってことには驚いたわ。
でも彼が選んだ人だから祝福しようと思った。
ただ他種族同士の婚姻だからかなのか分からないけれど出産には大きな負荷がかかったらしいの。
自分の体に良くないって分かってながらあの女は二人も子供を産んだの。それでさっさと死んだわ。
体調が悪化していることを彼に隠したままでね。彼はあの女が死んだ理由を後になって聞かされて、精神的におかしくなってしまったわ。そしてあの女を追いかけるように死んでしまった。
あの女が出産に負荷がかかることさえ彼に伝えていれば2人目なんて身籠らず、生きていたかもしれないのに。
そう思ったら私はあの女が許せないの。見当違いな殺意を向けているかもしれない。
それでも私は許せない。彼を殺したあの女とその娘二人が。
だから殺したい。何を犠牲にしてでも殺したくて、殺したくてしょうがないの。
でも殺しちゃったら娘二人とも彼のところに行ってしまうでしょ?
私より先に彼の元に。それこそ許せないわ。だから奴隷にでも落ちて、勝手に一生苦しめばいいのよ。」
「そうか。なら容赦はなしだな。
生まれてきたことを後悔させるような責め苦を味合わせてやるよ。」
その言葉に再びプロマリアの表情は変化する。
先ほどまで亡き人を間接的にとは言え、死に追いやった対象に憎悪を向けていたのに、今は目を丸くして驚いている。
「どうしたんだ。そんな驚いた顔して。」
「いや、この話をしたのは初めてだからどういった反応が返ってくるのか分からなかったの。哀れまれたりして慰められるのはまだいい方で、きっとくだらない私怨で奴隷を作ろうとしている私は蔑まれると思ったから。
同調してくれるなんて意外で驚いたの。」
「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ。
スレーブンの長、イルゾドだぞ?
奴隷を扱う部門の長だ。
どんな理由であっても気にしねぇよ。
それが儲かるなら尚更だ。
願いならなんでも叶えてやる、言ってみろ。」
イルゾドはプロマリアという女性に懸想していた。
彼女は人種という差別を受ける種でありながら、外交という他種族とも関わらなければいけない難しい仕事をうまくこなしていた。先日の11Rの会合も彼女が上手く仕切ったことで何も問題なく、平和に他種族との話し合いを終わらすことができた。
ロク商議会で長という点で同じではあるが、能力的には自分なんかとは雲泥の差があると思っていた。
男として惚れており、そして1人の人間として憧れていた。
しかし今日の話を聞き、彼女も一人の人間であり、抱えているものがあるのだと知った。
そして彼女の心を30年近く、死して尚占有している男を羨ましく思った。
「いいかげんその席を寄越せ」と。
だから彼は彼女の願いを叶えようと決心した。
ありがとうございました。




